What's happened with you? 3
ヴァンパイア?? ヴァンパイアって・・・
「吸血鬼?!」
あたしは思いっきり目を見張った。
「でっかい蚊??」
「・・・・」
「あの人、血を吸うんですかっ?!」
「吸うワケないでしょ」
智哉って人が、バカにしたように言う。
あたしは噛みついた。
「でもさっきヴァンパイアってっ!」
「世間で言う所の、だよ。奴らが吸うのは、気。血じゃなくて、気」
慌てた様に言うアイドル君に、あたしはオウム返しをした。
「気ぃ??」
なんですかっそれ?
食べれるの? おいしいの? というより、気って何よ??
「ドラゴンボール? ジョジョ?」
「・・・あんた、ふざけてんの?」
智哉さんがイラつきだしだ。
ので、あたしもムッとしてきた。
バカにされた上にイラつかれても、どうしようもないと思わない?
「いきなりヴァンパイアとか言われて、まともに取れって方がふざけてるでしょ?」
「だよねだよねー。ハイハイ、とりあえずどっかでお茶でも飲みながら」
もっと色々言い返したかったのに、間に立ったアイドル君に腕を掴まれて、あたしは近くの喫茶店に連れて行かれた。
その後ろから美形の彼が、溜息をつきながらついてくる。不本意って顔をして。
その扱いに理不尽さを感じるのは、あたしのせいではないと思うのだけど。
「いきなりごめんね。俺は由井白義希。こいつは水島智哉。俺達はガキの時からの腐れ縁で、まあ、君と同じく『家系』って奴を背負っちゃってんだ。同じ人種って事。よろしくね」
アイドル君こと由井白さんは、あたしの向かいの席に座ると明るく笑った。
本当に、相手に警戒心を与えない男性だ。この人に、よろしくね、とか言われちゃうと、うんいいよ、なんて言いたくなっちゃう。
あたしはフレッシュジュースを飲みながら曖昧に微笑んだ。
「お兄さん達、なんか特技があるの?」
「あるよ、色々と」
由井白さんは軽く笑うと片手で頬杖をつき、机の上のソルト瓶を眺めた。
瓶が、机の上を滑る様に、15センチほど移動した。
・・・そっか。そういう事か。
あたしは顔を上げた。社交辞令で言う。
「すっごい。どんな仕掛けがあるの?」
「さあ? どんなだろうね? わかったら教えてくれる?」
瓶を見つめたまま微笑して答える彼は、照明のせいか、瞳に影を落としている様に見えた。
その表情が、彼の背後を物語っているようで、何となく心に残る。
あたしは視線を彼の隣に移した。
「そっちのお兄さんは?」
「こいつはお触り魔。触ると色々わかっちゃうの。触られないようにね」
「何だよ、その巧みな誤解の与え方は」
水島さんはジロッと横目で由井白さんを睨んだだけだった。
あたしはそれ以上、二人の能力については聞かなかった。
だって何だか、聞いてもしょうがない様な気がしたから。あたしのチカラも、言っても聞いても持っていても、かなりしょうがない物だもん、ね。
「二人とも何している人?」
「大学生している人。大学3年生。就職活動真っただ中さ」
由井白さんが明るく言うと、隣で水島さんがボソッと言った。
「家、継げば?」
「お前は、黙ってろ」
・・・笑顔を崩さず顔も向けずに、由井白さんが水島さんに言う。親友だよね? よくわからないけれど、これがこの人達の日常会話みたい。やり過ごそう。
「あたしは・・・」
「知ってるよ。宮地真琴ちゃん。かわいいね。高三でしょ? 色々と、大変だろう?」
由井白さんは明るく微笑んだ。
本当にこの人は、何というか、屈託のない人だ。多分作り物ではない、優しさが滲み出ている。
「君の事はオヤジから聞いていたよ。君のおばあさん、有名人だからね。でも俺達、同じ人種を見たのってコレが初めて」
彼は腕を組むようにしてテーブルにつき、身を乗り出すとニコニコしながらあたしを見た。
あたしも、サイのネットワークがある事や他に能力者がいる事は聞いていたけど、ヒトミ以外で見るのは初めてだな。
「さっきのあのおばさん。あの人、多分もう古いよな。随分色々と喰らってきてるぜ、ココで」
由井白さんが視線をテーブルに移した。
相変わらずの微笑だけど、何かを考えている様な雰囲気になっている。
「・・・」
「早いとこ始末をつけないと」
「雑魚だろ。ほっとけば」
智哉さんが、鬱陶しそうに眼を細めた。美人な分、凄味が増す。
作り物みたいな美しさだな、って改めて思った。
そんな彼を見て、由井白さんは顔をしかめて片眉を上げた。
「雑魚ったって、ほっといたらつけあがんだろ」
「そんとき始末したんで充分じゃない?」
「智哉は甘いっつか、寛大すぎんだよ」
「あんたは事がイットに及ぶと、神経質になりすぎるよね、よっちゃん」
「人前でそれ呼ぶなっ」
由井白さんが顔を真っ赤にして、水島さんに噛みついた。
すごい。面白い。あたしも呼んでみたい。よっちゃん。
あたしはこの対照的な美形コンビから、色々な事を教わった。
この世の中には、俗に言うヴァンパイア、みたいなものがいる。
我々サイは、彼らをイットと呼んでいる。
ただ、世間が思っているものとはちょっと違う。彼らは血なんて吸わない。
生気を、吸う。人間に限らず、生き物全般の。
殺すほど吸う事も、それほどはない。大抵、生き物の生気を広く浅く、頂戴している。
太陽だって別に平気。ビーチの日焼けレベルが命取りなくらいだって。
彼らが最も苦手としているのは、悪い気。端的に言えばそれは病人であり、苦手な場所は病院だとか。
悪い気に囲まれると、それだけで彼らも具合が悪くなるらしいから笑っちゃう。人間が食あたりをおこすようなものかしら。
でもたまーに、タチの悪いのがいるんだって。
生き物が死ぬまで吸っちゃうの。それを繰り返すの。
その餌食が人間だったりすると、もう最悪らしい。
「俺らはそれを、麻薬中毒患者みたいだと勝手に想像している。一度味をしめると、止められないないらしいから」
と由井白よっちゃんが言った。
そしてそんな彼らに気づく人間は、実は割といる。大抵、遺伝だって。
更にその中に、あたしみたいにちょっぴりへんてこな能力をもった人間が定期的に出てくる。これがサイというものなんだけど、なんだかおみくじで大凶を引いた気分だわ。
・・・という事は、例えばあたしの両親やお兄なんかも、イットに気づけるってコト? 聞いてないよ?
で、目の前のお兄さん達がそういうお仲間らしいんだけど・・・
「お兄さん達は何でここに来たの? 偶然?」
「偶然に声をかけたナンパに見えるの?」
答えたのは智哉さんの方だった。少しバカにした様な、綺麗で冷たい目を私に近づけると、皮肉っぽく笑った。
あたしに必要以上に顔を近づける。
「それでもいいけど?」
妖しく揺れる彼の瞳は、だけどあたしには何だか無機質に見えた。
バカにされているんだろうけど、なんだか怒る気になれない。
あたしは眉根を寄せながら、少し首を傾げた。
「水島さん? がナンパする様には全然見えない。されてもついてはいきません」
人工的にすら感じる完璧なまでの美しさだけど、そんなガラス玉みたいな瞳を見つめて、
「こんな、腹黒天使みたいな人」
「すっげぇ。見る目ある」
義希さんが大爆笑をした。
「真琴ちゃん、とても美人なのに目が鋭いね」
可愛い瞳に涙を溜めながら、ううん、目じりの涙を指でぬぐいながら言うのですが、そんなに面白かったですか、私の台詞?
それに目が鋭いって何です?目つきが悪いって事?
「大きなお世話です」
流石に憮然として言うと、彼は相変わらず涙を溜めながらも慌てて訂正した。口が笑っているけど。
「ううん。褒めてるんだよ。あんまりにも的を得ているから」
そうしてようやく笑いを引っ込めると、再びテーブルに身を乗り出し、私の顔を覗きこんだ。
「小犬を助けたかったんでしょ?・・・ごめんね、邪魔して」
そしてとても優しい、包み込む様な眼差しを見せた。
「でもそんなに優しいとさ、身が持たないよ」
ドキッとした。
そんな自分に、少々ギクッとした。多分顔には出ていない・・・ハズ。
あたしは自分から男の人に好意を持つ事があまりないのだけれど、これには、結構な衝撃を胸に受けた。
何でだろう? 褒められたからかな?
落ちつけ落ち着け。
「さっきの質問だけど、実は僕達、君を待ち伏せしていたんだ」
彼は私を見つめ続けながら優しく続けた。
あたしは自分の動悸を自分の中で誤魔化しながらも、彼の台詞に少し驚いた。
「待ち伏せ? 何で?」
「君のおばあさんから俺達の親父に連絡があったんだよ。孫娘に会ってほしいって」
・・・おばあちゃんが?
「それってまさか・・・」
「うん。孫を鍛えてくれって言われた」
やっぱり! 例の、身内以外と訓練をしなさいっていう、アレね? ついに来たか!
「でも今日は、とりあえず会うだけでいいんじゃない?」
あたしは由井白さんの笑顔を眺めた。
自身も能力者だったおばあちゃんは、この世界に割と広い人脈を持っている。それは知っているけど。
そのおばあちゃんが彼らに、あたしの訓練をお願いした。
と言う事は、多分強い能力を持っているのだろう。
「幸い真琴ちゃんの危機も救えたし? 無駄ではなかったって事で、ね」
彼はそう言うと、肩をすくめてクスッと笑った。
・・・どうしよう。やっぱり、ドキドキするかも。
彼はあたしにメモを渡した。
「これ、俺のメルアド。いつでも連絡してね。受験勉強で忙しいだろうけど、智哉んちで一緒に練習しようよ。大体の事は聞いているからさ。手始めに今週末あたりなんてどう?」
「・・・智哉んち・・・?」
「そう。こいつんち。外でやるのもなんだし、自分の家からも離れたいでしょ?」
「・・・はあ・・・」
よっちゃんさんのメアドを貰えたのは嬉しいけど、もれなく訓練がついてくるのかと思うと・・・。
久しぶりのトキメキに弾んでいた心だけど、一気にテンションが下がった。
面倒臭い・・・。
「でも、人様のお手を煩わせる程の事では・・・」
「・・・と言って、孫が逃げない様に掴まえてくれ、と頼まれてる」
「・・・成程・・・」
チッ。先回りされたか。流石はおばあちゃん、わかってらっしゃる。
「・・・でも・・・こんなの訓練して・・・何の役に立つのでしょうね? おまけに20代半ばで消えるチカラなら、ますます、練習しても、ムダな気が・・・するんですけど」
最後の抵抗を試みたら、由井白さんににっこりと微笑まれた。
「そういう事は、きみのおばあさんに聞いてみてくれる?」
ああ、バッサリ切られた。
「その・・・イットから逃げる為・・・ですか?」
「さあ? 僕に聞かれても」
「・・・由井白さんや水島さんは・・・何でこんな面倒臭い事を引き受けたんですか?」
「面白そうだから」
彼の満面の微笑み。
その隣の水島さんの、冷たいまでの美しい視線。
・・・胡散臭すぎる・・・。
一方であたしは、ただ「面白そう」なだけで、面倒臭い厄介事に身を突っ込みたがる人間を知っている。
ヒトミのにやけた顔を思い出した。
「それでは、今週土曜日の3時ごろでも・・・」
諦めたあたしは、溜息をついて言った。
連絡を改めてするのも面倒臭いわ。
「今週土日ね」
由井白よっちゃんがにっこりと言って、何ですって??
土日って言ったら、週末丸々潰れるじゃないっ?
「練習一回約2時間。軽い部活だと思えば、ね?」
げ、そんなっ。あたし、高校三年間は帰宅部だわよ。
それがなんで今更この時期にっ。しかもこんなどうしようもない事をっ。
「・・・はあ・・・」
あたしは得意の作り笑いを浮かべたつもりなんだけど、引きつっているのは自分でも充分感じていた。
ヤダヤダヤダ、やりたくないよーっ。