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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第七章 お楽しみはこれからだっ
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Stay by my side

 待ち合わせの場所に着いたら、香取は既に来ていた。

 カジュアルなスタイルにアクセサリーを合わせいて、それが凄くサマになる。最近伸びた前髪が一筋程、長い睫毛に触れていて色っぽい。一瞬見とれたら、向こうもこっちをガン見している事に気付いた。

 

 お互い、至近距離でにらめっこ。



「・・・香取、透視でもしてるの?」

「いや、ああ・・・」



 香取は眉間に皺を寄せて、片手を顎に持って来て、感慨深く言った。



「すんげぇズン胴だなぁ、って思って・・っぃて!」

「『馬子にも衣装』って言葉、知らないのっ?」

「それ、褒め言葉かよ?」

「あんたの台詞よりはマシよっ」



 頭をさする香取を尻目に、あたしはプンっと横を向く。着物はね、ズン胴になる様に着るものなのよ。その方が綺麗なの。だから腰にもタオルを巻くんでしょ。でも確かに、自分で馬子にも衣装は自虐過ぎる。


 そしてそのまま膨れて言った。



「あーあ。よっちゃんはメッチャ褒めてくれたのになぁ」


 本命に褒められなくちゃ、意味が無い。

 何だか拗ねたくなってくる。明日にはお別れしちゃうのに。だから頑張ったのに。



「・・・あいつ、いたの?」

「だってこの浴衣、よっちゃんが着せてくれたんだもん。メイクだって彼。髪はなんと水島さん。イケメンが寄ってたかって・・何?」



 香取が乱暴に、あたしの手首を掴んで引き寄せた。

 睫毛の長い眼が、吊り上がっている。ギクッとなった。



「宮地、あいつらにそんな事頼んだのか?」

「たっ、頼んだっていうか、よっちゃんが『やってあげる』って言って・・」

「裸見せたのかよ? 顔、触らせたのか?」

「えぇー?」


 更にグイっと引き寄せられたので、あたしは彼の尖った光の瞳を、まともに覗きこむ羽目になってしまった。

 綺麗なんだけどやっぱり恐くて、慌てて目を反らした。



「はっ裸なんて見せてないよっ。・・顔は、まあ・・・」



 よっちゃんの手の温もりを思い出す。彼の動揺した瞳と、自分のした挑発を思い出す。

 一気に後ろめたい気分になった。

 

 香取は僅かに俯き、小さく舌打ちをした。



「・・あいつら、ぜってぇ締め上げる・・・」



 言うなりあたしは顎を掴まれ、強引に彼の方を向かされた。


「何っ?」


 荒々しい動作に思わず身を固くする。彼はポケットからハンカチを取り出し、それであたしの唇をごしごしと擦り始めた。

 眉間に皺が、寄っている。

 口が、への字に曲がっている。


 ・・・これは、拗ねている。



「よその男が塗ったリップに、彼氏がキスできると思う? あいつはソレ狙ってんだぜ」

「え? 嘘? あ、取っちゃってるの?」

「当り前だろ。寝ぼけんなよ」

「・・・香取、怒ってる・・・?」



 後ろめたい気分を引きずって恐る恐る聞くと、香取は半眼であたしを見下ろしてきた。



「へぇ、それは分かるんだ? よかった。じゃ、俺が今、どうするか分かる?」



 冷えた言い方。無条件に、ぞくっとなる。

 本気で怒らせた? と思って焦りと少しの恐怖に襲われた時、乱暴に上を向かされた。



「香取っ・・・んっ・・・」



 いきなり彼の唇が覆いかぶさってきた。


 ここは駅前。所謂いわゆる待ち合わせスポットで、公衆の面前。

 そこで彼は、あたしの唇全体を覆う様にみ、その中に隠れている舌で舐め上げた。

 ざらつく舌を唇に感じ、さっきとは違う感覚で背筋が粟立つ。

 彼は角度を変え、何度もあたしの唇を舐めつくした。彼の唇は、まるであたしに息をする事を許さない様に離れない。

 甘い感覚が首筋を伝い、肩が小さく震えた。



 やっと口づけが終わった時、彼の黒い瞳が、煌めきながらあたしを覗き込んでいた。

 真顔で言う。


「消毒」



 あたしは真っ赤になった。自分の唇は、彼の唾液で濡れている。恥ずかしいくらい、赤く濡れている。塗ったリップなんて、既にない。

 羞恥心が一気に襲ってきて、彼の胸を突き飛ばした。だってこの駅って、学校の近くだよ? 誰か知り合いに見られたらどーするのよっ。実際、周りの視線を痛いほど感じるもの。ああ、みんながこっちを見ている気がするっ。



「ひ、人前だよ・・・っ」

「関係無いね。自業自得だろ」


 

 香取は冷たくそう言うと、まるであたしを煽る様に、更に顔を近づけた。

 そして、低く掠れた声で囁いた。

  


「文句があるなら聞いてやるけど」



 彼の怒りと色気の両方を同時に感じてしまい、あたしは息を止めてしまった。

 そんなあたしを見つめた香取は、しばらくしてふっと力を抜いた。あたしから顔を離し、一瞬苦笑した。



「・・・嘘だよ。宮地のせいじゃない。怒ってるのは本当だけど。あいつらに・・・つーより、コントロールが効かなくて、情けない自分自身に」



 そう言ってあたしを見つめる。真摯な黒色の光が、真っ直ぐにあたしを射抜いた。



「似合い過ぎる。すげぇ可愛いよ。それをあいつがやったかと思うと、マジムカつく」



 ・・・こ、こんなに真剣に言われると、逃げ場が無い・・・。



「・・・言ってて恥ずかしくない?」

「そう? これくらいフツーだと思うけど」

「・・・その顔だから許されるんだよ・・」

「何?」

「何でも無い」



 この台詞を、見た目の宜しくない男の子に言われたら、寒いよなぁ・・・。自分の彼氏とは言え、容姿のいい男は得するものなのね・・・。


 とにかく香取のご機嫌も治った事だし、あたしは複雑な溜息をそっとついた。

 香取は悪戯を叱られた悪ガキの様に、少ししょぼくれてちょっぴり拗ねながら言った。



「リップ、取っちまって、ごめん」

「大丈夫だよ。持って来てるし」

「本当? じゃあ、俺にやらせて」

「はい?」

「本当はその浴衣も脱がせたいけど、着せられないから次回に取っとく。絶対、習得してやる」


 

 意欲に満ちた顔で、キリッと言う。

 お互いに告白し合ってから、この子は随分素直になった。

 素直に・・・嫉妬心を見せて、甘えてくる。普段の彼と、ギャップありすぎ。


 あたしは感心して言った。



「・・・張り合うなぁ」

「違うよ。脱がせたいのは、そういう意味じゃない」



 ニヤッと笑いながら、「リップ頂戴」と言うので、持ってきたグロスを渡す。

 彼に顎を摘まれたのであたしは素直に顔を上げ、少し唇を開いて、何となく目を閉じた。



「・・・コレ、やったのかよ。ホント、ムカつくな」



 不機嫌な声と共に、あたしの唇には再びグロスが塗られる。丁寧に、優しくそっと。

 塗り終わって、あたしは目蓋を開いた。

 彼はあたしの真正面に立ち、見下ろしながら不敵に微笑んだ。



「来年は、俺が着せて俺が脱がせるから。他の奴には触らせんなよ?」

「・・来年・・?」


 来年が、あるんだ?


「そ。この唇も、絶対、他の男に触らせんな?」



 愛おしそうに、親指が唇の端を撫でる。

 彼の眼は少年の眼だけど、瞳の色は大人の男の色をしている。だからそのギャップに、再びドキッとした。



「・・・来年も、一緒に行けるの? 夏祭り・・」

「・・・多分ね」

「多分?」


 眉間に皺が寄って、彼を見上げてしまった。

 香取は得意そうにあたしを見下ろして、言った。



「俺、転校、やめたから。秋には日本に戻って、この高校卒業する」



 ・・・え?


 あたしは大きく目を見開き、口も開き、息が止まった。


 転校、しないの?



「・・・うそ・・・」

「ほんと」

「・・・な、んで・・・?」

「んー、色々と、ね。一番の理由は、俺の激しい反抗期かな。生まれて今までで最高、親父に反抗したからさ。代わりに色々と交換条件、飲まされたけど」



 「すげぇだろ」と言いながら彼は、驚きのあまり立ちつくしているあたしの両肩に腕を乗せ、ニッコリと笑って小首を傾げた。


「嬉しい?」



 初めて見るかもしれない。香取の、あどけない笑顔。


 

「・・香取・・・」



 あたしは、声が震えてしまった。

 次の瞬間、思いっきり彼に抱きついた。


「可愛いっ」

「・・は?」

「どーしようっ、滅茶苦茶可愛いっ」



 そう言って胸元に額をグリグリ押しつける。

 香取は呆気に取られた様に両腕を空中に浮かせ、あたしに抱かれるがまま立ちつくした。



「・・・俺は嬉しいかって聞いたんだけど・・」



 いきなり転校するって言ったり、やっぱりやめるって言ったり、なんだか彼のお家の事情が絡んで見るみたいで複雑そうで、あたしにはさっぱり分からないけど、

 そもそもここに留まるのだって、あたしの為かどうかも分からないけれど、



 滅茶苦茶嬉しいよ、決まってるじゃないっ。

 あたしは思いっきり力を込めて、彼を抱きしめ続けた。

 しがみつくあたしに呆れたのか、頭上で彼がクスッと笑った。


 嬉しくって嬉しくって、天にも昇る気持ちってきっとこういう事を言うんだ。

 好きな人がいて、その人も自分を好きと言ってくれて、これから先も一緒に居られるなんて、なんて素敵な奇跡なのだろう。

 彼以外は考えられない、と思える相手に出会えて、その人の一番になれて、ずっと傍にいられるなんて、なんて幸せなんだろう。



「・・・ぐふふふ」

「・・・気味の悪い喜び方をするな・・・」



 香取が引いた様な声を出した。

 残念な事に、ここで嬉しさのあまり涙が出る様な可愛い乙女ではないのよ、あたしは。ああ、ウキウキと心が躍り力がみなぎり、抑えようと思っても抑えられないこの笑い。まるで何かを企んでいる悪徳業者の様な笑顔になってしまうのは、性格のせいかしら?



 あたしはガバッと顔を上げると、勢いよく彼に言った。



「よぉーし! 今日はお祝いに食べまくるぞーっ。わたあめに焼きイカっ。でもね、一番の好物はフランクフルトなの。食べたいっ」

「フランクフルト? 却下」

「・・・はあっ? なんでっ?」

「俺が寝れなくなる」


 綺麗な顔で、真顔で言われた。

 あたしはキョトン、とした。


「・・? じゃあ焼きりんご」

「却下」

「なんでよっ!」

「目の毒」

「毒ぅ? 着色料が悪いとか言わないでよ? あ、じゃあチョコバナナ。あれにするからねっ」

「無理だっ」



 いきなり香取が吠えた。

 そしてうんざりした様な表情で、あたしを自分の胸からベリっと剥がした。



「おーまーえーはーっ。どーしてそう、エロいものばっかり食べたがるんだっ」

「・・は・・・?」

「焼きそばとかタコ焼きとか無難な物を口にして、射的でもやってろっ」



 顔を僅かに赤くして、あたしに向かって開き直ったように喚いている。

 あたしはさっぱりついていけなかった。え? この人、日本語喋ってる?



「エロいって何が? フランクフルトと焼きリンゴとチョコバナナのどこがエロいの? 全然分からない。香取って変態?」

「そうだ、俺は変態だ。あいつに釘刺されて我慢してんだから、少しはこっちの事情も理解しろ」


 あいつ? 釘を刺す? 事情?


「・・・全く分からない・・・」



 ポカンとして、彼をマジマジと見つめてしまった。

 よくわからないけど彼はやっぱり16歳男児で、なんだか色々と事情があるらしい。



 少し恥ずかしそうに、しばらく膨れてそっぽを向いていた香取は、不意にあたしに視線を戻した。

 すごく優しく見つめてくる。

 そして幸せそうに微笑み、あたしの右手を握りしめて、言った。



「行こうぜ」



 あたしはやはり、満面の笑みで彼を見上げて、小さく頷いた。



 うん。行こっか。

 これから。どこへでも。


 一緒に。だよね?




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