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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第七章 お楽しみはこれからだっ
65/67

Girl

『お祖母ちゃん。香取、あさってイギリスに帰るって。そして日本に帰って来ないって。変だと思わない?』


『変って?』


『だって5月の半ばに転校生としてやってきて、たった2ヶ月で外国に帰っちゃうんだよ? 歳はあたし達より二つも年下なのに同じクラスだし、そんな人の所にテレポっちゃうし、そして彼はイットの金縛りが効かないんだよ? おかしいと思わない?』


『・・・』



 あたしは昨日の会話を思い出しながら、廊下を歩いていた。



『その人は、真琴の事を傷つけるのかい?』

『・・・ううん・・・』



 あたしは立ち止ってしまった。



『・・・守って、くれる。・・・それに・・・今では大事な・・友達』

『・・・じゃあ』



 あの時のお祖母ちゃんは、微笑んでいたけど、目は笑っていなかった。



『しばらくは、それでいいんじゃない? 要は自分だから、真琴。自分がどれだけ、強くいられるか』



 それは多分、相手がどんな人物であれ、未来がどんなものであれ、自分が強ければ大丈夫、って事なのだろう。




「真琴ちゃん。何やってるの?」


 立ち止まっていたら、よっちゃんに声をかけられた。Tシャツにジーンズ、っていうラフな姿。腕のギプスが痛々しいけど、本人はいたって明るそう。こんな時間にここにいるなんて、珍しい。

 あたしは嬉々として彼に言った。



「よっちゃん! よかった、ねえ、パソコン持ってる?」

「パソコン? 今?」

「うん」

「持ってないよ。だってここに住んでいる訳じゃないもん。智哉の借りれば?」

「・・それが・・・あの、今・・・取り込み中で・・」

「取り込み中?」

「・・その・・・まだまだ・・手が離せなさそうで・・・」

「いいじゃん、借りるくらい。あいつ何台も持ってるから、一台借りてきてやるよ」

「だっだめだめだめっ行かないでっ」

「・・・どしたの?」

「・・・あの人・・・その・・・ストレス解消中だから・・・」

「スト・・・・ああ」



 よっちゃんは納得した様に頷いた。整った顔であたしを見る。



「いつから?」

「え? さ、さあ、かれこれ2時間以上は・・」

「じゃ、もう終わるっしょ」


 気軽に言って気軽に歩きだそうとするから、えっ? 水島さんの部屋に行くの?


「ちょちょちょちょっと!」

「だーいじょうぶだって。俺が借りてきてやるから」

「・・・・」

「・・・そんな泣きそうな顔しないでよ。分かったよ、行かないから」


 だってぇ。あんなエロの邪魔はしたくないよぉ。あたしのせいで中断させたら、何を思われるか分かったもんじゃないよぉ。ただでさえ無理やり場所移動させたのに。


 気付けばよっちゃんのTシャツの裾を掴み、確かにあたしはべそをかいていた。

 よっちゃんは楽しそうにくっと笑った。



「そんなにショックなんだ」

「・・・新谷さんとおんなじ事言わないで・・」

「あいつ普段、女の影、ないからなー。特定の子とは付き合わないし。たまにその気になると乱れ食いだし・・・っておっと、これは余計」

「・・・・」

「大丈夫だよ、まこちゃんの事はかなり大切に思ってるから。珍しいんだよ、智哉としては。・・そんな、兄貴取られたみたいな顔しないの」

「・・・(また同じ事言ってる)・・・」

「で、なんでパソコン必要だったの? 今すぐ使う?」

「・・・浴衣の着方、調べたくって・・・」



 なんとなく恥ずかしくなって俯いて答えると、よっちゃんの少し素っ頓狂な声が聞こえた。



「浴衣?」

「・・・今日、友達と夏祭り行くんで・・・浴衣、着ようかな、と。今朝、家から持って来たんだけど・・」

「・・・友達って、香取くん?」

「・・・・」

「いいねぇ、デートかぁ。真琴ちゃん、一人で浴衣着るのは初めて?」

「毎年、着付けの方法をネットで見ながらだけど、一人で着ていたの。だから今年もやれるかな、と・・」



 割と簡単な着方なので、四苦八苦しつつも、なんとか一人でやっていた。女らしい事は結構苦手なあたしだけど、帯も結べることは密かな自慢だったりする。

 髪は、お母さんにしてもらっていた。



「僕でよければ、手伝おっか?」


 そう言われて、あたしは漫画の様に目が点になった。



「・・・はい?」

「俺、割と着物には馴れてるから。親戚の女の人や妹の着物、よく着せてやってるし」

「・・え? な、何故に・・・」

「実家が寺なんだ」



 ハンサムな顔でニッコリと微笑まれ・・・お寺?!



「・・・えぇー?!」

「おいでよ、手伝ってあげる」



 手を繋がれて、あたしは彼の後に続いた。けど、彼の手に萌えている場合じゃ無かった。

 お寺って、お寺って・・・将来、お坊さん?! 頭剃るのっ?





「ん・・っと。この足じゃ力、入んねぇなー」


 

 よっちゃんが帯をしめ上げる。

 浴衣のはしょりも、襟を抜くのも、彼はビックリするほど手慣れたものだった。もちろん中の下着とかタオルとか諸々の下準備はあたしが一人でやったけど、浴衣を羽織った後に来た彼は、「ちょっとごめんね」とか言ってあたしの体を見る事無く、とても手際よくやってくれた。本当に、ビックリした。



「・・・よっちゃん、怪我・・・」

「うん。足は大した事無いんだけど、手がね。不自由するよね。ちょっとここ持ってて」


 そう言って帯の端を肩越しに渡される。

「・・・」


 あたしは、包帯を巻いている自分の掌を握りしめた。



『あたしの右手の傷、無くなっている・・・!』

『そりゃヒトミのおかげだよ』

『・・・でも、他の人達は・・・』

『効く人効かない人、様々だって言ったろ? でも真琴には効くよ。これからもね。だから薫じゃ手に負えなくなった時、ヒトミにお願いしようと思っていたんだ、私は』

『・・・イットの先生とあたしにだけ効いた、なんて、なんかビミョー』

『・・・』

『獅子鷲の件もあるし・・・』




「帯は? 最近のリボンっぽい結び方、する?」


 後ろから言われて、あたしは目を丸くした。


「それもお寺で身につけたんですか?」

「妹にねだられて、ね」



 彼はクスクス笑いながら、帯を仕上げた。


「こっち向いて」



 そう言ってあたしの肩を抱き、ゆっくりと前を向かせる。

 優しい瞳が細くなり、愛おしそうに見つめられた。



「似合ってる。すごく、可愛い。・・・すごく、いいね」



 そう言いながらあたしの首筋に両手を這わせてくる。ドキッとした。

 彼はそのまま、あたしの後ろ髪を上に持ち上げた。手が、後頭部とうなじに当たる。

 彼は微笑みながら、耳に染みいる心地よい声で言った。



「髪はこんな感じだろ? アップにするモノ、もってんの?」

「え? あ、はい、一応・・」

「そっか」


 

 そう言って、あたしを見つめ続ける。

 どうしよう。やめて欲しい。忘れていた感覚が復活しそう。


「ちょっと待ってて」


 そういうと彼はにこっと笑って、部屋を出て行ってしまった。

 取り残されたあたしは、胸の鼓動を抑えつつも、かなりホッとした。



 なのに。



「・・・何なの?」

「まこちゃんの髪。上げてやってくれよ。智哉、こーゆーの得意だろ?」



 ラフなズボンにシャツを羽織っただけでボタンすら止めていない、乱れた前髪が額にかかって無駄に色っぽい水島智哉が、あたしの部屋の入口にもたれかかって、とっても不機嫌に腕を組んでいる。

 あり得ない、結局彼を連れてきたのっ? パソコンを避けた意味が無いじゃんっ。



「・・・お楽しみ中の所を狩りだされて、なんで僕が人のデートの支度を手伝わなくちゃいけないんだよ」

「いいだろ、ちょっとくらい。少し休憩しろよ」

「ガツガツしたい気分なの。たまには肉喰うんだよ、僕だって」


 

 水島さんは少し唇を尖らせてよっちゃんを睨む。

 睨まれたよっちゃんは楽しそうに笑うと、「まぁまぁ、こんなに可愛いんだから」と言いながら、あたしを鏡の前に座らせた。

 水島さんは諦めた様に頭をガシガシっとかくと、あたしの後ろに立つ。

 そして明らかに見下ろした態度で(実際、見下ろしてるんだけど)あたしに手を出した。



「ピンとゴム。ちょーだい」

「あ、はい」

「智哉は上手いんだ。たまに俺んちに駆り出されて、手伝ってるんだぜ」

「・・・はあ」

「そういやさっき、病院から連絡あったよ」



 手際良く髪をまとめながら、水島さんが言う。



「あの先生、目を覚ましたって」

「ほんとっ?!」

「動くな」



 低い声で脅されて、グイっと頭を前に向かされた。痛いってば。

 彼は滑らかに手を動かしながら話を続ける。どんな特技なのよ、これ。凄すぎる。



「ただね。頭が全然働いていないらしいよ。自分が何者かもそこが何処なのかも、誰が何かもさっぱりだって」

「・・・そんな」

「養生するとしても、夏休み明けに教職復帰は難しいかもね」

「・・・・・」



 言葉が、出なかった。

 ショックで頭が働かない。

 ふいに、加藤先生の笑顔が思い浮かんだ。そう言えばあの先生は、いつも笑っていた。


 先生が、先生じゃなくなっちゃった。

 もう、あの先生には会えないかも。



 ミイラ姿を見たときよりも、今の方がリアルにショックなのって、どういう事だろう?



「思いださないといいな」



 よっちゃんが低い声で、ボソッと言った。



「え?」

「彼は、イットである自分を消したかったんだろ? だったら思いださないといいな。その方があの彼女も安心するんじゃないか?・・・やり直しも、きくだろう」

「・・・・」

「文字通り、全てをリセット、か。羨ましいもんだ」



 皮肉っぽい言い方。あたしは押し黙るしかなかった。水島さんは何も言わなかった。



「出来た」



 急に言われて、いつの間にか俯いていたあたしは鏡を見た。

 そこには、髪を一つにまとめて左耳の上に可愛く止めているあたしがいる。

 無言で手鏡を渡されて後ろを写すと、そこは無造作に見えてとても素敵にまとまっていた。



「・・うわぁ・・」

「あとは適当に自分で飾ってよ。それじゃ、僕、戻っていい? 彼女達待たせちゃってるんで」

「盛ってんなぁ」

「よっちゃんに言われたくないよ。女切らした事、無いくせに」

「俺はいっぺんに二本以上の煙草は吸わない」

「トータルでは、あんたの方がヘビースモーカー」



 乙女な気分で鏡を覗いているあたしの後ろで、乙女なあたしにふさわしくない会話が繰り広げられている。



「彼女を可愛くしちゃってどうすんの? そんなに今の彼とくっつけたい訳?」

「・・・どういう意味だ?」

「寂しい元彼を慰めようって魂胆?」

「・・・なっ・・・」



 ああ、よっちゃんが遊ばれちゃってる。悪魔な幼馴染に。



「ちぇっ。義希が男にはしるなら絶対僕だと思ってたのに」

「・・・おっまえ、ふざけんなっ」

「真面目真面目。慰めてあげるから、寂しくなったらいつでもおいで? なんなら今から参加する?」

「俺にはそういう趣味はねぇんだよ。一人で戻れっ」



 エロ悪魔は意地悪そうな笑みを浮かべて、消えて行った。

 それを見送ったよっちゃんは、呆れた様に呟いた。



「・・・あいつ、拗ねてんなぁ」

「・・・よっちゃんのせいで?」

「? なんで俺のせい?」

「・・なんとなく・・」

「まこちゃんがデートするから、拗ねてんだろ」

「・・・そうかなぁ」

「そうだよ。あいつの表現方法、屈折してっから。こっち向いてご覧?」



 よっちゃんの手があたしの顎に伸び、そっと彼の方を向かせた。

 煌めく瞳に覗きこまれて、再びドキッとする。この人、本当に人との距離が近すぎる。問題だわ。



「ちょっとだけ、メイクしてあげる」

「えっ?」

「コレは俺の軽い特技。バイト先でね、メイクさんの女の子と付き合った事があって」

「・・はあ」



 この類の話には、もう何を聞いても驚くまい。


 彼はアイライナーを手に、微笑んだ。魅惑的な笑顔。



「目、閉じてご覧」


 

 ・・・ちょっと、異様なシチュエーションだと思う。だけど逆らえなくて、瞳を閉じた。

 どことなく、香取に後ろめたさを感じる。これをあの子が見たら、どうなるだろう? 

 

 でも、よっちゃんはあたしが対象外だし。あたしも、今会いたいのは香取だし。


 けれどもドキドキする。彼の手が、あたしの目蓋や頬の上を、繊細に、滑らかに滑ってゆく。

 彼の吐息が、頬にかかる。それをあたしが吸う。



「口、軽く開けて」



 心地よい声で囁かれて、あたしは薄く唇を開けた。

 彼の手が再び動くのに、しばらく間があった。何をしているのだろう、と思うと、余計にドキドキする。

 やがて、あたしの唇に、そっとリップが塗られた。潤いがあり滑らかで、これはあたしが普段使っているグロスなんだろう、と思う。


 はみ出てしまったらしい所を、彼の親指が拭い取った。


 

 そのままの体勢で、頬と口元に手が添えられたまま、再び動きが止まる。

 あたしは、じっと待った。



「・・・よっちゃん?」


 

 いくらなんでも間が開きすぎているので、そっと目を開いた。



「あ、ごめん」


 彼は慌てた様に手を引っ込めた。


「可愛いよ、マジで。ちょっとヤバいくらい」



 そう言って笑うのだけれど、彼の瞳が、僅かに戸惑っている。唇を、少しきつく結んでいる。



「キスする時の顔」

「え?」

「今の。キスする時の顔だったでしょ? そそられました?」



 あたしは彼の目を見つめたまま、悪戯っぽく、だけど挑発するように言ってみた。

 よっちゃんは一瞬目を見開き、それからすぅっと真顔になった。



「・・・俺の事誘惑して、どーすんの?」

「この間のお返し」



 ニヤッと笑ってみせる。散々振り回されましたからね。これくらいやり返さないと。

 あたしは余裕たっぷりに、彼の額を人差し指で突いた。



「惚れっぽいお兄さん。ヒトミを落とすのは難しいですよ? それともやっぱりあたしがいい?」

「・・・君へのご奉仕の、お礼がこれ?」



 よっちゃんが困ったように苦笑する。何言ってるの、まだまだ仕返し足りないくらいよ?



「お陰で彼氏とデートが出来ます。惚れ直させに、行ってきまーす」


 

 あたしが明るく手を振ると、彼は腕を組んで、満足そうに笑った。



「行っておいで。しっかり惚れさせて来い」







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