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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第六章 決着
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The closing day 7

 みんながヒトミに注目して、当のヒトミはかなり当惑していた。そして、お祖母ちゃんを見つめたまま呟いた。


「私が、何?」

「お前が、あいつを生き返らせるって」

 

 ヒトミの隣の香取が彼女に言って、彼女は余計に固まった。


「・・・は、はぁぁぁぁ?」


 ・・・すっごい。こんなに動揺したヒトミは、かなり久しぶりに見たかも。いつ以来だろう? 記憶に無いわ。

 でもさ、ミイラを生き返らせてくれ、なんて言われたら誰だってビビるよ。彼女も例外では無かったって事ね。



「ヒトミ。アレをやってくれないかい?」

「アレ? って何ですか?」


 ヒトミは本気で分からないらしく、お祖母ちゃんに真正面から問いかけた。

 お祖母ちゃんは彼女を見つめて、そして柔らかく微笑んだ。

 その笑顔をしばらく見たヒトミは、すぅっと顔を青くした。



「えっ? あれをですか?」


 えっ? 何をですか?


「・・で、でも・・・」


 次に彼女は、顔を赤くした。あたしはもう、ビックリ。顔を赤くするヒトミなんて、ホント何年も見ていないっ。彼女は口を片手で覆って、片手を軽く振って言った。


「・・え・・ちょっと・・無理・・」


 その狼狽ぶりに、好奇心がムクムクと湧きおこる。何何何? 何でそんなに動揺してるの? ヒトミは何が出来るの?


 でもそんなあたしの食いつき振りを更に上回る人物がいた。



「お願いっヒトミくんっ」

「唯ちゃん・・」

「お願いっ先生を助けてっ・・お願いっお願いっ」

「・・・」


 

 唯はヒトミの胸に縋りつく。ヒトミは両手を軽く万歳状態で、途方に暮れて唯を眺めた。

 そしてお祖母ちゃんを見た。相変わらず、お祖母ちゃんはニコニコとヒトミを見ている。

「・・・」

 ヒトミはもう一度、胸元の唯を見た。そして、お祖母ちゃんを見た。



「・・・・あぁ」


 そして、上げていた両手で顔を覆って、天を仰ぐ様にして固まってしまった。なっ、何っ?



 よっちゃんがあたしの耳元で、小さく囁いた。


「彼、どうしたの? 何が出来るの?」

「(彼・・・)さあ・・・、あたしにも分かりません」


 全く想像がつかない。でも、ヒトミが激しく抵抗を感じている事は、分かる。

 あたしは、上を向いたまま両手で顔を覆って固まっている彼女に近づくと、背中を優しくポンポンとした。



「大丈夫。怖くない、ほら、怖くない・・・いたっ」

「何か知らんが空気読め」

「何か知らないなら叩かないでよっ」



 頭を押さえて香取を睨む。勇気づけようとしただけなのに何よぅっ。よっちゃんがやると許されて、何であたしだとダメなのようっ。


 しばらくしてヒトミはほう、と溜息をつくと、手を降ろして、観念したようにお祖母ちゃんを見た。



「あの、人のいない所でなら」

「誰もいないさね。あたし達以外」

「・・・この人達、見るんですか?」

「恥ずかしい事じゃないだろ。お仲間だし、第一みんな、怪我をしているじゃないか。ついでだよ、ついで」

「・・・人に試した事、ないし」

「あたしは元気さ。それで充分」

「・・・・」



 ヒトミは眉間に皺を寄せて、眼を瞑った。

 口を薄く開けて黙り込み、今度は大きな溜息をついた。


「・・・人生最大の恥辱・・・」



 なんか、ヨーロッパの騎士がプライドを傷つけられました、って感じ。宝塚の男役が、哀愁漂うシーンを演じている時みたい、見た事無いけど。


 彼女はゴクっと息を飲むと、決心した様に眼を開いた。



「開き直った。どうすればいいんですか?」

「おっ。じゃあ、あの人の側に座って、顔を近づけて、後はいつも通りにやってごらん」

「顔を近づけるだけでいいんですね?」

「そう。響きがよく伝わる様に」

「はい」


 

 スタスタスタ、とミイラ先生に近づく。片膝をついて座って、彼の様子をうかがう。先生は、ああ見るのも嫌なんだけど、顔も首もどこもかしこもが、しなびて固まっている。皮膚の色は茶色じゃなくて、血色がひどく悪い色。そんな先生の傍らに唯も来て、彼の手を両手でギュッと握った。ひぇ。


 恐る恐るあたしも近づいて覗きこむと、ヒトミは顔も上げずにあたしに言った。



「真琴。これに対するコメントは一切聞かないから。何も言わないで」

「・・・・はい・・」



 あたしは思わず半歩下がって、構えてしまった。生唾を飲み込んで、一体何が始まるんだろう?



 どこからか、場違いな旋律が聞こえてきた。

 それは柔らかで魅惑的で夢見心地で滑らかで、風に乗って聞こえてくるようであり、空気を通じて、大気から聞こえてくる様でもあった。

 耳から聞こえてくる様でもあり、肌から感じている様でもあり、頭が聞きとっているようでもあった。

 大きな音量なのか、囁く様な旋律なのか、それすら分からない。



 それが、二歩先の足元に座っているヒトミの歌声だと気付くのに、たっぷり一分近くはかかった。



 眼を見開いて彼女を見る。

 彼女の歌は、そもそも何かの言葉を言っているのだろうけど上手くは聞きとれず、とてもうっとりするけれど、迂闊には聞き流せない繊細な何かがあった。


 そして何よりも、彼女の表情。


 目元がうっすらと赤くなり、瞳は潤み、睫毛は濡れ、唇は赤く染まり・・・て、滅茶苦茶色っぽい。中性的なあでやかさを身に纏い、どこか恍惚とした表情で、胸を締め付ける程、切なく歌っている。

 あ、あたし、ヒトミの歌は好きだけど、こんな歌い方は初めて見たっ。ドキドキして、目が反らせない。


 いつもは余裕をかまして毒舌皮肉屋の、人をからかう様な甘やかな視線がお得意のヒトミなのに、今の彼女は、どんな女も太刀打ちできない神々しさと色っぽさを持っている。

 眉根を寄せてあんなに切なく艶っぽく歌うなんて、あの表情、正直、裸を見るより恥ずかしいかもっ。マズイよドキドキするっ。



 何分続いたのか分からない。

 全身全霊でその歌声を聞いていたハズなのに、気付けばそれは終わっていた。

 見るとみんなも、戸惑った様に我に返ったように、お互い顔を見合わせている。

 夢見心地に身をゆだねていた訳ではないのに、まるで今まで、催眠状態になっていた様な気分だった。



 そしてなんと、先生の顔が元に戻っていた。

 顔色はまだ悪いのだけれど、しなびていない。お肌に張りがある。わっ、おじいちゃんから若返ったっ?!



「あの子の旋律には、独特の周波がある。歌も歌い方も、その家が代々受け継いだものだよ。これがまさしく、あの子の本領発揮さ」



 お祖母ちゃんが満足したように言った。

 ヒトミはまだ潤んだ目で、頬を少し赤く染めたまま、悔しそうにお祖母ちゃんを見た。



「おやおや、そんな顔をするでないよ。何よりも尊い力だ。誇りに思っても、恥ずかしがる事は無いだろう? 効いてよかった」



 お祖母ちゃんはニッコリと微笑む。

 そしてあたし達を見回して言った。



「この事はくれぐれも他言無用。この類の力は、昔から様々な争い事に巻き込まれてきた。水島さんならお解りでしょう? 皆でこの子を守ってやって下さい」



 水島さんが僅かに目を細めた。


 後から聞いた話だけど、サイコメトリーは、その力をあてにして様々な人が頼ってくるらしい。それにいちいち対応していると、彼は身も心も持たない。

 それと同じで、ヒトミのこの力も、人に知れるとそれこそ世界各地から、人々が大挙してやってくるらしい。それでヒトミのご先祖様は苦労したそうだ。しかも彼女の歌は、誰でも若返らせる訳でも、誰の病でも治すという訳でもない。すると恨まれる。目の前の病人を治せないという十字架を、彼女も背負ってしまう。


 でもそれって、医者と同じじゃん。

 そんな事言ってたら、お医者様はやっていられないじゃん。



 こんなあたしの思いが甘かった、と思い知るのは、ずっとずっと後の事。




 ヒトミは立ち上がると、先生と唯を見下ろした。唯は先生に覆いかぶさり、声も無く泣いている。先生はまだ目を覚まさない。

 それをなんとも複雑な表情で見た後、あたしと目があった。途端にムッとした顔になる。あたしは慌てて言った。



「何にも言ってないよ」

「・・・」

「いいじゃん、すごいじゃん・・・て、何にも言ってないってば」

「・・・」

「・・いつからなの? ていうか、なんでお祖母ちゃんが知ってるの?」

「うちの植木が毎年素晴らしい花を咲かせるのは、ヒトミのおかげさ」



 満足そうにお祖母ちゃんが言って



「・・・花?」

「そうそう。肥料入らずでね」

「・・・肥料・・・」



 あたしは唖然とヒトミを見上げた。



「・・・花咲かじいさん・・?いたっ」

「・・・」


 ヒトミはあの艶やかで恍惚とした表情を見られたのがよっぽど恥ずかしいのか、先ほどから一言も発しない。無言であたしの頭を叩いた。やめてよっこの怪力女っ!


 よっちゃんが、ボソッと呟いた。


「・・・俺、先、行ってる・・・」



 彼はびっこを引き引き、去っていった。


「・・・・」


 この後始末はどうするんだろう? 沙希が消えた事がやっぱり辛いんだろうか?


 そう思って彼の後姿を見ていたら、横で水島智哉の冷めた声が聞こえてきた。



「あーあ、あいつ惚れちゃったよ」


 ・・・はっ?

 ・・・惚れた?

 ・・・よっちゃんが?


 ・・・誰に?


「・・・はい?」

「でもなんか悩んでるみたいだから、面白いんで放っておこう」



 彼が半眼でよっちゃんの去った方向を眺めている。

 あたしは絶句した。



「・・・って、まさか・・」

「言ったでしょ? 惚れっぽいって」


 ・・・嘘だ・・・。


「昔っから面食いだから。でも男に惚れてどーすんだろ。男じゃないけど」

「・・・・」



 ・・・それで悩んでいる、と・・?

 ちょっと沙希はどうなったの? そんな簡単でどうするの? いや、簡単じゃないのかもしれないけど、堪らない程惚れていたんじゃないのっ? 自分が狂っちゃうのも厭わないくらいっ・・・!


 いや、聞くまい・・・。新しい人に目を向けるのはいい事だ・・・。あんな化け物に捕らわれているくらいなら・・・でも何で、あの子・・・。うっそでしょ・・・。



 なんとも複雑な胸中であたしが黙り込んでいると、お祖母ちゃんが近づいてきた。

 みんなは既に想い思いの事をしている。



「真琴。お前、何か持ってるかい?」

「は? 何かって何?」

 ハンカチチリ紙? 無いよ、今は。


 するとお祖母ちゃんは、勝手にあたしのポケットに手を突っ込んできた。


「ちょっとお祖母ちゃん、何?」

「・・・」


 お祖母ちゃんは眉間に皺を寄せて動きを止め、ゆっくりとポケットからソレを取りだした。



 それは、なんと、あの獅子鷲だった。



「コレ・・!」

「しっ!」



 大声を上げそうになったあたしの口を、お祖母ちゃんは片手で覆った。

 だけどあたしの頭の中は大パニック!! なんでコレがあたしのポケットにあるのっ?? ロンドンに持って行ったんじゃないの? あたし入れた覚えなんて無いっ! 今朝は確かに無かった!!



「いいから黙ってお聞き。これこそ他人に言うんじゃないよ」


 お祖母ちゃんは小声で厳しく囁いた。


「これは私が預かっておく。いいね? 誰にも、例えあの子達にでも言うんじゃないよ。分かったね?」



 その迫力に、あたしは口を塞がれたまま、お祖母ちゃんを凝視して頷いた。

 お祖母ちゃんはそれを素早く自分のポケットに滑り込ませた。



「・・・どうするの、それ・・?」

「後から考える。お前は心配しなくてよろしい」

「・・・何で、あたしのポケットに・・・」



 お祖母ちゃんはあたしを見た。



「・・・お前が今日やった大技おおわざ、あれは多分、これのせいだよ」

「・・・え?」

「お前が呼んだんだ、多分」

「・・・え?」



 呆然とお祖母ちゃんを見上げる。

 お祖母ちゃんは、厳しい顔つきで言った。



「真琴。お前は、世界を動かす何かを持っているのかもしれない。望むと望まざると、関係無く。もう、今までの様に逃げてはいられない。覚悟しなさい」



 あたしは血の気が止まる、思いがした。



「・・・意味が、分かんない」

「私も分からない」


 

 お祖母ちゃんはあたしから視線を反らすと、遠くを見た。

 その横顔は何かを思いつめているようで、ヒトミに見せていた笑顔とは全然、深刻さが違っていた。

 

 あたしはゴクっと生唾を飲み込んだ。

 学校の中。後始末に追われる仲間達。それを黙って見ているお祖母ちゃん。

 それを見つめるあたしは、自分の状況が、目の前でみるみるうちに変わっていくのを眺めている気分だった。




 あたしの人生。

 第二章が始まるのかもしれない。




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