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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第六章 決着
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The closing day 6

 ポカン、とした。

 何もかも、消えてしまった。

 頭痛まで、消えてしまった。



 急に頭の中の霧が晴れた様に、あたしの眼には鮮やかな景色が戻ってきた。体の痺れも無くなっている。



 あの暗闇は、何だったのだろう?

 沙希は、どこに行ってしまったのだろう?

 あたしは彼女を、どこに突き飛ばしたのだろう?



 唖然としたあたしは、後ろであたしを抱きとめている人を、ゆっくりと見た。



「・・・お祖母ちゃん!」

「真琴」


 あたしの腕を掴んで引き戻していたのは、なんとお祖母ちゃんだった。

 あたしはガバッと身を起こした。


「何でここに?」

「ヒトミから連絡を貰ったんだよ」


 お祖母ちゃんは眉間に皺を寄せて、顎を引いてあたしを見ている。これは、お説教をする時の顔だ。ええっ? 何でここに来るのよっ。連絡貰ったって、いつの話よっ!



 ビックリしていると、お祖母ちゃんは視線をあたしから、前方の空間へ、移した。


「・・今のはサキかい?」


 ギクッとした。お祖母ちゃんの眉間の皺は消えていない。難しそうな顔をしているけど、複雑すぎて表情が読めない。


「・・うん」


 あたしは少し俯いた。沙希が消えたのは現実なんだ、と思った。それにお祖母ちゃんはやっぱり沙希を知っている。彼女だって、そう言えば何回もお祖母ちゃんの名前を出していた。


「知り合い?」

「・・昔ね」


 お祖母ちゃんは表情を崩さず、それでも彼女が消えた空間を眺めつづけていた。

 そしてあたしに視線を戻すと、今度は穴が開く程、真顔であたしを見つめ出した。


「何・・・?」


 あたしは冷や汗が垂れ始める。だ、だって、お祖母ちゃんにこれほど凝視される事、生まれてこのかた記憶に無いよ・・。


 

 その後ろから、制服がよれよれになったヒトミがやってきた。


「真琴・・今の、何?」


 疲れ切った様子だけど、驚愕の表情であたしを見ている。そんな顔のヒトミも初めて見たので、あたしはギクッとなった。


「え?」

「さっきのアレ・・」



 まるで初めてあたしを見るように、幼馴染があたしを見る。

 彼女の後ろで、水島さんも、そして香取までもが同じ表情をしている。あり得ないものを見るように。

 あたしは途端に、胸が物凄く痛くなった。



「・・えっと・・あたしもよく、わかんない・・」



 あたしの後ろで、掠れた声が聞こえた。


「・・空間を操るって・・」


 

 振り返ると、よっちゃんが立っていた。

 足を引きずる様にして、腕を下げ、首から血を流し、目は、愕然と見開かれていた。


「・・・こういう事か・・・・」



 あたしは顔から血の気が引いて行くのが分かった。皆の視線が、あたしを追い詰める。ヒトミが眉根を寄せて、厳しい顔つきで聞いてきた。

 


「あそこ、どこ?」

「さ、さあ・・・」

「異空間って事?」

「えっ? ・・さあ・・・」

「何も分からず、やったの?」

「・・やったっていうか・・・そうなってたっていうか・・・」



 四面楚歌。そんな言葉が浮かんだ。空気が冷たく刺さる。おかしい。ここにあたしの敵なんていないのに。


 泣きそう。



「・・成程・・」


 水島さんが、目を細めて小さく言った。

 次の瞬間、



「あー、びびった」

「また一つ、世界が広がった」

「世の中は不思議な事だらけだな」

「ユーレイ初めて見た時くらい、ビビった」



 水島、ヒトミ、よっちゃん、香取の順に口を開き、

 そして香取の台詞に、みんなが目を向いて食いついた。


「えっ?! 幽霊見た事あんのっ?!」

「・・・この場合、幽霊よりお前らの方がよっぽど珍しいと思うが?」


 香取の、生ぬるい目。

 いやっ、でも幽霊なんて見た事ないっ! 恐すぎるっ。


 水島さんが振り向き、いつもの冷たい目であたしを見下ろして言った。



「ま、あんな大技は滅多に見れないからビックリしたけど、いいんじゃないの? そういう事も出来ますって事で」

「でもやりすぎない方がいいよ。寿命縮めちゃうよ?」



 優しいよっちゃんが、暖かい眼で心配そうに言ってくれる。

 失ったと思った居場所を取り戻したあたしは、一気に生きた心地を取り戻した。

 すると水島さんが、更に冷たくよっちゃんに返した。



「じゃ、ハンターなんか誘わなきゃいいんじゃない?」

「・・・・」


 グッと言葉に詰まるよっちゃん。そして悔しそうに彼を見上げて、水島さんはツンと横を向いた。

 ・・・この二人、なんかあったのかな? そう言えばこの間も喧嘩してたな。


 まあ、何とかは犬も喰わないって言うし? (夫婦みたいなもんでしょ、この人達)


 気を取り直したあたしは、お祖母ちゃんに向き直って訪ねた。地面に転がっている大勢の生徒達を指さす。沢山吸ったな、彼女。


 

「この人達、何で倒れてんの? ・・沙希が死んだから?」

「さあ。それはどうだろうね」

「えっ? あの人、死んでないって事?」

「・・さあ」

「・・どこに行ったの、彼女?」

「さあ」

「・・・」



 ・・役に立たない。何しに来たんだ、この人。



 その時、急に叫び声がした。

「先生っ!」


 振り向くと、いつの間にか気が付いた唯が、ミイラに抱きついている。


 正直言って、ギョッとした。あんまりにも異様な光景で。



「唯」

「先生っ先生っ!」


 唯はミイラを激しく揺すぶっている。わ、わ、そんなに揺らすと腕とか取れちゃうんじゃないの? ポロ、って。それでも死んでるんだから関係ないのか、ってそんな事じゃなくって、そもそもなんでアレが加藤だって分かるの? 愛の力は偉大ね、って服装からなの? ああ、マジで首が取れそうっ。



「唯、唯・・」

「真琴っ先生を助けてっ」


 

 唯が勢いよく頭を上げて、涙でぐちゃぐちゃになった顔であたしを見た。えっ? ミイラを助けろって?!



「唯、先生はもう・・・」

「まだ息をしてるっ」

「えぇっ?!」



 うっそでしょっ? あたし達は飛び上がった。息をしているミイラなんて、聞いた事ないよっ。

 お祖母ちゃんが素早く脇に座りこみ、鼻の下とか、首の付け根とか、胸とか手首とか、いろんな所を触ったり、耳をくっつけたりしている。ひぇぇっお祖母ちゃん偉すぎっ、流石は獣医っ。

 はっ。医者を目指しているあたしも、あれぐらいは出来ないといけないのっ? 例え相手がミイラでも? うひょぉっ。


 眼を白黒させているあたしの足元で、お祖母ちゃんはあたし達を見上げると、少し難しそうな顔ででもハッキリと、頷いた。マジですか?!


 だけどあたしに縋りついた唯の台詞を聞いて、あたしは更に驚愕した。


 

「先生は苦しんでいたの。なんとか上手くやろうとして、真琴の事も守りたくって必死だった。鞄にグリフィンを入れたのは私よっ。真琴なら何とかしてくれるだろうと思って、私が入れたのっ」

「・・え・・」


 ・・唯が、アレを、入れた?


「お願い、先生を許してあげて。お願い、先生を助けてあげて」

「・・唯・・」



 あたしは生唾を飲みこみ、信じられない思いで唯を見た。

「何で、あたしの事を・・・」



 唯はあたしから手を離し、辛そうに俯いた。


「先生がどういう人間なのか、私は知っている。真琴のお友達がどんな人達なのかも」


 唯の断言に、あたしは驚いた。



「今までの事件に、真琴と香取君がいつも絡んでいた。私、二人は一体どういう関係なんだろうって思っていたの。でも真琴はそれには触れられたくなさそうだったし・・・。真琴はいつも、何かを隠している感じがして、私はやっぱり、少し寂しかった。・・・そんな時にね、気付いたの」


 唯が濡れた瞳で、再びあたしを見る。



「加藤先生も同じ雰囲気だ、って。真琴と似てる、って」



 なんとなく、言葉に詰まる。口を開けなかった。

 似てる、って。何が?

 それが聞けない。



「・・先生が聞かせてくれた話から・・・私は、真琴がハンターだと思っていた」



 唯はまた泣きそうな顔をしながら、自嘲して笑う。



「真琴は先生の事に気付かない。先生がおかしなことをしなければ、自分を保って暴走さえしなければ、先生は誰にも気づかれずに済むと思ったのよ。・・なのにあの小さな置物のせいで、先生はトラブルに陥っている。あれさえ、あれさえ手元になければ・・・」



 再び興奮が舞い戻ってきたのか、彼女は喉を詰まらせて唇を震わせた。



「・・君はいつ、彼の正体に気付いたんだい?」


 

 側に立って話を聞いていたよっちゃんが、静かに尋ねた。



「・・先生が、泣いていたから・・・私を吸った後に」


 

 唯は俯いたまま、誰にも表情を見せずに言った。



「面談中に・・色々話していて・・私の事とか、先生の事とか・・いつの間にか気を失っていて・・目を覚ましたら、先生が・・あたしを抱いていたの。・・・・声を押し殺して、涙を流してた」



 震える彼女の肩を見ながら、あたしはぼんやりと考える。加藤先生に一線を越えさせてしまったモノは、一体何だったのだろう? たまたま目の前にいたのが唯だっただけなのだろうか? それとも、恋愛感情が高まると、相手の気を吸いたくなるのだろうか? 或いは、エジプトで獅子鷲を手に入れる時点で既に、一線を越える行為をしていたのかもしれない。後は雪崩のように、自分の本能を止められずに。



「びっくりして、問い詰めて問い詰めて問い詰めて、そしてやっと、全てを話してくれた。聞いた時は驚いたけど、でも恐くは無かった。むしろ嬉しかった。だって先生は先生だもん、そうでしょう? 先生はそのまま行方をくらまそうとしたけど、私が引き止めたの。だって先生はそういう風に生れついただけで、何も悪くない! 先生のせいじゃない! 現に私は生きている!」



 あたしは以前に唯とした会話を思い出して、聞いた。


「・・沙希に話したのも・・」


 途端に唯は、ギクッと動揺した。


「何も言っていない。ただ中村先生が、あなたの学校で事件が起きたようで大変ね、って言ったから、親友が巻き込まれて本当に心配です、って言っただけ」



 ・・中村先生・・沙希の事? ・・・やっぱり彼女は唯の塾講師・・



「唯・・彼女に、相談に乗ってもらってたんでしょ・・?・・先生の事」



 あたしがそう言うと、唯は苦しそうに目蓋をキツく閉じた。

 そしてあたしに背を向けて、先程から立ちつくしているよっちゃんと水島さんに向かって言った。



「お願いします。全部私のせいなんです。先生を助けてください。先生を・・」



 我慢が出来ずに嗚咽が漏れ、彼女はそのまま体を折り曲げるように、額を地面につけた。



「・・助けて、下さい・・・」

「・・唯・・」



 あたしは絶句した。他の誰も、何も言わない。唯のすすり泣きだけが聞こえ、とても重い空気が流れた。



「悪いけど、無理だよ」



 落ち着いた声で、冷静に答えたのは水島さんだった。



「イットに喰われた人間は、自己回復を待つしかない。それに彼はいくらまだ息があるとはいえ、普通の人間ならこんな状態では生きられない・・人間じゃないから、生きているんだよ」

「だから・・っ」

「あきらめろ」



 冷たく突き放す様に、よっちゃんが言った。敵意すら感じさせる言い方で、普段の優しさが微塵も感じられない。彼が女の子にこんな物言いをするなんて、予想はしていたけど信じられなかった。


 

「人喰いのイットを生き返らせるような理由は存在しない。すべも存在しない。あったところで、俺たちに頼みこむのはお門違いだ」

「そんなっ」



 唯は非難めいた色をにじませ、驚いたようによっちゃんを見た。

 そしてあたしを振り仰いだ。

「真琴っ」



 最後の頼みの綱。彼女の瞳がそう言っている。この綱を取らなかったら、あたしと彼女との絆も絶たれる。


「・・唯・・」


 どうすればいいのか全く分からないあたしは、彼女を見つめたまま狼狽するしかなかった。



「・・沙希に喰われたのかい?」


 お祖母ちゃんが、静かに聞いてきた。

 おかげであたしは、唯から視線を反らす事が出来た。ホッとした。


「・・うん・・・」


 おばあちゃんはミイラになった先生を黙って眺めて、そして言った。



「通用するかどうかは解らないけど、手段はあるよ」

「えっ?」

「ただしここまで激しく喰われた人間を私も見たことがないから、全く元の通りに戻る保証はないよ」

「・・と、言うと・・」

「とにかく、やってみるさね」



 お祖母ちゃんは先生を見たまま、僅かに微笑む。あたしは仰天した。

 

「お祖母ちゃん?」

「宮地さんっ?」



 あたしよりも仰天の声を上げたのは、よっちゃんだった。でも彼の声には、驚きだけではない、明らかに拒絶の響きが混じっていた。



「医者はね。目の前に患者がいて、治してくれと頼まれれば、例えかたきでも治さざるを得ないんだよ」

「そんなバカなこと・・っ」

「あんたは自分の仕事を全うすればいい」



 背筋をぴんと伸ばしたお祖母ちゃんからは、どんな反論をも跳ね返す硬質な雰囲気が放たれていた。



「道に外れたイットを切る。あなたにその資格があるのか、彼がどれだけ道に外れた事をしたのか、考えどころではあると思いますけどね」


 

 よっちゃんは眼を見開き絶句して、顔が少し赤くなった。

 そして我慢がならない様に、お祖母ちゃんに向かって叫んだ。


「人を吸っている時点で充分道に外れています! 彼はそれを自覚していた」

「でも誰も殺していないっ」


 唯がすかさずよっちゃんに叫び返す。彼は唯に向かっても怒鳴った。


「結果的にだろっ。殺人未遂を野放しにするのかっ」



 お祖母ちゃんは静かに言った。


「少なくとも処刑はしないだろうと思いますが。私の口出す事ではないのでしょうね。おかみはあなた方を信頼してこそ、そのお仕事を任命されたのでしょうから」



 凛とした眼差しで、射抜くようによっちゃんを見て、言葉を続けた。



「でも、それに溺れるような事になっても、誰もあなたを助けてはくれません。そこを充分に気をつけて、自分は神ではない事を自覚おしなさい。さもないとあなた自身が、狩られる立場になりますよ」



 強烈な台詞に、あたしは衝撃を受けた。狩られるって、よっちゃんが? そんな訳無いじゃないっ。そんな恐ろしい事、起こる訳が無い。

 そう言いたいのに、言葉が出ない。誰もが、お祖母ちゃんに逆らえない。理屈だけでは無い強さと、強さだけでは無い道理がある。そして何より、オーラがある。



「個人的な恨みは、個人的に晴らしなさい」


 

 よっちゃんは何も言えずに、押し黙るしかなかった。

 そんな彼を、水島さんは無表情に眺めていた。


 一方のお祖母ちゃんは唯に向き直ると、何も気に留めていない様に晴れやかに微笑んだ。

 


「さてね。彼を元に戻せるとしても、やるのは私じゃない。私にはそんなわざ、さっぱりないからね」

「え? だってお祖母ちゃん、さっき自分で医者は云々って・・」

「やるのは、私じゃない」


 

 楽しそうに笑って、お祖母ちゃんは横を見た。



「ヒトミだよ」



 大きな木にもたれかかって腕を組み、第三者を決め込んでいたヒトミは、いきなり名前を呼ばれて唖然とした。


「えっ? 私?」



 体をおこす事も忘れ、口を半開きにしていた。

 


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