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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第六章 決着
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The closing day 4

 おとなしくなったあたしから、香取は身を引いた。ポケットからハンカチを取り出し、血で染まったあたしの掌に巻き付けている。

 ハンカチが、みるみる赤くなっていった。


 あたしは呆然と座りこんだまま、彼を見た。



「・・・香取・・」

「とにかく、ここから逃げよう。山本を連れ出すんだ、行くぞっ」



 香取は強い瞳であたしを見ると立ち上がり、あたしの上腕を掴んで引っ張り上げた。

 唯も加藤先生も既に部屋にはいない。あたしは香取に引っ張られて、廊下に出た。


「よくもやったわね・・・」


 部屋に一人残した沙希の呟き声が背中にかかったけど、それを振り切る様に走りだした。

 廊下を走り階段に辿りつき、2階の踊り場までたどり着いた所で、あたし達は唯達を見つけた。

 正確には、唯と加藤先生と、そして何故かヒトミが、踊り場で立ち往生をしていた。ヒトミがいる事に驚いたけどすぐに、もっと異常な事に気付いて息を飲んだ。



「・・な、何・・・」


 男子生徒三人に囲まれている。一目見てわかった。あの時の男子生徒と同じ目をしている。今度は匂いも感じた。間違いない、操られている。


 そんな事が出来るのは、彼女しかいない。


 あたしは先程とは打って変わって興奮はすっかり冷めてしまい、思わずたじろいで小さく呟いた。

 

「・・どうしよう・・・」

「・・突破するしかないだろう」



 香取は彼らを見据えながら、その眼差しに力を込めた。腕を構えて、完璧な戦闘態勢だ。改めて、喧嘩馴れてる様子に感心する・・これもあたしのせい?

 加藤は、気を失っている唯を抱きかかえたまま、余裕無く相手の生徒達を眺め回していた。あの人が唯を吸っていたんだと思うと、今すぐにでも彼女を取り返したい気分だけど、それは無理。表情からしても、きっとここでは唯を守ってくれるのだろう。それに賭けるしかない。


 ヒトミは眉をひそめた。口を僅かに尖らせ、気乗りしなそうな様子だけど、何故か両手首をグルグルと回している。



「私、腕力には自信があるんだけどゲーセンでしか試した事なくて・・・」


 ・・・あたしは知っている・・ゲーセンでのパンチゲーム、新記録を出した事があるのよ、この子・・。ピアノをやめた一時期、狂ったようにハマっていたから。もう指を気にしなくていい、って。

 あのでっかい手で殴られたら、男でも気絶するわよ、ううん、それじゃ済まないかも。



こぶし傷めんなよ」


 ヒトミの威力を知らない香取は、彼女をチラッと一瞥すると優しい言葉をかけた・・・優しい言葉?

 うん、確かに気遣っている様にも聞こえるけど、ソレ、女の子にかける言葉かしら? むしろ男同志で交わされる、「一緒に殴ろうぜ」系の台詞じゃない?


 とか思っている間に清々しい音がして、生徒が一人転がった。正確には、軽く吹っ飛んだ。

 あたしが本気で引いていると、当のヒトミは満更でもない顔で言った。

 


「気持ちいいもんだね」

「素質、あるんじゃね?」



 香取が軽く驚きつつも満足そうに言うと、ヒトミも切れ長の眼を彼に向けてニヤッと笑った。て、あんたらバディかいっ。何、その通じ合っちゃってる雰囲気は。いつの間に?

 ああこの場合、男同士の友情を微笑ましく見守るべきなのか、それとも彼女に嫉妬の炎を燃やすべきなのか。もうヒトミっ。あんたのその紛らわしい立ち位置があたしを悩ませるのよっ。


 と、あたしは一人で乙女の世界に入りそうになって、そこで気付いた。げ、一人増えてる。ヒトミが一人倒したのに、後ろから一人増えてる。


 驚いていると、倒したはずの生徒が早くももぞもぞと動き出した。目つきまでは見えないけど、雰囲気は変わっていない。正気に戻ったとは思えなさそう。つまり、殴っただけじゃダメなんだ。



「でもそうしたら、あの人達はずっとあのまま・・」


 

 あたしがそう言った時、健全なる3人が一斉に飛びかかってきた。ひぇぇっ、あたし、お兄にちょこっと教わったなんちゃって護身術しか持ってないよぅ、素面しらふのあたしを襲わないでよぅっ。


「うわっ」

「くっ」


 あたし達はかろうじてかわす。あたしは突き飛ばすのがやっとだった。だってここ、廊下だよ? すぐ側は階段だし、下手にやりあって足でも滑らせて、打ち所が悪かったら死んじゃうじゃん。死にたくないけど、殺人犯になるのもやだっ。


 香取はあたしの手首を掴むと、階段を駆け下りながら怒鳴った。


「んな事、後から考えろっ」


 そんな事、とは、操られている生徒たちの事。

 あたしは彼に引きずられながらも、天井を・・旧校舎4階を見上げながら呟いた。



「でも、全てを解決する唯一の方法がある。・・諸悪の根源を断てば」



 そう、彼らを操っている大元おおもと・・彼女を消せば、みな正気に戻る。だってあの時の彼らがそうだった。


 後ろからヒトミ達もついてくる。香取は走りながらあたしをチラッと見ると、意志の強いまっすぐな目を前方に向けて、言った。



「どうしてもりたいなら、俺がる」



 瞬間、あたしの心臓がドクン、となった。殺人を犯す香取。彼は本気だ。本能的に恐怖が沸き起こる。例え相手がイットでも、そんな事をしちゃダメだ。激しい思いが心を支配した。


 そんな香取、あたしは見たくない。



「・・無理だよっ」


 上手い言葉が見つからず、咄嗟にそう叫んだら、


「そう思うか?」


 間髪置かずに香取に言われた。ギクッとなる。


 あたし達は旧校舎一階にたどりつき、唯一開かれている渡り廊下に向かって走り出した。

 香取は前を見据えながらキッパリと言った。



「今のお前の方が無理だと思う。目の前の状況に流されて、深く考えずにやっちまっていいのか? 宮地はそれでも、これからの人生を生きていけんのか?」



 その言葉を聞いたあたしは、胸に刃物を突き付けられた様に感じた。人殺しをして、誰にもバレずに罪に問われないとしても、お前は平気なのか。彼はそう尋ねているんだ。


 その時、目指す出入り口から急に人影が現れた。と気付いた時にはいきなり襲いかかってきた。二人以上いる。ひぇっ。

 香取が勢いよく、相手のお腹に横蹴りを入れた。

「がっ」

「いやっ」


 倒れた生徒があたしに腕を伸ばしかけたので、咄嗟に頭を殴ってしまう。彼は完全にのびてしまった。すぐに横から後ろから手が伸びる。あたし達は来た道を勢いよく引き返した。

 あたしはもう、手を滅茶苦茶に振りながら、相手を突き倒したり張倒したりしながら、大声で香取に怒鳴った。もういやっ。



「深く考える時間なんかないじゃんっ」

「じゃあやめとけ」



 追手を引き離した所で、彼は廊下の窓を開けた。後から来たヒトミに目配せをする。

 彼女は軽く頷くとひらりと窓を乗り越え外に出て、あたしの隣に来た加藤先生に手を出した。

「彼女を」


 先生は息を切らしながら、抱きかかえていた唯をヒトミに渡す。青白い顔色で目を覚まさない彼女を見てあたしはすごく辛くなり、怒りに満ちた目で加藤を睨んだ。


 すると香取があたしの肩を掴み、乱暴に自分の方に向かせた。

 長い睫毛の比較的大きな瞳が、まっすぐにあたしを覗きこんだ。



「自分を見失うな、宮地。見失ったら、何をやっても失敗するぜ。上手くいかないし後悔する」



 強い光を放って煌めく彼の黒い眼に、あたしは吸い込まれる。

 香取はそんなあたしの中に割り込むように、視線を絡ませ顔を近づけ、低い声で言った。



「何かを成し遂げたいなら、目を開け。落ち着いて、自分がやるべき事を瞬時に判断するんだ。それが出来るのは経験だけだ。無理なら踏み止まれ。流されるな、支配されるな。それはお前じゃない」



 彼の言葉が、視線が、吐息が、全てあたしの中に入り込み、あたしの胸を内側から激しく打った。

 あたしは、心が絡み取られたように、呆然と彼を見つめた。


「・・香取・・・」


 

 綺麗な造りの少年の顔の奥には、あたしが足元にも及ばない大人の彼がいる。

 あたしはゆっくりと息を飲み込み、口を開いた。

 


「あんた本当に16歳?」

「言う事はそれか?」



 呆れた様な、失望した様な、そして少しイラッと来た様に彼が突っ込む。

 いつものペースを取り戻したあたしは、横目で彼を眺めてからかうように言ってやった。


「だってその悟り、お爺ちゃんみたい」

「・・・あぁ?」



 喧嘩売ってんのか? という彼の口癖が聞こえてきそうな表情。片眉を上げてあたしを睨んでいる。あたし達の脇では、加藤先生が窓を越えて行く。

 あたしは未だにドキドキする胸を隠すようにしながら、香取に促されて窓枠に乗った。


 二度惚れした、なんてバレたら、大変な目に合うわ。



「・・もしあたしがああだったら、どうするのよ」



 窓枠の上で、あたしは目で唯を指して言った。唯は再び先生に抱きかかえられている。先生は、本当に唯が大事そうで、その顔は教師でも、獲物を手にしたイットの顔でもなかった。



「決まってんだろ。死んでもぶっ殺す。つか、死ぬまでぶっ殺す」



 香取の憮然とした表情。そこにはさっきの大人びた様子も無いし、筋の通った口調も無い。感情に任せて物を言う、いつもの香取大王だ。ていうかあんたのその台詞、意味よく分かんないし。


 おまけに、可愛いとか思っちゃうし。そしてやっぱ、嬉しいし。


 あたしはクスッと笑った。


「さっきと言う事違うじゃん」


 そう言って飛び降りる。

 香取はわざとらしくトボケた表情をしながら、窓枠に乗った。


「当り前だろ。16歳なんだから」

 

 

 その時、向こうの方から人騒がしい物音がした。

 新しい追手か、と思ってギクッときたら、後ろからは廊下を駆けてくる古い(?)古い追手の音もして、あたしは飛び上がった。もーっ、疲れたっ!! 誰かどうにかしてっ! この際、無責任と言われようと他力本願と言われようとどーでもいいからっ。なんとかしてっ!


 

 複数の人影がやってきた。女の子まで混じってる。うわ、かわいそうっ。左右どちらに逃げようかと視線を走らせた時、鈍い音と共に、彼らがほぼ同時に地面に倒れた。何事?



 その後ろには、よっちゃんと水島さんが立っていた。きゃぁっ、暗闇の中の一条の光っ!









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