表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第一章 面倒臭いんです
6/67

What's happened with you? 2

唯は地理の授業を休んだだけで教室に戻ってきた。

そう言えば最近、彼女は疲れた顔をしている。きっと真面目に勉強をしているんだろう。

控えめで穏やかで、芯から心優しい唯が、あたしは大好き。

面倒事は大っ嫌いだけど、唯が困っているならなんとしても助けてあげたいと思う。

でも受験勉強ばかりは、助けてあげられないものねえ。


「唯、先は長いんだから、今のうちからこんを詰めない方がいいよ?」


そう声をかけながら唯の分を板書したルーズリーフを渡したら、彼女は少し微笑んだ。


「本当に、ありがとう」

「読めるといいんだけど」


加藤にはくやしいけど、あたしは本当に悪筆だ。何故かは知らないけれど、クラスでも相当有名なの。


その時、クラスの女子がやってきた。少し恥じらいながら、でも目を輝かせている。

「ねえねえ宮ちゃん、香取君ってどんな人?」


・・・何であたしに聞く?


「どういう意味?」

「ほら、あたし達って彼と話せないじゃん? だから、どんな人なのかなーって」


あたし達?

見ると、彼女の後ろに3人の女の子が控えていた。自称、ヒトミファンの子達だ。成程、あたし達、ね。


「話せばいいじゃん」

「えー、だって恐いもん」


あたしはちょっとビックリした。だって彼は、クラスでかなり上手くやっているハズでは?


「香取君ってさー、女の子とは話さないよねー。ちょっと近寄りがたくって。でも宮ちゃんとは仲いいじゃん」


そっか。確かにあんな性格じゃ、女の子とヒヨった会話なんて出来そうにないものね・・・てちょっと待って。


「・・・仲が良い?」


聞き間違ったのかな?


「だって地理の授業、二人で仲良く資料持ってきたでしょ?」

「・・・・」

「多分、香取君とお話出来ている女子って、宮ちゃんだけだよ。ねー」


そう言って彼女は、後ろにいるお友達に同意を求めた。後ろの子達も、ねー、って言っている。


「ね、だから教えてよ。香取君て背が高くて美形でかっこいいのに、恐いよね? どんな話をするの?」

「・・・世界経済、かな・・・?」

「え? 何?」


世の中、お金が全てだそうです。


「何でもない。話してないよ、全然。無言だった」

「えー、そっかあ。仲直りしたんだとばっかり思っていた。喧嘩するほど仲が良いって言うじゃん」

「良くない良くない、さっぱり良くないから」

「そっか。宮ちゃんにはヒトミくんがいるもんね。あんな優しくてカッコいい彼氏がいたら、他に興味なんて湧かないよねー」

「・・・・」


唯が笑いを堪えてあたしを見上げる。

あたしは得意の笑顔をした。ここは黙ってやり過ごすに限る。沈黙は金なりよ。






その日の夕方。薄暗くなった辺りに輝く商店街の光。予備校からの帰り道。

あたしは耳にはイヤホン、手にはipodで歩いていた。日課になった、英単語の暗記をやっている。

こういう、コツコツとした積み重ね作業は本当に苦手で、だからこそ、時間を決めて流れ作業的にやっている。例えばこういった帰り道。例えばバスの中。


だからその時のあたしは、目も耳も、塞がれていた。

誰にも邪魔をされないハズだった。




なのに、気付いてしまったのだ。

匂いを、感じてしまった。




あたしは何かを感じる時、何でなのかは分からないけれど、匂いで感じる事が多い。

昔、可愛がっていた近所の犬が死んだ時、学校に居たあたしは匂いで、それを知った。


そして今、この匂いは、なんだかとてもイヤな匂いがする。

あたしは顔を上げた。



何だろう? 変な胸騒ぎがする。


落ち着かない気分で周囲を見回すと、正面から歩いてくる一人の中年女性の姿が、目に入った。



買い物帰りの主婦の様だった。買い物用のエコバックを肩にかけ、小型犬を腕に抱いている。白い毛並みの小型犬。

犬の顔は、彼女の胸に隠れて見えない。

女性は清潔そうな身なりをしていた。結構な美人。時々、腕の中の小犬に頬をすりよせている。愛情を込めて。


愛情を?



視線が反らせないあたしは、その女性と目が合ってしまった。

その人の瞳が少し見開かれた理由を、あたしは知らない。

ただ、彼女とすれ違う時その匂いが一段と強くなって、体が震えた。




「あの・・・?」


女性が立ち止まって、訝しげに口を開いた。


「何ですか?」


あたしの凝視の事を聞いている。本当に清潔そうな、綺麗な普通の人。

どうしよう、誤魔化さなきゃ。ほら早く。得意でしょ、作り笑い。


なのに出来る事は、ごくりと生唾を飲む事だけ。



どうして? なんだかすごく嫌な感じがする。体中の毛が逆立っている様な感覚がする。


あたしはこの事態が、何なのかがさっぱり分からなかった。


けれども、不快と恐怖が入り混じったこの感覚を、何故だか知っている。


どうしてだろう? どこでだろう?



あたしは喉から声を絞り出した。



「・・・かわいいですね、その犬」

「え?・・・ああ、はい。ありがとうございます」


戸惑いながら女性は、不審そうに私をジロジロと眺めまわた。

あたしは益々、不快な汗をかいてくる。

子犬が僅かに、震えた様に見えた。



「あの・・・抱かせて、くれませんか?」

「え?」

「えっと、私・・・そういう犬を飼ってみたくて・・・だから、あの・・・抱かせて、もらえたら、なんて・・・」



分からない。

恐くて怖くて、一刻も早くそこから逃げ出したかったのに、

何故だか、彼女の腕の中の小犬を、彼女から引き離してあげなくてはいけない気がした。


彼女から、救ってあげなくては。



「でもこの子、ちょっと病気なんです」

「え、・・・そうなんですか?」


納得する。そうだろう。病気の筈だわ。何故だかは知らないけれど。



「じゃあ、病院に連れて行かれるんですね?」

「ええ、まあ」

「よければ私がお連れしましょうか?」



咄嗟に言葉がついて出た。


「うちは獣医なんです」

「え?」

「よろしければお預かりしますよ?」

「・・・・」



ごめんね、おばあちゃん。変なモノ、連れて帰るかも。



女性の顔がますます険しくなった。

そしてあたしの鼻は、ますます強い匂いを感じた。

たけど、我慢してその場に踏みとどまる。だってここは人通りの多い往来。


相手だって見境のない行動は取らないだろう、よくわからないけど。



・・・でも、すごく恐い!

この人、何者なの?!




その時、後ろから人が近づく気配がした。

気付くと同時に、背後からそっと、腕が回される。


ビクッとした。今度は何っ??



男性の、甘く囁く声が耳元で響いた。


「ごめんね。待った?」



・・・は?


え? どう言う事?



その台詞に驚いて私は後ろを振り向き、そしてますます驚愕した。



だってこの人、すっごい美人な男の人なんだもん。



てか、誰?



目の前に立っている男性は、男なのに美人、という表現がピッタリ。

柔らかそうな髪は少し色素が薄い。その下にある長い睫毛と憂いを帯びた瞳は、日本人以外の血が混じっているのではないかと思わせた。事実、瞳がわずかに明るい茶色。

シャープな顎に薄い唇。


まるでお人形さんみたい、とか思っちゃった。


その彼が微笑んだ。天使みたいな微笑みになった。


「ごめんね、遅れちゃって。怒った? だから一人で歩いていたんだろ?」



・・・えっと、あれ? 誰かと勘違いしていますか?



商店街の人目を引いている事がわかる。道行く人達が彼の美貌と笑顔に釘付け。

目立つわ、この人。すっごく目立つわ。


彼は笑顔を緩めず、さらに手を私の背にあてて軽く押した。



「機嫌を直して? 行こうか」

「・・・え?」



更に口をポカンと開けた、その時、

彼の背後からもう一人の男性が飛び出してきた。


年の頃同じ、多分20代前半。


作り物の様な完璧さを誇る目の前の彼の美しさと比べ、この男性はかなりハンサムではあるけど、生命力に満ち溢れた明るさを放っていた。

整った顔の甘いマスク。結構背も高くてカッコいい。


その彼が、満面の笑みを浮かべ屈託の無い笑顔で元気に言った。



「へー、これがお前の彼女か。びっじんだなーっ」

「だろ?」



人形の様な彼が彼に応えて、優雅に微笑む。

あたしは唖然とした。はい? 彼女? 何の事?


その時、ある事に気づいた。

二人のイケメンの、瞳だけが笑っていない。二人とも、意味有り気な視線をあたしに送ってくる。



・・・この人達、ひょっとして、あたしをこの場から連れ去ろうとしている?



アイドル君が、目の前の中年女性に笑顔で言った。


「あれ、お話し中でした? 突然ごめんなさい」



警戒心など抱かせない、明るい笑顔。

小犬を抱いた目の前の女性は、その笑顔に反応して顔を赤くした。

アイドルくんが続ける。



「すみません、失礼してもよろしいですか?」

「え、ああ、はい。通りすがりの者ですから。お構いなく」



すると今度は、人形の様な男性が彼女に緩やかに微笑んだ。

こちらも完璧なスマイル。先程から天使の様な微笑み。



「そうですか。ありがとう。失礼します」


そして彼は、優雅とも言える動作で私を促して歩きだした。

後ろからもう一人の彼が、ハンサムな笑顔と甘い視線を周囲に向けている。


「あ、どうもー」


誰に言ってんの?? 



そして私達はしばらく歩いた。



・・・こ、恐かった・・・。


どっと疲れが出た。自分がどれだけ緊張していたのかに気づいた。

助けてあげれなかった小犬が僅かに心残りだけれど、そんな事を言ってられないくらいに恐かった。



一体何が、どうなっているんだろう?



「だめだよ、声をかけちゃ。」


先に口を開いたのは、甘いマスクの彼だった。


「え?」

「君一人じゃ、どうにも出来ないだろ?」


少し苦笑しながら私を見下ろしている。

可愛い顔だな、とか呑気に思った。



「あの?」

「奴らが本性見せたらどうなるか、知ってるの?」

「・・・本性?」



ビックリして、あたしは立ち止ってしまった。


この人達って・・・何を知ってるの??



目を丸くした私を見て男性二人も立ち止まり、可愛い顔の彼は少し困ったようにわざとらしく腰に手をやった。

そうして、まるで小さい子に物を言い聞かせるように言う。


「僕らもね、こうやって二人一緒につるんでて、しかもよっぽど頭に来た時しか手を出さないよ?」

「妙な事をするなよ」



美人の彼が口を開いた。

最初に登場した時に見せた天使の笑顔とは打って変わって、鋭い冷気を放っている。瞳が限りなく冷たかった。



「無責任な行動をおこすなよ。人間を襲っていないだけマシだろ? 全員過激化されたら、あんたどうするつもりだ」

智哉(ともや)。そんな言い方はないだろ?」

「事実だよ」



智哉と言われた男の容赦無い物言いに、甘いマスクの彼は顔をしかめて諌めたけど、智哉って人はそれをはね付けた。

私はそんな二人をマジマジと見つめた。



「あの・・・」

「何? さっきから」


智哉さんがジロッとこっちを見る。こわっ。


「いえ、(それはこちらの台詞だって)・・・何ですか、さっきから?」

「あ、僕達の事? ごめん、自己紹介がまだだったね」


アイドル君の笑顔。残念ながら、それに見とれている場合じゃないあたし。


「あ、いえ、それだけじゃなくて・・・あのおばさん、何?」

「あんた、分かってて声、かけたんじゃないの?」



智哉さんが呆れた様にあたしを眺めた。

あたしは無言で首を振った。

今度は二人が、揃って驚愕の顔をした。


「マジで? じゃ、何も考えずに?」

「まさか何も感じてなかったとか?」


同時にあたしに詰め寄ってくる。あたしは少し後ずさった。


「いえ、それは・・・なんか、嫌な感じがするなぁ、と」


アイドル君がホッとした様に、胸を撫で下ろすならぬ、肩を落とした。


「そりゃそうだろう。伝説の宮地恵美子の孫なんだから、失礼な事を言うなよ、智哉」

「そうか? かなりボーっとした顔だぞ?」

「ウソウソ。とってもかわいいよ」


アイドル君が、あたしに向かってにっこりと笑う。そんな、あなたの方が可愛いです。


じゃなくて。


伝説のお祖母ちゃん?


でもなくって。



「あの女性って一体・・・?」

「君のお祖母ちゃんから、何も聞いていない?」


あたしは再び、無言で首を振った。


「そっかぁ。君のお祖母ちゃんって豪胆だなあ」


アイドル君は感心した様にあたしを見つめた。

そして言った。



「アレはね。世間が言う所の、ヴァンパイアみたいなモノだよ」




・・・なに?


何ですか??






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ