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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第六章 決着
59/67

The closing day 2.5

第三者視点です。

 真琴と加藤が面談を始める、30分程前。


「・・なんっだ、コレ・・」


 礼は教室内の自分の席にだらしなく座り、自分の携帯に帰ってきたメールの返信を見て呟いた。教室内には、彼一人。

 真琴からの返信にはCCが付いている。それは礼が不本意ながら、真琴の安全を守るためだと渋々連絡先を交換した相手の内の、一人だった。その相手と一緒に茶を飲めとは、どう言う事だ? 冗談じゃない、なんであんな嫌味な奴と。


「あー、いたいた」


 まるで図った様なタイミングで、その嫌味な奴がやってきた。

 性格とは裏腹に、切れ長の瞳にスッキリした顔の輪郭、華奢な長身に長い脚、といたって爽やかなご登場だ。

 礼はジロッと彼女を睨み上げた。



「・・お前・・他校の生徒がこんな所を、何堂々とウロウロしてんだ」

「友達に呼ばれた、って言ったら普通にスルーだったよ。元々、大体の人と顔見知りだし」

「相変わらずユルイ学校だな。あんな事が起こったのに、学習能力は無いのか。問題じゃないかよ」

「身元が確かですから。見逃してよ」


 

 唇の両端が上がる。少し首を傾げて礼を覗き込んだ時、長めの前髪がサラっと揺れた。

 楽しそうに目を細めるその姿に、礼は益々不機嫌になった。目つきが鋭くなり、元々の女顔を感じさせないくらいに鋭く尖った表情になる。



「・・何しに来たんだ」

「あ。やっぱり怒ってる。残り僅かな逢瀬を邪魔されて、拗ねてる」

「わかってんならサッサと消えろよ。お前とサシで茶飲みなんてお断りだからな」

「怖いな。残念。それも面白そうなのに」

「面白いのはテメェだけだろ」



 プイっと顔を背けると、長めのウェーブの前髪が彼の表情を隠した。

 ヒトミは楽しそうに笑いながら、腕を組んで彼の机の上に腰かけた。



「はは。色々掘り出し物の小ネタが満載だよ? なんてったって、あの子とは付き合い長いんだから。聞きたくはないの?」

「聞いてるとなんかムカつきそうなんだよ。女のお前なんて想像できないから、無理。余計なエネルギー消費したくねぇし」

「相変わらず素直だねぇ。赤面モノの愛情表現。はばかるって事を知らないの? おまけに嫉妬深い奴。男の嫉妬は醜いよ? 嫌われるぜ?」

「・・幸いすぐに消えるからな。嫌われる程には側にいねぇよ」



 最後の礼の呟きに、ヒトミは軽く目を見開いた。意外そうな表情で、けれど少し納得したかのように、礼を見ながら頷く。

 そして視線を空中にずらした。



「真琴は、こういう事に免疫ないから」



 先程までのからかいの台詞とは声のトーンが違った為、礼は横目で僅かにヒトミを見上げた。

 彼女は腕を組んだまま、空中を見つめて言った。



「あの子はあまり深く物事を考えないし、割り切りも早い。執着心が薄いから、頭の中身を切り替えるのが得意なんだ」

「・・・」

「・・それが分かってるから、礼は焦ってる。だろ?」

「・・・」

「気持ちは分かるけどさ。感情に任せて彼女を傷つけるんじゃないよ」

「・・は?」

「やり逃げするな、って言ってるの」



 ヒトミは礼を見据えてキッパリと言う。

 彼女の口からいきなり出た直接的な表現に、礼は一瞬身を引いてしまった。

 そこに畳みかけるように、ヒトミは言葉をねじ込んだ。

 


「真琴は君を支えたっくって、必死で背伸びしている。君が思っているよりずっと深い所で、君の事を理解している。そんな可愛い年上の彼女を、衝動に任せて壊すんじゃないよ? それほど強くはないよ、あの子」


「・・知ってるよ」


「本当? そうは見えなかったけど。ギリギリのところで、騎士ナイトの顔を保ってますって感じで」



 多少、見下げる様な視線。しかし全てを言い当てられた為、礼は返す言葉が無い。



「・・お前、マジでムカつくな」

「それは光栄。ありがとう」



 ヒトミは満足気に、ニヤッと笑った。真っ直ぐに自分を見返す彼が、彼女はとても好ましく思った。まだ幼さが残る顔つきなのに、瞳の奥には強い信念が見える気がする。初めて会った時、彼は何かを求めている様な目つきをしていた。今は、あの時より格段に、男の目をしている。



「次に会った時にも、再び彼女を取り返す、くらいの気構えを持ったら? それでいいだろ?」

「マジウザイ。次、口開いたらぶん殴る」

「こわっ」



 わざとらしく肩を竦めるヒトミを見て、こいつはやっぱり女だな、と礼は思った。男言葉を使って男の立ち振る舞いがすっかり板についているが、人間関係など一つの物事を深く考え詰めるのは、女の特徴だ。男は利害が絡まないと、それほど深くは考えない。台詞は端的だが、彼女は真琴と自分の事を随分と観察していて、考えている。これに比べたら真琴の方がまだあっさりしていて、そう言う意味では男っぽいのかもしれない。或いは単に子供っぽいだけか。


 根はしっかり女なのに、男のふりをして生活している。コイツも中々複雑な奴だよな、と横目でヒトミを見た。彼女は面白そうに、他校の教室内を見回している。俺の事を分析している場合かよ、その観察眼、自分に向けろよ。お前の方が俺よりよっぽど、現実から目を反らしているじゃないか、と礼は心の中でヒトミに毒づいた。


 それでも、彼は彼女に対する信頼を感じていた。コイツは頭がいい。そして俺や宮地と違って、感情に支配される事が少ないのだろう。

 ・・自分の利益と宮地ゆうじんの利益が相反した時、どっちを取るかな?



「ところで唯ちゃん、知らない?」


 振り向きざまにヒトミが問う。


「は? 山本の事?」

「うん。呼ばれたんだけど連絡つかなくて。携帯も繋がらなくておかしいんだよね」

「充電でも切れたんじゃねぇの?」

「あの子がそういうタイプに見える?」

「・・見えないな。宮地ならありうるけど」

「でしょ?」



 彼女は礼の前の席の椅子を引き寄せると、背もたれを前にして椅子をまたいで座り、礼に片手を出した。



「という事で、真琴が終わったら聞いてみる。なんか暇潰しするものない?」

「はあ? ふっざけんな」


 

 礼は顔をしかめたが、彼女はそんな彼の表情に頓着せず、白々しくもニコニコと差し出した手を引っ込めない。

 礼は諦めた様に溜息をつくと、自分の鞄の中から携帯ゲーム機を取り出して、彼女に乱暴に押しつけた。

 すると今度は彼女が顔をしかめる。



「・・えー。ゲーム嫌い」

「じゃ文句言うな。あいつはコレで何時間でも潰せるぞ」

「えー? 二人でそんな事で時間潰してるの? 時間が無いのに、なんて無駄な事をしてるんだ」

「うっせぇな、さっきから」



 礼のイラついた様子が面白く、ヒトミはくつくつと笑いながら、そのゲーム機を握った。そして馴れた手つきで戸惑う事無く起動させる。始まったゲームに感想も文句も出さない。その様子に、何だよコイツ、やり馴れてんじゃねぇかよ、と礼は再び毒づいた。


 黙ってゲームを続けるヒトミを尻目に、礼は本を広げる。実は礼もゲームにはさほど関心が無く、本に費やす時間の方がよほど長い。派手な外見と崩れた口調とは、かけ離れている。活字中毒かと言う程、多種多様な本を読む。



 十分程経った頃、礼は何気なく顔を上げた。ヒトミの、あえて言うなら気配が、変わった事を肌で感じたからだ。


「・・・」



 ヒトミはゲームの手を止めて、呆然としたように前方を見つめている。

 礼は不審に思って、彼女が見つめている先に視線を移した。何も無い。

 再び彼女に視線を戻した。

 彼女は一点を見つめたまま、呟いた。



「・・真琴は今、どこにいるの?」

「・・知らない。担任との面談だから、誰かに聞けば分かるんじゃないか? どうしたんだよ?」

「なんかヤバい気がする」

「・・は?」

「多分、ヤバい事に巻き込まれている」

「何だって?」



 礼は素早く反応した。昨日まで自室に引きこもっていたくせに、その間ずっと恐れていた事が蘇る。戦慄にも似たものが胸の中を走った。あいつがまた襲われているのか?

 礼が腰を浮かせた時、ヒトミは携帯を取り出して躊躇なく誰かに電話をかけた。

 そして淀みなく話し始めた。



「もしもし、東田です。・・真琴が多分、トラブルに巻き込まれています。ハッキリした事は分かりませんが、かなり良くないと思います。・・・おそらく。・・学校です・・はい」



 無機質なまでに落ち着いた口調。礼はそれを注意深く観察した。

 ヒトミは電話を切ると、そのままの体勢で動きを止めた。


「・・あの人にも知らせるか」


 そう言うと再び電話をかける。


「もしもし・・はい。・・・はい・・多分・・・恵美子さん、私思うんですが、彼らは少々、暴走しすぎやしませんか?・・・それはそうです、上手くいってます。でも、一度ご覧になるのもいいかと・・・・・要は私が少し不安なんです。・・・はい、ありがとうございます」


 電話を切ると、ヒトミは強い眼差しで礼を見て、鋭く言った。


「捜そう」


 立ち上がりかけたヒトミの腕を、礼が掴んだ。

 

「どう言う事だよ、おい」


 鋭く睨む礼を、ヒトミは探る様に見つめる。

 そして決心した様に言った。



「・・・私と真琴は、パイプで繋がってるんだ」

「・・・はっ?」

「私が今まで見た事があるビジョンは、両親と、真琴だけ。最近じゃ彼女ばっかり見える」

「・・・」

「昔は私も真琴も、身内との繋がりの方が強かった。でも成長するにつれて、多分、波長の合う人間と繋がる様になったんだと思う。詳しい事は分からないよ、何もかもがあやふやなんだから」



 スッと立ち上がると、ヒトミは指を三本立てて、礼に突き付けた。



「私が最近見たのは、三つ。一つは彼女が礼の所に初めて飛んだ時。二つ目は彼女が初めて学校でイットに出会った時。三つ目は・・礼が地面に倒れていた時」



 礼が驚いた様にヒトミを見つめる。

 彼女は僅かに笑って言った。



「最後のヤツは、かなり鮮烈なイメージが来たよ。相当ショックだったんじゃない、真琴」

「・・・」

「切れ切れなんだ。断片的な事しか分からない。こんな事滅多に起こらない筈だから。そもそも専門外なんで」



 自嘲気味に笑って視線を下げる。そんな彼女を見た後、礼はハッキリとした口調で言った。


「二手に分かれよう。面談中だから教室の筈だ。しらみつぶしに捜すんだ」


 顔を上げて礼を見て、ヒトミは頷く。二人は走りだした。






「・・どこだよっ」


 校舎中を見回したのに、真琴がいない。

 二人は携帯電話で連絡を取り合った後、正面玄関前に来ていた。

 礼がイライラと首を振る。


「そもそもなんであいつは俺ん所に飛んで来ないんだよ・・・まさか」

「・・・唯ちゃんもいない」



 ヒトミは悔しそうに唇を噛んだ。


「偶然じゃ、ないね」


 気持ちを抑えられなくなった礼は、ヒトミの胸倉をネクタイごと掴み上げた。



「お前、何を見たんだよ? どこだったかハッキリ思い出せっ」

「そんなに簡単な話じゃないんだ」

「んな事問題じゃねぇっ。思い出せっつってんだよっ」



 ヒトミは掴まれた事に全く抵抗を見せず、悔しそうに唇を引き締めながら、目を細めて言った。



「屋内・・だと思う。・・薄暗い・・・物が積み上がっているのか・・窓が小さいのか・・・影が多かった・・・」

「倉庫か?」

「光はあった。窓の光だと思った」

「窓があって、物が積み上がっている所・・・教室じゃないとすると・・」



 一瞬考え込んだ礼が、顔を上げると同時に弾けるように駆けだした。

 ヒトミもその後を追う。礼は数学教員室に駆けこんで行った。

 ヒトミが着くと、中では一人の数学教師がキョトンと礼を見ていた。



「僕達が自由に使える部屋? なんの話だい?」

「数学の先生たちが自由に使える部屋ですよ。教室以外に」

「教室以外? ここだよ」

「ここ以外」

「はぁ?」


 話が見えない教師は唖然とする。



「ああ、部室とか?」

「・・加藤先生は何部?」

「加藤先生? 水泳部だよ。忙しそうだよ、夏だからね」

「今日も練習?」

「じゃないのか? 知らないけど。一体どうしたんだ?」

「いえ、ちょっと」



 活動中の部室内で、何か事が起きるのだろうか? だとすれば、とんでも無い惨事を招いたりしていないだろうか? そうなるとマズイのは宮地自身だ。

 礼がギリっと奥歯を噛み締めた時、数学教師が思い出したように言った。



「ああ、そうだ。数学資料室もある」

「・・数学資料室?」

「うん。滅多に使わないけどね。あそこなら自由に使えるよ? 何? どっか部屋でも捜してるのかい? 何をしようとしているの?」

「鍵、ありますか?」

「鍵? 何に使うのか教えてくれないと、おいそれとは貸せないよ」

「そうじゃなくって。今、誰か使っているのかだけ知りたいんです。鍵、ありますか?」



 怒鳴りつけたいのを必死に我慢して、礼は訪ねる。今、目の前の教師の反感を買うのは避けたい。


「えー?・・あれ、無い」


 緊張感の無い驚きの声に、礼は息を飲んだ。ビンゴだ。



「おかしいなぁ。滅多に使わないのに。誰が使ってるんだろ」

「それどこですか?」

「4階の旧校舎西端。使い辛くってね、殆んど利用していないんだよ。珍しいよね、誰が何を取りに行ったんだろう?」



 台詞の最後は二人とも聞いていなかった。瞬時に駆け出す。


 旧校舎は盲点だった。あそこは普段、授業で使う教室は少ない。

 礼は校舎を結ぶ一階の廊下を走りながら、目の端に何人もの人影を捉えて思った。今頃この時間に、なんでこんな所に人が沢山いるんだ? 狭い中庭もどきに。


 益々嫌な予感がする。


 目的の部屋から大きな物音が聞こえた時、彼は心臓が凍りそうになった。喉が張り付いて塞がるようだった。


 勢いよく扉を開けると、真琴が派手に人を殴っていた。倒れている女の上に、馬乗りになって、血だらけで。


 礼は、自分の体に血液が戻ってくるのを感じた。呼吸も戻る。

 真琴は手近にあった大きなガラスの欠片を掴むと振り上げた。

 そこで初めて、自分が彼女に見とれている事に礼は気付いた。



 ためらいが無く、凛とした表情。冷徹なまでに美しい。



 ヤベぇ。見入っている場合かよ。



 礼は駆け出し腕を伸ばし、真琴をすくい取った。





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