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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第六章 決着
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The closing day 2

今回の話中で、医療に関して不適切な発言があります。

物語上の演出であり、事実とは全く異なる事をご理解下さい。

「・・いーつまで待たせるんだー・・」


 数学教員室の前。廊下にあたしは両足を投げ出し、ぺたっと座り込んでおります。

 夏とは言えさ、こうやって冷たい廊下にお尻をつけてると、流石に冷えるのよね。だけどパンツ見せる様な座り方出来ないし、加藤がおっそいんだもーん。いつになったら来るのよっあの教師はほんっとに時間にルーズなんだからっ。


 ・・パンツと言えば。ここ最近、国旗パンツを履いていない・・・。くやしいけど・・・くやしいから・・・香取には言わないけど・・いかにもって感じで・・でもレースの白・・見せないけどっ。


 いきなり携帯のバイブが鳴って飛びあがった。タ、タイミング良すぎっ。


 見るとヒトミからのメールだった。


『面談終わった?』

 何で? 唯と一緒なのかな?

『まだ』


 するとまたメール。早っ! と思ったら今度は香取からだった。

『まだか?』


 ・・・この人達、一緒にいるの? 何、この気の合い方。

『まだ』


 返信した瞬間に受信。まさかと思ったらヒトミから。

『せっかくだから帰り遊ぼう』


 ・・実はデートが・・。でもちょっとくらいなら・・。

『・・先約ありにて、行き先次第』


 また直後に受信。ひょっとしてやっぱりの香取。

『早く終わらせろ』


 ・・何なの、さっきからこの二人は? どっかで繋がってんじゃない? でもCCついてないよね。

『相手がいなきゃ終わらせようが無い』



香取 『じゃ、ほっとけ』

返信 『ほっとけるかっ! カラオケ行きたい』

ヒトミ『成程。からかいたい。どこがいい?』

返信 『カラオケ』

ヒトミ『カラオケは嫌い。知ってるでしょ』

香取 『カラオケは嫌いだ。いいから早くしろ』



「あーっもうっ! こいつらが付き合えばっ!!」


 あたしは携帯に向かって怒鳴りつけた。


「じゃああたしは唯と二人でサシカラするっ! あんた達二人はカフェで何時間でもお茶してろっ」


 叫びながら、勢い出力最大でメールを打つ。そして二人に一斉送信したらすぐに返信が来た。


『甘いのは嫌い』

『なんであいつと茶を飲むんだよ』

「知るかっ」



 気付くと教員室のドアが開いていて、加藤が呆れた様にあたしを見下ろしていた。


「・・宮地って一人でも賑やかなのな」

「・・センセー遅すぎー」

「悪い悪い。色々手間取っちゃって。ほんと申し訳無い。場所、ちょっと離れるぞ」

「え? ここじゃないの?」

「落ち着かんだろ」



 そういうとスタスタと歩いて行っちゃう。あたしは慌てて立ち上がると後を追った。

 行きついた先は何と4階の端っこ。旧校舎で使っていない教室もちらほらあるから、日当たり良好の割には人影が少ない。この部屋の隣も空き教室になっていた。生徒数が一時期より減ってしまったからだと聞いた事がある。

 古びた表札で『数学資料室』と書いてあった。



「何ここー? あたし在校三年目にして初めて来たよー」

「よかったじゃないか。そういう俺も滅多に来ないけど」

「何これ? 数学に資料なんか必要あるの?」

「だから使わないんだろ。ここしか開いて無くて。でも最近掃除したばかりだから・・はい、どうぞ」

「教師と生徒が密室で二人っきりー。手を出さないでよー」

「・・・お前はなんつーか・・・太い性格してんなぁ」



 加藤は呆れた様に言いながら部屋を閉めた。

 そして狭い室内で少し横歩きをして、小さな机に回り込んだ。椅子に座ると、厚いファイルを開く。あたしに、座れ、と顎で合図した。



「さてと。先ずは志望大学・・。東都大医学部。宮地正気か?」

 

 ・・人を散々待たせておいて、開口一番の台詞がそれかい。


「それはあたしのガッツを褒めてくれた言葉、としましょう」

「そもそも宮地はなんで医学部なの?」

「ウチが代々医者家系だからです」

「・・・たしかお祖母さんって・・」

「獣医です」

「・・・そしてお父さんって・・」

「歯科医です。婿養子です」

「・・・で、宮地は何になりたいんだ?」

「美容整形外科。でも手先が器用じゃないから精神科医かも」

「・・・何で?」

「二つとも、現代社会が求めているものだからですよ、先生。儲かりそうでしょ?」

「・・・現代社会が求めているものと言ったら、産婦人科とか小児科じゃないのか?」

「えー? それって大変なんでしょ? あたし色々背負っちゃってるのに、これ以上命縮めたくないよ」

「・・・」



 ありゃ。黙っちゃったよ。どうしたんだろ。

 加藤は机に肘をついて、片手で軽く額を覆った。



「・・・お前の夢って、何だ?」

「不自由の無い老後と、世界旅行。これは譲れません」

「-・・・」

「もう帰ってもいい? あたし結構人気者で、さっきからメールがバンバン入ってるんだ」

「・・・何から話せばいいんだか・・・」



 何だか一人でブツブツ言いだした。あたしは無視して携帯を取り出す。早く戻りたいなぁ。

 加藤は分厚いファイルから一部分を取りだした。多分あたしのページね。

 そしてそれを見ながら片肘をついて、気だるそうにというか、投げ出した様な口調で言った。



「まずさ。食いっぱぐれの無い比較的楽な医者なら、町医者としての内科や眼科だろう」

「えっ? なんで?」


 思わず顔を上げて、加藤に食いついてしまう。だってそんな話初めて聞くもん。

 すると加藤はうんざり、と言った表情で言った。


「老人相手で、患者が慢性的に通ってくるからだよ。大変そうなら総合病院にまわせばいいし、老人は元々先が知れてるだろ? 診断が間違っていた、って責められる確率も、他の診療科よりは低いと聞くし?」

「おおーっ。先生、悪どいねぇっ」

「・・・宮地に言われたくないよ」



 加藤はついに頭を抱えた。『悪どい』と言われた事がこたえたっぽい。肘をついて額を両手で覆ったまま、上目遣いであたしを見てきた。



「それに宮地。お前、医者には向いてないんじゃないのか? 神聖な職業としてはあるまじき動機だろ、それ。お家の人は何て言ってるんだ?」

「何にも。だって言ってないもん」

「・・・おいー・・・」



 そして最後には机に突っ伏した。頭をゴツンと下につけて動かなくなる。しっつれいだなー。

 あたしは無視して再び携帯をいじり始めた。しばらくして加藤は、はあ、と大きな溜息をついて、顔を上げた。



「俺は、責任感の薄いお前に、責任ある職業は向いてないと思う。医者じゃなくっても豊かな老後は過ごせるぞ。考え直してみれば?」


 先生の顔は至って真面目。本気で言っているらしい。

 あたしは勘で考えた。確かに。全てが正論だわ。



「・・そうね。東都大、やめる」

「え? そんなあっさり?」

「(どっかで聞いた台詞だ)うん。もちょっとランク下げて、藤崎大の医学部にする」

「変わんねぇだろ、それ! しかも医学部かよ!」

「だってとりあえず医学部行っとけば、どこに心変りしてもそこそこ対応できるでしょう? そうねー、弁護士になりたい、とか建築家になりたい、とかで無い限り。あたし両方とも興味無いし」

「・・・」

「と言う事で藤崎大にしまーす。ちょっと楽ー」

「・・そんな考えじゃ医学部の授業なんぞについて行けんぞ・・」

「かもねぇ。入学後に学部変更なんてしちゃうかも。でも先生の言うとおり、もう少し視野も広げてみるよ」


「・・そうしてくれ・・・」



 加藤は椅子の背もたれに倒れ込むと、手にしていたファイルを顔に乗っけて動かなくなった。充電切れの機械みたいに。

 少し待って、あたしは嬉しくなった。これは終了したっ?

 


「で、お終い?」

「・・進路指導はな」

「他に何が?」

「・・お前に頼みがある」


 椅子から腰を浮かしかけたあたしは、中腰の体勢で動きを止めた。

 頼みがある? 終業式後に?


「先生が? あたしに?・・・何?」


 よもや今更、手間取らせた罰として何か係りをやってくれ、とか数学の資料を人数分印刷しろ、とか掃除もどきの肉体労働をしろ、とかじゃないでしょうね・・・?


 思いっきり警戒してヤブ睨みをすると、加藤は顔にファイルを乗せたまま、ボソッと言った。



「アレを返してくれないか?」



 あたしは何の事だかさっぱり解らず、数秒後にオウム返しをした。



「あれ?」


「そう。わかるだろう?・・・あれ」


 

 加藤は何故か、顔を見せずに話を続ける。あたしは眉をひそめた。

 わかるだろう、って分かんないよ。あれ、って何よ? あたしが分かるはずのあれ、って何よ?



「・・え?・・あたし、先生に何か借りたっけ?」



 返してくれ、と言われた以上、それは加藤のモノであり、それを私が現在持っている、という話であるなら当然、あたしが加藤から借りた、という図式になる。だってあたし、先生から何もかっぱらったりしてないよ?


 唖然としながら言っても、加藤は微動だにしない。あたしは今度は少し焦ってきた。お前今更何スットボケてんだこのやろーっとかって、怒られるのかな? でも本当に覚えないし!


 やがて先生は、静かな声で言った。



「・・・借りちゃいないよ。俺が勝手に宮地の鞄に入れただけだから」


 

 言われて、益々困惑した。意味が分からない。



「は? 何それ?・・・・・何、それ」



 なのに直後、直感と共に背筋が寒くなった。

 今まで混乱していた頭の中が一気に、ショートする。ある一点に向かって。



 呼吸が、止まりかかった。

 生唾を飲んだけど、声がしばらく出なかった。




「何、それ」




前書きにあるとおり、担任教師と主人公の会話で不適切な表現が多々、出てきます。フィクションの会話としてお楽しみください。

皆さまご承知の上でお読みの事と思いますが、御不快に感じられる方もいらっしゃるかも知れません。申し訳ありません。

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