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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第六章 決着
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The closing day

 予鈴が鳴った。香取がさっさと荷物を片付ける。

「行こうぜ」


 そう言ってあたしの鞄を持って立ち上がった。あたしはそれを見上げる。この姿、今日で最後なんだ。あさってにはいなくなっちゃうんだ。


 彼はあたしに手を差し出し、少し首を傾け、優しく言った。


「来いよ」

「・・・」


 あたしは立ち上がると、黙ってその手を取った。すると香取は、指を絡める様にして手を繋ぐ。

 あたしは喉がキュッと詰まった。唇を噛み締める。


 ・・・何でこんなに、優しくなっちゃったんだろ。


 もっと早くに、気付けばよかった。



 手を繋いでいた時間は一瞬で、人目に付く所に出ると、彼は自然に手を離した。

 その代わり、あたしを見る目がひどく甘い。だけどどこか、からかう様な眼差し。ドキッとすると、面白そうにくっと笑って前を向かれた。なによぅ。



 教室に入って鞄を置くなり、香取が言った。


「俺、はるなんとこ行ってくる」

「え?」

「あいつにきちんと謝ってくるわ。なんか俺、そういう事が欠けていた様な気がすっから」

「・・・」

「謝ってどうにかなる話しでもないんだけど」

「いいんじゃない?」



 一瞬視線を下げた香取に、あたしは努めて明るく言った。



「何をどうやったって、香取がはるなちゃんを大事に思っているって事は、伝わっているよ。だっていつでも真摯だったし」

「・・シンシ?」


 香取がキョトン、とする。

 そういうリアクションが来るとは思わなかったので、あたしも彼を見つめてしまった。


「・・ああ、ジェントルマンって意味じゃないよ。というか、自分でそこ引っかかるんだ」


 そっか、日本語がちょっと弱いんだ。これは使えるぞ。あたしが最近覚えた単語を、後で使ってみよう。満身創痍とか突貫工事とか懐柔政策とか、うふふ。



 彼が出て行った後一人でほくそ笑んでいると、山田くんに声をかけられた。

 爽やかな彼は、遠慮がちに教室の出入り口を振り返っていた。



「香取、出てきたの?」

「うん。そうみたい」

「怪我は大丈夫なの? 肋骨? だっけ」

「うん。大丈夫そうよ。よくわかんないけど」

「さっき会ったけど、機嫌良さそうだったぜ」



 中森くんもやってきた。手ぶらだ。終業式とはいえ、舐めてる。さすがは兄貴。



「なんか落ち着いていた。角が取れた、っていうか」

「・・へぇ?」


 兄貴の意外に繊細な発言に、あたしは感嘆の声を上げてしまった。中森くん、そんな感性持ってんだ?


「とげとげしさが無かった、って感じだった。あいつ、転校してきた時は目だけで喧嘩、売ってただろ?」

「ぶっ」


 思わず噴き出してしまった。目だけで喧嘩、売ってた売ってた!



「そうか。喧嘩売られていたのはあたしだけじゃなかったのか」

「違うよ。皆に売ってたよ。ただ買ってたのは宮地さんだけ」

「・・嘘。何それ」

「いちいち買ってるから俺らもビックリしたよ。宮地さんってもっと、おとなしいって言うか、事無かれ主義で見て見ぬふりするタイプかと思っていたから。あんなに熱い女子は初めて見たかも」


 うわーっ、何だそれ、カッコ悪いっ。なんだか凄く恥ずかしいっ。

 あたしは耳を手でふさいで、目をギューっと瞑った。


「ご、ごめん、中森くん、それ以上言わないで」

「だから香取は、いいんだろうな、宮地さんが」

「・・・」


 閉じていた目を開けて、中森くんを見てしまった。てかあたし、聞こえてんのバレバレじゃん。



「あんな難しそうな奴に、あそこまで突っかかっていく人間、今までいなかったんじゃないの?」

「・・・」



 中森くんってすごいなぁ。伊達に苦労して二年年上じゃないんだなあ、って思ってしまった。

 彼が見せる包容力って、単純に年齢だけじゃないよ。経験とか、性格とか、全部だよ。だってお兄にないもん、こんな素敵な包容力。

 ・・・水島智哉にいたってはさっぱりだな、うん。



 山田くんが隣で、首をひねりながら呟いた。


「そっか。香取って今日は機嫌がいいんだ?・・なんか僕、すっげー睨まれた気がしたんだけど」

「それはお前、あいつの逆鱗に触れる様な事、何かしたんだ」

「え? 何をだよ?」

「知らねーよ。怖ぇぞ、覚悟しとけば? いきなり殴られるかもよ?」

「ええー? 僕、喧嘩苦手だよ、どうすればいいんだよ?」

「彼女に頼めば?」


 中森くんはニヤッと笑って、あたしを親指で指さす。

 あたしが少し驚いていると、山田くんはあたしを拝みながら言った。


「お願い、助けてっ宮地さんっ」

「殴られたら、殴り返す。あたしもやった」


 そう答えたら、山田くんはギョッとしたようにあたしを凝視した。


「・・・香取に?」


 ・・そういや香取には、殴られる前に殴る、だったな。そもそも彼に殴られた事、ないし。


 ・・・あたし彼を、何回殴ったっけ・・・? 

 ・・・今更ながら、あいつの女の趣味って何なのよ・・・・。



「・・いや、別人に」


 誤魔化し笑いにもなっていない様な微妙な笑みを浮かべると、山田くんは口がふわん、と開いてしまった。目はあたしを凝視している。

 ・・・百年の恋が冷めた瞬間、かしらね。しょうがないわね。だけどなんだか悪い事をしてしまった気がするのは、どうしてかしら?



「・・・こっわー・・」

「暴力の応酬は、何も生み出しませんよ? もっと文明的に解決しましょう」


 引いてる山田くんの隣で、中森くんがあたしをからかった。動じていないらしい。それもそれで傷つく。うーん、複雑な乙女心。



 その時、唯が登校してきた。気のせいか浮かない顔をしている。

 あたしはヒトミからのメールを思い出しながら、いつも通り明るい口調で声をかけた。

「唯。おはよー」


 唯は挨拶もそこそこ、あたしに近づくと、耳元で小声で囁いてきた。



「ね、真琴。今日、加藤先生と面談するんでしょ?」

「え? あ、そうだったかも。全然忘れてた」

「どこでやるの?」

「・・・知らん」

「・・待ってても、いい?」



 ちょっと神経質そうなその口調に驚いて、あたしは顔を離して唯を眺めた。

 唯はなんだか、不安そうな表情をしている。

 あたしはどう出たらいいか、一瞬迷ってしまった。


「・・いいよ、もちろん。どうしたの? なんか相談事でもあるの?」

「・・うーん・・そう、かも」


 曖昧な苦笑い。

 それを見てもあたしは、唯が何に困っているのか、或いは心配しているのか、さっぱり見当がつかなかい。

 だから唯と同じような曖昧な苦笑いを、そのままそっくり返してしまった。



「あたしは頼りないもんね。役に立てないかも。ごめんね?」

「そんな事ないよ!」


 焦ったようにあたしの顔を見上げる。

 ヒトミから連絡を貰った事、バレたかな、と思いながらも、あたしは続けた。



「でもあたしはコンビニ女だから。目いっぱい利用してよ」

「・・どういう事?」

「24時間開店中」


 そういってウィンクをしてみせる。

 唯は何故だか、少し顔を赤くした。


「便利さが取り柄だから。あ、あと品数も豊富? 大概の事なら驚かないよ、大丈夫!」

「・・真琴・・」



 バンバン、とガサツなくらいに背中を叩いて見せる。唯はあたしにつられて、いつもの控えめな笑顔を見せてくれた。


 でもあたしの頭の中は、もう既に、香取の事でいっぱいだった。ごめんね、唯。


 はるなちゃんに上手く、言えているのかな?



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