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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第六章 決着
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Leave me or love me ?

 今日は終業式。やっと学校から解放される。

 それはつまり、誰があたしの鞄に魔法アイテムを入れたか、という犯人探しが暗礁に乗り上げるのだけれど、その分危険も減る事になる。

 

 でもあたしには、もっと複雑な事情もある。今年の夏は、気分が暗くなりそうだ。

 きっとそれは、受験生って言う理由だけでは、ない。


 制服に着替えている時に、携帯が鳴った。見るとヒトミからメールを受信していた。



『実は口止めされていたけど、今日、唯ちゃんに会いに学校に行く。何かあった?』

 

 すごく驚いた。急いで返事を返す。


『唯に? なんで?』

『知らない。全く』

『あたしも知らない』

『じゃあ、学校で。他言無用で宜しく』


 

 携帯を閉じて、しばらく考えた。唯があたしに話せないで、ヒトミに話せる事って一体なんだろう?

 ・・そんなに頼りない? あたしって・・。ズドーンと落ち込んだ。




 朝、いつもの車内で性格ひねくれ男と二人っきり。いつも通り勝手に一人で眠り込んでいる水島智哉を尻目に、あたしは地理のポケット問題集を開いた。

 結局香取が迎えに来たのはあの日だけで、それについてこの男にチクチクと嫌味を言われ続けてきた。だって事情が複雑だったんだもん、しょうがないじゃん、とあたしは心の中で膨れていた。

 あの時は、ほら、あの後騒ぎがあって香取が大怪我しちゃったし。その後は色々と、擦れ違いがあって。


 でも今は・・・その擦れ違いも解消されたし・・・解消っていうか、更なる関係に進展、っていうか・・・。

 あたしは昨日の事を思い出した。目は既に、問題集なんて見ちゃいない。唇が少し開いてしまった。あの感触が蘇る。あたしキス、弱いかも。ダメだ、朝からゾワっとくる。うわ、耳元の彼の吐息がリアルに・・・



「ちょっと、一人で妄想するの、やめてくれない?」



 いつの間にか隣の男が目を覚まして、胡散臭そうにあたしを見ていた。いやぁっ!



「読んだのっ?」

「読むかっ。んな下らない事で力使うかよ」

「じゃ、なんで分かるのっ?」

「・・あほか・・」



 心底疲れる、と言った表情で水島さんが呟く。そしてあたしを見ると、本当に嫌そうに言った。


「考えがだだ漏れなの、あんたは。漏れちゃってんの、ドバーっと。広がってんの、そこら中に」


 

 そう言ってあたし達の足元に両手をちらつかせ、池でも広がっていそうなジェスチャーをする。

 あたしは恥ずかしくって、もう、返すお言葉も無くって、ちっちゃくちっちゃく、なってしまった。

 ・・・ヤバい。やっぱ変態っぽい表情、してたのかしら?


 すると彼は、今度は諦めた様な顔をして、シートに頭を持たせて上を仰いだ。



「ま、良かったんじゃない? 幸せそうで。こっちも学校にお守りがいれば一応、安心だしね・・今の君なら無敵って感じもするけど」



 うーん、確かにあの日以来、あたしは自分の能力に自信とコツを掴んでしまった。

 もうこの一連の騒ぎが収まれば、正直言って水島屋敷を卒業できそうな気がする。


 水島さんは顔だけこっちに向けると、美人な顔を珍しく真面目にして言った。



「僕が聞く事じゃないけどさ。どうするの? 帰るんでしょ、彼?」


 ・・・どこから仕入れたの、その情報・・。


「・・・どうもしない・・っていうか・・」

「どうしようもない、ていうか?」

「・・なーんか、楽しそうじゃない?」

「何で僕が楽しむの? 筋合い無いし関係無いだろ。何言ってんの」

「・・・」

「・・・」

「だから面白い?」

「うん、そう」 


 即答するなやっ!!


 ギッと彼を睨んだのだけれど、彼は軽く肩を竦めただけで、窓の外に視線を移した。このスットボケ腹黒美形めっ。







 ここは例のフェンス前。思えばちょっぴり久しぶりに来たものです。

 別に待ち合わせた訳ではないけれど、香取が登校するならここにいるのかな、と珍しくあたしも正門から歩いてきたら、やっぱりここで一人で、何でも無かったようにコンビニ朝食を広げていた。

 で、あたしも何となく隣に座り、何となく彼の朝食をちょろまかしていたんだけど。


 気付いたら、この体制。後ろから、ぎゅうぅ、と腕をまわされております。随分長く。

 ・・・いつまで続けるんだ、これ? 誰か来たらどうするんだ、これ?


「・・ちょっと・・」

「・・・」

「・・ちょっとってば」

「・・・」

「ちょっと香取っ」

「んー」



 あたしの肩に頬を乗せているであろう香取は、一向に腕を緩める気配が無い。

 信じられない事に昨日より一転、彼はとんでもない甘えたさんに変身していた。見事過ぎる。

 しかも何故か、この体制が好きならしい。いや、こんな香取も新鮮で可愛くていいんだけど・・。



「何やってんの?」

「見て分かんない? 抱きしめてんだろ」

「・・むしろ抱きついている様な・・」

「そうとも言う」

「・・・やっぱ現実なんだ・・」

「何が?」

「香取が昨日に引き続き、壊れている・・」

「何とでも言えば?」

「ちょっとってばっ! わっ」



 肩を掴まれくるん、とひっくり返され、芝生の上に仰向けにされる。

 太陽が遮られた、と思ったら、香取の前髪が額にかかった。


「やっ・・ここ学校・・っ」



 途端に落とされる、甘い、甘い、甘ったるい、キス。

 昨日散々躾けられた(?)為、あたしは簡単に目を閉じてしまった。その目蓋に、香取の睫毛が触る。

 目を閉じると余計、キスに集中してしまう事が分かった。頭の中まで全て、香取の舌の動きに支配されてしまう。もうそれしか考えれなくなって、そしてそればかり、追い求めてしまう。


 そんなあたしを見透かしたように、香取があたしの弱い部分をなぞって刺激した。

 これも全部、昨日知られてしまった事。あたしも知らなかった、あたしのキスの癖。

「・・ふっ・・」

 あたしは自分から溢れた声に、聞こえないフリをする。



 そしてやっと解放されても、あたしは自分を戻すのに、いつも時間がかかってしまう。

 そんなあたしを彼は、いつもどこか切羽詰まった瞳で、でもどこかやるせない表情で見つめている。

 手を、あたしの頬に添えて、包み込むようにしながら。



「なっなっ何て事すんのよっ!」


 やっとの思いで反撃しようとしたら、香取はシレっと答えた。



「しょうがないだろ。お前が、キスして欲しそうな顔、してたから」

「・・なっ・・なっ・・」



 何でバレてるっ? じゃなくて、何様っ?



「金魚みてぇ。顔赤くして、口パクパクさせてる」


 香取は相変わらずあたしの上で、両手をあたしの脇についたまま、綺麗で不敵な笑みを浮かべた。


「俺の事、誘ってんの?」


 

 言うなりあたしの唇をペロっと舐める。

 あたしは時間差で覚醒した。


「んな訳あるかばかやろーっ!!」


 思いっきり香取を突き飛ばし、やっとの思いで起き上がった。



「学校でっ! しかもこんな朝っぱらからっ! しかも外でっ! 誘う女がいるかっ!」

「何だそれ。学校じゃなくって朝じゃなくて、室内だったらいいのかよ?」

「えぇ??」



 思わず目を向いちゃって、そんなあたしに彼は苦笑いをした。


「冗談だよ。そんな顔して本気に取るな」


 

 その笑顔に、不覚にもキュッと切なくなった。あたしは唇を僅かに噛んだ。

 

 香取は、焦っているのだと思う。

 ・・・自分が、ここを離れる事に。あたしの側にいられなくなる事に。


 あたしは昨日の会話を思い出していた。









「俺、三日後にロンドンに発つんだわ」


 何度も何度もキスを交わした後、低い声で呟く彼は、やっぱりあたしを後ろから抱きしめていた。

 あたし達は、部屋の床に座り込んでいた。



「・・・・」

「見送り、来なくていいから」


 そう言う彼がどんな表情をしているのか、あたしからは見えない。

 後ろからまわされた彼の腕がそっと持ちあがり、あたしの頬や唇、首筋を優しく撫でた。



「・・香取・・」

「やる事いっぱいあって。多分、夏休み中に日本に帰る事は難しいと思う。そのまま向こうで進学する事になるだろうし、そうなると・・・」


 

 掠れた声で話し続ける香取。顔も見えないし、抑揚のない喋り方をする。

 だからこそ余計に切なさが募ってきて、あたしは最後まで聞けなかった。

 


「・・・そーれはよかったっ」

「・・・はっ?」



 彼の手が止まる。

 あたしは夢中で騒ぎ立てた。



「いやー、あんたの勢いにほんとビビってたんだよね! 貞操の危機って言うか、このまんまじゃ性少年の餌食にされちゃうって言う感じで、ヤバかったもんっ! 今、このタイミングで距離を置くのは非常にいい考えだ! よかったよかった! 安心安心!」



 もちろん、これも本音ではある。香取のキスはあまりにも良すぎて、このままではあたし達はすぐに一線を越えてしまうと思った。


 でも、だから何? 越えられるなら越えちゃいたいよ。


 行かないで。側にいて。ずっといて。ここにいて。



 あたしは今まで末っ子の甘えったれで、周りの人達から常に、愛され、あやされ、気を使ってもらってきた。だからあたしは自分の我儘の使い方と、引っ込め方を知っている。

 香取は、そんなあたしが多分初めて、『愛おしく思いやる』相手だと思うんだ。

 


「・・ちょっと行って帰る、って訳じゃねぇんだぞ?」

「知ってる知ってる! イギリスだもんね! 遠いよね!」

「・・まさか『飛んで』こねぇよな?」

「まっさか! 地球の裏側っ! 無理無理っそこまで化け物じゃないもんっ」

「・・次、いつ会えるかも分かんねぇんだぞ?」

「大丈夫! ほら、文明の利器! 電話! メール! ね、それでお互い、ちょっと冷静になろう! ね! 落ち着いたら香取だって、あたしがそんな命賭ける程の女じゃないって気付くかもしれないし、前みたく金髪美少女にいっちゃうかも知れないし、それにほら、あたし達ってそんな事で友達やめたりしないしっ」



 この場合、年上のあたしが大人にならなきゃいけない。大丈夫、上手く行くよ? だから不安にならないで? あなたは一人じゃない。どこにいたって、一人じゃないんだから。

 寂しがり屋の香取が、少しでも落ち着けるように。彼の気持ちが、揺らがない様に。

 それにこのままだと、あたし達は暴走する。・・あたしは溺れる自信があるし、狂った香取なんて恐ろしすぎる。きゃあっ見たいかも。

 


「・・マジ切れた」

「はい?」

「さっきから聞いてりゃなんだよ? 俺と離れるって嬉々として喜びやがって。お前、俺の事舐めてんのか?」


 腕が緩んだ。背中にかかる声が低い。ひぇっ。


「そ、そんなとんでもない。ただあたしは自分のみさおを守る事に必死で」


「あっち行ったら俺が何するか分かんねぇ、みたいな言い方して、お前の方こそどうなんだよ? 俺がいない間、あのにやけた野郎と同じ屋根の下で暮らして、本当に何も無いって言えるのか? あいつは好きでも無い女に、その場の雰囲気で手が出せる男なんだぜ? それに山田だって分かったもんじゃねぇっ。大人しい顔して、腹に何か抱えてないとそこまで豹変できねぇだろうがよっ」



 ・・そ、そっちに来るとは・・・。


 思わず振り返って彼を見た。すると彼は慌てて目を反らした。

 じーっと見てると、手で口を覆い隠した。相変わらず視線をずらしたまま。だけど香取、表情読まれたくないなら、隠すのは口元じゃなくて、目、だよ?



「・・・ヤキモチ・・」

「・・あーそうだよっ悪いかっ」

「・・嘘みたい・・こんなに素直な香取は、初めて見た」

「・・・」

「拗ねてる。うわー、可愛い」

「可愛い言うな。マジ襲うぞ」

「げっ」



 逃げようとしたけど、更に強く抱きしめられた。最早これは首絞めだよ、苦しすぎるよお兄さん。



「あたし達お互いさ、先の事を約束し合うにはまだ早すぎるよ。いいじゃん、行き当たりばったりで。なる様になるから。ね?」


 お願い。乗っかって。


「・・随分、余裕だな」

「だって香取はあたしに会いに来るもん、絶対」

「・・何だよそれ」



 あたしは深く、息を吸った。

 さっきから嘘は言っていない。ただ、本当の事でも、どう組み合わせてどう言うか。それで本音はいくらでも隠せる。

 それはあたしが、人生で会得した技なの。



「香取は、やると決めたらやる。それが理にかなったりすべき事だとしたら余計に、迷いも無く、ね。イギリスに帰るのだって、香取なりの『正しい』理由があるからなんでしょ? だから止めない。それに香取なら、絶対隙を見つけてあたしに会いに来るよ。それぐらいの力を持ってる」



 香取の腕が急に緩んだ。

 再び何となく振り返ると、今度の彼はあたしをマジマジと見ていた。



「・・知らなかった。俺って随分、信頼されてんのな」

「だってあたしに会わないと、寂しくって死んじゃう。でしょ?」



 クスッと笑うと香取はもっと目を見開き、それから視線を天井に向けた。

 ほぅ、と溜息をつく。



「お前の前だと、調子狂う・・」


 よかった。嬉しい。それで、いいんだよ。



「とりあえずさ、一緒に下着、買いに行こうぜ?」

「しつこいっ」


 あたしは音だけ派手に、彼の頭を叩いてみせた。

 彼は「痛ぇ」と言って、ふくれて見せた。それが切ないほど、可愛かった。







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