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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第五章 接触
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Sweet heart 3

 香取からの連絡が途絶えた。


 元々、連絡なんて取ってはいなかった。でも毎日学校に行けば顔を合わせるから、気付きもしなかった。

 香取は退院した筈なのに、学校に来ないのはどうしてだろう? まだ体の調子が戻って無いのかしら? でもだとしたら、あたしに一言、なんか無い? あ、でもそう言えばお互い、携帯番号も知らない。


 ヒトミから貰った香取の電話番号を(なんであの子が知ってるのよ?)ジッと睨む。やっぱりあたし、あそこで何かやっちゃったんだ。地雷を踏んだのかもしれない。それともただ単に、こんなあたしに引いているだけとか? ならあたしが電話なんかしたら勘弁してくれって感じだよね。既に終わってるじゃん。あー、やっぱあんな事しなければよかった。


 悶々と悩む、そんな日々が続いた。そんな時。



「みっともないわね」



 唯と二人で教室移動から戻ってきた所を、ガッチリ待ち伏せされていた。あたしはいい加減疲れて、溜息が出てしまう。この一年生、どれだけヒマなのよ。あたしに執着していたってなんの進展も収穫も無いじゃない。彼女がやってきた事って全てが空回りしているのに、それに気付かないのかしら?


 本当はなんとなく分かってる。無駄だとか意味が無いとかじゃなく、あたしの事が気になってイラついて仕方が無いんだ。あたしを自分の視界からなんとか消したくって、そうしないと自分の心が休まらないから必死なんだ。全てをあたしのせいにしたいんだ。


 でもそんな事思われたって困るし。あなたの視界から消えるにはあと8カ月はかかるんですけどね。


 はるなちゃんのギラギラとした挑戦的な目つきを、あたしはまともに見る事無く教室に入ろうとした。

 あたしの隣では唯が、怯え半分怒り半分で彼女を見ている。

 はるなちゃんは、無視するあたしを更に無視して、大きいくらいの声でハッキリと言った。だから廊下にいた周囲の生徒達にも聞こえていたと思う。



「ガツガツしてたから、逃げられてるし。彼女面して礼にまとわりついた結果がこれでしょ? 滑稽って言葉がピッタリ。あんまりにも見物みもので笑っちゃう」

「・・あたし、あなたには同情するけど。謝罪以外は聞かない」

「本当、いい気になっておかしいったら」


 すると唯が、我慢ならないと言った調子で彼女に言った。


「おかしいのはあなたでしょ?」

「あんたは黙ってて」


 彼女は唯を一瞥もせずに言い放つ。

 あたしは彼女に一言、かなりキツイ口調で言った。


「黙るのはあなた。はるなちゃんよ」



 自分でもわかる。あたし、目が座っちゃってる。こういう時のあたしの目つきはかなり悪いらしい。気をつける様に、とよくお兄やヒトミに注意されていた。

 あたしは今それを、出し惜しみする事無く存分に、彼女に浴びせている。



「そうやってあたしにまとわりついて、これ以上自分を惨めにするのはやめなよ。いつか取り返しのつかない事になるよ? 落ち着いて、自分を追い詰めるのはやめなさい」


「何バカな事を言ってるの? あたしはあんたを追い詰めてるのよ」


「追い詰められてないよ。・・例え誰を使っても」



 あたし達の横を、山田くんが中森くん達と通り過ぎて行った。こっちを見て少し訝しそうに、そして少し心配そうにしている。

 山田くんはあれから数日学校を休んでいたけど、出てきた時にはいつもの彼だった。優しくって爽やかで、あの時の記憶が全然無い。あたしに対してもいつも通り、控えめで柔らかな笑顔を見せてくれていた。彼があたしの事を好きかもしれない、という話は、あたしの心の奥底にそっと、大事に閉まっている。


 あたしははるなちゃんに向き直ると、彼女の心を言葉と視線で貫くように、強く言った。



「自分と彼との問題を、あたしとの問題にすり替えないで」


 彼、とはもちろん、香取の事。

 はるなちゃんは動じず、鼻で笑った。


「礼に逃げられた事に気付きもしない癖に、偉そうに、バカみたい」

「・・会話、成立しないね?」


 そのまま彼女を置いて行こうとしたら、再び背中に声をかけられた。


「結局は元の鞘に収まるのよ。礼はイギリスに帰って、いつかあたしと結婚する」

「・・・」

「あなたは置いて行かれるんだから」



 先程から彼女は、まるであたしに喧嘩を仕掛けている様に話す。余裕を見せ、まるでビルのビップルームから下を見下ろしているかのように、自分だけの特別感を漂わせて話しを続ける。

 だけどそのタイミングや彼女の体全体から、それとは真逆な、むしろ切羽詰まった不安感というものを感じてしまった。あたしに縋りつき、ねじ伏せ、負かす事で自分を保とうしている。そうしないと、今にも彼女自身が崩れ落ちてしまうかの様に。


 あたしは再び溜息をついた。

 やっぱり、この子を見捨てられない。

 彼女を振り返ると、真っ直ぐに目を見据えて言った。



「はるなちゃん。あたし、あなたの事許してないけど嫌いじゃないから、今からアドバイスをする。香取と話をしなさい。今、あたしに言った事も、言いたい事も、思っている事も全部、全て。あなたが自分の思いをぶつける相手は、あたしじゃなくて香取よ? 受け止められるのは、あたしじゃなくて香取よ」

「・・・」

「そして何をどうするのかを決めるのは、前も言ったけど、あたしたちじゃなくて香取本人なんだから」



 はるなちゃんは言葉に詰まったようだった。

 睫毛の長い大きな目であたしを見つめた。その瞳が一瞬、あたしに縋る様に見えた。

 彼女はすぐに目を伏せ、低い声で怒ったように言った。



「礼はイギリスに帰るって決めたの。今すぐに」


 ・・・はあ??


「・・今すぐ?」


 あまりにも仰天して、妙なイントネーションで返してしまった。アタシニホンサンネンメデスって感じに。何ですって?!


 あたしの驚き様に、彼女は形勢逆転を感じたらしい。

 急にニヤッと口の端が上がった。


「そう。7月中にね。向こうの学校に戻って、そのまま大学に行くのよ」


 ・・・7月中??!!


「・・うっそ」


 そんなの世界中で、学校終わってんじゃん! 夏休みじゃん!

 って、そんなんじゃ無くって!!


「・・何の為の転校?」


 何の為に日本に戻ってきて、何の為にまた外国に行くの? 思いっきり無駄な動きをしていて、嬉しいのは飛行機会社だけじゃんっ。香取が動けばエアが儲かる、ってそんなんでも無くって!!

 何なのよ、一体!


 はるなちゃんは顔を上げるとすっかり得意満面、眉が吊り上がって意地悪な顔いっぱいに笑って言った。



「ほーら、何にも知らない。礼にとってあなたは、その程度の人間だったのよ」

「・・・」

「二度と私達の前に姿を現さないで。なんてね、言わなくったて出来ないものね、残念」

「・・真琴・・」


 唯が心配そうに、あたしに声をかける。あたしがショックを受けていると思っているみたい。


 ・・ショック、受けてますっ! 思いっきり!!

 ハッキリ言って、泣きたいわよっ!!


 ああ、でも先ずは目の前のこの小蝿こばえちゃんを追い払わないといけないし、こんな時でも悲しいかな、あたしの丈夫な両足は震えもしないのよっくっそ!


 あたしは気を取り直すと再び相手を見据え、年上らしく毅然とした態度で言ってやった。

 


「はるなちゃん。他人を思い通りには動かせない。皆それぞれ意思を持って行動していて、それを操ろうとしたっていつかは歪みが来るものなのよ。そして物事は常に変わる。人間関係だってね。だから出来る事は、いかに臨機応変に対応するかって事。・・覚悟した方がいいよ」


「それって負け惜しみ? 単なる遠吠えにしか聞こえないんだけど? 訳わかんないし。あたしはね、自分のしたい様にするの。それこそあんたの指図なんか受けないわ」


 ええ、負け惜しみですよ遠吠えですっ。自分でも何言ってるのか分からないわっ。

 でも要はね、これで済まないわよあたしを舐めるな覚えてろって事なのよっ!!



「人を自分の思い通りに動かすなって事。あなたが好きで縋りついているのは昔の香取だって事。しっかり今の彼を見てやって、それに対応した行動を取らないと、いつかあなたにしっぺ返しがくるよって事。・・いいよ、通じないなら」


 今度こそプイっと彼女から顔を背け、教室に入っていく。

 その背後から彼女の小さな呟きが聞こえてきた。


「やっぱバカ」


 失笑を含んだその言い方! うーっマジムカつくっ!


 教室で怒りを抑えていると、隣で唯が感心した様に言った。


「真琴って、実はディベート向きなのかも」

「は?」


 我ながら支離滅裂のこの話の、どこが??







 ノックもせずに数学教員室の扉を開けた。

「先生っ」


 だけど加藤も馴れたもので、全く動じずに返した。

「あ、宮地。明日終業式の後、何が何でも面談やるぞ?」

「香取がイギリスに帰るって本当?」


 加藤が、少し警戒した様に片眉を上げた。



「・・・あいつから聞いたのか?」

「本当なんだ? 何で? 何でまた今頃? 日本に来て数カ月も経って無いじゃん」

「・・ご家庭の事情らしい。俺じゃなくて本人に聞けよ」

「何か知らないの? 知ってんでしょ、教えてよ」

「知らないし、知ってても言えないだろ、そーゆー事は」

「・・・あいつって、何者?」



 いつの間にか俯いていたあたし。呟くように言ったその台詞に、加藤の呆れた様な声が降ってきた。



「・・・お前さ、聞く相手を間違ってないか? ちゃんと香取本人に聞いて、向き合えよ」

「・・・」

「お前は他人とうまくいっている様に見せかけて、実は我儘娘で勝気だからなー。つまらん意地とプライドを張りあっているんだろう? 我儘を隠していない分、香取の方が不器用で大変だろうけど、分かりやすいよな。ま、女子って言うのは色々大変そうだから? しょうがないんだろうが?」


「・・あたしにだって、色々あるんだい」


「人は誰でも色々あるんだよ。環境だって、心の持ち様だって人それぞれだ。みんな自分の持ち場で頑張るしかないんだよ。だからお前だって頑張っているんだろう、色々と」



 耳の痛いお説教があたしを益々凹ませていたんだけど、『頑張っている』と言われて、その言葉一つで、あたしは顔を上げてしまった。ほら、あたしって褒められるの好きだから。

 後から冷静になって考えれば、相手を落として、それから上げる、なんて典型的なマインドコントロール術だよ。ヒトミがお兄に使った手だわ、ちっ姑息なっ。単純なあたしにピッタリっ。



「・・・あたし、頑張っている様に、見える?」

「おう、見える見える。頑張ってるぞ、お前は。我儘でお気楽でいい加減な性格の割には頑張っている。偉いぞ」

「・・我儘そうでお気楽そうで明らかにいい加減な性格の教師に、褒められちゃったよ」

「同類だからな。よくわかるんだな」



 加藤はニヤニヤと笑うと、足を組んで椅子に深く座りなおした。そのままクルッと椅子ごとこちらを向き、肘を机に付いてあたしを見た。



「香取の家は、よくは知らんが、所謂お偉いさんとのパイプがぶっといらしい。つまり親父さんの権力が世の中に通用し、あいつは色々苦労を背負ってるって事・・・多分な」

「・・・」

「そういう時はな、正面からぶつかっていったり寄り添ったりできるのは、宮地や中森達みたいな、同じ世代の友達しかいないんだよ。だから本当は、俺がとやかく言うよりも、宮地が自分の頭で考えて行動する方が、絶対いいんだ。香取の為にも、頑張ってやれよ」

「・・・・」


 

 香取が、友達は少なそうだ、というのは何となく分かる。彼の性格がそうさせているんだとばっかり思っていたけど、彼を取り巻く環境も、中々複雑みたい。お父さんが偉い人だとしたら、下心満載で彼に近づいてくる人達も、沢山いたのかもしれない。だとしたら、デリケートな彼はかなり傷ついた事だろう。


 掛け値なしに付き合えるのは学校の友人。確かにそういうものかもしれない。けど。




 だとしたら、あたしは?




 香取のあの台詞、『お前が目を覚まさなかったら、俺、多分死ぬよ』って、あれが友人としての台詞だったとしたら? それくらい大切な友達だと思っている、という意味だとしたら?


 あたしがした事って、あのキスって・・・




 ひょっとして、彼の気持ちを裏切った事に、なるんだろうか?




「俺って今、教師やってる?」


 事情も知らない加藤が得意そうにあたしの顔を覗き込んできて、教師じゃ無かったらぶん殴ってやろうかと思った。


 でもまあ、今日は珍しくいい事言ってたから、見逃してやる。



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