Sweet heart 閑話休題
とりとめのない余談です。番外編、程ではありませんが。
つらつらと描いたので読みづらいかも知れませんが、お暇な時にどうぞ❤
智哉の場合
ちょっと、マズイだろう。なにやってんだよ。
あいつの女遍歴を思い出してみる。多分、いや確実に、ファーストキスの相手は僕だ。
あいつは子供の頃から、まるで専売特許の様な爽やかな笑顔で、鬱陶しいくらいに明るく、感情の薄かった僕の反応なんて気にせずに、ズケズケと入り込んできた。
それでも相手にしなかった僕だったけど、決定打になった出来事がある。
5,6歳の頃、二人で家の裏で遊んでいたら(といってもあいつが夢中でトンボだかバッタだかを追いかけていて、僕はかったるく雑草でもいじっていただけなんだけど)、あいつは僕に近づいてきて、しゃがんでいる僕に顔を寄せ、
チュ
と唇にキスをした。
そして驚いている僕に、恐ろしい程邪気の無い笑顔で言い放った。
「大きくなったらさ、けっこんしたいな」
・・そうくるか! 明るく物怖じしないっつっても限度があるだろ!
と、子供心にそれらしい事を思い、こいつの頭の中はどういう構造なのだろう、と不思議になった。
その時までこいつと殆んど口を聞いていなかった僕は、ほぼ初めて、口を開いた。
「けっこんしたいの?」
「うん。・・だめ?」
「・・けっこんしてどうするの?」
するとヤツはキョトンとした。
「え? おとうさんとおかあさんになるんだよ?」
おとうさんとおかあさん。そうか。けっこんするとそうなるのか。
僕は物ごころついた時から、母の顔を見ていない。
「だれがおかあさん?」
「え? きみだよ」
そこで僕はしばし考える。僕がおかあさんになれるのか? 確かそれは女だぞ?
「なれるのかな?」
「なれるよ。だって男はおとうさん、女はおかあさんになるって決まってるんだから」
「・・でもぼく、おとこだよ?」
あいつはとても、固まった。僕は初めて、目の前で人が化石になっていく姿を見た。もちろんあれ以来、見た事はない。
次の日、あいつは再び僕の前に現れた。顔を真っ赤にして、土下座せんばかりの勢いだった。
「きのうはごめんなさい!」
よく謝れたな、と思った。普通恥ずかしすぎて、記憶から抹消するだろう?
「もうぜったいまちがえません! ごめんなさい! だからともだちを、やめないでください!」
・・・。友達だったんだ、僕達。それすら知らなかった。
「もうぜったい、やりません!」
これは明らかに親に練習させられた台詞だ。こいつはどこまで親に報告したんだ?(と、子供心に思った)
そこまで震えて謝るかね? そして帰らないかね?
僕は感心して、無言で頷いた。それが僕達の始まり。
付き合ってみると、あいつはやりたい事満載の子供で、僕はついて行くのも面倒臭いんだけど付き合わないと膨れるし煩いしで、そのうち口癖が「よっちゃんの好きなように」になった。
僕の見た目や能力や環境や、この根暗な性格が原因で、周りからは随分と色々な事を言われたけど、正直全くどうでもよかった。
だけどその隣で顔を真っ赤にして立ち向かっていくあいつを見ると、それなりに愛おしいと思う様にもなった。
そして、あいつの失恋人生はそこからスタートする。
小学校低学年で母親を無くしたあいつは、父親が底抜けに明るい人だったのであまり問題無く成長した。そして高学年の時、担任の美人教師に恋をする。そしてそれを、底抜けに明るい親父に取られた。憐れすぎる。
で、荒れに荒れた中学時代に、塾講師に恋をする。どんだけ教師好きなんだあいつは、って話。で、そいつに喰われかかっちゃあ、世話ないよね。
だけどさ、あんな子供にまで手を出すとは思わなかったよ。
あの子が失恋した、とは聞いたけど、キスしたとまでは聞いてないよ? 見境なさすぎるだろ?
彼女は自由奔放、勝手気まま。なんて我儘な猫みたいな奴。けれども時々怯えた様に相手の顔色を覗う様子に、最初は本当に鬱陶しかった。
勝気と脆さの同居。世の中は青くて綺麗だと信じている。お話にもならない子供だね。
だけどそんな子供が、そのまま綺麗に大人になっても、たまにはいいんじゃない?
そんなおとぎ話が実現すれば、きっと救われるのは僕自身だ。
それも悪くない。
つか、義希。あいつそろそろ、目を覚ませよ。
自分のやっている事、いい加減冷静になって振り返らないと後悔するぜ?
僕はベッドに寝転がり、天井を見つめて溜息をついた。
義希の場合
あいつが俺にあんなに声を荒げるなんて、正直驚いた。多分初めてだ。
え? それだけ彼女に惚れてるって事? うそだろ、気付かなかった。
「大御所に孫娘を託されたのは残念ながら水島なんだよ。彼女になんかあったら責任負うのはうちなんだ」
「鍛えてくれっつって託されたんだろ? 彼女が一人で生きていける様にって、それがあの大御所ばあさんの頼みじゃねぇか。だからお前だってあのクソ新谷を使ってきたんだろ。つか今まで様子も見ずにあいつに丸投げしておいて、何なんだよ?」
「興味無いもん。彼女がどうなるかなんて」
「じゃ、今更何だ?」
「義希は彼女が沙希に喰われる寸前まで、ただ見ていた」
「・・・」
「それは彼女を鍛える為じゃない。実戦を経験させてやった、なんて言わないよね? 自分にとってベストなタイミングを見計らっていたんだろ、確実に沙希を殺るために。僕が飛びださなかったらどこまで見ているつもりだったの?」
「・・・」
「いい加減目を覚ましなよ。沙希を目の前にして我を忘れる、てのはやめて。あ、忘れてる訳じゃないのか。だってすべて計算ずくだもんね、すごく冷静に」
「・・・」
「だけどあんな子供達を、あそこまで傍観するなよな」
「俺はもっと子供だった!」
「・・・」
「沙希とやり合った時、俺はもっと子供だったし妹は赤ん坊だった! 現実は大人と子供を分けちゃくれないんだよっ。子供だからってお情けをくれる様な連中じゃないんだ!」
「嘘だよ。そんな奴らばかりじゃない。と言うより、子供だからと情けをかけないのは義希じゃないか」
「それはだから「僕はいいよ?」
「・・・」
「僕はあんたに付いて行く。とことんね。どこまでも。だけどあの子まで道連れにするのはやめろ。ハンターなんて、ふざけた道に引きこむな」
「・・・智哉、お前・・・」
「・・・何? 僕が他人に口出しするのが、そんなに珍しい?」
そこに彼女が登場。能天気に、サングラスを開発して映画もどきのハンターをやろう、と言いだした。
・・・そりゃ、あいつの機嫌が益々悪くなる訳だわな。
確かに俺はあの時、沙希を最も確実に仕留める方法を選んだ。奴らに隙が出来るのは、捕食中と、睡眠中。沙希が彼女の気を吸い始めたら、いや夢中になり始めたところがベストだったんだ。あいつを殺せる。彼女だって、すぐに病院に搬送すれば大事には至らないと思った。俺の妹だってそうだったんだから。
だけど智哉はそれを許さなかった。今になって、俺を詰る。
俺はリビングのローテーブルに突っ伏した。
俺の黒さを知らない彼女は、さっきも疑いなんて微塵も無い笑顔を俺に振りまいていた。
知ってるよ、冷徹で最悪な下衆野郎だって事ぐらい。
でも沙希を倒さないと、俺は前に進めないんだ。他人を思いやる気なんて、更々無いんだよ。
だけど自分が、こんなにイラつくなんて知らなかった。
真琴とヒトミの場合(電話)
「なんか失敗した」
「え?」
「なにかを失敗したらしい」
「何を?」
「それが分からない。だから困ってる」
「それは困るねぇ」
「・・やっぱ積極的過ぎたかな。でも相手は年下のくせに相当経験値高そうだったからさ。あれぐらいしないとインパクトないかな、とか思って」
「・・随分と、初々しさに欠けるね」
「・・(ヒトミがそれを言う?)」
「香取クン?」
「・・なんか彼を相手にすると、喧嘩を挑む様な気分になっちゃうんだよねぇ」
「女子高生というのは、もう少し恥じらいとか躊躇いとか、或いは夢見る気持ち、なんて言うのがあるんじゃないの?」
「(自分も女子高生のくせに)・・よっちゃんには、まさしくそうだったんだけどね。不思議な事に香取には、そう言ったモノは全く」
「礼相手には、夢も見ないの?」
「ヤツを負かす夢は見る」
「・・災難だなあ、彼も」
「闘争心が、こう、沸々と」
「・・(ムキになってるなぁ)どちらかが素直にならないと、進むものも進まないのでは?」
「・・・・」
「ただでさえ厄介なオマケがくっついているのに。自分で事態を掻き回してどうするの?」
「・・そうか。負けるが勝ちって言葉もあるもんね」
「(まだ言ってる)それで? 礼のどういう所に惚れたワケ?」
「・・・・俺様なくせに、あたしに惚れてる所」
「よーく言うよ」
自分の弱さに、自分で全く気付いていない所。切なくって、危なっかしくって、見てられない。だからこそ、見つめ続けていたい。
男らしく現実主義な所も。年齢の割には、実は懐が広い所も。いつも全力で、周りにガンを飛ばしている所も(笑)、だけどその瞳が真っ直ぐな所も。ものすごく優しい所も、隠れヘタレな所も。笑うとあどけないくらい魅力的な所も。
心地よい声も。長い睫毛も、綺麗な瞳も。
何もかもが、愛おしい。
何だろうね、これ。
こうなったらもう、腹を括るしかないでしょ?
いっちょ、突き進める所まで行ってみましょう!
「頑張れ、女の子」
「だけどどうやって連絡取ればいいかわかんないんだよねぇ」
「携帯にかければいいじゃない」
「知らないもん」
「えっ?」
「・・(そんな驚く?)」
「そう言う事もあるの? 信じられない、イマドキ化石みたいな子達だな。教えてあげるよ」
「えっ? 知ってんの?」
「焦る?(くすっ)」