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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第五章 接触
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Sweet heart 2

 その病院は、水島さん家が懇意にしている病院で、所謂いわゆるそういう所らしい。香取はそこの個室にいた。

 この期に及んで、あたしは彼の親を見ていない。言えた立場ではないかもしれないけど、保護者は一体どうなっているのだろう?


 開け放たれたドアを軽くノックする。彼は気だるく雑誌を読んでいた。



「どう? 溶けた内臓、再生した?」

「・・なまこかよ・・」


 挨拶もせずに軽口を叩くあたしに、彼は眉間の皺を寄せる。あたしは気持ちよく無視をした。



「はーい、甘党の君に差し入れでーす。キ○チのシュークリーム。欲しいかなぁ? 欲しいよねぇ?」

「・・何そのムダな元気」

「うん、それこそ未遂だし、吐いたらスッキリした。やたら気分爽快」

「そのエネルギー、停電の時に使えねぇかな?」

「なんて言った?」

「何も」



 香取は澄まして雑誌を脇に放り投げる。いつも通りの彼に見えた。こうやって改めてみると、まだ可愛い感じのする『少年』かも。髪型が粋がっちゃってるけど。



「いつ退院?」

「明日。大袈裟なんだよ」

「肋骨折ってたら、そりゃ大袈裟にもなりますわね。もっと病院に閉じ込められちゃえばいいのに」

「折ってねぇよ。薄くヒビ入ってただけだ」

「はいはい。ムキになっちゃって。かわいいね」

「・・一体どうしたの、お前?」



 テンションの高いあたしを見て、香取は気味が悪そうにした。そんな彼の前に、洋菓子の可愛い箱を開けて見せる。そして人に見せておきながら、自分で先に言っちゃった。


「わ。おいしそ」

「なんで三つ?」

「あたしと香取と・・はるなちゃん」

「・・・・」

「お見舞い、来てるんでしょ?」


 

 あたしがそう言うと、香取は黙った。長い睫毛が伏せられ、唇が固く結ばれる。

 不服そうな、辛そうな、切なそうな、そしてどこか悔しそうな表情をした。

 

 

「・・追い返す訳にもいかねぇし。それであいつの、気が済むなら」


 また逆戻りだ。はるなちゃんの言いなりになっているんだ。

 想像して分かっていた事なのに、彼の台詞を実際に聞いたら、あたしは憤りを感じた。香取に文句を言いたくなった。慌てて言葉を飲み込む。


 だって、そんな事、あたしが言えた立場じゃない。



「あいつを守ってやれなかったのは、確かに俺だし」

「・・それ言うなら、全部あたしのせいだよ・・・」



 シーンとなる。お互い、何を言っていいのかわからない。こんな気まずい空気は初めて。

 あたしは黙って、シュークリームを一つ取ると、彼の目の前に付きだした。

 彼はあたしとシュークリームを交互に見やると、口角を僅かに上げてそれを取る。

 あたしは彼の目の前で、わざとらしく大口で、ゆっくりと、自分の分をかじって見せた。


 ほら。食べなさいよ。


 彼は少し眼を丸くしてそれを見ると、面白そうに微笑んで、自分の手の中にあるものを口にした。「ん、うまい」と言ってちょっぴり驚いたようにそれを眺める。嬉しそうだった。


 あたし達の間に、こんなに素直で穏やかな空気が流れたのも、初めて。



 あたしは何だか凄く嬉しくなって、そして満たされた気持ちになって、ニコニコしながらそんな彼を眺めていた。

 すると彼の動きが止まった。

 真剣な面持ちで俯き、何かをジッと考えている様だった。


 そんな彼に驚き、あたしもシュークリームを食べる手が止まってしまった。て、そうか、もう食べ終わったからだった。



「はるながやられた時」


 ギクッとした。あたしが見たくないものを、彼が付きつけようとしている気がする。

 

 ・・でも、多分避けられない。ついに来た。



「俺・・・あいつら、殺してやるって思った」

「・・・うん」

「絶対、何が何でも殺してやる、八つ裂きにしてやるって・・・すげぇ、訳わからなくなって」



 そうだよね。ごめんね。そうだよね。


 はるなちゃんは、操られていたあの男子生徒の一人の口車に乗せられ、彼を人気の無い所に連れ出した。その間に山田くんがあたしを襲う事を、知った上での行動だった。香取をあたしから引き離したくて、あの場所を選んだ。彼女が学校で、香取とキスをしていた場所。


 そんな事は、どうでもいいの。

 だってそれは、彼と彼女の問題。

 そりゃ一歩間違えば、犯罪だったけど。


 

 あたしは、香取の大事な従妹を危険にさらしてしまった。そしてそれは、香取の心を大いに傷つけた。

 香取は他人をあまり寄せ付けない分、一旦自分の中に入れた人達は、とことん大切にする。本人は気付いていないけど、彼らの存在そのものに依存する。


 だからそんな香取の従妹が傷つけられると言う事は、彼自信が傷つけられるより、耐えがたい事なんだ。


 彼の受けた辛さを思って、切なくなる。

 



「だけど、お前があの女に喰われそうになった時」



 香取は俯いたまま呟き、そして黙った。

 何だろう、と思いあたしは顔を上げた。

 香取はなおも俯き、しばらくして、はぁぁ、と言う長い溜息をついた。




「頭に血が上るよりも・・・心臓が止まった」



 あたしは眉根を寄せる。うん? それはどういう意味だろう?

 彼は顔を上げると、この上なく真剣な眼差しであたしを見つめた。あたしは驚いて軽く顎を引く。

 彼はあたしの瞳を捉えて、ハッキリと言った。



「お前がもし目を覚まさなかったら・・俺、多分死ぬよ」



 ・・え?・・え?


 それって・・・・


 ・・・まさか。



 絶句。



 あたしは彼を凝視した。


 彼の強い眼差しは、あたしに逃げる事を許さない。あたしは次第に、胸がドキドキしてきた。

 けれども同時に、とても納得していた。この状況で納得だなんておかしいのだけれど、今まであたしの中でくすぶっていたモヤモヤが、全て、すーっと、消えて行ったのだ。



 ああ、そうだ。あたしが思っていたのは、これだ。

 あたしはこれが、欲しかったんだ。



 胸が熱くなる。あたしは今、彼の心の中に入れているんだ。



 どうしよう。

 もっと欲しい。



 彼は尚も、強い眼差しで続けた。



「あいつら全部、皆殺しにした後だけど。自信あるけど」

「・・ついてる」

「え?」

「クリーム」



 あたしは腕を伸ばして、彼の唇の端に付いていたクリームを指ですくい取った。

 香取が一瞬、恥ずかしそうな顔をする。

 あたしはそんな彼を見て、それから指に付いたクリームを見た。美味しそう。

 そしてその指を、軽く口に含んだ。

 甘い。

 香取の目が見開かれるのが分かった。口の端には、さっきのクリームの跡。


 あたしはゆっくり彼に近づいて行った。

 香取は目を見開いたまま、動く事無くあたしを見ている。

 あたしはベッドに両手をついて屈み、彼の唇の端を、


 ペロ


 と舐めた。

 やっぱり、甘い。



 香取が息を飲んで、少し身を引いてあたしを見つめた。

 あたしも彼を見つめ返す。強くって、激しくって、少年ぽくって、熱くて綺麗な目。戸惑っているけれど、揺れる瞳であたしを見つめ続けている。もう一度、って言っている。

 だからもう一度、今度は唇全体を食むように、ゆっくりと、ゆっくりと味わった。

 表面を、舐める様に。

 見た目通り薄くて男らしい彼の唇を、舌に感じる。香取の肩が、一瞬僅かに震えた様に見えた。


 唇を離すと、彼は信じられないと言う様に、だけど少し余裕を無くした様に、眉根を寄せてあたしを見た。

 その瞳が妙に大人っぽくて、熱っぽくって、ゾクリとくる。

 あたしの目の前で彼の唇が僅かに動いた。彼の綺麗な喉が、一回、鳴った。



 あたしは身を起こして、少し離れた。

 そして気持ちを落ち着かせ、出来るだけ、静かにハッキリと言った。



「香取。あたしもう、自分の身は自分で守る。一生懸命鍛える。今までみたいに、逃げたり投げ出したり、しない」



 彼が驚いたようにあたしを見上げている。

 あたしは丁寧に言葉を紡いだ。それが彼の真剣な姿勢に応える、一番正しい形だと思ったから。



「決心がついた。あたしが頑張る事で誰かが救われるなら・・・・こんな能力、やっぱ運命だもんね。与えられた環境の中で、最善を尽くそうと思う。あたしにとっての『最善』が、今変わったの」



 あたしは、彼の心に入れたのかもしれない。彼の大切な人達の一人に、なれたのかもしれない。

 ありがとう、香取。

 でも彼が、そういう人達の存在に依存し過ぎる事は知っている。彼の中の寂しい何かが、そうさせているに違いない。


 だったらあたしが、それを変えてあげたい。

 そして香取を、幸せにしてあげたい。こんなに不器用で激しくて、真っ直ぐな人を。


 お願い。自分の存在価値まで、他人に求めたりしないで。

 お願いだから、あたしがいなくなったら死ぬなんて言わないでよ。


 そんな事をしなくても大丈夫。

 あなたは幸せになれる。

 あなたはこんなに愛されている。皆にも。・・多分、あたしにも。


 だからそんなに怖がらないで。



「だからあたしを守るとか、失敗したら死ぬとか、そういうの、もう、無しね」

「・・・・」

「あ、言うの忘れてた。今まで本当にありがとう。あなたのおかげで、あたしはここまで乗り切れた。あなた無しでは過ごせなかった。・・本当に心強かった」

「・・・・・・・」

「これからは、香取の手は煩わせないよ」



 そのかわりこれからも、一緒にバカをやって行こう?


 息を飲んであたしの台詞を聞いていた香取は、呆然と固まっていた。

 あたしが少し首を傾げて彼を見つめると、彼はハッと気付いたような表情を見せた。



「・・・・そうか。頑張れよ」

「うん」



 静寂が、訪れる。

 香取は窓の外に視線を移した。無言のままで。

 あたしは彼が黙ってしまったので、少し不安になってきた。

 すると彼は振り向いてあたしを見上げ、薄く笑って言った。


「俺、疲れたからちょっと寝るわ」

「・・・そ?」

「ん。またな」



 表情が、妙に優しい。あれ? 優しいとはちょっと違う? 



「あ、それから。もうまっすぐ教室に行けよ」

「え?」

「ちゃんと朝飯も食えよ。な?」

「・・・・あ、うん・・・」



 あたしは妙な気持ちになった。何とも腑に落ちない。

 優しく病室を追い出され(? そもそも優しい香取なんて既に変だ)あたしは益々パニックになった。



 部屋の外で、呆然と立ち尽くす。


 え? あたし、何か間違った? 何を、どこらへんで??






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