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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第五章 接触
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Sweet heart 1

 翌日。大事を取って学校を休んだあたしは、小腹がすいたので食料品でも漁ろうと思って(もう遠慮するのはやめた。だって長丁場になりそうなんだもん)水島屋敷を歩いていた。

 するとプライベートリビングから話し声がする。扉は開けっぱなしだから中が見える。よっちゃんと水島さんが、真剣な表情で何かを話し合っていた。二人ともソファに座らず、立ったままで中々白熱している様子。


 あたしはこの間閃いた事を急に二人に言いたくなり、部屋に入るなり大きな声で言ったの。



「科学警察研究所に提案があります! イット対策メガネを作ると言うのはどうですか?」

「・・・はあ?」


 水島さんが呆れた様に言った。よっちゃんはポカン、としている。

 あたしは益々得意になった。うふふ、盲点突いちゃった?



「ほらほらぁ、見ちゃうでしょ、目? そうするともうダメじゃん。だから見ても大丈夫なように、偏光グラスみたいなイット光線カットメガネを作ってさ、それをあたし達がかけるの。メン○ンブラックみたいに! かっこいいし不自由なく戦えるしで、一石二鳥!!」

「・・・・」

「・・何か言ってよ」



 せっかく、なんか息詰まっていそうな二人に新しい風を吹かしてあげたって言うのに、感謝の言葉とか称賛の言葉とかは無いわけ?


 すると何故だか一気に不機嫌になった水島さんが、無言で部屋を去ろうとした。


「・・どこ行くの?」

「寝る」


 こっちを見もせず一言そう言うと、廊下に姿を消す。あたしは唖然とした。


「何あれ?」


 するとよっちゃんが、はあーっと溜息をついてドカッとソファに身を沈めた。

 やっぱり少し不機嫌に、水島さんが去った廊下を睨んでいる。

 

 あたしは、なんとなくピンと来た。


「喧嘩したの?」


 するとまるで拗ねた子供の様に唇を突き出して、よっちゃんはあたしを目だけで見上げる。うわっかわいい、やめて欲しい。


「珍しー。どうして?」


 今やすっかりタメ語で彼の隣に腰を降ろすと、彼は身を乗り出す様に、自分の肘を膝の上に乗せた。

 そして組んだ手で顎を擦る。



「あいつが珍しく、俺に突っかかってきたんだよ。で俺が、珍しく流せなかった・・んだよなー」

「なんて言われたの?」

「んー?」


 あたしの方を斜めから見上げて、彼はちょっぴり自嘲めいた笑いを見せた。



「俺が自己中だって。何を今更ってカンジだけど」

「・・・」

「目的達成の為に最も確実な手段を取る。他人の評価は関係無い。評価が俺の目的じゃぁないんだから」



 そう言ってもう一回、ソファに深く身を沈める。頭を背もたれに乗せて、天井を見上げた。

 あたしはそんなよっちゃんを身近で観察する。

 そしてやっぱり、少しドキドキする。



「あの人、顔色悪くありませんでした?」

「智哉?」


 彼は目だけであたしを見て、


「だろうね。仕事をした後、あいつしょっちゅう寝てるよ。具合が悪くなるんだ」

「・・何で?」


 再び天井に視線を戻した。



「サイコメトリーってのはね。対象物の念とか見た情景を読み取るんだ。そんな相手の念が強いと、あいつの心がやられちゃうんだよ」

「・・やられちゃう?」

「・・うん。だって俺達が扱うのは、基本、事件だし。対象の相手が黒い心を持っていたり、或いは恐怖を体験していたりすれば、それを丸々、本人と同じように体験してしまうんだから。想像してご覧よ」



 言われて素直に想像した。

 あまりの怖さに、想像するのをすぐにやめた。



「・・・うわ・・」

「ね? 相手が殺されていたりなんかすれば、もっと最悪だろ? 殺される疑似体験をしちまうんだぜ。場合によっては体まで反応して、大怪我を負うケースもあるって。・・俺だったら壊れる」



 殺される疑似体験なんて・・エグ過ぎる。『お触り魔』なんて茶化してる場合じゃ無いじゃん。

 あたしは驚愕して、よっちゃんを見つめた。そんなに怖い事、あたしなら続けられない。

 ・・だけど彼は続けている。そしてそれは・・



「水島さん、よっちゃんがいるからこの仕事をしてるって」

「・・・・」


 あたしが言うと、よっちゃんは僅かに切ない表情を見せた。



「あいつ・・・昔からどっか俺に依存している所があってさ・・」

「・・幼馴染で親友なんでしょ?」

「まあ、そうなんだけど。・・多分、自分の能力があんなんだから抱える物が多すぎて、イッパイイッパイなんだろうな。これ以上余計な物には関わりたくないし、考えたくも無いんだろう」


 

 あたしは少し考えた。確かにそうかもしれない。サイコメトリーがそんなに相手の思いを取りこんでしまうのなら、なるべく余計なモノに関わりたくない、と思うのは必然だろう。考えるのも煩わしい、というのも理解出来る。


 でもさ。それでも何でこの仕事を続けているの? 痛い目見るだけじゃん。



「・・本当にそれだけかな? だったらよっちゃんに絡まないで、一人で引きこもっちゃわない?」


 あたしがそう言うと、よっちゃんは顔だけあたしに向けて、眉間に皺を寄せた。


「・・うーん・・・」


 そして困ったように視線を動かす。

 その様子は、水島さんが自分に依存していると何で感じているのか、を改めて考えている様に見えた。

 今更それに頭を悩ますなんて、男の人って、普段はあんまり物事を深く考えないのね。そう言えば香取に、これと真逆の事を言われた気がする。



「小さい頃の智哉はさ。顔が異常にキレーだし、あんな能力だし、・・家庭環境もあんま愉快な物じゃないから・・・ずっと孤立していたんだよ。そこへ、たまたま俺と出会って・・・」

「・・・ひな鳥の様になつかれた、と・・・?」



 彼の話を聞いてあたしの頭の中では、孤独な美少年とそれを救った可愛い男の子、の図がキラキラと展開された。うん、悪くない。


 するといきなり、よっちゃんが吠えた。


「あーっ、フェアじゃないよな、これっ」



 あたしがビクッとして身を引くと、彼は起き上がって頭を両手でガシガシガシっと掻いた。な、何事?!

 そしてあたしの方を向くと、ハンサムな顔が観念した様な表情になって、言った。



「俺ね。初めて智哉と会った時、女の子だと思ったの」

「・・ああ・・」

「で、一目惚れしちゃったの」

「ああ・・・えっ?」

「だからあいつ、俺の初恋の相手なの」

「・・・ぎぇ~っ、い、いくつの時?」

「さあ。小学校に上がる前くらいだったと思う」



 そっそっそれは・・・オイシ過ぎるかも・・。

 あたしはこの爆弾告白に、引きつつも喰いついた(分かる? この微妙な心理)。

 この人って、あたしがわざわざ攻撃しなくても、自ら突っ込み所満載の自虐ネタを披露しちゃうタイプなのかもしれない・・あの『沙希』関連も然りで。



「影のある、無口な美少女を散々アタックして口説き落として」


 悲しげに目を伏せるよっちゃん。ど、どこで止めよう?



「それが男だと知った時は、人生終わったと思った」

「・・・」

「でもその頃の癖が抜けなくてね。どうしてもつい、智哉を守っちゃう場面が多くなってさ・・・それも、なつかれた原因の一つかも。あの頃からあいつ、『よっちゃんの好きなように決めて』だったし」

「・・・」

「でもまあ、結局俺も随分それに甘えてきたんだよ。・・あいつは文句なんか言わずに、絶対俺に付いてきたから」



 幼少の二人をどう想像していいか分からずにいると(コメディ? アブノーマル? それとも純心?)

 彼のワントーン落ちた声が聞こえた。


「俺も、いい気になって」


 

 思わずマジマジと彼を見つめる。よっちゃんはそんなあたしに気付かず、何かを深く思案している様だった。

 そして不意に顔を上げるとあたしに言った。



「様子、見てきてやってよ」

「あたしが? 追い出されるよ。部屋のみならず、この家まで。あ、その前に凍死させられるかも。夏だけど」

「大丈夫だよ。智哉、まこちゃんの事、かなり気に入ってるから」

「うっそでしょ?!」



 本気で目が丸くなっちゃったんだけど、よっちゃんは優しく笑うだけ。

 いつもなら全力でお断りするお申し出だったのだけど、その時のあたしは、水島さんの苦労と過去をちょっぴり聞いちゃったおかげで、彼の事が気になってしまっていた。


 やっぱり人は、それぞれのストーリーを背負っちゃってるんだな、と。


 

 そこで渋々、恐る恐ると、あたしは彼の寝室へ行った。


 まさかこんな事をする日が来るなんて。逆立ちしても思いつかないわよ、絶対。

 勇気を振り絞って、部屋をノックする。すぐに返事があった。



「誰?」

「・・真琴です」

「・・何で?」

「・・何でって・・様子伺いに」

「・・・」

「・・具合を」



 じっと待った。返事が無い。全く。物音すら、無い。帰ろ。

 そう思った時、

 ガチャ。

 扉が開いて、水島さんが気だるそうに、不機嫌そうに立っていた。

 そして、無言。

 ・・いい加減にしろよ? 恥ずかしいじゃない。


 彼は無言で、目だけであたしを部屋に迎え入れた。

 そこは15畳ぐらいはありそうな寝室で、ベッドと机とソファがあっても空間が有り余ってて、まあ屋敷からしたら大した事の無い広さなんだろうけど、熱効率の悪そうな大きさの部屋だな、とか僻んだりもして。


 彼は無言でソファに座る。促されないものだから、あたしは部屋の真ん中に立ち続ける。あんたは王様かいっ。



「・・あの・・具合は・・・」

「寝れば治る」


 そうですか。


「・・大変だね・・」

「何が? お互い様でしょ」


 無言。

 そうですね。そうでしたね。


 あたしは無難に、その場を去ろうとした。



「・・あー、それでは・・」

「いつの間にそんなに積極的になったのさ」

「・・・はい?」

「嫌がっていたんじゃ無かった? サイとか、イットとか。対策メガネって何なのさ?」



 水島さんが、不機嫌丸出し、って感じで急にあたしに言葉を投げつける。

 前代未聞のその勢いに、あたしはたじろぎながら言った。


「・・いや、あったら便利かな、と」

「これからも僕達に関わってくって事?」



 かぶせるように問いかけられたその内容に、あたしはギクッとなった。いきなり、あたしの今の状況の芯を、ナイフでえぐられた。



「・・逃げられるもんなら、そうしたいけど。出来無さそうだし。だとしたら、少しでも居心地を良くしたい、と言うか・・」

「逃げればいいじゃん」



 彼は冷たい目をして言い放った。ソファからあたしを見上げて、その目に力が籠もった。



「綺麗ごとなんか言ってないで、さっさと逃げろよ」



 言葉に詰まる。あたしは彼の顔が見られなくなって、俯いた。

 あたしの中途半端さを責めているんだ。この人は、文字通り命を張ってやっているから。ううん、この場合、心を張って?


 どう言えば、伝わるんだろう?




「あたし・・・香取が襲われたの見た時、マジ頭に来たの」

「・・・」

「自分の周りの人間がこうやって巻き添えを食らうぐらいなら、あたし、強くなりたい。戦い方を知りたい。先手を打ちたい、とさえ思った。・・だから」

「・・・」



 一生懸命、真剣に、言葉に出してみる。一つ一つ、丁寧に。全身全霊で行って、こんなに真面目に彼に向き合ったのは、初めてだった。

 昨日の出来事を思い出す。香取達が倒れていた時の事。彼らが吸われた、と聞いた時の事。

 ・・香取が沙希に、近づいて行った時の事。


 あの時の、狂気。


 

「でもね」


 気付くより先に、言葉が口をついて出た。



「相手の事が憎くて、憎くて、・・・相手が死んでしまっても構わない、あたしがもし殺しても、どうせ灰になるから簡単だ・・って」

「・・・」



 初めて言った。そして言葉に出してみて、初めて気付いた。あたしは何て恐ろしい事を考えていたんだろう。

 身震いがする。あたしは思わず、下唇を噛んだ。

 なのに言葉が止まらない。感情が、溢れ出る。



「どうしよう。あたし、こんな事を続けていたら、よっちゃんみたいに狂っちゃうのかな? あの人みたいに暗く目を輝かせて、イットを狩っていくのかな?」

「・・・・・」

「そんなの嫌だ、嫌だよ。あたし、自分を無くしたくない。そんな事になっても誰も救われないもの。・・だけど大切な人をもし奪われたら、あたし、どうやって自分を保てばいいの?」

「・・・・」

「・・それが、怖い・・」



 水島さんの顔も見ずに、あたしは一人で喋りつづけた。そうする事で、自分の頭と心を整理している気分になってきた。気持ちが高ぶって、声が少し震えてしまう。


 そんなあたしを、彼は黙って聞いていた。



 再び訪れた静寂に、あたしはビクつきはじめた。思わず言ってしまった泣き事。こんな思い、彼らはいくつも乗り越えてきたに違いない。しかもあたしは最初、よっちゃんの狂気を批判的な気持ちで見ていた。

 どんな辛辣な言葉を言われるんだろう・・・。あたしはまだまだ入口しか経験していないのに、既にこんなに取り乱している。これでこの先、乗り越える気があるの? とか。



「あんたは義希とは違うよ」



 静かに言われたその台詞に、あたしは目を丸くした。



「あんたは狂わない。あんたは大丈夫。・・安心しろ」



 顔を上げて彼を見る。水島さんも、あたしを見つめ続ける。

 あたし達はそうやって、しばらく無言だった。あたしは不思議な気分で、彼を見ていた。


 彼の短い言葉。なのに何故か、説得力があるから。

 


 やがて彼は立ち上がると、あたしに近づいてきた。あたしの顎を指で軽く摘むと上を向かせる。

 彼の作り物の様な天使の瞳が、暗い光であたしを覗き込んだ。



「見ててやるから。狂わない様に。だから、安心しろ」


 

 あたしは目を反らせなかった。まるで催眠にかかったみたいに、心の中で彼の言葉を反芻した。

 安心しろ。

 彼の言葉が繰り返される。そんなあたしを見透かした様に、彼はもう一度、暗示をかけた。


「狂わないよ」



 暗さの奥に、優しさが見えた気がした。何故か切なくなった。

 頭の片隅で思う。サイコメトラーは、相手の心に入り込むのが上手なのかな?



 フッと彼が微笑んだような気がしたら、次にはもう、何だか不服そうな顔つきになっていた。



「ところで女性が一人で男の寝室を訪ねるって、どうなの?」

「・・え?」

「僕じゃなかったら食われてるよ? ・・それとも食べられたいとか?」


 甘やかに口角が上がって、あ、あり得ない美形がそーゆー目をしてからかうのはやめて欲しいっ。


「だ、だってよっちゃんが、水島さんの様子を見てやってくれって・・」


 あたしが慌ててそう言うと、彼は驚いたような顔をした。

 そしてあたしから手を離し、小さく舌打ちをして言った。


「舐められたもんだな、僕も」


 そしてあたしに視線を戻すと、いつも通りの皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。


「冗談だよ。お子様に手を出す程は不自由してないから、安心して」



 こっこいつ・・・。ムダに雰囲気つくりおって・・・。


 でも多分、彼の瞳の奥に見えた優しさは本物で。

 きっと多分、彼はよっちゃんが思うほどは、人生を投げてはいないかもしれない。









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