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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第一章 面倒臭いんです
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What's happened with you? 1

お祖母ちゃんのお説教以来、あたしはなるべく大人しくしていた。だってなんだか面倒臭い事になりそうなんだもの。

学校も真面目に言っている。授業も、割と真面目に聞いている。

テレポの練習なんかより受験勉強の方が、よっぽど将来の役に立ちそうな気がする、を立て前に練習から逃げていた。背に腹は代えられないってヤツ?



第一印象が最悪の香取も、クラスにすんなりと溶け込んでいった。

香取の周りには男子が数人、集まるようになっている。

休み時間には彼の明るい声が響く様になった。


「あははっウソだろっ。マジヤバくね? それって」


・・・けど、うるさいんだけど。

確かにあいつは、頭が相当いいんだと思う。英語は元より、数学も物理も転校早々、学年5番以内を取っていた。

でもね、あんたと違って頭の中身が常識的なあたしは、こうやって昼休みも英単語を覚えないといけないのよ。タダでさえイライラするのに。


あたしは勉強道具をまとめると、黙って教室を出て行った。

図書室に行こうと廊下を歩いていたら、唯を見つけた。

確か彼女は用事があるからって、さっき教室を抜けて行ったはず。


「あれ? 唯、どうしたの? ・・・何かあった?」


あたしは唯に近づいて、見つめた。気のせいではない、なんかヤバそうな顔をしている。


「真琴・・・ううん、何でも無い・・・」

「何か変だよ? どうしたの? ・・・唯っ!」



驚愕した。あたしの目の前で唯が倒れたっ。

咄嗟に抱き支える。どうしたのっ?

あたしっ、本当に気を失う人って初めて見たっ。



「山本っ」


近くにいたらしい、担任の加藤が駆け寄ってきた。KY教師だけど、さすがは教師。こういう時はマトモに素早く行動してくれる。



「貧血だろう。とりあえず保健室に連れて行こう。宮地、ついて来てくれるか?」

「はい」

「先生、大丈夫です、私」

「いいから行こう、保健室で横になれ」

「本当に平気です」

「ごちゃごちゃ言わない」



そう言うと加藤はいきなり、唯をお姫様抱っこした。え? これで保健室まで連れて行くつもり?

・・・前言撤回。やっぱ、KYかも。


案の定、すれ違う生徒達の驚きと注目と好奇心を集め、保健の先生に驚愕されている。

あたしは唯がかなり、気の毒になった。



「どこか具合が悪いの?」


ベッドに横たわった彼女に、同情を込めて聞いてみる。

唯もそんなあたしの真意を汲み取ったのか、少し苦笑した。


「ちょっと目眩がしただけなの」

「10代で目眩がするなんて駄目よ。しっかり食べて、夜はちゃんと寝なくちゃ」


保健の先生が優しく言ってくれたけど、あたし達3人、誰もKY加藤を見る事が出来ない。

加藤は先程からすごく心配そうに唯を見つめてて、ねえ先生、ちょっとやりすぎだと思いません?



「予鈴だ。ねえ、真琴。お願いがあるんだけど」


授業開始5分前の予鈴が響き、唯が思い出したように言った。


「何?」

「私ね、事務室に地理の資料書を取りに行く事になっていて・・・」

「ああ、オッケー、大丈夫。唯はゆっくり寝てて。ノートも取っとくから」

「お前の字、山本は読めるのか?」


ここに来て初めて、加藤が口を開いた。面白そうに、ニヤッと笑っている。

唯が笑った。あたしはやっと、少しホッとした。

「先生よりはマシな字だよ」


加藤の黒板の字や数式もかなり癖のある書き方なので、みんなが結構苦労している。

先生も声をあげて笑い、皆がいつもの調子に戻っていた。


でもあたしはおかげで一つ、仕事を背負ってしまった。

後5分も無いのに、クラスの人数分の資料を取りに行かなくてはいけない。

地理の富山、うるさいんだよなあ。年寄りで掴み所が無くって、すぐにキレるんだ。





という事で、宮地、走りました。廊下を。

はい、常識外の跳躍が出来るくらいですから、脚力がハンパないんです。私、走ってもすごいんです。

授業に関する事ですし、友人の為ですから、祖母も許してくれるでしょう。

予鈴の後で、今度こそ誰も見てないし。

跳ぶぜ跳ぶぜ跳ぶぜ、あ、やっぱ気っ持ちいいーっ。こりゃやめられないかもっ。





角を曲がったら事務室、ってところでスピードを落とす。ふう、すっきりした。

すると、人の声が聞こえてきた。


「火曜日までには出来るっつうから、こうしてやって来たんだろうが」


何、この喋り方? 酷くクダを巻いているじゃない? この進学校に一体どんなヤクザが来ているの?


と思ってビックリして覗いてみたら、香取だった。うっわ、最悪。



「すみません。担当の事務員が病欠を続けているせいで遅れてしまったんです。他にも二人が退職して、一人は新人で・・・」

「知らねーよ、そっちの事情なんて。聞いてねぇし」

「届きましたら必ず連絡しますから」

「連絡をよこすぐらいなら、教室まで届けにこいや」


カウンターに肘ごと身を乗り出し、まるで野生動物がやるみたいに威嚇している。

あたしは呆れてしまった。

やっぱりこの人、性格・・・ううん、態度に異常な問題があるわ。

学校で、どうしてそんな態度を取らなくちゃいけないのよ? 子供じゃないでしょう?

礼、って名前が、オッソロシイほど似合わなすぎるじゃない。



あたしに気づいた香取が、物凄く嫌そうな顔をした。


「何だよ、サル女。二度と顔見せんなっつっただろ」

「・・・どこのヤンキーよ、あんたは」

「はぁ?」

「さっきから聞いてたら、それが人に対する、しかも目上に対する口のきき方?」

「目上かどうかなんてカンケーねーよ。テメェの仕事をまっとうしねぇ方が悪いんだろ」


その台詞の、言い方も中身も柄が悪いさまに、あたしはかなりカチン、ときた。


「あんた何様? 自分が仕事を持っていないクセに、よく言うわね?」

「俺は香取だ、それ言うなら香取様だろ、何言ってんだ」

「・・・バカ??」

「俺がバカなら、この学校は二人を除いて全員バカだ。お前が俺より成績が良いとは思えないけど、そうなのか?」


げっ、こいつ、この間のテスト、総合で学年3番だったの? 何て事!!



「それに俺が仕事を持っているのかどうかも、カンケーねえだろ。あいつは金貰って仕事してんだ。俺は金を払ってるんだ」



あたしは、今度はポカン・・・と口が開いてしまった。

お金??



「・・・それって授業料の事?」

「学校に払う金の事だよ」

「それ払ってるの、あんたじゃなくて親でしょ?!」



思わず声が大きくなってしまう。信じられないっ。どんだけ常識が欠けたお坊ちゃまくんなのっ?


ところが香取様は、片眉をあげて綺麗な瞳であたしを見下ろすと、尊大な態度でおっしゃった。



「俺の環境全般に払ってるんだろ? その俺が、自分の環境の不満を金の支払先に訴えて、何が悪いんだよ。大体、お前が口出す事か?」



あたしは思いっきり、目眩がして来た。

唯みたいに倒れそうだわ。そしたら誰がお姫様抱っこしてくれんのよ?

目の前で繰り広げられる展開についていけずにおどおどしている事務員さんに抱かれるなんて絶対嫌だし、

第一、この香取の前で倒れたら、サルの撹乱かくらんとか言われそうで嫌だわ、今日のパンツはトリコロールっ。



「あたしには関係ないわよっ。だけど耳に入ってきて、イライラすんのっ。あんたの言葉通り、あたしも自分の環境にとっても不満だわっ。あんたのせいでっ!」



面倒臭い事なんて大っ嫌いなのに、こいつが絡むと、自ら面倒臭い事に手を出している自分が怖いっ。

だけど分かっているのに止められないっ。

あたしはグイっと身を乗り出して、香取を睨み上げた。



「他人に対する態度をわきまえろっ! 世の中の力関係は、お金がすべてじゃないのよっ!」


すると彼は、ニヤッと笑った。


「バーカ」


そしてあたしに顔を思いっきり寄せてきた。鼻先5センチも離れていない。

途端にキツイ瞳に睨まれた。



「世の中、金が全てなんだよ。ぬるい日本しか知らねー奴が、分かった様な口きくんじゃねぇ」



女の子みたいに長い睫毛が、触れたら届きそうな距離にある。だけど問答無用の強い光を放っている。

あたしはグッと言葉に詰まった。

帰国子女の何がそんなにエライのよっって思ったけど、ひょっとしたら、


あたしが見当もつかない様な大変な経験をして来たのかもしれない


って考えちゃったの。

彼の瞳はそれぐらい、有無を言わさぬモノがあった。


・・・そうかもしれない。けれども。だけれども。



「・・・100歩譲ってお金が全てだとしても、郷に入っては郷に従えよ、ここは日本だばかやろう」


あたしは、自分が怯みそうになるのをグッと押さえて、相手から視線を外さずに言った。

彼はあたしを見つめ続けたままだった。表情の変化が読み取れない。



「・・・そりゃそうだ」



急に彼が、屈めていた体を起こした。あたしを見下ろす目が、強い光から冷めたものに変わっていた。

後ろを振り向き、当り前の様に事務員さんに言った。


「連絡しろ。取りに来る」


なっ、変わって無いじゃない、さっきと何もっ。


「だから敬語を使いなさいって言ってんの」

「敬語ってのは敬う言葉だろ? ウソつくのか?」


真顔であたしに聞いてくる。

こいつ、やっぱりバカだっ! あるいは加藤以上のKYだっ! KYってやっぱバカなんだっ!


「礼儀よっ! イギリスにもあるんでしょっ」


すると彼は軽く肩をすくめた。


「あるぜ。虚栄にガッチガチに固められた世界が」


その時、チャイムが鳴った。

しまったっ! どうでもいい事に時間を費やしてしまったわっ!

あたしは飛び上がった。


「あ、授業が始まっちゃうっ。おじさんっ地理の資料書取りに来たのっ」

「お前のそれ、敬語か?」

「いちいちうるさいわねっ」


で結局、お互い再び睨みあう格好となって、事務員さんにいい加減、止められた。



もう、ダメじゃん。完璧に間に合わないじゃん。

でもいいや。唯は保健室で寝ているし、それは富山の耳にも入っているだろうし、

唯に迷惑がかからなければいいや。あたしが遅れたって言えばいいんだから。


そう思った途端急ぐ気が失せて、あたしはクラスの人数分の資料を両手に抱えてのんびりと歩き出した。

同じ授業を取る香取と、必然的に一緒に歩いてしまう。

甚だ不本意。無視しよう、無視。


すると急に、横から香取の両手が伸びてきた。


「え? 何?」


と思ったら、なんと資料を35人分、ヒョイと腕からさらわれた。


「持つよ」


そう言って、サッサと先を歩いて行く。

あたしは、全く状況が飲み込めなかった。

な、何事??


「えぇ?? 何でっ?」

「女に重い物、持たせるわけにいかねえだろ」

「ええええ?」



思わず大声が出ちゃったけど、しょうがないでしょ? だって、何、この展開??

立ち止まったあたしの数メートル先で、香取が振り返った。無表情だ。



「ああ、お前は女じゃなくて、サルか」

「はぁぁぁ?」

「にしたって、俺のメンツの問題なんだよ。いいからサクサク歩け」



そう言うと再び自分が先にサッサと行っちゃって、あたしは取り残されてしまった。

ど、どういう事だろう? これがあの有名な、ヨーロピアン・レディファーストなんだろうか?


・・・にしたって、何故このタイミングで??

何なの、コイツ?




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