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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第五章 接触
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Make contact 6

 こんな事が起きてしまい、あたしのお気に入りの秘密の場所は、惨憺たる状態になってしまった。

 大きな木も足元の灌木もボロボロ。芝生もめちゃくちゃで穴があいている。地面を見れば乱闘の大きさが分かる程だし。


 あたし達は4人とも、見事なほどに満身創痍だった。血が滲み出ていない人なんて誰もいない。

 こうなると、最初から気絶しているはるなちゃんが一番マシに見えてくる。


 

 でもあれだけの騒ぎで一度も目を覚まさないのも、それはそれで心配で・・・



「はるなちゃんは?」

「こっちは大丈夫」


 水島さんが携帯を切りながら言った。芝生の上に移された彼女には、彼が羽織っていたシャツがかけられている。


「でも病院へ連れて行く。人を呼んだから」

「本当に? やっぱり吸われていたの?」

「自分で確かめてご覧よ」

「え?」

「匂い。嗅いでご覧?」



 言われて彼女に近づき、匂いを嗅いだ。・・確かに。あの、イット独特の匂いがしない。

 あたしはハッと気付き、香取の方に駆け寄った。ギョッとした表情の香取の唇に、鼻をギリギリまで近づける。


 微かに漂う、あの匂い。


 そのままの体勢で目だけギロっと香取を睨み上げると、香取はたじろいで顎を引いた。


「何?」

「あなた、やっぱり・・」

「平気だって」

「そう?」


 香取に言葉を投げたのはよっちゃんだった。周囲の状態を調べていたのだけど、真面目な顔であたし達に近づく。


「これが?」


 そう言って彼はいきなり、香取を横から軽く押した。ポンって。

 不意をつかれた香取は目を丸くし、そのままコテン、とまるで漫画の様に地面に転がった。

 

 

「てっめぇっ!」

「イキがいいけど病院直行。内臓溶けるってあながち嘘じゃないんだぜ?」

「はあっ? いつから居やがったんだよっ」

「まこちゃんが村本の鼻を折る辺り?」

「よっちゃんっ?」



 あたしもビックリして声を上げてしまった。眉間に皺が寄っちゃう。そんなに前からここにいて見ていたの? あたしが押したブザーもどきで気付いて、駆けつけてくれたんじゃなかったの?


 よっちゃんはあたしに、少し申し訳なさそうな顔をして言った。



「偶然だよ。君の鞄に例のブツを入れた奴が誰か調べたくて、智哉と学校ここに来てたんだ。俺は外、コイツは校内でサイコメトリー」

「あんたの教室に行ったよ。最初に」



 水島さんが気だるそうに言った。ついさっき、あたしを抱きしめながら(と言ったら語弊があって彼に冷たく軽蔑されそう)見せた真摯な眼差しが、微塵も感じられない。軽くムカつくぞ。何でか分からないけど。


 ところが彼が続けた言葉を聞いて、あたしは絶句した。



「ちょっとした濡れ場を見て流石に驚いていたら、あんたは消えて、彼は腰を抜かした」

「・・・・」

「大丈夫だよ。彼、操られてたんでしょ? 今頃気絶しているし、目を覚ましたら忘れているよ」

「何かあったのか?」


 立ち上がった香取に聞かれ、一瞬、返答に詰まるあたし。

 うわー、アレをこの性格ひねくれ男に見られたかー・・恥ずかしいぞ。

 ま、でもしょうがないか、見られちゃったもんは。あたしが一方的に襲われただけで別にイチャイチャしていた訳でもないし、最後までされちゃった訳でもないし、そう考えれば服を脱がされた訳でもないし、まあ、いろんな所を触られまくった気もするけど。


 割とあっさり開き直ったあたしは、香取に向かって言った。



「山田くんに告白されて、押し倒されて胸触られて、多分キスされた」

「!」


 聞いた香取は目を皿の様に丸くして、次の瞬間、急に俯き片手で口を覆った。

 その動きにこっちが驚いていると、彼は地面に吐いてしまった。うわっどうしようっ?



「やっ大丈夫っ? えっ、血が出てるじゃんっ!」

「ごめ・・・」

「内臓溶けちゃってるの? そうなの? どうしようっ?」

「口ん中の傷の血が混じってるだけでしょ。落ち着いて」


 水島さんが眉をひそめて言うんだけど、


「え? ホントにっ? そうなの? 大丈夫なの?」

「知らないよ。おい、自分の女くらい黙らせなよ。パニクってるだろ」

「・・・っ」


 香取は起き上がって口を手の甲で拭きながら、少し顔を赤くして悔しそうに彼を睨んだ。

 あたしも『自分の女』って台詞に異議を唱えたいんだけど、まあ年長組からすれば、あたし達高校生が毎日つるんでいて、しかもお互いうるさくやり合っていれば、一括りにまとめて取り扱いたいんだろう。


 ちょっぴり口を尖らせて水島さんを睨む。

 だけど彼はあたしには目もくれず、香取を睨んで軽く溜息をついた。


「ったく、中途半端な事するから」



 香取はまだ悔しそうに彼を見やっていたけど、あたしに視線を移すと、珍しく、躊躇う様に目を反らした。

 そのまま視線を落ち着かなく空中に漂わせながら、遠慮がちに聞いてくる。



「・・お前、平気か?」


 ああ、気遣ってくれているのね。そう思って、意外なほど嬉しくなった。

 これは安心させてあげないと。



「山田くんの事? 平気だよ。だって相手は正気じゃなかったし、別に怪我させられた訳じゃないし」

「・・・・」

「ホントだって。さすがに胸を触られた時はビックリしたけど、下半身まではいってないもん。ベロベロッてキスでもなかったし」 



 あたしの露骨な表現に、三人がギョッとしたような顔を見せた。その後、香取は唇を歪ませ、水島さんは余計不機嫌な顔になり、よっちゃんは眉間に皺を寄せた。

 ・・・何? 言い過ぎた? あ、それとも今の発言、貞操観念無さ過ぎ?


 てか、この沈黙、どうにかしてよ。


 やがてよっちゃんがあたしに近づき、ポン、とあたしの頭に手を置いた。

 真面目な顔で、静かに優しく言ってくれた。

  

「頑張ったね。偉かった。本当によくやった」


 ・・・そう、まともに褒められると・・嬉しいけれど、照れくさいよ。だってみんな見てるし。

 顔が赤くなっちゃって、あたしは俯いた。もう、この人に褒められたり頭撫でられたりすると、条件反射で尻尾が扇風機になっちゃう。わん。



 隣から香取の、低くて暗い声が聞こえた。



「あんた、見てたんなら何で助けねぇんだよ」

「-・・俺の出る幕、無いかと思って」


 

 その台詞の真意が分からず、あたしは顔を上げた。

 よっちゃんは落ち着いているけど、香取は目が吊り上がっていた。



「だからってコイツに任せて見学するのか? コイツは女で、仕事にしているあんた達とは違うだろ」


「でも実際、沙希が来るまで俺達不要だったろ? イットの気で、彼女の能力が随分強化されたじゃないか」


「そんでこんなに怪我負わせてどうすんだよっ。コイツはお前の所有物でもなければ持ち駒でもないんだ」



 香取は腕を伸ばし、今度は彼が、よっちゃんの胸をポン、と押した。

 だけどその表情は、よっちゃんが先程香取にした時とは全然違う。強い怒りが表れていた。


「二度と近寄るんじゃねぇ」



 するとよっちゃんの眉間に皺が寄った。イラッとしたらしい。


「なんか逆恨みしてない? 君が巻き込まれたのは俺達のせいじゃなくって、君の従妹が血迷ったから。大方彼らに乗せられて君を呼びだしたんだろうけど、それだって君のせいだろ? それに俺達が来なければ、どうやって沙希を追い払ったんだ」


「俺らの事を言ってんじゃない。あんたのやり方が気にくわないっつってんだよ」


「わかってねぇな。子供は口閉じてろ」


「義希、色々恨み買っちゃってんだよ。分かって無いのはそっちだって」



 ああ、ややこしい。


 水島さんはてきぱきと、地面に転がっている男子生徒の様子を確認しだした。屈んで額を触ったり傷を確認したり、時々「派手にやったな」と呟いたり。

 あたしはそんな彼を眺めながら、不意に彼女を思い出し、ボソッと呟いた。


「あの人、何者なんですか? どういう能力を持っているの?」



 シーンとなる。再び無言。ちょっと誰か答えて下さい。


 屈んでいた水島さんが、よっちゃんを見上げた。よっちゃんは香取を睨んで、不機嫌に黙りこくっている。水島さんは近くにあった小石を取ると彼に投げた。それに気付いたよっちゃんは、水島さんを見ると迷惑そうな顔をした。

 そしてあたしに視線を移すと、無理やり笑顔を作って言った。



「沙希はかなりの能力者だよ。もともと、喰った人間を操る事が出来る・・・・殺さなければ、ね。それがあいつの嗜虐趣味を、かなり増長させている」



 気を吸った人間を操れる・・・。

 普通のイット(普通って何?)に気を吸われたら、通常の人ならその間の記憶を無くす、とは聞いてたけど、操れるとなると更に上を行くわけね・・?


 あたしは少し身震いがした。あの人の、暗い水底の様な冷たいオーラが、余計に怖さを増幅させる。


 あれ、でも待てよ?



「え? でもあの事務員、自分がやったみたいに言って、生徒達を操っていましたけど・・・」

「村本自体が操られていたのさ、彼女に」


 彼に言われ、頭の中で色々と繋げるのに数秒かかった。

 その後、その光景を想像して絶句した。



「・・・えぇ? それって・・・」

「そ。イットの気を吸ったって事」

 やっぱり!

「・・・うわぁ。共食い・・・」

「で、ヤツに自分の能力を植え付けて、村本ごと操っていたんだよ、きっと」

「・・・・げぇ・・・・」


 ピラミッド式のネズミ講を思い出しちゃう。村本を子とすると男子生徒達は孫。しかも複数いる。彼女は何処まで操れちゃうんだろう? ひ孫? 曾々孫? 何人まで可能なの? まるでウィルスで言う所のスーパースプレッダーみたい。

 


「後ね、厄介な事に、彼女はサイの気を吸うと相手の能力まで得てしまう」


 そう言って、倒れている生徒たちを見終わった水島さんは立ち上がった。

 手を軽く払いながら、あたしを見て言う。



「彼女の念力、すごかったでしょ?」

「・・・・はあ」

「あれ、出所でどころこの人だから」


 彼が人差し指で軽くよっちゃんを指して、よっちゃんは一瞬下唇を噛んだ。

 あたしはすぐに理解した。それどころか、よっちゃんが沙希に吸い取られているビジョンまで浮かんできちゃって、言うべき言葉が見つからない。



「・・・・ああ・・・・」

「彼女は義希のを吸って、自分の中で増幅させちゃってんの。やだよねー、ホント面倒」


 水島さんは腰に手をやると、軽く顔をしかめながらよっちゃんに言った。


「漫画や小説みたいに、やりすぎて自滅してくんないかな」

「・・それ待ってる間に、俺らがヤラレるよ」


 よっちゃんは小さな声で答えると、気を取り直す様に水島さんに言った。



「とにかく、あいつが獅子鷲を狙ってるとなると厄介だ。早々に手放しちまおうぜ」

「実はすでに今日の昼、新谷に持たせてる。飛行機は3時間前に離陸済み。これで安心だろ?」

「イギリスに? 上にも報告済み?」

「もちろん。ネットにも流した。彼女の耳にもすぐ入るよ。悔しがるだろうね、無駄足踏んで」


「・・・じゃあ、沙希が、俺らの周りをうろつく事はもうないのか・・・」



 呟くように言うよっちゃんがなんだか寂しそうに見える。気のせいかな?


「どうせ僕達には関係ないし」



 水島さんがかったるそうに言う。よっちゃんは眉根を寄せた。



「お前はまた、それを言う」


「当り前だろ。こんな目にわざわざ会いたいヤツが、どこにいんの? イットなんて世界中にごまんといるんだよ? イチイチ関わっていたらキリがないでしょ。僕は義希がいるからこの仕事をしているだけだし」


「・・・人のせいにすんなよ・・・」


「そうじゃない。義希の後をついていくって決めた、それだけ。だから他はどうでもいいの。そう言ったろ?」

「智哉」



 少し切なそうに、どこか戸惑った様によっちゃんが水島さんを見て、水島さんはいつもよりちょっぴり真剣な目でよっちゃんを見て。

 ・・・前から思っていたんだけどさ、この二人の関係って、何なの? これがフツーの幼馴染ってやつ? 妙に居心地悪くて、あたしと香取はまさかのお邪魔虫?

 他でやってくれないかな? 根拠無くドキドキして、目のやり場に困る。



「あいつ、宮地の能力、羨ましがっていたぜ?」


 そんな二人の心温まる(?)雰囲気にずけずけと香取が侵入した。いいなぁ、その度胸。


 ・・・て、え?



「それ取りに、戻ってくんじゃねぇの?」


 真顔で彼に言われて、あたしは本気で飛び上がった。


「香取っ! 縁起でもない事言わないでよっ」

「可能性でかいだろ、アレ見りゃ」

 ぎゃーっ怖すぎるっっ!

「多分大丈夫」


 よっちゃんがこちらを向いて言った。

 


「一応組織に雇われている身だからな、勝手な事をしすぎると、解雇されるどころかかえって自分が命を狙われる。厄介者として、ね。だからそんな、大義面分の無い人喰いはしない筈だ。そこが組織の狙いでもあるんだけど」



 あたしは心臓をバクバクさせてよっちゃんを見た。ほ、本当でしょうね? 保証はしてくれるんでしょうね? そんなあやふやな推察に心寄せちゃっていいんでしょうねっ?



 香取は疑わしげにかつ不服そうによっちゃんを横目で見ていたけど、しばらくして尊大な態度でフン、と鼻を鳴らした。


「じゃ、残りは一つか」



 何の事だろう、と思って香取を見たら、彼もあたしをじっと見た。

 一瞬ドキッとしたけど、彼の瞳はあたしを見ているようで見てはいない事に気付いた。あたしの向こうの何かを、まるで透かして見ようとしているかのようにキュッと目を細める。


 独り言のように、誰に言うでもなく彼は呟いた。



「誰がコイツの鞄に、あれを入れたか。関わった人間は、どうやら最低二人はいるらしいな・・・この学校に」



 二人・・・ゾッとする。その人達の、目的は何? あの『沙希』とはどういう関係?

 獅子鷲を持っていたとなると、やっぱりイットなのだろうか?



 ああもう、胃に穴があきそう。







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