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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第五章 接触
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Make contact 5

「あれは、あなたの身近な人が持っていたけど手放したの。何も知らない子が、言われるままに彼女の鞄に入れた。その子がうっかり、私に口を滑らせた」


 香取の後ろからでは、二人の頭は重なっているようにしか見えない。彼女は唇を重ねながら喋っているのだろうか? どうして? 香取はどうして動かないんだろう?


「さ、それで物はどこ? 言わないと彼女達、殺しちゃうわよ?」


 頭が沸騰して、自分がこれからどうするなんて考える暇が無かった。

 気付いたら彼女の脇にテレポテーションをしていた。たった数十歩の距離なのに。


「え?」


 あたしに気付いた彼女が、度肝を抜かれた様に一瞬固まる。そう、隙が出来た。

 女の人の顔を、しかも拳で殴るなんて初めての経験。

 彼女はあたしに殴られて横転した。


「逃げてっ」


 立っている香取をグイっと引っ張る。

 彼女から解放された香取は、あたしを凝視していた。あたしは咄嗟に、彼のほっぺたをバチバチと叩いた。


「香取、逃げれるっ?」

「お前、」

「ほらね言ったでしょ? あたしに任せて、とにかく逃げてっ」


 よかった正気だ。焦った目の色をしている。

 彼があたしのテレポを目の当たりにしたのは、多分二度目だった。ひょっとして引いちゃっているのかもしれないけど、そんな事を今は気にしていられない。


 彼を引っ張って駆け出そうとした。

 その時、あたし達は何かに吹き飛ばされた。背中に激しい衝撃を受けた。

「あっ」


 あたしと香取は別々の方向に転がった。ところが地面に転がったあたしは、再び衝撃を受けて、今度は木の幹に体を激しくぶつけた。


 痛すぎて、言葉も出ない。息も吸えない。

 なのに再び見えない力に体を持ち上げられて、今度は隣の木にぶつけられた。


 頭に、胸に、背中に、体中に激痛が走る。薄れそうな意識の中で考えた。

 この人、強いサイコキシネスを持っているんだ・・。



「・・・あなた、恵美子の娘?」


 遠くで彼女の声が聞こえる。


「空間を操れるなんて。なんて素敵。欲しいわ、私に頂戴」


 足音が近づく。誰かの手が、あたしの顔に触れる。


「全部全部、私に頂戴」


 

 黒い影が、あたしに近づく。



「やめっ」


 香取の声が聞こえた気がした。

 その途端、目の前の影が消えた。あたしの視界を、何かが横切る。続けざまに、地面を擦る音や風を切る音、何かが激しく動く音や爆発音までが、立て続けに聞こえた。爆発音?


 あたしの頭はまだクラクラして、状況を把握できない。

 なんとなく口の中に血の味がする。

 


「大丈夫かっ! 宮地っ! おいっ!!」


 香取に両肩を掴まれ、あたしは徐々に目の焦点を合わす事が出来た。



「・・ほんと、いい男になったわね」

 

 再び遠くから、彼女の声が聞こえてくる。誰に言っているんだろう?

 あたしは目の前の香取を、ようやく見る事が出来た。



「・・・あ、・・・あ、あれ・・・」

「大丈夫かっ? わかるかっ? どこが痛むっ?」

「・・・・香取・・・・」


 

 焦っている彼を認識して、視線をゆっくりと動かすと、視界の向こうに彼女と、そしてよっちゃんと水島さんが見えた。


 彼女は彼ら二人に挟まれている。お互いの距離は3メートルくらい。二人はあの日本刀を構えている。そして彼女は、肩から背中にかけて大きな切り傷があった。生々しく肉が裂けて血が流れていて、ああ、イットの血は赤いんだな、なんて思った。

 

 あの切り傷をつけたのは、よっちゃんだ。日本刀が汚れているもの。

 彼女は深手を負っているのに、身惚れる程美しい姿勢で立っている。心の片隅で感心してしまった。

 ただ、彼女の顔は痛みで歪んでいた。



「オールスター集合って訳ね」

「なんでお前が獅子鷲を狙っている?」

「・・仕事だもの。理由なんて知らないわ」

「嘘だ。吐け。何でだよ」



 鋭い眼光で、まるで視線で彼女を縛り付けて逃がさまいとするように、よっちゃんが彼女を睨む。そんな彼を、表情が読みづらい瞳の色で、目を細めて見つめる彼女。

 この人達の過去は、どんな感じだったのだろう? お互いに・・どんな感情が渦巻いているのだろう?

 彼女とよっちゃんのやり取りを、あたしは不思議な気持ちで眺めていた。 



「あなたに私は殺せない」

「そう思うか?」



 間髪を入れずによっちゃんが言う。

 その彼の言葉に反応した様に、反対側の水島さんがジリッと間を詰めた。

 それを彼女が横目で見る。そしてチラッとあたし達をも見た。

 あたしの肩を掴む香取の手に力が入る。あたしも彼女と目が合い、頭の中が一気に覚醒した。同時にさっきの激しい怒りが蘇る。よくも香取を吸おうとしたわねっ。



 彼女は皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「でも他の子達は違うみたい」


 その時、再び衝撃が来た。

 あたしは思わず身構えたけど、倒れたのは水島さんだった。まるでスライディングをしたかのように地面に倒れ込む。だけどよっちゃんは違っていた。


 立て続けに衝撃が来る。それをよっちゃんがかわす。手を使って。

 不思議に思ったけど、すぐに気付いた。彼女の念を、よっちゃんが自分の力で脇に飛ばしているんだ。近くの木の枝が塊となって、折れたり落ちたりしている。

 エネルギーの塊見たいものが、陽炎の様に見える。それが二人の間を行き来している様に、激しく飛び交っている。こんなシーン、初めて見た。二人とも、お互いの気を増幅させているのだろうか? それともこの場にいるあたしの、神経が研ぎ澄まされちゃって、こんな物が見えているのかしら?


 

 でも彼にはそれが精一杯みたい。表情に余裕が無い。ハンサムな顔が苦しそうに歪んでいる。

 あたしは自分が一体どうすればいいか分からず、焦りながらも考えあぐねて、固まってしまった。

 その間に水島さんが起き上がって、体勢を立て直す。普段はお人形さんみたいな顔が、強い意思を持った人間の表情をしていた。


 そして彼は彼女に切りつけた。

 だけどそれは一瞬の差で、彼女にかわされてしまった。振り返った彼女の腕を切りつけるにとどまった。


 彼女の顔が歪み、水島さんを睨んだ。激しい憎しみが籠もっていてゾッとする。

 彼女はすぐに口の端を上げた。


「良久は元気?」



 バンっという乾いた爆発音。衝撃と共に折れた木の枝が大量に飛び散った。あたしと香取は咄嗟に、背中を丸めるようにしてそれを防いだ。香取があたしの頭を抱えるようにしてうずくまる。

 急いで確かめるように振り返ると、よっちゃんは地面に倒れていて、

 彼女は仰向けに倒れた水島さんの上に、馬乗りになっていた。彼は手に何も持っていない。だけど彼女の振りかざした手にはナイフ!


 無我夢中で、気付けばテレポで体当たりをしていた。と同時に彼女の手からナイフをむしり取った。彼女はあたしに突き飛ばされて脇の地面に転がった。あたしもバランスを崩して転がる。自分の手にあるナイフが自分の体のどこかに刺さりそうで、ヒヤッとした。弾かれた様に水島さんが体勢を立て直す。


 その時、彼女が、飛んだ。ふわっと。

 あたしは自分の事を棚に上げて、唖然とした。


 この人、どこまで何でもアリなの??


 彼女はフェンスの上に飛び乗ったかと思うと、向こう側に飛び下りた。神社の敷地に逃げる気だ。

 フェンス越えはあたしの十八番。逃がすもんかなめんなよ。あたしは体を起こすと彼女を追いかけようと身構えた。


 その時、後ろから水島さんの手があたしのお腹にまわり、グイっと引き寄せられた。

 あたしは彼の胸に、背中から倒れ込んだ。何? 邪魔された?!


「ちょっと!」

「追いかけんな」

「何でよっ」

「いいから。追いかけんな」


 振り払おうとするあたしを、彼が後ろから抱きしめるように押さえつける。あたしは体を捻って、至近距離にある彼の顔を見た。綺麗な目が、真剣にあたしを見ている。いつものような皮肉めいたかったるさは無い。更に強く抱きしめられて、一瞬ドキっとした。

 だけど頭に血が上っていたあたしは、彼に怒鳴った。彼女に追いつけたのに! 


「どうしてよっ」


 すると彼は、小さなうめき声を上げながら体を動かし始めたよっちゃんを横目で見て、低い声で言った。


「意味が無い。あいつにバレなきゃいいんだ。だからもういいんだよ。追いかけるな」



 脇に立った香取が眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をしてあたし達二人を見ている。

 あたしは水島さんの雰囲気に押され、不服そうな顔をしながらも黙りこくるしかなかった。


 あいつって、よっちゃんの事?


 大人しくなったあたしを見て、彼は軽く溜息をついてから腕を解いた。







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