Make contact 3
「彼女を先にやったらさ。彼、キレちゃってさ。激しく抵抗してたよ、君も見れたらよかったのに」
あたしは躊躇いも無く、彼の顔を睨み続けた。涙が滲んで、頭も視界も、何もかもがぼやけてハッキリしない。
怒りに支配されていく。
許せない。
「そんなに気にしないで。二人とも、そんなに喰ってない。だって君に会えるんだもの」
村本はひっひっとまるで引き笑いの様に、喉を鳴らした。
「お楽しみは、最後に取っておかなくちゃ。お腹一杯はもったいない」
あたしは、全ての力が沸騰しているような感覚に襲われた。体中の毛が逆立つようだった。
見なくたって、分かる。
香取が彼らを殴っている姿。
なのに3人がかりで、ぼこぼこにやられる。はるなちゃんは既に倒れている。村本が香取に襲いかかる。
あたしは涙がついに零れた。
ひどい。ひどい。こんなの酷過ぎる。
目の前ではるなちゃんが吸われて、香取はどんなに胸が裂けただろう。
ずっと大事にして来た、大事な従妹なのに!! 彼の心の支えなのに!!
うつろな目つきの男子生徒が二人、あたしに勢いよく飛びかかってきた。
あたしは膝を曲げると、地面を蹴った。彼らを飛び越す。
村本の目の前に着地した。
同時に、彼の顔面の中心に、拳を打った。
彼の鼻が折れる感触。村本は文字通り吹っ飛んだ。
「あ゛ぁー!」
お兄に昔教わった。急所は股間と鼻だ、そこを狙え。
鼻を押さえてうずくまる彼の横っ面を、靴のつま先で思いっきり蹴り上げた。
「ぐふっ」
村本が再び吹っ飛ぶ。口から、血が噴き出した。
まだ足りない。
焦りと怒りに満ちた彼の瞳がオレンジに輝いたけど、あたしは全く恐怖を抱かなかった。
再び飛びかかろうと身構えた時、村本が叫んだ。
「あいつらを殺すぞ!!」
ビクッとして、あたしは動きを止めてしまった。
振り返ると、生徒が一人ずつ、香取とはるなちゃんに付いている。
倒れている香取の首には、男子生徒の靴底があてがわられていた。いつでも、喉を踏み潰せるように。
「これ以上少しでも動いてみろ。あいつが死ぬぞ」
村本が痛みを堪えるように、掠れた声を絞り出して言う。
あたしの奥歯がギリっと鳴った。
なんて卑怯な奴。生徒を操って、自分は手を汚さない。何も分からない彼らに、罪を犯させている。
あたしは息を小刻みに吸い、どうにか自分を落ちつけようとした。
ここには、守るべき人間が4人もいる。あたし一人じゃ無理だ。
お願い、香取、はるなちゃん。生きていて!
その時、あたしは水島さんから貰ったボタンを思い出した。
「畜生、くそったれ。やっぱサイは違う。手ごたえが違う。ざけんな。やっとだ」
村本が訳の分からない事を口走っている。
あたしはポケットの中のボタンを押した。
「動くなよ? じっとしてろよ?・・・いい子にしろ」
彼の瞳がオレンジ色に光っている。けれども不思議な事に、その力は今のあたしには効いていない。
今度はテレポで、香取の上に乗っている生徒を蹴り飛ばそうとした。
しかし一歩遅く、村本に勢いよく顎を掴まれた。
上向きにされる。
目を覗きこまれた。
流石に少し、クラっと来た。しまった、やられた。
村本が、満足げに微笑んだ。
「ほらちゃんと。僕を見てよ」
「・・・まさか、あんたが山田くんも?」
「山田くん? あ、君を襲った子? うん、そうそう。僕が頼んだ。君に惚れてるよ?」
彼は努めて余裕を見せようと笑っているが、怒りと興奮が滲み出ている。
あたしは目が反らせなかったが、まだ自分を失ってはいなかった。この金縛り、何とか解かなきゃ。
「この子達だって彼の事が嫌いだし。そうやって本人の気持ちが根底に無いと、簡単には動かないんだ。特に僕みたいな初心者は」
あたしを見ながら、あたしを見ていない村本の目。
コイツ自信、まるで何かに操られているかのように、ゆらゆらしている事にあたしは気付いた。
「だけど大丈夫。これから沢山喰ってって、きっと彼女みたいになって見せる。あの人は、生きた女神だ。ただのがらくたグリフィンなんて、もう用は無い」
そう言うと、彼は顔を傾けてあたしに近づけた。
「僕は彼女に釣り合う男になってみせる。その為にも、君は欠かせないんだ」
目の前で、彼の舌が唇を舐めた。
「ああ、美味しそう」
その時、彼の背後が揺れて見えた。
あたしは目を見開く。
女の人が、立っていた。
物凄く、綺麗な人。
美しい瞳。濡れた唇。豊かな黒髪。真っ赤なドルマリンスリーブ。
妖しくて、艶っぽくて、冷たい人。
目眩がするくらい、妖艶に微笑んだ。
「この娘殺してって、誰が頼んだ?」
「・・・ああ・・・・」
「誰も、でしょ?」
彼女の微笑みに、村本が陶酔して見つめる。
そして、あたしの目の前で、彼女は腕を振り下ろした。
村本の首に、綺麗に通った。
彼はサラサラと崩れ消えた。前に見た時と同じ。血飛沫も悲鳴も上げず。
彼女の手には、ナイフが逆手で握られていた。
「大丈夫?」
彼女があたしに微笑む。
あたしは呆然としていた。
「怖かったでしょう? でももう平気よ。だから安心して?・・・・あの人達は、もう起きない」
彼女の瞳が細められる。あの人達、と聞いて、わからないままにも香取達の方を振り返った。
そこには、あの男子生徒達が二人、地面に倒れいていた。
あたしは重ねて驚く。何が起こったのか分からなかった。
「ふふっ。いい子にしてれば、大丈夫だから。もう心配しないの」
彼女に声をかけられて、思わず再び彼女に顔を向ける。
彼女は優しく笑った。
「あなた、頑張らなくていいの」
沙希。