表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第五章 接触
46/67

Make contact 3

「彼女を先にやったらさ。彼、キレちゃってさ。激しく抵抗してたよ、君も見れたらよかったのに」


 

 あたしは躊躇いも無く、彼の顔を睨み続けた。涙が滲んで、頭も視界も、何もかもがぼやけてハッキリしない。

 怒りに支配されていく。


 許せない。



「そんなに気にしないで。二人とも、そんなに喰ってない。だって君に会えるんだもの」


 村本はひっひっとまるで引き笑いの様に、喉を鳴らした。


「お楽しみは、最後に取っておかなくちゃ。お腹一杯はもったいない」



 あたしは、全ての力が沸騰しているような感覚に襲われた。体中の毛が逆立つようだった。



 見なくたって、分かる。

 香取が彼らを殴っている姿。

 なのに3人がかりで、ぼこぼこにやられる。はるなちゃんは既に倒れている。村本が香取に襲いかかる。


 あたしは涙がついに零れた。

 ひどい。ひどい。こんなの酷過ぎる。



 目の前ではるなちゃんが吸われて、香取はどんなに胸が裂けただろう。


 ずっと大事にして来た、大事な従妹なのに!! 彼の心の支えなのに!!



 うつろな目つきの男子生徒が二人、あたしに勢いよく飛びかかってきた。

 あたしは膝を曲げると、地面を蹴った。彼らを飛び越す。

 村本の目の前に着地した。


 同時に、彼の顔面の中心に、拳を打った。

 彼の鼻が折れる感触。村本は文字通り吹っ飛んだ。


「あ゛ぁー!」


 お兄に昔教わった。急所は股間と鼻だ、そこを狙え。

 鼻を押さえてうずくまる彼の横っ面を、靴のつま先で思いっきり蹴り上げた。

「ぐふっ」

 村本が再び吹っ飛ぶ。口から、血が噴き出した。


 まだ足りない。



 焦りと怒りに満ちた彼の瞳がオレンジに輝いたけど、あたしは全く恐怖を抱かなかった。

 再び飛びかかろうと身構えた時、村本が叫んだ。

「あいつらを殺すぞ!!」



 ビクッとして、あたしは動きを止めてしまった。

 振り返ると、生徒が一人ずつ、香取とはるなちゃんに付いている。


 倒れている香取の首には、男子生徒の靴底があてがわられていた。いつでも、喉を踏み潰せるように。


「これ以上少しでも動いてみろ。あいつが死ぬぞ」


 村本が痛みを堪えるように、掠れた声を絞り出して言う。

 あたしの奥歯がギリっと鳴った。


 なんて卑怯な奴。生徒を操って、自分は手を汚さない。何も分からない彼らに、罪を犯させている。


 あたしは息を小刻みに吸い、どうにか自分を落ちつけようとした。

 ここには、守るべき人間が4人もいる。あたし一人じゃ無理だ。

 お願い、香取、はるなちゃん。生きていて!


 その時、あたしは水島さんから貰ったボタンを思い出した。

 


「畜生、くそったれ。やっぱサイは違う。手ごたえが違う。ざけんな。やっとだ」


 村本が訳の分からない事を口走っている。

 あたしはポケットの中のボタンを押した。


「動くなよ? じっとしてろよ?・・・いい子にしろ」



 彼の瞳がオレンジ色に光っている。けれども不思議な事に、その力は今のあたしには効いていない。

 今度はテレポで、香取の上に乗っている生徒を蹴り飛ばそうとした。

 しかし一歩遅く、村本に勢いよく顎を掴まれた。


 上向きにされる。

 目を覗きこまれた。

 流石に少し、クラっと来た。しまった、やられた。


 村本が、満足げに微笑んだ。



「ほらちゃんと。僕を見てよ」

「・・・まさか、あんたが山田くんも?」

「山田くん? あ、君を襲った子? うん、そうそう。僕が頼んだ。君に惚れてるよ?」



 彼は努めて余裕を見せようと笑っているが、怒りと興奮が滲み出ている。

 あたしは目が反らせなかったが、まだ自分を失ってはいなかった。この金縛り、何とか解かなきゃ。

 


「この子達だって彼の事が嫌いだし。そうやって本人の気持ちが根底に無いと、簡単には動かないんだ。特に僕みたいな初心者は」



 あたしを見ながら、あたしを見ていない村本の目。

 コイツ自信、まるで何かに操られているかのように、ゆらゆらしている事にあたしは気付いた。


 

「だけど大丈夫。これから沢山喰ってって、きっと彼女みたいになって見せる。あの人は、生きた女神だ。ただのがらくたグリフィンなんて、もう用は無い」



 そう言うと、彼は顔を傾けてあたしに近づけた。


「僕は彼女に釣り合う男になってみせる。その為にも、君は欠かせないんだ」



 目の前で、彼の舌が唇を舐めた。



「ああ、美味しそう」



 その時、彼の背後が揺れて見えた。

 あたしは目を見開く。

 

 女の人が、立っていた。


 物凄く、綺麗な人。

 美しい瞳。濡れた唇。豊かな黒髪。真っ赤なドルマリンスリーブ。

 妖しくて、艶っぽくて、冷たい人。


 目眩がするくらい、妖艶に微笑んだ。



「この殺してって、誰が頼んだ?」

「・・・ああ・・・・」

「誰も、でしょ?」


 

 彼女の微笑みに、村本が陶酔して見つめる。


 そして、あたしの目の前で、彼女は腕を振り下ろした。

 村本の首に、綺麗に通った。

 彼はサラサラと崩れ消えた。前に見た時と同じ。血飛沫も悲鳴も上げず。


 彼女の手には、ナイフが逆手で握られていた。



「大丈夫?」


 彼女があたしに微笑む。

 あたしは呆然としていた。


「怖かったでしょう? でももう平気よ。だから安心して?・・・・あの人達は、もう起きない」



 彼女の瞳が細められる。あの人達、と聞いて、わからないままにも香取達の方を振り返った。

 そこには、あの男子生徒達が二人、地面に倒れいていた。


 あたしは重ねて驚く。何が起こったのか分からなかった。


「ふふっ。いい子にしてれば、大丈夫だから。もう心配しないの」



 彼女に声をかけられて、思わず再び彼女に顔を向ける。

 彼女は優しく笑った。



「あなた、頑張らなくていいの」



 沙希。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ