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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第五章 接触
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Make contact 2

 どうしようどうしよう。何かが狂ってる。これはいつもの山田くんじゃない。こんな事はあってはならない。


 あたしは彼の瞳を見つめた。イットの特徴であるオレンジ色の光が、無い。それに気配といい、彼がイットとは思えない。だけどこの目は、正気とも思えない。欲情して狂ってる、という意味ではなく、いやあたしに欲情出来るなら話は別だけど、それは置いといて、多分今の彼は、まともな人間とも思えない。


「大好きだから」



 あたしの頬や顎、首筋に唇を這わせながら、山田くんが囁いてくる。

 急に香取の事を思い出した。これを見たら、彼はどうするだろう?

 そうよあいつ、なんでまだ戻って来ないの?



 一気に不安が押し寄せてきた。おかしい。この事態はおかしい。何か大変な事がおこっている。早く香取を見つけなきゃ。なんとかしなくちゃ。だけどどうやって?



 あれしか、ないでしょ?



 あたしはかなり迷った。山田くんにがっちり押さえられてるし、ここはやっぱりテレポテーションしかないとは思う。だけど、彼の目の前でやるの? やったら最後、あたし、この学校にいられなくなるのではないかしら? 


 ううん、それどころか、もう日常生活を送れなくなるかもしれない。彼を通じて、みんなにバレて。



 そこであたしは思い直す。

 だけどひょっとして、目の前の彼は既に異常で、つまりはあたしが消えていなくなってもなんとか誤魔化せたりするのかな?



 選択肢は一つしかない。こうしている間にも嫌な予感は募ってくる。山田くんは、あたしの頬に顔を寄せている。足の上に乗られて、痛い。あたしは自分に言い聞かせていた。


 そうよもし彼が正気でも、たった一人の目撃者。それならなんとか誤魔化せっ。



 正直、山田くんにキスされるかどうかなんて、どうでもよかった。あたしは思ったより貞操観念の薄い女なのかもしれない。こんな貧相な胸を触られて相手の気がそれるなら、お安いもんよ、て本当に触ってる? わあ、初体験。


 問題はこの事態だ。何が起こってるのか確認しないと、よっちゃん達を呼ぶ事すら出来ない。



 危険な何かが迫っていると思えるんだけど、実は単なるあたしの勘違いで、まさかびっくり本当に山田くんが欲情してた、なんて事になったら、マジ、笑えない。



 あたしは息を吐いた。

 ごめん、香取。


 訓練の結果、テレポテーションの有無はコントロール出来るようになった、と思う。ただ、着地地点まではコントロール出来ない。つまり、あなたのどこに落ちるか、分からない。

 


 学校はもう既に人がまばら。今彼の所に飛んでも、はるなちゃん以外に見られる可能性は、低いよね?


 あたしはゴクっと生唾を飲み込んだ。その間に、山田くんの唇があたしの口に近づいてきた。



 き、緊張するよ。今から自分の意思で飛ぶとなると、ドキドキしてくる。飛んだ先の場所の状況が、全然分からないんだもん、勇気要るよ。

 ああ、無邪気に突発的に無計画に飛んじゃっていた日々が懐かしい・・・・なんて危ない橋を渡っていたんだあたしってば。




 意を決して、あたしは目を閉じた。

 息を吐いて、止めて、気を全て体内に落とす。例えるなら、胃を下まで下げて行く感じ。


 真琴、行きますっ!



「!」



 次の瞬間、あたしはまともに地面に尻もちをついた。

「痛っ!」



 途端に誰かに突き飛ばされた様だった。再び体をぶって、頭が混乱する。懸命に落ち着いてみると、そこは例のフェンス前だった。

 背中に何かが当たる。見ると香取が倒れていた。


「香取っ?」


 やっちゃった? やっちゃった? 突然彼の上に飛び乗って、彼、伸びちゃった?



「香取、香取っ。・・・・香取?」



 あたしは息を飲んだ。口から血が出ている。よく見ると、顔が痛々しい程腫れている。


 慌てて飛び下がると、彼の全身が見えた。服を着ているから怪我の様子は分からないけれど、かなり土で汚れている。



 視界の端に、倒れている別の人を見つけた。心臓が飛び跳ねる。女の子?

 立ちすくんだまま凝視して、その子がはるなちゃんだと気付いた。動かない。



 あたしは自分の血の気が引いていくのがわかった。

 二人が、地面に倒れてる。

 何が、どうなっているの?



 その時、この場所がどんな匂いに囲まれているのか、やっと気付いた。遅すぎる。



「ほら来た」



 木の陰から男の声がした。

 あたしは心臓が止まる程、恐怖で凍りついた。この声・・・!



 そこにいたのは、村本だった。

 相変わらず線が細く、眼鏡をかけているけど、以前に見た時の様なキチンとした身だしなみをしていない。

 Tシャツによれよれのズボン、髪もボサボサだった。


 だけど、そこから放出されるイット特有の殺気が、一気に上昇した。



 ついに来たっ。やっぱり来たっ。

 いつかこの日が来るって分かっていたのに動揺したあたしは、月並みな台詞を叫んでしまった。



「何であんたがここにいるのよっ」

「何でって、君に会いに来たに決まってるだろ?」

「どうやって? というよりこれは何っ?」


 

 倒れている香取とはるなちゃんを指さす。

 その時、村本の後ろに男子生徒が二人、立っているのが目に入った。何故かあたしの方を眺めている。


「フフ」

 村本が口の端を歪めた。その後ろで、彼らがゆらゆらと揺れている。

 あたしは呆然と、その男子生徒達を指して言った。


「・・・何、この人達?」

「僕はね、力を得たんだ」



 うっとりと話すその表情は、さっきの山田くんの様子を彷彿とさせた。


「気を吸った人間の記憶を消すだけじゃなく、操れてしまうんだ。すごいだろ。グリフィンなんてもういらない」


「・・・何ですって?」


「彼女が教えてくれたんだ。彼女が分け与えてくれた。だから僕は、君に会いに来た」



 村本の瞳が、妖しく揺れる。

 ヤバいっ。あたしは瞬間的に目を反らした。目を見ちゃダメってよっちゃんが言ってたっ。

 そこに彼の気味の悪い声が続いた。


「君を、味わう為に」



 あたしは彼の目を見ない様に注意をしながら、香取とはるなちゃんを再び見た。パニックになりそうな頭を、懸命に沈めようと頑張る。なんとか逃げなきゃ。でもどうやって? あの二人を連れて、どうやって?!


 あたしと村本が対峙している少し脇に、二人は、二メートルくらい間を開けて倒れている。香取は沢山怪我をしている様だけど、はるなちゃんに目立った傷は無い。


 ・・・そして二人とも、先程からピクリとも動かないっ。



「今日は僕を見てくれないの?」

「この人達に何したのよっ!」



 興奮しすぎて声が上ずり、あたしは叫びながら涙ぐんでしまった。

 小刻みに震えるあたしの頭上に、彼の声が降ってきた。


「将射んと欲すれば、先ず馬を射よ」


 

 言われた意味が分かんなくて、あたしは目を見開いて固まる。

 何?


 

「彼女が教えてくれたんだよ。彼が君の馬だと。君を手に入れるには、先ず、彼から片付けなくてはならない」



 「彼女」が誰の事を言っているのかは分からないけど。

 あたしは自分の心臓の音が、耳鳴りの様にガンガン聞こえていた。

 息が出来ない。喉が詰まる。

 村本の言葉を、頭の中で反芻した。


 ・・・つまり、香取達は、・・・あたしを狙うために、こんな目にあわされた・・・・・?



「・・・・何したの?」


 俯いたまま固まって聞いたら、村本の返答が短く響いた。


「吸ったよ」



 本当に、息が止まった。

 耳を疑った。

 


「てこずった。3人がかりで殴ってのして、やっとの思いでね」



 笑みが含まれる言い方。

 


 香取が、吸われた。



「・・・・何て事・・・・」



 あたしは体中の血が逆流するのを感じた。吐きそうなくらいに、怒りと憎しみがこみ上げてくる。


 その一方で、激しい悲しみが体を喰い尽くしていった。

 何も考えられない。

 


 怒りに我を失ったあたしは、ついに顔を上げて村本を睨んだ。



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