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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第四章 彼らの事情
43/67

Loneliness

 あたしが香取の腕の中でこっ恥ずかしく泣いてしまったのは金曜日。

 土日が挟まれていたのは幸いだった。顔、合わせられないもの。


 そして月曜日。

 来週には夏休みが始まる。

 受験生にとっては地獄の夏休みでも、あたしにとってはありがたい。

 だって命を狙われる場所が一つ減るし、・・・香取とも、顔を合わせずに済むし。

 

 なのに最悪な事に、水島屋敷監禁宣言を出されてしまった。図書館すら、よっちゃんか水島さんか香取を連れて行かねばならないのよ?(ヒトミでは危ないらしい)


 うーん、なんてストレスフル。

 四面楚歌? 背水の陣? 前門の虎後門の狼? 全部違うけどそんな感じ。ああいやだ。


 

 そんな悩めるあたしは、今日ものろのろと支度をしていた。もういっそのこと学校を休もうかなぁ。

 グダグダとしながら階段を下りて行くと正面玄関に、


 香取が立っていた。はぁっ? 何で?

 水島さんと、にらめっこをしている。な、なにっ?



「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・君が連れてくの?」

「手間が省けんだろ? あんたら、忙しそうだし」

「随分協力的だね」

「だろ。だからさっさと事態を片付けろよ。それが仕事だろ?」



 あたしがビックリして突っ立っていると、水島さんがあたしに気付いて振り向いた。

 おはよう、の挨拶も無しに、小さな黒い、プラスチックの塊を渡される。



「じゃ、これ」

「?」

「制服のポケットにでも入れて、なんかあったら押して。僕達の携帯が鳴る様にしてるから」


「・・・・何かって・・・・」


「そ、何か。手遅れにならない様に、早い目にね。焦って義希を飛ばして、それでも事が遅かったとなったら、僕も命縮めた甲斐がないから」

「・・・・・」


「何その顔。何か不服?」

「いいえ・・・・」



 水島さんは美人な顔で、すごく冷たくあたしを睨んだ。こわっ。

 朝から何よ、あたし、睨まれるような事した? あ、毎朝きちんと朝食を食べてないとか?


 スタスタと去っていく彼の後姿を見ながら、あたしは一人で呟いてしまった。


「なんかいつにも増して、皮肉に嫌味が上乗せされてる・・・・」

 機嫌、悪いのかな?



 振り向くと、香取と目が合った。

 

 ジッと、見られる。

 あたしは金曜日の事を思い出してしまった。泣いて、甘えて、慰められた事。


 耐えられない。



「向こう、向いてて」


 あたしはそっぽを向きながら香取に言うと、玄関を出た。


「何で?」

「恥ずかしいから」

「・・・・ほんっと、プライド高いのな、お前」

「あんたほどじゃないわよ」



 二人で屋敷を出る。無言で。顔が赤いあたし。

 香取は長い脚でサッサとあたしを抜かすと、かったるそうに前方を歩いた。

 あたしはその後ろ姿を、恨みがましく睨みつけた。


 なんで朝まで迎えに来ちゃってるのよ、本当に付き合ってるカップルみたいじゃない。

 マズイ、勘違いしそう。あたしの頭が、香取と付き合っているのかと錯覚をおこしそう。

 そしたらあたしの胸が、香取を好きなんだと誤解しそう。



 すると香取が、こっちも見ずに(そりゃ見るなって言ったけど)低い声でボソッと言った。


 

「俺、お前の、みんなに無条件に愛されちゃってますオーラ、結構嫌い」


「・・・・・」


 なぜにコイツまで機嫌が悪い?





「飯は?」


 コンビニ前を通りがかった時、急に香取が口を開いた。

 相変わらずこっちを振り向かないの。だから、話しかけられたとは一瞬分からなかった。


「あ、うん? まだ・・」

「そ」


 彼はスタスタと中にはいる。慌てて追いかけると、手慣れた様子で、おにぎりとサンドイッチをかごに放り込んでいた。

 そっか、毎朝こうやって朝ご飯、買ってたんだ。

 彼の日常を垣間見た気がして、ボーっと眺める。あのおにぎり、あたしのよね。

 だけど何故か飲み物は一本。ミルクティー。

 レジ前で、彼がキャラメルをかごに放り込むのを見た。あたしの好物で、そういやこの間最後の一粒をヤツにかすめ取られた。





 今までの自然な流れで、どちらが言うでもなく例のフェンス前に来た。毎朝ね、ここで食べていたの。

 でも今朝は、なんとなく微妙だわ・・・。

 その時、後ろから声をかけられた。


「なあーんだ、制服、持ってたんだ」



 ギクッとなる。この声は・・・あぅ、あぅ。


 タイマン張れる自信はあるけど、そうなる事態はなるべく避けたい。いや全力で避けたい。

 ひぇっ表でも裏でもネチネチ苛められるなんてヤダよぉっ。


 はるなちゃんは、もう本当に怖い顔をして立っていた。とてもとても、怒っていた。



「心配して、損しちゃった。それならそう言ってくれればいいのに」

「あなた・・・」

「はるな。いい加減にしろよ」

「いい加減にするのはそっちでしょ。私にあて付けているつもり?」

「おい」

「せっかくはるなの所に帰ってきてくれたのに。はるな、ずっと待っていたのに。なのにどうして、そんなひどい事するの?」



 香取が押し黙る。

 はるなちゃんは真っ直ぐ香取を見据えていた。睫毛の綺麗な目が吊り上がっていた。

 そんなに怖い彼女を見て、あたしは決心をした。しばらくネットを見るのはやめよう。本当に、どんな事を書きこまれているかわかんないわ・・・。



「私、ずっと待っていたんだよ? 礼がイギリスにいた時だって、いつか私と結婚するためだ、その為に礼は我慢しているんだから、って、一生懸命耐えていたのに・・・・」

「・・・・・・」

「礼はいつも、私の言う事は聞いてくれていたじゃない。寂しいって言った時も、もうすぐ帰るからって言ってたじゃない。なのにどうして、帰ってきた途端、こんな人とずっといるなんて、どうして?」

「・・・・・・」


 香取、あたし、見守っていてもいいかな? なるべく遠くで。


「私は礼が好きなのにっ。ずっとずっと好きなのにっ。礼は私と結婚するんだから、そんな嫌がらせはもうやめてよ」



 はるなちゃんは、痛いくらいに真っ直ぐな気持ちを爆発させた。香取を見つめながら可愛い顔を歪ませて、涙を流し始める。

 これ、俗に言う修羅場だよね?


 あたしはそろそろと後ずさった。ごめん、香取、応援してるから。マジで見守ってるから。やっぱ遠くで。



 あたしとは対照的に、香取は微動だにせず、じっとはるなちゃんを見下ろしていた。

 そして口を開いた。


「お前は大事な従妹だ。何かあったら俺が守る。・・・・だけどお前の事、恋愛対象として見た事はない。多分これからも」

「なっ・・・・・」

「俺にとっては妹みたいなものだ。それ以上は」


 

 あたしの歩みが止まった。「妹みたいなもの」?



 キレたと自覚するより前に、香取の横っ面をひっぱたいていた。我ながら恐ろしい。


「妹にキスするなやーっ!!」



 二度目のそれも、それはそれは綺麗に決まった。

 初回と同じように、香取は吹っ飛んで尻もちをついた。

 

 ゆっるせないっっ! あり得ない! 今あんた、何て言ったっ??!!



 座りこんだ香取が、殴られた頬を抑えて低い声で言った。



「・・・・お前、殴る相手を間違えてねぇか・・・・?」

「妹みたいっつって手を出して、妹相手にキスまでして、妹を免罪符に逃げるんじゃねぇっ!!」

「・・・・キレる相手も間違ってるだろ・・・」


「妹は禁句だ禁句だーっっ」

「バカっ痛ぇっやめろっ」

「・・・・・・・」



 喚いて暴れて飛びかかるあたしを、香取は両手で掴みにかかった。そんなあたし達を、はるなちゃんが絶句してみている。

 あたしはもう、自分がコントロールできなかったの。(お兄と似ている)

 このやろーっ信じらんない信じらんないっ、

 こんな奴こんな奴こんな奴ら、成敗してやるーっ!! 

 


「謝れっ! 謝れ謝れ謝れっ! それでも許してもらえなかったら潔く結婚しろっ!!」

「ヒスるなよ、ちょっと落ち着けって」


 言いながらあたしを掴んで、香取は立ちあがった。

 そしてあたしをトンと押し離すと身を引いて、まるでこちらをけん制するように小さく指さして、

 低い声で言った。


「部外者は口閉じてろ」


 

 眼光鋭く睨まれて、不覚にも言葉に詰まる。くっそ!

 

 香取はあたしを睨んだまま頬に手をやり、「マジあり得ねぇ」と呟いた。

 そして視線を真っ直ぐに、はるなちゃんに向けた。香取を見上げるはるなちゃんの瞳が、一瞬、切なく揺らぐ。あたしは胸がチクリ、とした。


 そして彼はきっぱりと言った。


「はるな。俺が悪かった。でもお前の気持ちには答えられない。今までは、お前が寄ってきても」


 目が、怖いくらいに冷たくなった。

 そして彼は、低い声で言い放った。



「しかたねぇか、って思っていた。どうでもよかったんだよ」



 はるなちゃんが息を飲む。

 香取は静かに続けた。

「でもそれじゃ、お互いマズイだろ?」


 

 顔色の変わったはるなちゃんは、こっちが見ていても、正直辛い程だった。思わずもう一回、香取の頭をぶん殴ってやろうかと思ったほどよ。

 彼女は唇を小さく結び、一呼吸置く。

 そして香取を見上げると、縋る様な、だけど挑む様な表情で言った。



「・・・・・でも、これからは」

「責任持てねぇよ」



 その時、彼女の顔が悲しみで歪んだ。その後すぐに俯き、押し黙る。

 その様子を見て、あたしは悟った。彼女が、香取の思いを、彼女の意思とは関係なく理解してしまった事を。


 うっ。可哀想。いくらあたしに塗料をぶちまけても、これは可哀想。


 これからあの子に上履き隠されても、やっぱあの子が可哀想。あたしの持ち物取られても、やっぱりあの子が可哀想。サイトに書きこまれても。生卵ぶつけられても。やっぱりあの子が・・・


 ・・・・んなワケないっ。それは無理っ。



 その時、彼女が勢いよく顔を上げた。

  


「パパに言いつけてやるっ。そしたら礼なんか、イギリスに戻れないんだからっ。学校だって追い出されるんだからっ」

「伯父さんには報告済みだよ」


 香取は無表情で言った。


「先の事は、俺が口出す事じゃないしな」



 それを聞いた彼女は、本当に悔しそうな顔をした。だけどその瞳は、本物の悲しさでいっぱいだった。


 そして黙って背を向けると、少し足早に去って行った。



 あたしはその後ろ姿を見つめながら思ったの。

 

 多分彼女は、香取が「どうでもいい」って思い続けていた事を、心の底では分かっていたんじゃないかな? そんな感じがする。だって頭の良さそうな子だから。


 ・・・・でもそれにしたって・・・



「・・・・つっめたいフリ方ー・・・・」


 散々甘い顔をしておいて、今更何よ?

 あたしは私情を山ほど沢山、てんこ盛りに盛り込んで、限りなく非難がましい目つきと言い方をしてやった。

 なのに香取はあっさりと言った。


「言ったろ? 責任持てねぇんだよ」



 芝生の上に胡坐をかいて、彼はサッサと朝食を広げ始める。


「俺が相手することであいつが幸せになるんなら、別にどこまでも相手するけどさ。今は、俺が相手すればするほど、あいつはバランスを崩すだけだ」


 そう言いながらサンドイッチを口に運ぶ香取を、あたしは立ったまま見下ろした。

 何? 今、何か難しい事を言わなかった?


 あたしは眉間に皺が寄ってしまい、しばらく考えた後、言ってみた。


「・・・・つまり、はるなちゃんの為、と・・・?」

「他に誰がいるんだ?」



 彼はあたしを見上げず、ミルクティーを口にした。あ、それあたしの。

 あたしは軽く溜息をついた。今のって、女の子を冷たく振って、「相手の為だ」って言うヤツ?

 分かるけどさ、ちょっと、いやかなりムカつくのよね。

 

「自分は、どうしたいのよ?」


 イラッとしてあたしがそう訊いたら、一瞬、彼の飲む動きが止まった。

 ウェーブの前髪に隠れて、表情がうかがい辛い。



「俺? 俺は、俺が出来る範囲で、相手が求めるものを与えるだけ」


「・・・・は? どういう事?」



 全く意味を理解出来ず、あたしは間抜けに聞き返した。

 香取は再び、淡々とサンドイッチを食べ始めた。



「そうすれば、離れて行かないだろ」

「・・・え・・・・」

「だからそれが出来ない連中は、最初から近づけない。そしたら逃げて行かないし」



 彼の言った事がグルグルと頭を回り、あたしは唖然と立ち尽くす。

 今までの彼の台詞を全部繋げて、やっとその言葉の内容を掴み取った。


 何て事。



「・・・それって、香取の人づきあい全般に、言える事なの?」

「は?」

「・・・つまり、面倒を見てあげられない人達とは、お友達にならない、って事?」

「そうなるの? 知らね」


「お友達になった人には、・・・・相手の要求を常に飲むと?」

「はぁ? んなわけあるか。無理だろ、そんなの」



 彼はあたしを見上げて「食わねぇの?」と飲みかけのミルクティーを掲げる。その時予鈴が鳴った。「バカ、鳴っちまったろ。責任もって食え」と言って、それとコンビニ袋をあたしに押し付けると立ちあがり、歩き出した。


「早く来いよ」



 あたしはそんな彼を、呆然と眺めていた。




 この人、寂しいんだ。

 「離れて行かない」様に、「逃げて行かない」様に、て、つまりはそういう事でしょ?




 心の結びつきを求めるんじゃなくて、自分から去らない人を求めている。そして相手の言いなりになれば、それが手に入ると思っている。だから相手の要求を飲めないとなると、遠ざける。自分から離れて行く前に。

 

 置き去りにされるのが恐いから。




 驚いた。だってそんな素振り、今まで微塵も見せてなかった。あまりにも俺様過ぎて。情が深い人だろうとは思っていたけど、まさかここまでとは。俺様キャラが、自分を守る鎧だったとは。



 寂しい。人恋しい。置いてかないでくれ。今、そう言った。

 なのに目の前の彼は、いつも通りの様子。偉そうにかったるそうに廊下を歩いている。



 ・・・・自分が言った事、分かってないのかしら?



 うん、分かってないんだ。気付いてもいないんだ。自分が誰かを強烈に欲している事、自覚していないんだ。



 あたしはついさっきの出来事を振り返った。彼がはるなちゃんを、最終的には受け入れなかった事。


 ・・・人を愛したいのに、心の垣根が高い人。そうかそれじゃあ、余計に寂しいよね・・・。



 教室の中で楽しそうに、中森くんや山田くん達と話をする香取から、あたしは視線を外せなくなってしまった。 








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