表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第四章 彼らの事情
42/67

Sacred or secular 2

 マックでの騒ぎから小一時間後。



「何か感じる?」


 テーブルの上に置かれた獅子鷲を、至近距離まで顔を近づけて睨んでいると、ヒトミに訊かれた。

 あたしはそれを睨んだまま答える。


「いやさっぱり。ヒトミは?」

「うん。色々と」


 ここは水島屋敷。無駄に広い食堂には、あたしとヒトミと、水島さんとよっちゃん、そして香取がいる。


 ヒトミがこの置物から何か感じる、というものだから、あたしは食いついた。



「うそっ。どんなっ?」

「凄い綺麗だなー、とか、金粉が付いているなー、とか、ほしいなー、とか」


 ・・・は?

 水島さんも頷いた。


「ご利益もありそうだしね」

「ああ、やっぱり? 有り難そうですよね」

「仰々しいもんね」

「おいこら」

「ちょっとぉ!」


 あたしとよっちゃんが二人同時に、声をあげた。

 あたしは膨れて、ヒトミと水島さんを睨む。

「ふざけてるんでしょ?」


 水島さんの隣でよっちゃんが、そうだそうだ、とばかりに真顔で頷く。

 だけどヒトミは、ケロッとして言った。


「真琴の方が無関心過ぎない? 全然興味ないんでしょ、美術品として」

「・・・えぇ~・・・?」


 美術品としてー?

 あたしは思ってもいなかった事を言われて、マジマジとそれを眺めた。

 うーん。ミニチュア狛犬に羽が生えているようにしか見えない。

 こんな犬よりは、


「ス○ーピーの方が可愛い」

「○ヌーピーって・・・」

「○ティちゃんよりスヌー○ー派」


 青い置物を観察しながらよっちゃんに応えると、真面目に考えたかったであろう彼が頭を抱えた。

 その時、部屋の扉が開いた。

 新谷さんだった。



「確認が取れました。エジプトのカイロ博物館から紛失したもので、ほぼ間違いない様です」

「レプリカでもなくて?」

「金粉の位置まで、寸分一致しています」

「ふーん、そう」


 

 水島さんが腕を組んで、置物を見下ろす。

 あたしは、こんどは新谷さんに食いついた。


「ね、ね、新谷さんは何か感じる?」


 グリフィンを指さして尋ねる。

 だって噂のパワーアップアイテムだよ? やっぱちょっぴりワクワクするじゃん。どんな魔法が飛び出すのか、イットの血が半分の新谷さんならきっと何か・・・


「ええ、美しいですよね」

「・・・そうじゃなくって」


「これが紀元前3千年も前の物かと思うと、畏敬の念を抱きます。彫りの一つ一つに、神や自然に対する畏怖が表れている。人類の芸術能力、美意識とは本能に組み込まれたもので、だからこそ私達の胸に訴えてくるのでしょう」


 そうだった。この人は芸術感覚に優れ、綺麗な物、美しいもの、バランスのとれたものが大好きだった。


 方向違いの答えをされて、あたしは肩をガクッと落とした。

 そして少し拗ねるように、彼を上目遣いで見て言った。



「質問チェンジ。これを持ってると、パワーアップする?」

「いいえ全然」


 ニッコリと微笑まれる。

 あたしは今度こそ、テーブルに顔をうずめたくなった。つまんないっ。



「ウソじゃんウソじゃんっ。神話も噂も、全っ然ウソじゃんっ」


 誰よ、何でも出来るようになるなんて言ったのはっ。



「問題は、これを誰が彼女の鞄に入れたか」

 よっちゃんが考え深げに言った。


「そしてこれをどうするか、だな」



 シーン、となった。



 あたしは置物を指さして、年上組に言った。

「こんなの持ってたら、変な噂が立って、イットがうようよ集まってきちゃうよー」


「・・・・今までエジプトの博物館にあって、誰も盗らなかったのか?」



 ここについてからずっと口を閉ざしていた香取が、口を開いた。

 それを新谷さんが、事務的に答えた。


「そもそも博物館の手に渡ったのが、1970年代です。それ以前は、出土されて以来、コレクター達が所有していました。博物館が買い取ってからは、強盗にあった記録はありません」


「へー。あんなにイット皆が欲しがっているのに」


 素朴な疑問。だってそうでしょ? 無法者集団が狙ってるんだよ?


「厳重な警備、が表向き。博物館を管理している権力者がイットであり、敵にまわしたくない、というのが裏事情です」


「え? その権力者イット、パワーアップしたの? これで?」


「・・・・さっきから、真琴の言うパワーアップって何?」


 ヒトミに呆れた様に訊かれて、


「怪我が治るんでしょ? 念力使えるんでしょ? 何でも願いが叶うんでしょ? 空、飛べちゃうかもよ?」


「・・・・あんたじゃあるまいし」



 水島さんがダルそうに溜息をついた。あたしが何よ、そんな事出来ないわよ、空を飛ぶのとテレポは違うのよっ。



「見ての通り、古代の素晴らしい彫刻です。使用されている石もラピスラズリで、最高級品です。歴史的にも大変価値があります」

「・・・つまりただの石?」


 あたしが恐る恐る訊くと、新谷さんは再びニッコリと微笑んだ。とっても魅惑的な笑顔だった。


 あー、やっぱり! うー、密かに期待していたものが崩れたっ! もー、やる気なくしたっ! ワクワクを返せっ。



「つまり、これは元あった所に戻せばいいんじゃね?」



 あたしが思いっきり膨れたら、壁にもたれて腕を組んていた香取が、再び口を開いた。彼っていつでも、現実を対処しようとするよね。どんな状況でも。あたしがテレポっても。イットに襲われても。


 あたしは、彼の、幼さが少し残る綺麗な顔を改めて見つめた。偉いよなぁ。少しは動じなよ。



「それは無理だろ。あの国の現状を見てみれば、自国の美術品を保存するどころじゃない」

「じゃ、似たような所に移せばいいんじゃね?」


 香取はよっちゃんに向かって言った。


「俺、イギリスしか知らねーから他言えないけど、例えば大英博物館とか? あそこならエジプトの品物、当然の顔して受け取るぜ?」



 一同、ポカン、となった。


 よっちゃんが、ハンサムな顔で唖然と、香取を見つめる。

「大英博物館・・・・」


 なんて突拍子もない事を、と言うかと思ったら、その隣で水島さんが呟いた。

「・・・・いいかも」


 彼は少し眉根を寄せて、納得した様に頷く。え? 納得してんの?

 よっちゃんも空中に視線を移しながら、考えるように言った。



「ああ、いいかもな」

「警備も万全」

「保管も最高」

「あそこなら、確か上に・・・」

「だよな。聞いた事がある」

「じゃ、僕は親父に聞いてみる」

「俺はオフィスに」



 そう言って二人は、新谷さんを連れて慌ただしく部屋を出て行っちゃったのよっ。

 後に残されたあたしは、ひたすら唖然とするしかなかった。


「なんなのこの人達・・・・話が大きすぎる・・・」


 こんな日本の片隅で、大英博物館の話が出るとは。そもそも何故イギリスに? フツーに日本のどっかに預ければいいだけでは?


 話についていけないあたしが呆れかえっていると、ヒトミが面白そうに、ニヤッと笑いながら言った。


「警察庁にヤクザなんて、CIAとマフィアが手を組んでいる様なものだからね。怖いもの無しかもよ」


 ・・・・なんだそれ? つまり、無法者はどっちなんだ、って話?




 しばらくしてヒトミと香取が水島さんに呼ばれ、入れ替わりによっちゃんが入ってきた。

 いつもよりちょっぴり真面目そうな顔をしている。こういうの、仕事の顔って言うのかな?



「君は、引き続き香取くんといた方がいい。誰がやったかなんて、学校を調べる方が手間がかかるだろうし。イットを素手で殴れる人間なんて、貴重だよ。おまけに彼は君と相性まで「わーっ!! わっかりましたーっ」


 

 大声で遮った。か、香取にもし聞こえたらどうすんのよっ! オッソロシイ事になるじゃないっ!

 

 よっちゃんは、アタフタしているあたしを見て、綺麗な瞳でクスッと笑った。


「逃走中の事務員、忘れるなよ? あれだけ生徒の気を吸っていれば、もう見境がなくなっている」


 そう言うと一転、強い光であたしを見据えて言った。


「必ず、君を喰いに来る」



 あたしはドキッとした。この場合、彼に見つめられたからドキッとしたのだとも思うけど、それだけじゃ、ない。

 よっちゃんが言い切るなら、本当にあの人は、あたしに会いに戻ってくるのだろう。



「あたし、どうすればいいんですか? 身を隠しながら逃げるだけ?」

「うーん、特にこれと言ってな。あいつらは多少の怪我でも、人間の気を吸っちゃえばその場で治せちまうし。香取クンみたいに殴れないなら、逃げるしかないよ」



 よっちゃんは空気を和らげるかのように、苦笑した。あたしはそんな彼を見つめながら思う。


 逃げてばっかり。

 でも、あたしには彼を殺す勇気なんて、ない。

 よっちゃんはそれを分かってくれている。



 ・・・・けれども、あれって、勇気って言うの?



「・・・・でもいつも、逃げるのですら、ままならなくって・・・・」


 再び浮かんだ疑問を振り払う様に、あたしは軽く頭を振った。

 すると彼は甘いマスクをあたしに近づけ、真顔で、あたしの顔を覗き込んだ。

 そして言い聞かせるように、話した。


「目だよ。目を見ちゃダメ。ヤバいと思ったら、振り返るな」

「・・・・」


 誰の目? あなたの目? 見ちゃったよ、もう。ほんと、ヤバい。

 いやになる。昨日と同じで、反らせない。あたしはこの目が、堪らなく好き。


 だけどわかっちゃった。今あなたの目には、真っ直ぐな光以外、何も無い。昨日の様な、色が無い。

 昨日の様には、あたしを見ていない。


 ううん、昨日だって、あたしを見ていない。



「わかった?」

「・・・・はい」

「すぐに俺達が助けに行くから」

「・・・・はい」

「よし」



 満足した様によっちゃんがあたしの頭を撫でて、それからハッとした様に手を止めた。

 彼の空気が変わった事が、分かった。



「真琴ちゃん」


 先ほどとは違った意味で、シリアスな声。あたしはギクッとなった。


「・・・あのさ、昨日の事なんだけど・・・」

「いいって、言ったです」


 

 あたしは身を強張らせまいと注意しながら、彼を見上げた。

 うまく、笑えているだろうか。


「ほんとに、多分。よ・・・・由井白さんが思うほどは、気にしていません」



 あんな事、何でも無かったんだよ、ってカッコつけたいだけかもしれない。

 それとも、彼の重荷になりたくないから、かもしれない。


 名前を呼ばずに名字で呼んだのは、あたしのささやかな、抵抗。



 それに本当に、あたしはそんなに、気にしていない。

 あんな事があっても、あたしはどこも変わっていない。昨日も今日も、そして明日も多分、同じ。


 あたしは、同じ。



「俺、君の事は・・・・すごく大事な妹だ」

「・・・・兄貴が増えると、ウザイなー」

「・・・・だな」


 よっちゃんは苦笑して、それから一瞬、あたしを切ない眼差しで見つめた。


「ほんと、ごめん」


 そういうと、部屋を出て行った。





 妹の、ワケが無い。

 妹を、あんな危険には曝さないだろうし。利用したりなんか、しない。


 でも彼は、そんな事すら気付いてないんだ。

 



「おい」

「え?」



 いつの間にか、戸口に香取がもたれかかってこっちを見ていた。

 あたしはギクッとなる。い、いつから見ていたんだろう? 焦るじゃない。



「笑ってんなよ」

「え?」

「泣きそうなんだろ。俺にはそう見えるけど」



 不機嫌そうな香取の表情。言われたあたしは、頭が真っ白になった。

 ・・・さ、最悪・・・・振られる所、人に見られた・・・・。



「・・・な・・」

「不器用な能天気が馴れない事すんな」


 

 容赦無くバッサリと言われる。

 あたしは恥ずかしさのあまり、顔に血が上ってくるのが分かった。


「馴れない事って、」

「自分を隠す事」



 間があいた。彼の言葉を理解するのに、時間を要する。

 次の瞬間、顔に上った血が頭にまで行った。


 あたしの事、知らないくせにっ!



「こんなあたしが自分を出せる訳ないじゃん。親友の唯にも打ち明けられない、こんな力。自分なんて、物ごころついた時から隠しているよ」


「知ってる」


 

 間髪いれずに香取に言われた。

 射るように見つめられて、あたしは胸まで射られたようになった。一瞬、本当に分かってくれている様な気になってしまった。


 でも、この人は知らない。

 秘密を抱え続けて友達と接する事が、どんなに苦しいか。

 本当の自分を洗いざらい話せる友人を作れない事が、どんなに辛いか。

 いつも上辺だけの付き合いで、相手の顔色うかがって自分を出せない事が、どんなに悲しいか。



 それでもあたしは、やって来なくちゃならなかった。頑張らなくちゃいけなかった。

 それを、軽々しく、自分を隠すな、なんて言うなっ!


 

 怒りのあまり、目が潤んできた。

 すると香取は、そんなあたしの声が聞こえたかの様に、フッと表情を和らげ、


 今まで見た事もない様な、優しい眼差しと微笑みを、あたしに向けた。


 

「でも俺には、最初っから怒鳴りまくって出しまくってたろ?」



 グッときた。


「それは・・・・」



 確かにそうだけど。出会った時から、彼には本気全開だったけど。言われてみれば、そうだけど。

 だけどそれは。


 ぽろ、っと、ついに涙が零れた。


 ヤバい。あたしは香取を睨みつけた。



「泣いてない」

「泣いてないな」



 ヤツは真顔で答える。

 すると後から後から、涙が頬を伝って来た。

 恥ずかしいけど、恥ずかしすぎて、拭えない。



「・・・泣いてないっ」

「うん。泣いてない」



 彼は少し首を傾げながらあたしに近づき、そっと、あたしの頭を抱いた。

 撫でるでもなく、抱きしめるでもなく、

 

 だけど、当り前の様に、自然な動作で、そっと。



 あたしは抱かれるまま突っ立って俯き、涙をぼろぼろと床に零した。

 もう、自分が何で泣いているか分からない。振られたからなのか、まだ好きだからなのか、それとも今まで自分でも気付かないほど、人生に我慢をして来たからなのか。


 或いは、香取があまりにも、優しすぎるからなのか。



 いずれにしてもコイツのせいだっっ! 弱ってる所に現れんなあっちに行けーっ。


 あたしは心の中で、お得意の責任転嫁を叫びながら、香取の胸に頭を押し付けた。



「年下のくせにっ。ほんと、えらそーっ」


「・・・・年上のくせに。ほんと、バカ」



 その時、ほんの少し緩く彼に抱きしめられ、頭上に彼の顔が落とされた気がするけど、

 それは黙って見過ごしてやる。



 心地よい彼の腕の中で、しばらくあたしは動けなかった。

 数分後、部屋の外から足音が聞こえ、赤い目を誤魔化すために慌ててトイレに駆け込むまで。






「妹~?」


 義希と何があったんだ、と冷たく見下す水島智哉に根負けして(今朝のあたし達の様子に、この人溜息ついてたもん。そんでイラッと睨まれて、かなり凄味があったんだもん)、あたしがよっちゃんに振られた話を口にすると、彼は素っ頓狂な声を上げた。



「そんなワケないでしょ。あいつ、自分の妹は溺愛しすぎちゃって眼の色変わってるよ? あんたのお兄さんの方が数倍マシだよ?」


「・・・・ウソ・・・・」


「ホントホント。自分のオヤジと妹の取り合いで、見ていて引くから。あ、それからね、前も言ったけど、あの人キス魔で加えてかなり惚れっぽい性格。それに潰された女の子達、かなり見てきたよ。僕が言うのもなんだけど、家庭向きじゃないね。本人が自覚していない所が、更にタチが悪い」



 開いた口を塞げずにいると、水島智哉は、軽蔑と憐みが混じったような視線を向けた。


「そうゆうこと。わかった? 迷える子ザルちゃん?」



 ・・・・・ごめん、よっちゃん。今からあなたは、あたしのブラックリストに載りました。今後は各所で攻撃させて頂きます。ロックオンだ。


 というか水島智哉っっ。人から無理やり聞きだしておきながら、毎回毎回、あたしに嫌味をいうんじゃねぇっ。というよりバカにしたように笑うなっっ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ