Sacred or secular (神話か噂か) 1
タイトルの意味は直訳すると、聖なるもの、或いは世俗的な?
受験生の方、一対で覚えるといいらしいですよ(笑)
「男の人ってさ、どうして好きでもない女の子と、キスできるの?」
机に肘をついてあたしが呟いたら、隣にいた香取が飲んでいたコーヒーを吹いた。
「汚いな」
ヒトミが顔をしかめて香取を睨み、自分の制服のズボンについた液体を拭く。
テストが終わったあたし達・・・あたしと香取と唯と、そして何故かヒトミは(暇なんだって)、マックでお茶をしていた。
「好きな人がいても、目の前に可愛い女の子がいると、ふらふら~ってなっちゃうの?」
「真琴さ。今日のテスト、よっぽど出来なかったの?」
「朝からずーっと、こんな調子なの」
唯が心配そうに、ヒトミに言う。
ヒトミは無言で、香取を見た。
「・・・何で俺を見んだよ」
「別に」
澄ましてキャラメルマキアートを飲むヒトミ。あたしはついに机に突っ伏す。
あたしの左隣にいる唯が、彼女の正面にいる香取に言った。
「真琴の疑問に答えられるの、香取くんだけじゃない?」
「男だし」
ヒトミはそう言うと、彼女の左隣にいる香取に身を乗り出して、からかいの眼差しで言った。
「今でも、噂の従妹ちゃんとキス、してるの?」
「してねーよっ、つか、何でんなことお前が知ってんだよ」
「え? 誰か知らない人でもいるの?」
「いない」
唯が真顔で首を振る。香取が悔しそうに舌打ちをした。ジロッとあたしを睨む。
あたしのせいだ、って言いたいんだろうけど、構っていられないの、今。
ヒトミは容赦なく、口の端を上げながら香取に迫る。
「何で彼女との付き合い、やめちゃったのさ?」
「・・・・テメーと仲良く、打ち明け話なんてするか」
「ふーん。真琴のせい?」
彼女は小声で囁くけど、聞こえてるから。香取とはるなちゃんが別れたの、なんであたしのせいなのよ。
・・・・多分、あたしのせいなんだろうけど。わかってるけど。色々大変だからでしょ?
でもあたし、頼んだ覚え、ないし。
だから机に突っ伏したまま、あたしは顔を上げなかった。
「なんなら、協力してあげてもいいけど?」
「・・・・何か企んでいます、って目をして言うな。お前、自分が楽しみたいだけだろ?」
「チッ。ケチ」
「あぁ?」
ヒトミと香取のヒソヒソ話。仲、いいなー、この二人。ヒトミが香取で遊んでいるだけかもしれないけど、気が合いそう。
その時、唯の携帯が鳴った。
「あ、親からだ。ちょっとごめん」
唯が席を外すから、顔を上げて手を振る。
そうしたら、あたしの向かいに座っていたヒトミも立ちあがった。
「どこ行くの?」
「トイレ」
ヒトミの後姿を見送る。
・・・かっこいいんだよね、彼女。美しい、というか。男子用制服が本当によく似合っていて、あの子、どっちのトイレに行くんだろう? ちゃんと男用に入るのかな。
かったるくって、もう一回溜息をついた。
だって昨夜は、結局1時間も寝れなかった。勉強だってはかどらなかった。
香取が、腕を組んであたしを見た。なんだか不機嫌そう。
「そんな盛大に溜息つくか」
「幸せたっぷり逃げてますー」
「・・・・なんかあったか?」
「・・・・キスした」
何で彼に言ったのか、わからない。発作的に言ってしまった。
一番言いたくない相手だと思っていたのに。・・・・一番、知られたくない相手? 疲れている時に、余計な嫌味やからかいは聞きたくないもん。
なのに何で。
「・・・・ふーん」
あっさりした返事。感情が籠もっていない。
表情までは知らない。だって顔を見てないから。
でも予想に反して突っ込まれなかったので、あたしはつい、ポロっと続けてしまった。
「ファーストキスだった」
「ふーん」
「すごい大人のキスだった」
「へー」
「でもあの人、彼女いるんだよね」
「・・・そうか」
彼の、感情の籠もらない相槌は続く。あたしは昨夜の事を思い出していた。
キスしている時はすごい嬉しかったし、結構頑張っちゃったんだけど。終わったら、切ないというか、虚しいというか・・・・
「あんたがはるなちゃんにやっていた事って、やっぱサイテー」
「・・・・もう、しねぇよ」
その時の返事だけ、低くて、とても不機嫌そうなものだった。散々みんなにいじられちゃっている件だものね、あたしのせいで。
よっちゃん。
あたし、あの人が好きなんだけど。あの人が抱えているもの、知りたいし。悲しい事、少しでも減らしてあげたいし。あの人の笑顔、好きだし。心があったかくなるし。彼女とキスしているのを見たら、やっぱ胸がグッとなったし・・・・だけど
「・・・だけど、・・・涙が出ない・・・」
「は?」
「ううん」
「やめろ」
「え?」
「時間の無駄」
急に言われて、あたしは何の事だか分からなかった。顔を上げて香取を見る。
彼は腕を組んで、椅子に深く腰掛け長い脚を通路に投げ出し、とても態度悪く座っていた。
そしてあたしを睨んでいた。女の子みたいなパッチリお目目を、鋭く吊り上げていた。
見慣れてる表情ではあるんだけど・・・・。
「何が?」
「そうやってウダウダ考える事。時間の無駄だろ。答えの出る話か?」
「・・・・答えって・・・」
「女ってのは解決策の無い事をグダグダと、かと思えば単純な話をゴチャゴチャと考えて」
「-・・・あたしの時間をどう使おうと、あたしの勝手じゃない?」
「じゃあ人目の触れない所でやれよ。いかにも構ってくれって、周りを巻き込むなよ。すっげムカつく」
「は? 何それ」
いきなり感情をぶつけられたあたしはびっくりして、そしてかなり気分を害した。
つまりこっちも、すごくムカついたって事。
香取は機嫌の悪さを顔に丸出しにして、顔を背けている。
「・・・・帰る」
あたしは床に置いてあった鞄を持って、立ちあがった。
香取はチッと舌打ちをすると、座ったまま、あたしの顔を見ずに、あたしの腕をグイっと掴んだ。
「一人で帰す訳にはいかねぇだろ」
あたしはカッときて、胸の中からは怒りと言うよりもイラつきが込み上げて来た。
それでも冷静を保とうと努力しながら、香取を思いっきり睨むと、低い声で言った。
「じゃあ、なんでいきなりキレんのよ。友達だと思って話しただけじゃない」
「・・・だから意見言ってやったろ。それをお前が、自分の勝手だ、みたいに拒否ったんじゃねぇか」
香取も美少年な顔を歪ませながら、あたしとは全然違う方向を睨んで言う。それでも掴んだ腕は離さない。
あたしは益々頭に来てしまった。
「『言ってやった』?『拒否った』? その態度、偉そうにどこまで自己中の俺様なの?」
「自己中か? 散々お前に合わせてやってんだろ?」
「『合わせてやってる』? 世話してやってるって事? だからあたしをバカにしてもいいって? 冗談でしょ、そんなのお断りよ」
「どこがバカにしてんだよっ」
「してるじゃないっ。一方的に怒りだして、上から目線で批判してるじゃないっ」
「何だよ、俺は自分が思った事も言えねーのかよっ。イチイチ突っかかって来るのはそっちだろっ」
「そっちが先にキレたからじゃないっ」
「お前だってキレてんじゃねーかっ」
もう、お互いがお互いの事しか見えていない状況。
そこに横から、冷静な声が入った。
「ちょっとお二人さん」
ハッとして二人して振り返ると、そこにはヒトミと唯が立っていた。
ヒトミは冷めた目つきで、唯は心配そうな表情で、そして後ろのお客様達はビビり半分、興味半分で、
あたし達を見ていた。
「面白いけど、流石にここじゃぁ、マズいんじゃない? 迷惑の代名詞だよ?」
「あんな事、こんな所でやらないでよ?」
「あんな事って?」
ヒトミがきょとん、と唯を見下ろす。
唯は背伸びをして、手を口に添えてヒトミに耳打ちをした。聞かなくっても分かる、あたしが初日に香取をぶん殴った件だ。
ヒトミは少し眼を見開き、そして彼女を見ると、今度はあたし達を見て、面白そうにヒュウっと口笛を鳴らした。
「やるね。見たかった」
「帰るっ」
あたしは怒りに任せて、鞄を振り回す様に勢いよく踵を返した。
2,3歩歩いた所で、後ろから唯に声をかけられた。
「ちょっと! 真琴、なんか落としたよっ」
反射的に振り向いてしまい、未だ怒り途中の香取と目が合って更に頭に来たんだけど、床に落ちているものを見て気が反れた。
それは、真っ青な色をした、手の平よりちょっと大きいくらいの、重そうな置物だった。
何だか、動物の形をしているっぽい。
「・・・・何それ?」
「何それ、って、真琴の鞄から落ちたよ?」
「あたしの? 知らないよ?」
「え? でもさっき、真琴の鞄から・・・」
「鞄、開いてるよ」
ヒトミに指を指されて、みると確かにあたしの鞄が開いている。
と言う事は、やっぱりコレは、あたしの鞄から落ちたものなのだろう。
あたしは近寄って、それを拾った。
それは真っ青な、石で出来ている様な物だった。石の彫り物? 動物の形に見えたのは、なんだか肉食動物の様な鋭い目つきをした4本足の生き物で、だけど背中から羽が生えている。
ヒトミが覗きこんで、あたしに言った。
「何、これ?」
「・・・・えー・・・・?」
そんな事、あたしに聞かれても・・・・。
「土産物?」
「って真琴が聞くの? 何で土産物? 誰から?」
「さあ。さっぱり。それっぽいから? 誰かの、間違えて鞄に入れちゃったのかなぁ?」
「明日、学校で聞いてみれば?」
ヒトミに言われて、成程、その通り。
そうしよう、と思って軽い気持ちで鞄に放り込もうとしたら、唯が口を開いた。
「これ、グリフィンって言うんだよね」
「へ? そうなの?」
「うん。ほら、よく映画とか、マンガとかで出てるじゃない?」
そうなんだ?
あたしが感心して眺めまわすと、ヒトミが唯に言った。
「ふーん。唯ちゃん、漫画なんて読むんだ?」
「あ、うん、時々ね」
唯がちょっと照れたように言って、そうか、唯も漫画なんて読むんだ、なんて・・・・
「・・・・・うぁーっ!」
あたしは思わず、ものすごく大きい声で叫んでしまった。
そして再び、店内のお客さんの注目を浴びてしまった。ただし今度は好奇心の目ではなく、「うるせぇな、静かにしろよ」的な視線だったけど。
だけどあたし、すっごい事を思い当たってしまったっ!!
ヒトミが眉根を寄せる。
「何?」
「グリフィン? グリフィン? これがグリフィン? 別名、獅子鷲ってやつ?」
「さ、さあ? 別名までは・・・でも、多分」
あたしの興奮っぷりに、唯は少し後ずさった。
そしておずおずと、控えめに説明してくれた。
「ライオンに、鷲の翼が生えているものでしょ? 中世の、想像上の動物じゃない? ユニコーンみたいな」
「・・・・どうしたの、真琴?」
ヒトミが、斜めの角度からあたしの顔を覗き込む。訝しげな表情をしている。
あたしは、口をパクパクとさせた。
グリフィンって、あの時、女のイットがよっちゃんに話していた、アレだ!
うちの学校にある、って噂の、魔法アイテムだっ。パワーアップアイテムだっ。
あの、持ってると念力が使えるだか、怪我が治るだか、なんかそんな事を言っていた、
いかにもウソっぽい作り話に聞こえた、アレだっ!!
あたしは、ゾクっとした。背筋が寒くなった。
だって誰が、これをあたしの鞄に入れたの?
あたしの身近な所にいる、誰かだ。・・・それしかいないじゃない。
・・・信じられない!
よっちゃんが、後ろから彼女を斬り殺すビジョンを、思いだした。
あたし、またアレを経験しなくちゃいけないの・・・・?
ゴクっと生唾を飲み込んだ。寒いし、足が震える。
でもとにかく今は、自分の身を守らないといけない。
あたしは、見えない誰かに狙われている。村本イット以外の誰かに。
学校内の、誰かに・・・!
「・・・・あ、あたし、やっぱ帰った方がいいみたい・・・・」
「・・・・・」
「あ、あのさ。ヒトミは唯を、送ってくれる・・・?」
だって、唯は四六時中一緒にいる、あたしの親友。しかも今、この場に立ち会ってしまった。
何かあったら、大変な事になる。
「わかった。じゃ、後でね」
ヒトミは理由も聞かずに頷いた。そして唯の肩に手を回した。
唯は訳の分からない顔をしながら、不安そうにあたしをみている。
ヒトミがニコッと微笑むと、彼女を連れ出して行った。
呆然とするあたし。
ふっと香取と目があった。真顔だ。
途端に、ついさっきの大喧嘩を思い出した。
ヤバい。気まずい。
・・・・だけど、あたし今、一人で帰るのは危険だ・・・・。
「・・・・・あの・・・・」
本当に、情けなくなった。
あたしこそ、自分の意見なんてエラソーに言える立場じゃないんだ。こんなに人に頼らなくては、今は生きて行けない。
「連れて帰ればいいんだろ?」
香取はむすっとしながら、それでも当り前の様に言った。
・・・・やっぱそう言われてるんだ・・・・。
あたしは恥ずかしさと悔しさと、僅かな申し訳無さとで、顔が上げられなくなった。
「ん・・・・」
「じゃ帰るぞ」
踵を返すと、後ろも振り返らずにスタスタと歩いて行く。
あたしは一瞬間を置いてしまい、慌てて後を追いかけた。
でもその後ろ姿を見ているうちに、さっきの大喧嘩を思い出してしまい、ふつふつと怒りが再燃してきた。
イラつくムカつくイラつくムカつく、すごく悔しいっ。
なんでこんなにイラつくんだ、こいつの尊大な態度も最悪な言動も、今に始まった事じゃないのにっ。
なんでこんなに頭に来るのよっ。
あたし達は微妙な距離を取りながら、話す事無く歩く。
あれ? あたし今、なんだか胸の中が切なくなるような事を考えていたんだよな。何だっけ? なんか憂鬱な事を考えていたハズ。ほら、喧嘩する前・・・・グリフィンが飛び出てくる前・・・・・あ、あれだ。キスだ。
自分で唖然としてしまった。ポカンと口が開く。あんな大事が飛ぶなんて。
香取の事、ムカつきすぎて忘れてたじゃん、一瞬。
それとも、グリフィンがあった事がショックすぎて?
・・・・あたしって、何?