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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第四章 彼らの事情
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Sacred or secular (神話か噂か) 1

タイトルの意味は直訳すると、聖なるもの、或いは世俗的な? 

受験生の方、一対で覚えるといいらしいですよ(笑)

「男の人ってさ、どうして好きでもない女の子と、キスできるの?」



 机に肘をついてあたしが呟いたら、隣にいた香取が飲んでいたコーヒーを吹いた。


「汚いな」


 ヒトミが顔をしかめて香取を睨み、自分の制服のズボンについた液体を拭く。


 テストが終わったあたし達・・・あたしと香取と唯と、そして何故かヒトミは(暇なんだって)、マックでお茶をしていた。

 



「好きな人がいても、目の前に可愛い女の子がいると、ふらふら~ってなっちゃうの?」

「真琴さ。今日のテスト、よっぽど出来なかったの?」

「朝からずーっと、こんな調子なの」


 唯が心配そうに、ヒトミに言う。

 ヒトミは無言で、香取を見た。



「・・・何で俺を見んだよ」

「別に」


 澄ましてキャラメルマキアートを飲むヒトミ。あたしはついに机に突っ伏す。

 あたしの左隣にいる唯が、彼女の正面にいる香取に言った。


「真琴の疑問に答えられるの、香取くんだけじゃない?」

「男だし」


 ヒトミはそう言うと、彼女の左隣にいる香取に身を乗り出して、からかいの眼差しで言った。


「今でも、噂の従妹ちゃんとキス、してるの?」

「してねーよっ、つか、何でんなことお前が知ってんだよ」

「え? 誰か知らない人でもいるの?」

「いない」


 唯が真顔で首を振る。香取が悔しそうに舌打ちをした。ジロッとあたしを睨む。

 あたしのせいだ、って言いたいんだろうけど、構っていられないの、今。


 ヒトミは容赦なく、口の端を上げながら香取に迫る。


「何で彼女との付き合い、やめちゃったのさ?」

「・・・・テメーと仲良く、打ち明け話なんてするか」

「ふーん。真琴のせい?」


 彼女は小声で囁くけど、聞こえてるから。香取とはるなちゃんが別れたの、なんであたしのせいなのよ。

 ・・・・多分、あたしのせいなんだろうけど。わかってるけど。色々大変だからでしょ?

 でもあたし、頼んだ覚え、ないし。


 だから机に突っ伏したまま、あたしは顔を上げなかった。



「なんなら、協力してあげてもいいけど?」

「・・・・何か企んでいます、って目をして言うな。お前、自分が楽しみたいだけだろ?」

「チッ。ケチ」

「あぁ?」



 ヒトミと香取のヒソヒソ話。仲、いいなー、この二人。ヒトミが香取で遊んでいるだけかもしれないけど、気が合いそう。


 その時、唯の携帯が鳴った。


「あ、親からだ。ちょっとごめん」


 唯が席を外すから、顔を上げて手を振る。

 そうしたら、あたしの向かいに座っていたヒトミも立ちあがった。


「どこ行くの?」

「トイレ」


 ヒトミの後姿を見送る。

 ・・・かっこいいんだよね、彼女。美しい、というか。男子用制服が本当によく似合っていて、あの子、どっちのトイレに行くんだろう? ちゃんと男用に入るのかな。


 かったるくって、もう一回溜息をついた。

 だって昨夜は、結局1時間も寝れなかった。勉強だってはかどらなかった。


 香取が、腕を組んであたしを見た。なんだか不機嫌そう。



「そんな盛大に溜息つくか」

「幸せたっぷり逃げてますー」

「・・・・なんかあったか?」

「・・・・キスした」


 

 何で彼に言ったのか、わからない。発作的に言ってしまった。

 一番言いたくない相手だと思っていたのに。・・・・一番、知られたくない相手? 疲れている時に、余計な嫌味やからかいは聞きたくないもん。


 なのに何で。


 

「・・・・ふーん」

 

 あっさりした返事。感情が籠もっていない。

 表情までは知らない。だって顔を見てないから。

 でも予想に反して突っ込まれなかったので、あたしはつい、ポロっと続けてしまった。



「ファーストキスだった」

「ふーん」

「すごい大人のキスだった」

「へー」

「でもあの人、彼女いるんだよね」

「・・・そうか」



 彼の、感情の籠もらない相槌は続く。あたしは昨夜の事を思い出していた。


 キスしている時はすごい嬉しかったし、結構頑張っちゃったんだけど。終わったら、切ないというか、虚しいというか・・・・



「あんたがはるなちゃんにやっていた事って、やっぱサイテー」

「・・・・もう、しねぇよ」



 その時の返事だけ、低くて、とても不機嫌そうなものだった。散々みんなにいじられちゃっている件だものね、あたしのせいで。


 よっちゃん。


 あたし、あの人が好きなんだけど。あの人が抱えているもの、知りたいし。悲しい事、少しでも減らしてあげたいし。あの人の笑顔、好きだし。心があったかくなるし。彼女とキスしているのを見たら、やっぱ胸がグッとなったし・・・・だけど



「・・・だけど、・・・涙が出ない・・・」

「は?」

「ううん」

「やめろ」

「え?」

「時間の無駄」



 急に言われて、あたしは何の事だか分からなかった。顔を上げて香取を見る。

 彼は腕を組んで、椅子に深く腰掛け長い脚を通路に投げ出し、とても態度悪く座っていた。

 

 そしてあたしを睨んでいた。女の子みたいなパッチリお目目を、鋭く吊り上げていた。

 見慣れてる表情ではあるんだけど・・・・。



「何が?」

「そうやってウダウダ考える事。時間の無駄だろ。答えの出る話か?」


「・・・・答えって・・・」


「女ってのは解決策の無い事をグダグダと、かと思えば単純な話をゴチャゴチャと考えて」


「-・・・あたしの時間をどう使おうと、あたしの勝手じゃない?」


「じゃあ人目の触れない所でやれよ。いかにも構ってくれって、周りを巻き込むなよ。すっげムカつく」


「は? 何それ」


 いきなり感情をぶつけられたあたしはびっくりして、そしてかなり気分を害した。

 つまりこっちも、すごくムカついたって事。

 香取は機嫌の悪さを顔に丸出しにして、顔を背けている。


「・・・・帰る」



 あたしは床に置いてあった鞄を持って、立ちあがった。

 香取はチッと舌打ちをすると、座ったまま、あたしの顔を見ずに、あたしの腕をグイっと掴んだ。


「一人で帰す訳にはいかねぇだろ」


 あたしはカッときて、胸の中からは怒りと言うよりもイラつきが込み上げて来た。

 それでも冷静を保とうと努力しながら、香取を思いっきり睨むと、低い声で言った。


「じゃあ、なんでいきなりキレんのよ。友達だと思って話しただけじゃない」


「・・・だから意見言ってやったろ。それをお前が、自分の勝手だ、みたいに拒否ったんじゃねぇか」



 香取も美少年な顔を歪ませながら、あたしとは全然違う方向を睨んで言う。それでも掴んだ腕は離さない。

 あたしは益々頭に来てしまった。

 


「『言ってやった』?『拒否った』? その態度、偉そうにどこまで自己中の俺様なの?」


「自己中か? 散々お前に合わせてやってんだろ?」


「『合わせてやってる』? 世話してやってるって事? だからあたしをバカにしてもいいって? 冗談でしょ、そんなのお断りよ」


「どこがバカにしてんだよっ」

「してるじゃないっ。一方的に怒りだして、上から目線で批判してるじゃないっ」


「何だよ、俺は自分が思った事も言えねーのかよっ。イチイチ突っかかって来るのはそっちだろっ」

「そっちが先にキレたからじゃないっ」

「お前だってキレてんじゃねーかっ」



 もう、お互いがお互いの事しか見えていない状況。

 そこに横から、冷静な声が入った。


「ちょっとお二人さん」



 ハッとして二人して振り返ると、そこにはヒトミと唯が立っていた。

 ヒトミは冷めた目つきで、唯は心配そうな表情で、そして後ろのお客様達はビビり半分、興味半分で、

 あたし達を見ていた。



「面白いけど、流石にここじゃぁ、マズいんじゃない? 迷惑の代名詞だよ?」

「あんな事、こんな所でやらないでよ?」

「あんな事って?」


 ヒトミがきょとん、と唯を見下ろす。

 唯は背伸びをして、手を口に添えてヒトミに耳打ちをした。聞かなくっても分かる、あたしが初日に香取をぶん殴った件だ。

 ヒトミは少し眼を見開き、そして彼女を見ると、今度はあたし達を見て、面白そうにヒュウっと口笛を鳴らした。


「やるね。見たかった」

「帰るっ」



 あたしは怒りに任せて、鞄を振り回す様に勢いよく踵を返した。

 2,3歩歩いた所で、後ろから唯に声をかけられた。


「ちょっと! 真琴、なんか落としたよっ」


 反射的に振り向いてしまい、未だ怒り途中の香取と目が合って更に頭に来たんだけど、床に落ちているものを見て気が反れた。


 それは、真っ青な色をした、手の平よりちょっと大きいくらいの、重そうな置物だった。

 何だか、動物の形をしているっぽい。



「・・・・何それ?」

「何それ、って、真琴の鞄から落ちたよ?」

「あたしの? 知らないよ?」

「え? でもさっき、真琴の鞄から・・・」

「鞄、開いてるよ」


 ヒトミに指を指されて、みると確かにあたしの鞄が開いている。

 と言う事は、やっぱりコレは、あたしの鞄から落ちたものなのだろう。

 あたしは近寄って、それを拾った。

 

 それは真っ青な、石で出来ている様な物だった。石の彫り物? 動物の形に見えたのは、なんだか肉食動物の様な鋭い目つきをした4本足の生き物で、だけど背中から羽が生えている。


 ヒトミが覗きこんで、あたしに言った。


「何、これ?」

「・・・・えー・・・・?」


 そんな事、あたしに聞かれても・・・・。


「土産物?」

「って真琴が聞くの? 何で土産物? 誰から?」

「さあ。さっぱり。それっぽいから? 誰かの、間違えて鞄に入れちゃったのかなぁ?」

「明日、学校で聞いてみれば?」


 ヒトミに言われて、成程、その通り。

 そうしよう、と思って軽い気持ちで鞄に放り込もうとしたら、唯が口を開いた。


「これ、グリフィンって言うんだよね」

「へ? そうなの?」

「うん。ほら、よく映画とか、マンガとかで出てるじゃない?」


 そうなんだ?

 あたしが感心して眺めまわすと、ヒトミが唯に言った。


「ふーん。唯ちゃん、漫画なんて読むんだ?」

「あ、うん、時々ね」


 唯がちょっと照れたように言って、そうか、唯も漫画なんて読むんだ、なんて・・・・



「・・・・・うぁーっ!」



 あたしは思わず、ものすごく大きい声で叫んでしまった。

 そして再び、店内のお客さんの注目を浴びてしまった。ただし今度は好奇心の目ではなく、「うるせぇな、静かにしろよ」的な視線だったけど。



 だけどあたし、すっごい事を思い当たってしまったっ!!



 ヒトミが眉根を寄せる。


「何?」


「グリフィン? グリフィン? これがグリフィン? 別名、獅子鷲ってやつ?」


「さ、さあ? 別名までは・・・でも、多分」



 あたしの興奮っぷりに、唯は少し後ずさった。

 そしておずおずと、控えめに説明してくれた。


「ライオンに、鷲の翼が生えているものでしょ? 中世の、想像上の動物じゃない? ユニコーンみたいな」



「・・・・どうしたの、真琴?」


 ヒトミが、斜めの角度からあたしの顔を覗き込む。訝しげな表情をしている。

 あたしは、口をパクパクとさせた。



 グリフィンって、あの時、女のイットがよっちゃんに話していた、アレだ!

 うちの学校にある、って噂の、魔法アイテムだっ。パワーアップアイテムだっ。

 あの、持ってると念力が使えるだか、怪我が治るだか、なんかそんな事を言っていた、

 いかにもウソっぽい作り話に聞こえた、アレだっ!!



 あたしは、ゾクっとした。背筋が寒くなった。


 だって誰が、これをあたしの鞄に入れたの?


 あたしの身近な所にいる、誰かだ。・・・それしかいないじゃない。

 ・・・信じられない!



 よっちゃんが、後ろから彼女を斬り殺すビジョンを、思いだした。


 あたし、またアレを経験しなくちゃいけないの・・・・?



 ゴクっと生唾を飲み込んだ。寒いし、足が震える。

 でもとにかく今は、自分の身を守らないといけない。

 あたしは、見えない誰かに狙われている。村本イット以外の誰かに。

 学校内の、誰かに・・・!




「・・・・あ、あたし、やっぱ帰った方がいいみたい・・・・」

「・・・・・」

「あ、あのさ。ヒトミは唯を、送ってくれる・・・?」


 だって、唯は四六時中一緒にいる、あたしの親友。しかも今、この場に立ち会ってしまった。

 

 何かあったら、大変な事になる。



「わかった。じゃ、後でね」


 ヒトミは理由も聞かずに頷いた。そして唯の肩に手を回した。

 唯は訳の分からない顔をしながら、不安そうにあたしをみている。

 ヒトミがニコッと微笑むと、彼女を連れ出して行った。




 呆然とするあたし。

 ふっと香取と目があった。真顔だ。

 途端に、ついさっきの大喧嘩を思い出した。


 ヤバい。気まずい。

 ・・・・だけど、あたし今、一人で帰るのは危険だ・・・・。



「・・・・・あの・・・・」



 本当に、情けなくなった。

 あたしこそ、自分の意見なんてエラソーに言える立場じゃないんだ。こんなに人に頼らなくては、今は生きて行けない。



「連れて帰ればいいんだろ?」

 


 香取はむすっとしながら、それでも当り前の様に言った。 

 ・・・・やっぱそう言われてるんだ・・・・。


 あたしは恥ずかしさと悔しさと、僅かな申し訳無さとで、顔が上げられなくなった。



「ん・・・・」

「じゃ帰るぞ」



 踵を返すと、後ろも振り返らずにスタスタと歩いて行く。

 あたしは一瞬間を置いてしまい、慌てて後を追いかけた。


 でもその後ろ姿を見ているうちに、さっきの大喧嘩を思い出してしまい、ふつふつと怒りが再燃してきた。


 イラつくムカつくイラつくムカつく、すごく悔しいっ。

 なんでこんなにイラつくんだ、こいつの尊大な態度も最悪な言動も、今に始まった事じゃないのにっ。

 なんでこんなに頭に来るのよっ。



 あたし達は微妙な距離を取りながら、話す事無く歩く。

 あれ? あたし今、なんだか胸の中が切なくなるような事を考えていたんだよな。何だっけ? なんか憂鬱な事を考えていたハズ。ほら、喧嘩する前・・・・グリフィンが飛び出てくる前・・・・・あ、あれだ。キスだ。


 

 自分で唖然としてしまった。ポカンと口が開く。あんな大事が飛ぶなんて。

 香取の事、ムカつきすぎて忘れてたじゃん、一瞬。

 それとも、グリフィンがあった事がショックすぎて?



 ・・・・あたしって、何?



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