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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第四章 彼らの事情
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Kiss

 あれから一週間近く、よっちゃんとは顔を合わせなかった。

 避けていた訳では無く、彼が家にいないの。多分。

 必死で、「沙希」を捜しているのだろうな、と思った。

 彼女は、誰かに雇われているイットであるらしい。そしてその誰かは、水島さん達を雇っている組織と同じくらい、権力を持っているらしい。

 彼女はその権力の下、趣味と仕事を兼ねてなのか、やりたい放題であるらしい。


 ・・・・やりたい放題、って、どういう状態なのだろう。うっ、知るのが怖い気がするわ・・・・。



 こんなに身の周りが落ち着かないって言うのに、学校ではテストがやってくる。

 あたしはテスト勉強で、毎晩2,3時まで起きていた。


 そんな、ある晩。



 喉が渇いて、小腹が減った。なんかつるっとしたものが食べたい。

 コンビニに行きたいな、と思った。昔なら行ってる。真夜中でも、脚力に自信があったから。

 でも今それをしたら、怒られるよな。かといって、他人の冷蔵庫は漁りたくないわ・・・。


 葛藤をしながら部屋を出て階段を下りる。

 広いプライベートリビングの前を通る時、ふと、人影に気付いた。


 

 夜中の1時をまわっているから、部屋の電気はついていない。

 今にも雨が降りそうでじめじめとして、空には星一つ、無い。


 そんな暗闇の中、開け放たれたテラスの先に、


 よっちゃんが、腰を降ろしていた。

 空を見上げている。



 あ、久しぶりだ。

 そう思って、ちょっと胸が躍ってしまった。

 でもこの人、何を見ているんだろう。空、真っ暗だよ?



 声をかけようか、しばらく迷った。

 でも、やっぱり誘惑(?)には勝てない。だって一人で座っているんだよ? 誰にも邪魔されずにお話出来る、チャンスじゃん。



「よっちゃん」


 なるべく明るく、けれど夜中なので小さな声で呼んだ。

 よっちゃんは振り返って、少し驚いた顔をした。


「・・・・まこちゃん」

「何しているんですか?」


 微笑みながら、あたしは彼に近づく。

 よっちゃんはあたしを見て、眩しそうに目を細め、優しい笑顔を見せてくれた。


「・・・・んー・・・何だろ?」

「当ててみましょうか?」


 あたしは彼の隣に立った。よっちゃんは、座ってあたしを見上げている。

 

「願掛けでしょ」

「願掛け?」

「そ。あーした天気に、なーあれ、って」


 あたしは空を指さして、クスクス笑った。


「月も出ていない空をじっと眺めているなんて、それしかないでしょ?」


「・・・・そっかぁ。ここのところ、雨続きだもんなぁ」

「朝早くは降っていない事が多いですよ? 誰かさんが不規則な生活をしているから気付かないだけで」

「ちょっと副業に力を入れ過ぎちゃって」


「日本刀の方?」

「服の方・・・と言いたいけれど、そっちは今週行けていないなぁ」


 

 彼は再び、後ろ手をついて体ごと、真っ暗な空を見上げた。



「梅雨は気が滅入るよね」


 

 優しく微笑んでいるハズなのに、疲れが滲み出ているせいか、見ていて何だか切ない。

 あたしはドキドキしながらも、目の前の彼が急に子供の様に頼りなく見えて、


 

 抱きしめてあげたらどうなるだろう、



 と思ってしまった。



 自分に、こんな母性本能があるなんて、ビックリ。



「でも空って、曇っていても、雨が降っていても、その上はいっつも晴れているんですよ」


 白々しいくらいに明るい声で言うと、よっちゃんはキョトン、とした顔であたしを見上げた。

 その可愛らしい表情に、あたしはますますヤラれてしまう。



「どんなに雲で覆われていても、その上はいつも太陽が照らしている。人間ってそれを頭では知っていても、毎日の生活の中では忘れちゃうんですって」


 

 ほんと、まん丸お目々、という形容がぴったりの驚きよう。笑っちゃう。



「なんてコレ、うちのお父さんの受け売りですけど。お父さん、若い頃登山が趣味だったんです。それで、富士山を登って感動した話をする時、必ず言うのが今の話」


「・・・そうか」



 徐々に瞳が細められ、彼は再び笑顔を見せると、下を向いてボソッと言った。


「俺の役に立たないこの能力ちから、せめて雲を晴らすだけのモノを持っていればよかったのにな」



 彼は「流石に空までは届かねぇな」と言って、小さく笑っている。


 あたしは苦しくなって、思わず眉根を寄せてしまった。

 そんなあたしを見た彼は、少し苦笑するとゆっくりと立ちあがった。

 そして正面を向いた。



 

 すると、目の前がふわっと白くなった。

 あたしはビックリして目を凝らした。だって気のせいかと思ったんだもん。

 よく見ると、それは小さな白い花びら達だった。庭一面に咲いていた、雛菊の様な小さな花達の花びらが沢山、ふわふわと中に浮いている。



 「・・・・きれい・・・」


 あたしが思わず呟くと、その花びら達がまるで花吹雪の様に、綺麗に弧を描いて回り始めた。そう、まるで新体操のリボンの様に。



 「家主に怒られそうだけどな。綺麗に咲いている花を台無しにするんだから。・・・・けどよくこうやって、小さい頃に智哉と遊んだよ」



 よっちゃんは正面を向いたまま、穏やかに笑う。

「沙希も、好きだった」


 



 こんな時、経験未熟な小娘は、どうすればいいか分からない。


 気の利いた大人なら、どうやって彼の心を救えるんだろう?




「雲、晴らせますよ」



 あたしは、話題を自分ネタに戻した。よっちゃんの元カノの名前を無視して。

 だって自分の土俵に戻らないと、あたし、何にも出来ないんだもん。

 


 彼を励ますには、あんまりにも自分の引き出しが、足りないんだもん。



「皆、誰かの雲を晴らせますよ。そういう気持ちを持っていれば、絶対。あたし達って、そうやってお互い頑張って生きて行けばいいと思う。そうすればきっと、お互いがお互いの太陽になれるんだと思う」



 一生懸命言って、頭の中で作った咄嗟の理屈を口にして、

 気付くと、目の前の人は、本当に穏やかに、あたしを見て微笑んでいた。


 ・・・うっ、「しょうがないな」って感じなのかしら?



「・・・・・って、クサ過ぎますね」

「お互い、照らし合って?」

「しかも、眩しすぎますね」


 

 今頃、自分が言った事に恥ずかしさが襲ってきた。ああっ、あたしってば、カッコ悪いっ。

 もっと大人な事を言わなきゃっ。もっと、十代が粋がってますなんて思われない様な、落ち着いた大人な台詞をっ。



 よっちゃんは手を伸ばして、あたしの頭をポンポン、と撫でた。


「いい子だね。確かに君は、太陽になれる」

「最近は地球温暖化ですからね、太陽って言っても中々それもウザイですよね」


 違う違う、そうじゃなくってっ。


「大丈夫。あったかいから」

 

 

 頭を撫でていた手が、そのまま置かれる。頭の上で静止する。

 見上げると、また切なそうな顔をしている。


 ドキン、とする。


「・・・・寒いの?」


 すると彼はあたしから手を離し、庭を向いて、自嘲気味に苦笑した。



「俺に出来る事と言ったら、生きている花を惨めな姿にする事ぐらい」

「でも綺麗だし! それにおしべとめしべは残しているし!」


 ああ、だから違う違う違うっっ、そうじゃないんだってば、あたしの口っっ!



 よっちゃんは度肝を抜かれた様に唖然として、あたしをしばらく見つめた後、慌てて口を片手で押えたんだけど、明らかにその口から「ぶっ」と噴き出した音が漏れていた。



「・・・・・最っ高・・・・」



 一生懸命笑いを噛み殺そうとしているんだけど、いや多分それを諦めて、声を出さずに笑おうとしているんだろうけど、

 もう、肩を震わせて体全体で笑っているし、多分この人、窒息しそう。息継ぎ出来なくて。



 やっと顔をあげた彼は、笑い過ぎて目じりに涙が溜まっていた。



 あたしは膨れて彼を見る。そこまで笑うかね? 大人の楽しさ、あたしにはわかんないわっ。


 彼はやっと笑いを納めながら、とても優しい瞳で、あたしを見つめた。


 

 優しくて、すごく綺麗な瞳。綺麗な睫毛。

 目が、反らせない。



 彼の右手が、そっとあたしの頬に触れた。あたしはとんでもなくドキドキしていた。

 心臓が口から飛び出るって表現が、ピッタリなくらい。


 柔らかそうな前髪の下から見える綺麗な瞳は、優しくて、悲しげで、温かくて、

 そしてあたしに今まで見せた事の無い、大人の色っぽさを出していた。

 それが、更にあたしの顔を熱くする。ど、どうしよう。



 いつの間にか、彼の顔から笑いが消えた。両手で頬を包まれる。

 真剣な表情。こんな真顔も、初めて見た。ものすごい引力がある。あたしの視線が、絡め取られて、引き寄せられる。


 彼の後ろで、白い花びらが鮮やかに舞っている。まるで映画の様だ。



 徐々に、彼の顔が近づいてくる。その顔がゆっくりと傾く。

 あたしはそれを、瞬き一つせずに見つめていた。

 鼻と鼻が触れるくらいの距離まで来て、彼が低く囁いた。



「逃げないの?」

「・・・・」


 

 どうやって?


 無理。逃げられる訳が無い。

 

 ヤバい。この人が、こんなに甘いなんて。



「もう、遅いよ」



 彼の口角が、僅かに上がった。


 

 ゆっくりとそっと、あたしの唇に彼の唇が触れた。柔らかく、そっと。

 そして一瞬で離れた。

 あたしはビックリして彼を見た。

 すると彼はニコッと、とても爽やかに可愛く笑った。アイドルスマイルってヤツ?


 あたしが呆気に取られていると、また軽く、唇に触れた。さっきよりは少し長く。そして離れる。

 ニコッと笑って、もう一度口づける。次は、上と下の唇を同時にまれた。ゆっくりと、離れる。


 再びあたしを見て微笑むけど、その眼差しはさっきよりずっと、深くて暗くて、そして誘う様なものだった。



 鼓動が、大きく跳び上がる。



「ごめん。やっぱ止められねぇ」



 次の瞬間、あたしは強く抱きしめられて、右手で顎を摘まれ上を向かされ、その上から覆いかぶさるようにキスをされた。

 それは先程までのキスとは打って変わって、とても激しいものだった。

 彼の舌が、あたしの口内を掻き回す。舌を絡め取られる。上の唇を食まれたかと思うと、下の唇を含まれる。

 あたしが今まで経験した事の無い、動きをする。それだけでもう、立っていられなくなる。

 目眩がする。力が抜ける。体の中を何かが貫く様な感覚がある。



 あたしは、彼の服の脇を掴むのが精いっぱいだった。

 彼は角度を変え、何度も何度も、深く深く口づけてきた。




 どれくらいそうしていたのか、わからない。

 あたしはファーストキスなのに、自分でも驚くくらいしっかりと彼に応えてしまっていた。

 つまりその、可愛く、されるがまま、って感じじゃなくて・・・・。



 唇が離れた時には、あたしの頭は朦朧としていた。

 ヤバ。遊んでいる女だとか思われたらどうしよう? あ、でもいかにも「初めてです」って感じも重いのかしら? じゃあ中庸がいいのね、ってこの場合の中庸って何?


 クラクラする頭でおバカな事を一生懸命考えていると、あたしを見つめている彼と目が合った。

 と思った次の瞬間、あたしは再び彼に抱きしめられた。彼の香りに包まれる。


 好きだな、この香り。


 とか頭の片隅で呑気に思っていたら、彼の切なげな声が降ってきた。



「・・・・ごめん。マジで、ごめん」



 あたしは心が一気に冷えて行くのを感じた。




 わかってるよ。あなたがあたしに、罪悪感を感じるだろうって事ぐらい。


 だけど今、このタイミングでそれを言うなんて、ズルイし、ヒドくない?



「・・・・・いいの。大丈夫」



 あたしは思わず苦笑した。

 あたしに謝れちゃう彼に。この状況に。苦笑出来ちゃう自分に。



 確かにあたしは、この人が好きだ。

 だけど。



 ファーストキスって、もっと特別なものかと思っていた。





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