This is my life 4
「真琴はバカですか?」
お夕飯が終わった後、おばあちゃんはソファに座り、いつも通りピンと背筋を伸ばして綺麗に整った顔であたしを見下ろしていった。
いつもはもうちょっと親しみやすいおばあちゃんなんだけど、もうこういう時は容赦無く恐い。というか限りなく冷たい。
対するあたしはおばあちゃんの真正面の床に、正座をさせられている。
「・・・ごめんなさい」
「もう大人も同然なのに、どうして未だにきちんと成長できていないかね?」
「・・・はい」
「もう自分でどうにかしないといけないのに、いつまで周りに迷惑をかけるつもりかね?」
「・・・ごめんなさい」
あぅ、逃げ場がない。どんどん追い詰められるよぉ誰か助けて。
するとそんなあたしの声が聞こえたのか、お母さんが食後のお茶をリビングのガラステーブルに出しながらニコニコと柔らかく言った。
「でもお母さん、真琴もがんばっているのよ? 練習もするし、受験だってあるし」
「だから出来なくて良い理由にはならないでしょう? それに私は、真琴が練習している所は見た事が無いね」
冷たく言い放つおばあちゃんを、お母さんは微笑ましく(?)眺めている。
お母さんはおばあちゃんの実の娘なんだけど、まったく性格を受け継いでいない。
ついでに能力も受け継いでいない。なのに私に来ちゃった、隔世遺伝。
ずるいよね、これって。
「そうか真琴は薫の所に行ったか。久しぶりにやったなぁ。薫は何やってたか? トイレで糞でもしてなかったか?」
お父さんが横から口を挟んだ。さも愉快そう、面白くってしょうがないって顔をしている。というより糞って何よひどすぎる。
お母さんが楽しそうに言った。
「そしたら大変な事になっていたわねぇ」
「ショックでコントロール出来るようになるかもしれないぞ? だけど一生トラウマにもなるかもな」
「なんだよそれっ俺がなるわ、一生のトラウマにっ」
台所の冷蔵庫を開けながらお兄が叫んだ。ええい、この諸悪の根源、チクリキングめっ!!
お父さんとお母さんが可笑しそうに声をあげて笑った。全くこの人達はいつもどこでも楽しそうで何がそんなに嬉しいんだか。
「しょうがないわよ、薫くん。あなたがまこちゃんを溺愛しちゃうから、こういうことになったのよ?」
「んな覚えはねえっ」
うーん、確かに幼少のお兄は、必死になってあたしの世話をしてくれたけど。(そしてやや、ウザかったけど)
だって両親は全く危機感の無い人達だし、お祖母ちゃんはとにかくスパルタだし、お兄は人一倍の心配性だったから。
自分でも認めたくないけど、ヒトミにもブラコンの烙印を押されているし。あーあ。
ちなみにおばあちゃんは、私とほぼ同じレベルの能力を10歳前から完璧に制御出来ていたらしい。
「タイミングが悪かったら、あんたは授業真っ最中の大学の教室内にポンっと現れたんだよ。自分の不注意で。そしたらどうやって言い逃れをするつもりだったんだい?」
「・・・素直に、都市伝説になります」
「ざけんな、お前」
いてっ。お兄にはたかれた。
「俺はあと一年は大学に通わなくちゃなんねーのに、お前が勝手に伝説作った後、どうやって校内をうろつきゃいいんだ?」
「後一年なの?二、三年じゃなくて?」
「ばかっっ真琴っ」
「いい加減におしっ!」
うひゃっ。お祖母ちゃんに容赦なく怒られた。
「真琴は、その転校生とやらに、何をどこまで見られたんだい?」
・・・パンツの柄が、アメリカ国旗だ、という所まで見られました。
でも脇で可愛く踊っている金髪チアまでは見られていません。
なんて絶対言えないよね、お祖母ちゃんとお兄の前じゃ。嵐が来る。
両親の前でも言えないわ。爆笑が来る。
「バク転してフェンスの上に乗っかった所を見られました。けど、特に何も言われませんでした」
「嘘だろ? それ見て何も思わねぇ奴なんているのかよ?」
・・・だからパンツの柄が・・・。
「常識外の事が起きたが故に、深く考えない人種もいるんだよ。しばらく様子見だね」
お祖母ちゃんは軽く溜息をついた。
うん、あたしはやっぱり、アメリカ国旗に救われたと思うな。アレが彼の注意を反らしたんだな。
「真琴。あなたはこれから誰か身内以外と訓練をなさい。少し真剣にしなくてはダメだからね」
おばあちゃんはあたしを睨んで言った。
あたしは再び縮こまって、おずおずと質問した。
「・・・身内以外って? ヒトミって事?」
「ヒトミもその一人だけどね。実はもう、いくつか知り合いにあたっているんだよ。そろそろ本腰を入れないと、手遅れになるだろうから」
そこまで言って、やっと出されたお茶に手を出す。
私は心の中でうんざりした。
だってこういう事って、全く全然興味が無いんだもの。何の役にも立たない能力だし、要は今後、なるべくビクつかない様にして、変な所にテレポしなきゃいいんでしょ? 大体今日だって、ほぼ一年ぶり? いや、9か月ぶり? にうっかりしちゃった事だし、
それに何より、
「・・・だってこれって、ハタチをちょっと超えたらどうせ消えるんでしょ?」
つい、知らず知らずのうちに口を尖がらせて言ってしまった。
あ、ヤバい、真剣味が足りないって怒られるっ
と思って身を縮こませたら、意外な事におばあちゃんはジロッとこちらを睨んだだけで、手にしたお茶をゆっくりと飲んだ。
これは溜めて盛大な小言が来るのかと改めて身構えたら、しばらくして静かな声で、一言だけ言われた。
「お前が喰われなければね」
くわれる? それはどういうイミ?
私は思わず顔をあげておばあちゃんを見上げちゃったけど、おばあちゃんは威厳ある涼しい顔でお茶をすするだけ。ちょっと。
お兄を見たら缶ビールを片手に、訝しげに少し険しい表情でおばあちゃんを見つめていたので、やっぱりお兄も訳が分からないんだと思う。
お父さんとお母さんは相変わらずほのぼのと楽しそうに、こっちが寒くなるくらい仲良くしていた。
「という事なのよ、ヒトミさん」
その日の夜、あたしとヒトミは携帯で話していた。あ、ヒトミの予言(?)通りだわ。
彼女の楽しそうな声が聞こえてくる。
「へえ。じゃあ、正式に恵美子さんから夕飯でもご招待されるのかな?」
「かもね。そのうちお祖母ちゃんから連絡が行くかも」
「楽しみだな。でも訓練って、何をどうやるの?」
「知らないよぉ。だってそもそも、他人が手伝える事でもないでしょ?」
「・・・そこまでわかってて、何故こういう事態になる?」
一転、冷たく言い放たれた。
あ、居心地悪ーい、笑って誤魔化しましょう。
「不思議だよね?」
そう言うと、今度は呆れられた。
「かったるかったんだな。つまんなくってサボってたってトコか」
「その通り!」
「じゃあ私は、単なるお目付け役? そんなのハッキリ言って、薫一人で充分でしょ? むしろ薫以上の適任はいないでしょう?」
「その通り!」
「・・・あーあ、わかりましたよ、好きにして。どうせ恵美子さんには敵わないもの」
「その通り!」
「・・・ウチくるかい?」
急に聞こえてくる、甘くて低い声。
「そのと・・・ちょっと、何、その展開?」
「何だ、引っかかんないじゃん」
つまんなさそうに彼女が言った。おかしいでしょって。
「ヒトミ、昼間の後始末、どうつけてくれんのよ?」
「何を今更。ほっとけば?」
「そうするけど。と言うより、それしか出来ないけど」
「お疲れさん」
軽く笑っている彼女の声を聞いて、あたしは呆れた。
この子、いつからこんなになっちゃったんだろう? 少なくとも小学生の頃は普通の女の子だった気がする。・・・いや、普通じゃない、かなりの美少女だった。
ヒトミの学校は女の子でも、制服をスカートでなくパンツに出来る。だから彼女が中学に上がって以来、スカート姿を見た事が無い。
「・・・へんなコ。女子高でもないのに。バレンタインはチョコ、いくつ貰ったの?」
「知らない。数えていない」
「本気なコも結構いるんでしょ?」
「さあ? 本気になられてもこっちも困るね」
「困っちゃえ。ヒトミ自身にも原因があるのよ」
あんたがあの調子で所構わず色気を振りまいていたら、男女問わず、アブナイ道に入る子羊続出よ。
あたしまで道を踏み外したらどうするつもりよ、お願いだから責任だけは取らないで、更に恐ろしい事になる気がするから。
「ふふ。じゃ今度、薫と一緒にウチおいでよ。訓練とやらに付き合ってあげるよ」
付属の人間は暇だから、こうやって受験生を気軽に誘う。
ユルイながらも、A判定ながらも、一応毎日勉強はやっているあたしは、やっぱり色々と面倒臭くなってきた。
訓練とか、受験とか、将来とか、とかとかとか。
「なぜお兄も一緒?」
「私一人じゃ無理。真琴には甘くなるもの」
「じゃ、受験代わって」
「何くれる?」
スーパー頭のいいヒトミなら、きっとあたしの志望大も難なく合格しちゃうだろう。
でもそれは流石に頼めない、と思うのは、
受験は真面目に頑張っての実力勝負だからとか、替え玉受験なんて成功出来ないわよとかいう理由じゃなくて、
ヒトミにでっかい借りを作ったら、後が滅茶苦茶恐ろしい。ただ、それだけ。
「・・・ううん、やっぱ自分でやる」
「そう?」
彼女は最後までクスクスと笑っていた。