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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第四章 彼らの事情
39/67

At the party

 金持ちって言うのは、本当に電話一本で何でも済ませるらしい。

 水島智哉が手配したドレスは、どれもこれも、ハッキリ言ってあたしに抜群に似合っていた。

 あたしはその中で、水色で裾がバルーンのワンピースを、着せられた。

 そう、あたしが選んだんじゃないの。これ、この人に着せられたの。



「あんた、タッパあるからね。いわゆるモデル体型だし、和服より洋服タイプだよな。ま、胸が無いのが男としては物足りないけど」


 黒いベンツの後部座席で、高級そうなスーツを着た水島さんが、珍しく満足そうに言う。

 隣であたしはむくれ顔になった。着せ替え人形なんて、趣味じゃない。


「・・・その口うるさい。そもそもあなたを満足させる筋合い、無いし」

「7,8頭身でハッキリした目鼻立ち、ってサイの特徴なんだよ」

「無視かい」

「イットにも抜群の体型と整った顔立ちが多いって、知ってた?」


 

 あたしの様子なんか気にもせず、水島さんは饒舌に話を続ける。なんなのよ、もう。

 横目で彼を見たら、目が合った。



「そ。僕ら、似てるらしいよ。辿ればご先祖様が、同じかも」

「人間、もとはみんなサル。みんなおんなじ」

「・・・・僕らが、人間だと思うの?」



 意味ありげな視線を、あたしに向ける。

 あたしは全く深く考えずに、正面を向いて言い切った。


「卵産まないし、二足歩行だし、地球に住んでて言葉を喋って火を取り扱う身内がいれば、人間でしょ」

「・・・・ウザ」

「あなた様ほどでは」



 すまして応えると、しばしの沈黙が訪れた。

 隣を見たら、彼は声を押し殺して、俯いて・・・笑っていた。


「何で笑うの?」

「別に」


 

 珍しい。この人もこんなに笑う事があるんだ。

 呆気に取られていると、彼はまだ笑いを収めきれていない表情で、あたしを見て言った。

 

「打たれれば打たれる程強くなる、雑草みたいな子だね」



 ・・・・雑草と言われて、喜ぶ女の子なんて、いない。だからこれは多分、バカにされている。

 だけど、あたしの頬を包む彼の左手と、その頬の上を優しく撫でる彼の親指は、一体何なんだろう?

 

 あたしは驚いて、黙ったまま、彼を見つめた。

 彼の眼差しは、驚くほどに、優しい。


 ああ、これはサイコメトリーだ。あたしは今、心を読まれているんだ。そう思う事にしよう。うん、納得。


 心地の良い、彼の掌を頬に感じながら、あたしはされるがままだった。


 ・・・・でも何でメトられてるの? わからん。



「それを言うなら、踏まれれば踏まれる程、でしょ」


 彼を見つめたまま、あたしは真顔で言った。だってどういう表情をすればいいのか、わかんないんだもん。



「理屈っぽいヤツ」


 彼は手を引っ込めると、面白そうにクッと笑った。







 どれくらい放っておかれたのだろう。

 心地よいソファの上で居心地の悪い時間を過ごしていると、やっと水島さんが戻ってきた。

 シャンパン片手に。飄々と。

 この人・・・・。


「大丈夫?」

「全然」


 嫌味を込めて即答してやった。

 こんな「18歳未満お断り」みたいな大人の社交場(エッチな意味では無い)で、小娘が一人残されて1時間、平気なワケないでしょっ。なにが「大丈夫?」よ、白々しいっ。


 みんなおじさん達で、すごく馴れた雰囲気で和やかに忙しく、談笑、なんかしちゃってるのよ?

 そんで時々こっちを見て、怪訝そうな顔か邪魔そうな顔か、バカにした様な顔をするんだからぁ。



「だろうね。こっち」

「・・・・・」

 

 なのに彼はあたしの嫌味なんか痒くもない様子で、あたしを別の場所へと促した。

 そこは、先ほどのおじさん達ばかりのビジネスっぽい部屋では無く、艶やかな女性が多く、明るくて華やかな空間だった。

 うぃー、助かったー。あんな男性ばかりのビジネスの社交場、場違いもいいトコだったもの。


 あたしは彼を見上げて言った。



「ねぇ、水島さん。あたしバカだから今頃気付いたんだけど」

「何?」

「ここにあたしを連れてきたのは、よっちゃんが口実でも何でも無くて、単に自分が仕事をしたいだけなんじゃない?」

「当然でしょ。えっ?」



 彼は驚いたように目を見開いて、あたしを見下ろした。


「今更?」


 むぅ。


「・・・だからバカだっつったじゃん」

「最初に言ったでしょ、俺。他の女を連れてくるのが面倒臭いって」


 彼は綺麗な瞳を見開いて、一人称が「俺」に変わる程驚いてる(?)


 そしてしばらくあたしを眺め、やがてその驚きの表情を収めると、少し意地悪く笑った。



「何? 僕に相手して欲しい?」

「全然違う。あたしはここで何をしていればいいのか教えて欲しい」

「好きな事をしていれば? 例えば義希をストーカーするとか」

「殺す。いつか刺す」

「冗談だよ。普通にしていればいいだろ」

「その普通がわからない」


 あたしは庶民の高校3年生よ? 大使館パーティの普通なんて知るかっ。



「じゃあ、そこで壁の花になっててごらんよ。スケベなオヤジが寄ってくるかも知れないぜ?」

「じゃあ、の後のその提案、ちっとも解決策になってなくて喧嘩を売られているとしか思えない」

「まあまあ。その寄ってきた奴がイットかどうか見分ける、てのはどう?」

「・・・・・」



 あたしは無言で彼を睨んだ。

 彼は相変わらず、意地悪な天使の頬笑み、をしている。



「新谷のお墨付きだろ? 試してみようぜ? 本当にイットに君の事が、バレないかどうか」

「ばれたらどうするの?」

「そりゃあ、いつものパターンでしょ? 誘って煽って、喰われる寸前で、狩る」

「・・・・・」

「これも冗談だよ。こっちでマークするの。相手世界の主要人物は、すこしでも多く押さえておくに限るだろ」



 あたしは視線を彼から反らすと、パーティで賑わっている大人達を眺めた。



「・・・・本当に、この中にいるのかなぁ」

「さあね。それを調べる為に来たんだけど、今日は不作かも」

「ああ、握手」


 お父さんの代理なのか知らないけど、水島さんが偉そうな人達と沢山、握手しまくっていたのを思い出した。ああやって、相手の心を読んでいたんだ。


 あたしはクンクン、と部屋の空気を嗅いでみた。



「あたしは何にも匂わないけど」

「そりゃあ、上流階級の奴らは年季も入っているから。気配を消すのだって上手いの」

「人間を襲う人とは限らないじゃん」


 

 すると彼は、綺麗過ぎる整った瞳で、あたしを見た。


「君はイット共存派?」


 ・・・なあに、それ?


「・・・・よくわかんないけど、そんな単純な話? 何でも一括ひとくくりにするのは、無理があると思う。人間にだって悪人は沢山いるし、イットにも・・・いい人はいるかもしれない」


 そういいながらあたしの頭をかすめたのは、もちろん・・・


「新谷みたいな?」

「・・・・・」


 水島さんに先を読まれて、あたしは黙り込む。また、子供は何もわかってない、って言われるのかと思った。

 世界はそんな綺麗事じゃない、とか、新谷の事を何も知らないね、とか。


 だけど彼は、真顔であたしを見つめ続ける。

 

「・・・・何よ?」


 その、作り物みたいに凄まじい美人顔に見つめられると、居心地が悪くなるんだってば。


「・・・・いや」


 彼は尚もしばらくあたしを見つめた後、顔を反らして、ボソッと呟いた。



「育成ゲームにハマる奴の気持ち、わかった様な気がする・・・」

「何?」

「あ、よっちゃん」



 水島さんが急に声をあげる。

 彼につられて、顔をあげた方向を見ると、そこはテラスから庭へと続いている場所だった。


 ・・・・いる。よっちゃん。

 むぅ。やっぱかっこいい。

 隣の彼女も、完璧すぎる。

 


 あたしの頭上で、水島さんが微かに笑う気配がした。


「僕がよっちゃんの彼女の面倒、ちょっと見ててやるよ」


「え?」

「行きたいんでしょ? ほら」



 軽く背中を押される。

 あたしは、そんな事を言い出す水島さんが信じられなくて、彼を振り返った。


 するとあたしの目の前で、水島さんが大きく目を見開いた。

 あたしの背後にあるものを見ている。


「ちょっと待て」


 鋭い言葉と共にグイっと腕を引っ張られた。あたしはバランスを崩す。うぉっと。

 行けと言ったり待てと言ったり、何なのよっ。



 文句を言おうと顔を上げたら、彼はあたしの頭越しに、前方を凝視していた。



「・・・・サキ・・・?」



 その尋常で無い様子に、あたしも咄嗟に後ろを振り返る。

 でもそこには大勢の人がいて、彼が、一体誰の事を言っているのかわからない。



「・・・ウソだろ? なんであいつがここにいるんだよ・・・・」



 水島さんは、まるでうわ言のように呟いている。

 あたしはそんな彼を見上げて、凄く不安になった。

 な、何? どうしたの?


 すると彼が、弾かれた様に全身をこわばらせた。


「マズイ、あいつっ・・・・」



 彼の視線を追って、再び後ろを振り返る。

 そこには、水島さんと同じ表情で立ちつくしている、よっちゃんがいた。


 よっちゃんの視線の先を辿り、あたしはやっとその人を見つけた。

 見つけた途端、今度は視線を外せなくなった。


 

 彼女は、ものすごく美しい女性だった。

 赤いマーメイドドレス。背中が大きく開いている。豊かな黒髪を、緩やかにまとめあげている。

 くっきりした目鼻立ちに、見事なまでの八頭身。

 体全体から、女性の色気と、柔らかさと冷たさが醸し出されている。


 こんなに綺麗な人、なんで今まで気付かなかったのだろう?



 そんな女性が、少し驚いたように、よっちゃんを見つめていた。


 

 そして次に、艶やかに微笑んだ。

 次の瞬間、庭の暗闇に、彼女は身を翻した。

 


「え?」


 

 ビックリした。もう、いない。

 でももっとビックリしたのは、よっちゃんも同時にいなくなっていた事だった。

 彼女が消えるのと、彼が追いかけるのが同時だった。素早いっ。


 あたしが驚いていると、水島さんも駈け出した。あたしも慌てて、その後を追う。走るのは得意よ?




 裏庭と呼ぶべきなのか。高いコンクリートの塀の前で、よっちゃんは立っていた。

「義希」


 水島さんが声をかける。

 よっちゃんは塀を見つめたまま、言った。

「・・・・逃げられた」



 しばらくそうやってじっとしている。

 あたし達二人が様子をうかがっていると、やがて彼が、怒りを含んだ目つきで水島さんを睨んだ。


「お前、知ってたか? あいつがここに来るの」

「いや知らない。僕も今そこで、初めて見た」

「何でここにいんだよ? 何でここにいるんだ? つか何で日本にいるんだよっあいつがっ」


 よっちゃんがキレる。我慢がならない、という様子で足元の灌木を蹴り上げる。

 水島さんは彼を見据えて、落ち着いて言った。


 

「新谷を使って調べよう。いつからこっちに戻ってきたのか、何が目的なのか」

「ちっくしょうっ!!」


 

 彼が体を折り曲げるようにして怒鳴った瞬間、周囲の木や草が


 パンっ


 と音を立てて、裂けた。


 あたしは驚いて、体がビクッと飛び跳ねた。見ると目の前の塀も、一部に僅かな亀裂が走ってる。

 よっちゃんは踵を返すと、激しい勢いであたし達の間を通り抜け、去って行った。




 怒りのあまり、彼の念力が飛び散った後。

 それを見ながら、水島さんは僅かに溜息をついた。





 後にあたしは、水島さんの口により、由井白義希さんの事情を知る事になる。





「彼女の名前は、沙希。フルネームは知らない。よく変わるから。ご覧の通り、イットだよ。・・・・魔性の女、ってヤツでね。男をとっかえひっかえ、彼氏や旦那達は、そうだな、致死率9割ってところかな。彼女は、喰う為に人を殺す女じゃない。当時は、楽しむ為に、殺していた。今は、目的の為にも殺すみたい。僕達とは違うボスに雇われているらしいから。・・・・生存率、1割。彼女と付き合って唯一生き残った男が、義希だよ」








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