Leave me or save me
家の玄関を開けたらお祖母ちゃんが立っていて、目の前にドスン、と私のボストンバックを落とされた。
中身がパンパンに詰まっていそう。
あたしは玄関のたたきで、靴も脱げずに見入ってしまった。
「・・・・何これ?」
「お前の着替え」
「・・・・何で?」
「これからあなたは、水島さんの所で暮らしなさい」
「・・・は「はあっ??」
あたしが驚愕の大声を出そうとしたら、後ろからお兄がかぶせてきた。声、でかっ!
というより、今、水島さんの所で暮らしなさい、って言った?!
それって、あのヤクザの水島さん家?
厭味ったらしい美形真っ黒天使の、水島智哉の家??
「どういう事だよっ」「どういう事よっ」
二人してお祖母ちゃんに噛みついたら、お祖母ちゃんはいつになく、すごくシリアスな顔つきで言った。
「狙われたんだろ、イットに。一人、逃げてるんだって?」
ギクッとなる。
・・・・そ、それが、何?
「『それ』は戻ってくるよ。お前の所に。私たちでは、真琴を守れない」
「・・・・・・・」
あたしはショックを受けて、血の気が引いた。
「私も流石にこの歳では、ロクな力は使えないからね。水島さんのところのご主人、水島勲さんは古くからの友人なの。既に頼んであります。・・・・この家で真琴を守れる人間は、もう誰もいなくなったんだよ」
頭の中がショートする。
真っ暗闇な海の中に一人、放り投げられた様な気がした。
あたしが顔をこわばらせて突っ立っていると、玄関の上に立っているお祖母ちゃんがふっと笑顔を見せた。
そしてあたしを見下ろして、優しく話しかけた。
「カラダの相性、ていう話を昨日したね? 覚えているだろ?」
「・・・・うん」
「私達は・・・・私と、真琴は、好き勝手にテレポテーションが出来る訳ではない。よほどの能力を持った者がよほどの訓練を積めば話は別だろうけど、そういう者は滅多にいない。だから私達は、まるで磁石に引かれる様に、自分と相性の合う人間の所に飛んで行くんだよ」
慈しむ様な眼差しで、あたしを見つめて話を続ける。
「自分の周囲で、出会った人間の中で、一番相性のいい相手にね。それが今まで、真琴の場合は薫だった。そして薫は多少の能力があるらしく、真琴の能力を吸い上げてくれていたんだ」
「・・・・吸い上げる?」
「言葉が悪いかね? 中和する、と言った方がいいかも。そういう体質の人間がいるのよ。これはサイとはちょっと違うのだけれど、本人にあまり自覚が無い。薫といれば、真琴のサイとしての気は中和されていた。今まで、薫の目の前でどこかに消えた事なければ、イットに襲われた事もなかったろ?」
あたしは思わず後ろに立っているお兄を見上げた。
お兄はちょっと困った様な顔をして、あたしを見た。
そうか。だからお兄は今まで必要以上に、あたしに付きまとっていたんだ。何か口実をつけては、登下校についてきていたんだ。
「でも成長に従って、私達の願いに反して真琴の気は強くなり、薫じゃ手に負えなくなった。いやむしろ、もっと相性の合う人間に出会ったという事かね。香取くんの所に飛んで行った、と言うのは、そういう事なんだよ」
私達の願いに反して。
通常は、小さい頃に能力がでる子供は成長と共にそれが消えて行く。小学校に上がる頃には無くなっている。
一方、思春期に出てしまう人もいる。それでもやっぱり、20歳前に消えてしまう事が多い。
あたしはこれを心の励みに、過ごしてきた。
だけど昨日と今日、それをハッキリと否定された。
あたしは悲しい気持ちでお祖母ちゃんを見上げた。
お祖母ちゃんは優しく、あたしの頭を一撫でした。
「つまり香取くんといれば、お前の気は中和されて、イットにも気付かれずに済むんだ。かといって、流石に香取くんと一緒に住みなさい、とは今は言えない。それならば、せめて今回の件が落ち着くまで、真琴は安全な所にいた方がいい、と言う訳さ。おまけにそこにいれば、訓練だって出来る。そうすれば、ガーディアン・・・香取くん無しでも暮らしていける。わかったかい?」
訓練すれば。他人に頼らず、迷惑をかけずに過ごしていける。
自分の力を自分で消す事が出来れば。
・・・・・香取と関わる、事も無い。
テレポテーションだけでもぶっ飛びなのに、まさかイットの事にまで巻き込んでしまうとは思っていなかったので、あたしの中には、彼に対する罪悪感がかなりあった。
あれ?でも。
「・・・最初に香取と出会った時は、あたし、香取の目の前から消えたよ?」
「なんだろうねぇ。だから私も最初は気付かなかったよ。初回は充分に彼に近づいていなかったからとか、或いはその後毎日会う様になって、お互い触発でもされたのか」
「何、そのテキトー感」
「生き物の体は解らない事だらけなのです。医者を目指すなら、肝に銘じておきなさい」
ちっ。腕利き獣医がエラソーに。
その時後ろで、お兄が低い声で言った。
「でも、あいつんちにはイットがいるんだぜ?」
「新谷さんだろ? 彼なら大丈夫」
「なんでそんな事言えんだよ」
「知り合いだからよ」
「知り合い? うっそ、何の?」
あたしは思わず喰いついた。あの綺麗な紳士的イットお兄さんとお祖母ちゃんが?? 知り合い?
お祖母ちゃんは煩わしそうに、顔をしかめて言った。
「昔の知り合い」
「昔って言ったって、あの人せいぜい27,8じゃない。どうやって知り合ったの?」
「いいでしょう、どうだって」
お祖母ちゃんはプイっと顔を背ける。・・・・心なしか、赤い。
あたしはお兄と顔を見合わせた。
珍しい。お祖母ちゃんが焦ってる。躊躇ってる。
これは、見逃せる訳が無いわ。
「良くないー。どういう知り合いか聞かないと、安心できないー」
「だよなあ。孫娘をイットと同じ屋根の下で住まわせようとするんだ、それ相当の根拠が無いと無理だろう、ばあちゃん」
「怖い恐い、とっても落ち着かなーい。ノイローゼになるー」
「あーあ。教えてやるだけで安心するのに」
あたし達が玄関先で次から次へと言葉をぶつけていくと、
お祖母ちゃんは絶句して、それから思いっきり嫌な顔をして、
それからなんと、なんと、
はにかんだ!! げっ!
「・・・・・・・・・昔付き合っていた男」
これ、聞かされたら、誰でも時が止まるよね?
心臓が止まって無いだけ、マシだよね?
「・・・何? お祖母ちゃん、何?」
「・・・・・・は?」
あたしとお兄は愕然とハモった。
お祖母ちゃんは開き直ったのか、真面目な顔をして頷いた。
「人生には色々ある」
「・・・・いや、ありすぎんだろ、何言ってんだよ?」
「イットは年を取らない」
お祖母ちゃんの発言に、あたし達は再び固まった。
「いや、正確には、死ぬまで老けない」
・・・・えーと、それは、だから、どう解釈すれば・・・・・
「・・・・つまり、あの人、いくつなの?」
「さあ? 私よりちょっと上くらいだから、60半ばじゃないのかしら?」
「ひえっ」「マジかよっ」
「私は戦後の生まれよ」
「お祖母ちゃんの事じゃないっ」
お祖母ちゃんの歳なんてどうでもいいのよっ60だろうと70だろうとっ!
それより新谷さん、70歳近いの?? 嘘でしょ嘘でしょギャーっ!
ちょっといいな、とか内心思っちゃっていたのに、ほらあたしって、紳士的な優しい雰囲気の人に弱いから。
それがいやぁぁぁ。お祖母ちゃんの元カレだなんてぇぇぇ。
・・・・血は争えない、ってやつ? ・・・・さむい・・・。
「そいつの寿命っていつまでなんだ?」
「彼は人を吸わないから。人間とのハーフだし。人と同じだよ、80くらいじゃないの? 私も後10年かねぇ」
「・・・・・」
どうしてそう、自分に話を戻すかな?
年寄りって、やたらと自分の話をしたがるよね。
「そうだ、真琴。訓練は必要だけれども、あまり力を使い過ぎるんじゃないよ? 早死にするからね」
いきなり言われて絶句した。
「でもお祖母ちゃん、生きてるじゃん」
「私はサイじゃ無かったら、100歳は生きられたと思うよ」
だろうね。めっちゃ健康そうだし、心もめっちゃ太いもんね。
その時、玄関ベルが鳴った。
あたしとお兄は顔を見合わせる。なんか嫌な予感がする。
そっとドアをあげると、
そこにはよっちゃんの鮮やかな笑顔があった。
「よっ。お出迎え」
言葉を失うあたし達の後ろで、お祖母ちゃんが玄関に座り、三つ指を突いて、
深々とお辞儀をした。
かくしてあたしは、水島家に居候をする事になった。
そう、新谷さんも一緒のみならず、よっちゃん事、由井白義希さんも一緒に。
自称、あたしのボディガードとして。
あたしはよっちゃんの屈託のない笑顔に釘づけになる。まさか、彼と一つ屋根の下で暮らす事になるとは思わなかった。
早いとこ、あの村本イットが捕まらない限り、
あたしは浪人確実だわ・・・・・。
予定通り、第3章終了です。次章で決着を付けます。お読みいただいて、ありがとうございます!
次章では恋愛小説らしく(?)ちょっといちゃいちゃさせようかと思っております。
来週より投稿再開いたします。
皆さま、素敵な連休をお過ごしくださいませ。
戸理 葵