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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第三章 何が起きてるの?
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Run down 2

 彼女は驚きながらも、ジリジリと後ずさる。

 それを水島さんは黙って見つめる。

 そして一瞬ののち、彼女は勢いよく踵を返すと、一つで飛び出して行った。


 それを無言で見送る水島さん。

 そんな彼を見つめるあたし。

 あたしの気持ちは安堵あんどが半分、拍子抜けが半分だった。

 まさかこんなにあっさり逃がすとは思わなかった。


 でも考えてみれば、出会った時からこの人は、イットに多少は同情的だったような気がする。

 新谷さんの事だって雇っているし、しかも自分のお家で働かせているものね。

 

 暴走気味のよっちゃんを、こうやって背後で支えてバランスを取っているのかもしれないな。

 

 そんな事を考えていると、水島さんがこちらを振り向いた。


「お嬢さん」



 ・・・・お嬢さん?


 て、あたしの事?



「義希を捜して来てくれない? 彼女の事、話さないと。僕はこの部屋を調べないとならないし」

「・・・・・」

「何? 腰でも抜けてるの?」



 いつもの嫌みたっぷり、皮肉屋に戻ってる。

 小馬鹿にしたようにあたしの事をみる水島さんを、あたしはジトっと見つめた。

 お嬢さん、て何よ?



「名前」

「はい?」

「あたしの名前」

「・・・は?」

「名前を呼ぶのは、人間関係の基本でしょ」



 こういうの、揚げ足取りっていうのかもしれないけど、態度をどうのと言っても余計にバカにされそうな気がするだけだし、

 とりあえずそんな態度でも、いつもの彼なので安心しちゃうのも事実だし、

 でもそんな事を悟られるのも嫌だし、だけどその態度にはムカつくし。



 水島さんはポカン、と口を開けてあたしを見た。

 綺麗だけどすかした顔に、表情が出る瞬間だ。実はこの瞬間にあたしは結構ハマっていたりする。ふふ。


 優越感、てやつ?



「・・・・・案外、マイペースな子だねー」



 呆れた様に彼は言うと、次にはニヤッと笑われた。


「真琴。行っておいで」


 わざとらしいくらい優しい言い方。しっとりと心地よい声色。

 これって、やっぱ・・・


「・・・・・バカにされてる?」

「あしらわれてる」


 笑顔一転、冷たい視線で見下ろされた。

 くっそ、小娘は足元にも及ばないってか。次に期待してろってんだ。



 あたしは小さく舌をべっと出すと、その部屋を後にした。







 だけどさ、捜すったってどこを捜せばいいのよ、こんな広い学校の中で。


「・・・・・・携帯で呼べばいいじゃんよー」


 あたしはブツブツ文句を言いながら歩いていた。まったく自分が年上だと思ってさ、あたしはパシリかっつーの。これだからお坊ちゃまは、人使いが荒いんだから。


 ハタ、と歩みが止まった。


「そか。あたしがそれをすればいいんだ」


 バカだ、あたし。すっかり忘れていた。電話をすればいいんだ。色々非常識な事が起こりすぎて、常識的な日常生活を忘れていたわ。


 あたしはポケットから携帯を取り出した。操作して、耳にあてる。

 程無くして聞こえてきたのは、「ただいま、お客様のおかけになった電話番号は、電源が切られているか、電波の届かない所にいる為つながりません」・・・・。



「そして電源を切ってるお客様・・・・・」


 あたしは溜息をついて電話を閉じた。だって校内で電波の届かない所なんて無いもん。

 なんで切っちゃったのかな、電源。あの女性イットが期待はずれだったから、拗ねちゃったのかな?




 その時、体中がゾクっとなった。

 全身で感じる、恐怖。



 コレで何度目っ? 反射的に振り返った。イットが近くにいるっ。



 あたしの十数メートル先に、事務室でのあの女性が立っていた。

 こちらを見ている。瞳の色は、既にオレンジに光り輝いていた。


「・・・・・なっ・・・・・・」



 逃げたんじゃなかったの? 水島さんに情けをかけて貰ったんじゃなかったの? なんであたしを襲おうとするのよっ。



 あたしが恐怖でパニックになりかかるその瞬間、


 彼女の後ろに、人影が現れた。


 

 よっちゃんだ。


 そう気付いた時には、彼はもう、手にしている日本刀を彼女の首に振り下ろしていた。

 とても綺麗な、フォームだった。



 そして彼女は、血飛沫ちしぶきをあげる事も悲鳴もあげる事無く、

 よっちゃんの振り下ろす日本刀のスピードに合わせるように、

 

 サラサラと消えて行った。



 

 後には、彼女が身に着けていた全ての物が、黒っぽい粉にまみれて落ちていた。




 よっちゃんはそれを冷たく見下ろすと、吐き捨てるように言った。


「バケモノの言う事を誰が信じるんだよ、バーカ」



 そしてあたしを見ると、

 いつもの優しい眼とは全然違う、激しさを秘めた瞳でニヤリと笑った。


「こういう時はね。ためらい無く彼の所にテレポっちゃいな。それか」


 

 言いながら、あたしに近づく。

 あたしは彼から視線を反らせず、動く事も出来なかった。まるでイットの金縛りがまだ、解けていないみたいに。


 彼はあたしの頬に手を伸ばすと、親指でするっと撫でながら、


 とても暗い目つきで笑った。



「俺と一緒にハンターをやる。大歓迎だよ」



 この人、人を斬った。

 なんの躊躇ためらいも無しに。しかも後ろから。


 あたしは呆然と彼を見上げた。



 背後から、女の人を斬った・・・・!





「ワークした?」


 突然、あたしの後ろから声がした。水島さんの声だ。

 よっちゃんは顔をあげて彼を見ると、ニヤッとして言った。

「大成功」

「悪どい奴だなー」



 水島さんは刀の袋を片手に、もう片方の手をポケットに突っ込んで、気だるそうにやって来た。

 そしてあたしの目の前、よっちゃんの隣に並ぶと、彼女の黒ずんだ服が落ちている所を見やって少し顔をしかめた。

 


「誘わなきゃ、彼女、やってなかったかもよ?」

「誘われて踏み留まれなかったコイツが悪いんだろ。大体、獅子鷲を追い回している時点で深みにハマってんだよ」



 一気に吐き捨てるように話すよっちゃん。

 水島さんはそんな彼を、黙って見つめた。



「一度味をしめたらやめられない。放っておいたらつけあんがんだよ、こいつらは」

「・・・・いい加減、神経質過ぎるのはやめたら? まだ彼女の事、何も調べてなかっただろ?」

「調べたろ! 吐いただろ! 実際事件が起きて、死人も出てるじゃねぇか!」



 よっちゃんが急に声を荒げた。

 あたしはビックリしたのだけれど、水島さんは全く気にしていない様子で静かに言った。


「彼女がした事とは限らなかったでしょ」

「知らねーよ。お前と違って見えてねぇんだから。どうだったんだよ」



 よっちゃんは膨れるように水島さんを睨みつける。

 水島さんはしばらくじっと彼を見て、やがて軽く溜息をついた。



「だから調べる前に、よっちゃんがやっちゃったんだろ? ・・・・まあ、人の気を吸っていたか、という点じゃ、限りなくクロっぽかったけど」


「じゃ、文句言うな」



 彼はそう吐き捨てると踵を返し、大股で勢いよく歩いて去って行ってしまった。


 

「・・・・・・」

 あたしがその後ろ姿を呆然と見つめていると、背後から水島さんの静かな声がした。


「だから言ったでしょ? 後悔しても知らないよって」

「・・・・・・」


 振り向いて、彼を見つめる。

 すると水島さんは、少し肩をすくめて言った。



「まあこの場合、あんたはおとりに使われたから、どうやっても見ちゃったか」

「おとり?」

「そ。一人でフラフラ歩いて、サイの気垂れ流し」


 

 興味が無さそうに周囲を眺めて、水島さんはあたしに視線を戻した。



「僕らの計画。香取クンと一緒じゃ、セーブされちゃうかもしれないでしょ?」

「・・・・・何の話?」

「詳しい話は、落ち着いた時にでもしてあげるよ」



 そう言った後、彼はふっと、あの女性の服の塊に視線を向けた。

 そして静かで、暗くて低い声で、

 少し辛そうに瞳を細めながら言った。

 

 そう、この人は、よっちゃんが絡んだ時にだけ表情が出るんだ。



「あいつは、イットに事が絡むと性格が豹変するんだ。気付いていると思うけど。・・・・狂うんだよ」



 彼女の服を見つめたまま、遠い目をして言葉を続ける。

 淡々とした口調の中に、よっちゃんを思いやった切なさが見え隠れしていた。



「誰を犠牲にしても、仮に自分が犠牲になっても、多分彼は何も気にしない。イットを狩る、ただそれだけ。普段の彼の、気配りとか配慮とか思いやりは、完全に隠れてしまうんだ」

「・・・・・・何で?」



 あたしの言葉に水島さんは振り向いた。

 そして柔らかな、苦笑いを浮かべた。


「・・・・・・何でだろうね。今は、言えない。少なくとも僕からは」



 初めて見る水島さんの本当の感情を、あたしは複雑な気持で眺めた。

 そして離れた所の、彼女の黒ずんだ服を見つめた。



 よっちゃんが、狂っていたしるし



「悪かったね」

「苦しいでしょうね」


 水島さんとあたしが、同時に口を開いた。

 そして彼が聞き返した。

「え?」



「狂ってしまうと。後で苦しいでしょうね」


 あたしがそう言うと、彼はしばらく黙りこんだ。


「・・・・どうかな?」

「自分じゃどうしようもない感情がある、って友達も言っていたし。それがマイナスの感情なら・・・・・辛いですよね」



 嬉々としてイットを狩るよっちゃん。その裏には、ヒトミが持て余していたような、コントロールできない苦しい感情があるんだろうか?


 水島さんは、少し確かめる様な口調であたしに言った。


「でも君も怖かったろ?」

「死ぬほど」



 あたしは灰まみれの服を見つめ続ける。オレンジ色に変化するイットの瞳。あれが怖くない訳が無い。

 けれども心は、先程から違うものを見つめ続けていた。


「でも苦しくはない。・・・・・悲しいけど」



 水島さんがあたしを見ているのがわかる。

 あたしは自分の中で、まだ自覚も出来ていない何かを、強く強く覚悟した。



「あたしはまだ、狂ってないから」



 これから起きる何かに、巻き込まれる覚悟。

 その時あたしは、逃げずに踏みとどまれるだろうか?



 今まで、面倒臭い事は必ず避けてきたあたしが、

 初めて真正面から向き合った覚悟だった。








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