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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第三章 何が起きてるの?
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Run down 1

 あたしが息を飲んで見守っているその時、

 何故だかお兄が動いた。おじちゃんの肩をそっと抱く。


「済みません、校長室を案内していただけませんか?」

「はい?」

「さ、早く」


 あたしが驚いてお兄を見ると、お兄はおじちゃんを急かす様に事務室を出て行った。何で?

 それをよっちゃんが、鋭い視線で一瞥した。



 一方の水島さんは、相変わらずの挑戦的な表情で彼女の手を握り続ける。

 

 女の人の顔は、恐怖の色を浮かべていた。


「あなた達・・・!」


 そして喉の奥から絞り出すように、詰まった声をあげた。


「ハンターなのね?!」



 あたしはギクッとした。こんなに怖がるイットを初めて見た。一体何が起きるんだろう?

 あたしは水島さんとよっちゃんを見つめた。



 この人達は、何者なのだろう?



 彼女は今度こそ、勢いよく彼の手を振りほどいた。


「私は人を喰ったりしていないわっ」

「でも猫を殺ったのは、あんただよね?」


 バカにした様な口調で水島さんが言う。

 女の人は、狂ったように叫んだ。


「だから何っ? それが何っ? 生徒には手を出していないっ」



 その時、よっちゃんがゆらっと動いた。

「時間の問題だろ」



 鋭い目つき。笑っていない。

 彼は彼女に向かって歩きながら、低い声で言った。


「放っておくと、ロクな事になんねーんだ、お前達は」



 そして手にしていた竹刀の袋をストン、と床に落とした。

 そこから出たものは・・・木刀?

 だけどよっちゃんはそれに手をかけ、更に中身を取り出して、それは・・・・・


 本物の、剣! というか、日本刀!



 け、剣道じゃないじゃんっ銃刀法違反だっ!



 あたしとヒトミと香取は、息を飲んだ。

 よっちゃんは日本刀を彼女に向けると、少しずつじりじりと、彼女との間を詰めて行く。

 その間も彼は、彼女から視線を外す事は無かった。


  

「お前が答えるべき事は、二つ。一つは、昼間のヤツはどこへ逃げたのか。もう一つは、何故この学校に人食いイットが集まるのか?」

「あたしは喰っていない!」

「答えろよ」



 容赦無い言葉の響き。冷たい殺気。

 彼のあまりの豹変に、あたしは驚いて声も出なかった。

 この人は本気だ。きっと躊躇いも無くあのやいばを振り下ろす事が出来る。


 今、彼の目の前にいる女性は、彼にとっては人格を持たない、「モノ」なんだ。




「見たくないなら、この部屋出た方がいいよ」


 水島さんの冷静な声が聞こえた。いつの間にかあたし達の側に立っている。

 あたし達3人はギクッとなって、我に返った。

 

「え?」

「忘れられなくなる様な事が、始まるかもしれないから」



 水島さんは、じっとよっちゃん達を見つめながら言った。

 彼の言わんとする事がハッキリと伝わり、あたしは生唾を飲み込む。

 すると一瞬の間の後、ヒトミがハッキリと言った。

「真琴、出よう」



 あたしは驚いて、彼女の方を振り向いた。

「ヒトミ」

「世の中には、見なくていいものや、知らなくていい事があるんだ。だから行くよ、真琴」

「じゃ、ついでに校内のチェックもしてくれる? 他に不審なモノはないか」



 まるでコンビニについでの買い物でも頼む様な口調で、水島さんが言う。

 あたしはヒトミの、少し思いつめた顔を見て、そして水島さんを見て、

 最後に、女性に刃物を向けているよっちゃんを見た。


 あの人は、普段はいつも周囲に笑顔を振りまいていた。

 なのにこの変わり様な、何?

 イットとはいえ、どこから見ても普通の女性。そんな彼女を躊躇いも無く、刀で脅すなんて。


 「狩る」という言葉を使える彼は、どこまでやるのだろう?


 

 見なくてはいけない、と思った。

 彼をもっとよく知りたい。知らないと、彼を理解する事が出来ない。



 知らないと、彼から逃げる事も出来ない。



「・・・・・」

「真琴?」


 ヒトミが確かめるように、僅かにあたしの顔を覗きこんだ。

 あたしは視線を床に落とし、一言呟いた。


「・・・・ヒトミは、行ってて」

「真琴」

「あたしは、ここにいる」



 ヒトミが小さく、息を飲んだ。

 その傍らで、水島さんが軽く溜息をついて言った。


「健気だねぇ」


 その冷めた口調、バカだねぇ、と言われている様に聞こえた。

 あたしを上から見下ろして、冷たい眼差しで言う。


「後悔、するかもよ?」



 あたしは言い返す事が出来ず、グッと言葉に詰まった。

 そんなあたしをしばらく眺めた後、ヒトミは無言で部屋を出て行った。



 心優しいヒトミは、自分の心の守り方を知っている。これでいいんだ。



 彼女が扉を閉めた時、水島さんが香取に言った。

「香取クン、だっけ? あの子のガードに行ってくれない?」

「俺が?」


 香取は驚いたように声をあげる。

 水島さんは当り前の様に言った。


「危ないでしょ、一人じゃ」

「・・・・・・」

「君のお姫様は大丈夫だから。ほら、行って」


 香取は難しい顔をして黙り込んだ後、低い声で水島さんに言った。


「・・・・何が起こっているのか、いつになったら教えて貰えるんすかね?」



 水島さんは香取を少し眺めた後、よっちゃんに視線を移して言った。


「義希に聞けば? 世の中には知らなくてもいい事があるって、彼女の意見。僕も賛成だし」

「もう充分、巻き込まれてるんすけど。俺をここまで引っ張ってきたのは、あんた達だろ」



 ねじ込む様な強引な口調と目つきで、香取が水島さんに言う。

 水島さんは「僕じゃないけど」と呟いて、肩をすくめた。

「じゃ、そのうち」


「またかよ。ここまで来て、誰も説明しねーのな」

 香取は不服そうに、だけど諦めた様な表情になった。

 そして斜めにあたしを見下ろし、呆れ半分憐み半分の瞳を見せた。



「お前もバカなヤツ。あんなに怖がってたくせに。・・・・そんなにあいつが好きか」

「・・・・・」



 あたしは眼だけで香取を見上げたけど、睨む事は出来ず、無言で視線を外した。

 香取はあたしを見つめながらゆっくりと息を吸い、口をすぼめ、ちょっと不機嫌な顔つきをした。

 そしてそのままゆっくりと、部屋を出て行った。





 部屋の中には、よっちゃんと水島さん、彼女とあたしの4人だけとなった。

 向こうでは緊迫した状態が続いている。



「村本の居所なんて知らないわよっ」

「ヤツはいつから人の気を吸っている?」

「知らない。私がここに来た時はもう、既にあの状態だった」

「生徒は全員、ヤツの仕業か?」



 よっちゃんにそれを聞かれた彼女は、一瞬その瞳を曇らせた。

 

「・・・多分。そうだと思う。早朝とかよく、校内の見回りに出てたから」



 そこには、僅かな後悔とも悲しみともつかない色が出ている。

 

 人の気を吸う、という行為は、彼らにとっても罪悪感を伴うものなのかもしれない、と思ってしまった。


 人の心を持ったイットであれば、という条件付きなのだけど。




「事務員達の体調不良も、村本一人が原因か?」

「知らないわよっ」

「お前はなんでここにいる?」


 するとまたもや、彼女の勢いが削がれた。

 言葉に詰まり、そして俯き、やがて小さな声で言った。


「・・・・・グリフィンが、ここにあるって・・・」

「グリフィン?」


 よっちゃんが聞き返して、あたしも心の中で聞き返して。グリフィン? なんだっけ? どっかで訊いた事があるよ?



 水島さんがよっちゃんに言った。


「昨日、新谷が言っていたあれじゃない?」

「・・・・獅子鷲か?」

「それ」



 二人で心当たりがあるみたいで納得している。

 でもあたしはまだ納得していない。獅子鷲なんて聞いた事無いもん。それよりグリフィンの方が聞いた事あるんだもん。なんだっけ? なんかのゲームに出てきたんだっけ? それとも映画? 本じゃないよな、自慢じゃないけどあたし本読まないから。




「私は、ただ、知り合いに聞いて、もし本当にそうなら、・・・・滅多に無いチャンスだと」

「誰だ、その知り合いっていうのは?」

「この辺りじゃ、有名な噂よ」

「その噂の出所でどころを聞いてるんだよ」

「噂の根拠なんて、いちいち確かめていたらキリが無いわよ」



 調子が戻ってきたのか開き直ったのか、女の人の口調が強くなってきた。見た目が地味なこの女性は、元来気が強いのかもしれない。



「日本人考古学者が、エジプトの博物館からグリフィンを持ち去った。有名な話よ、あなた達も知っているでしょ?」

「・・・・・・」


 いいえ、知りません。



 じゃなくて、知ってる!!

 あたしは飛び上がった。思い出した!

 新谷さんがそんな話をしてくれた! エジプトがどうの、魔法アイテムがどうの、それを巡るイットの仁義なき戦い!



 そっか、そのグリフィンって、あの魔法アイテムの事だったんだ!



「それが今どこにあるかって、大学の研究所や博物館、他にも色々な学校が噂されているけど、ここは単にその一つ。・・・・聞いたの、新月の夜にこの敷地内にいたイットが、何かの気を受けて力を得た、って」



 新月の夜?

 何かの気?

 力を得た?


 

 流石のあたしも唖然として、眉間に皺が寄ってしまった。

 何この人。急にウソくさい話をし始めたよ。



 よっちゃんはじっと彼女を睨んだ後、急にプイっと向きを変えた。

 そして日本刀を鞘におさめ、無造作に袋を掴むと無言で事務室を出て行ってしまった。


 どうやら彼も、あたしと同じものを感じたらしい。でっち上げバレバレの呆れた話にイラついたのか、それとも諦めたのかなんだわ。


 あたしはちょっとホッとした。いくらイット相手でも、事が穏便にすんで良かった。


 ところがこの女性は、あたし達が彼女の話を信じずしかも軽くバカにしている事を感じたのか、ムキになって言葉を続けた。



「そういう噂なの。念力が強くなっただか、人間を操れるようになっただか、気を吸わずに病気が治っただか、そんな感じの話が出回っているのよ。みんな言ってるのよ」

「それ、確か?」


 水島さんが静かに聞く。


「知らないって言ってるでしょ? だから確かめたくって」

「確かめてどうするの?」



 冷たい口調の奥に蔑むような響きがあって、水島さんの顔は綺麗な人形の様に無表情だった。

 それを聞いた彼女は、カッとしたように彼にくってかかった。



「力を手に入れようとして何が悪いの? 幸せになろうとして何が悪いの? あなた達だって昔から、聖地奪還とか、仏舎利とか、やってる事は同じじゃないっ。要はパワーと幸運を得ようとして、戦争までしているんでしょ?」



 聖地奪還とか仏舎利とか。

 突然そんな事を言われて、あたしは面喰った。あたし達が何をしたって?


 ワンテンポ遅れて、彼女の言葉の意味がわかった。

 あなた達、って、人間の歴史の事だ。人間の戦争の歴史に、宗教が絡んでいるって言いたいんだ。


 つまり彼らの魔法アイテムも、人間の宗教アイテム(?)と変わらないでしょ、イットも人間もやっている事は同じよ、って言いたいのね?



 水島さんは首を傾げた。

 冷たい視線で彼女を見下ろしている。



「僕には関係無い」



 次の瞬間、その瞳が鋭く光った。

 そして彼女を脅す様な、凄味のある低い声で言った。


「あんたにも関係無い」



 あたしも彼女もギクッとなった。

 だって水島さんも、さっきのよっちゃんぐらい、すごく怖い。

 この人も相手に容赦をしない、冷たい心を持ち合わせているみたい。



 彼女と水島さんは、無言で睨み合った。追い詰められていく彼女の動揺が見てとれる。


 その時水島さんが、ふっと緊張を緩めた。


「逃げるなら今だよ。戻って来るな」



 え? と彼女が眼を見張る。

 あたしも驚いて彼を見た。


 水島さんは彼女を見下ろすと、

 何を考えているのか読み取れない、無表情な顔で言った。



「どうしたんだよ。・・・・行けば?」







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