And next 3
そんなあたし達高校生のじゃれあいをよそに、大学生組3人はサッサと先へ行ってしまった。
あたしはヒトミの腕を振り払うと、小走りにその後を追う。
頭の中で、弱冠の疑問が浮かんでいた。お兄の歩みが、よっちゃん達二人と同じだからだ。
仏頂面をして明らかに不服そうなのに、行動のタイミングが何故だか一緒。なんとなく奇妙に感じた。
事務室に着くと、既によっちゃんは扉をあけて中を覗いていた。
「こんにちは」
あたしも顔を出すと、中には顔馴染みの事務のおじちゃんがいた。50歳前後のおじちゃん。いつも優しいの。あたしが早朝登校している時も、えらいねって褒めてくれたの。
そのおじちゃんが、不思議そうにあたし達を見ている。
よっちゃんが言った。
「お一人だけですか?」
「・・・・どちら様でしょう?」
「失礼しました」
よっちゃんは軽く頭を下げると、ジーンズの後ろポケットから皮財布の様なものを取り出した。
その中から彼が出したものを見て、あたしはビックリした。だって名刺なんだもん。
よっちゃんが名刺を持っているなんて、思いもよらなかった。大学生って、そんなものを持つの?
だけど、それを貰ったおじちゃんが訝しそうに読み上げるその名前に、あたしは更に驚いた。
「・・・・科学警察研究所・・・・?」
・・・・・何??
よっちゃんが微笑んで言った。
「警察庁の付属機関です。お問い合わせ下さっても、結構です」
けいさつちょう?
て、何?
「特殊犯罪捜査研究室、ですか」
「言葉の通りでして」
おじちゃんとよっちゃんが、名刺を間に挟んで会話を続ける。
あたしは何の事だか分からず、水島さんやお兄を見た。だけど二人とも真面目くさった顔をして、よっちゃん達を見ていて、ピクリとも動かない。
あたしは振り返ってヒトミと香取を見た。
香取はあたしと目が合って、「俺に聞くなよ」とでも言う様に眉根を寄せた。
一方のヒトミは、少し口を開けて「へー」と呟いた。目が、何かを知っていそうな色をしている。
「しかしもう、警察の事情聴取は済んでいますよ?」
「僕達は、ちょっと違うんです。ほら、見た目もこんなですし。済みません。警察と違って、法的強制力もありません。ですから、ご協力を頂ける範囲で結構なんです」
「・・・・・・そうですか」
おじちゃんは、納得したようなしないような顔をして、僅かに頷いた。
あたしは事情が分からないなりにも、何となくおじちゃんの気持ちが理解できる気がした。だってさ、よっちゃんも水島さんもカッコいいけどさ、
なんかチャラいもん。
警察を語るには、あまりにもイメージがかけ離れ過ぎているもん。詐欺っぽいもん。
それでも何となく納得しかかるのは、よっちゃんの笑顔と態度が好感度抜群だからなのだろうな、と思った。
「普段、ここで働いているのは何人ですか?」
今度は水島さんが、麗しの笑顔で訊いた。
おじちゃんは頭を掻きながら、済まなそうに答えた。
「本来なら5人なのですか、最近退職者が相次ぎまして。中々補充もきかず・・・・病欠の者もいるものですから、現在は3人でまわしております。・・・新人を相手に人手不足で落ち着かない中、こんな事件が起きてしまって・・・・」
「お察し致します。彼の席はどれですか?」
水島さんはそう言って、おじちゃんの背中にそっと手を当て促す。
おじちゃんは彼を案内するように答えた。
「こちらです」
よっちゃんも後に続く。
あたしは彼らの後姿を見ながら、ついに顔をしかめてしまった。
だって実はこの部屋に入った時から、決定的なモノを感じているの。
お兄があたしの表情に気付き、心配そうに小声で囁いた。
「どうした?」
「・・・・臭い」
そう。何とも説明のし難い、だけど覚えのあるこの匂い。クラスが風邪で学級閉鎖になる時とか、こういう匂いが薄く、した。
だけどこの部屋のこの匂いは、強烈だ。
お兄が片眉を上げた。
「この部屋がか?」
「うん」
「それって・・・・」
お兄は何かを言いかけてヒトミに視線を移し、そして再び心配そうな顔をした。
「ヒトミもか」
「・・・・・ん。なんかヤな感じ」
ヒトミも眉根を寄せて、部屋の壁に背中をもたれかかり腕を組んだ。
お兄は少し不安そうな顔をしながら室内眺めまわし、言った。
「感じるのか?」
「うん。真琴ほどじゃないでしょうけど」
お兄は、不審なモノが無いか探る様に落ち着かなく、視線を動かす。
自分が何も感じていない事が不安なんだろうな、と思った。お兄は所謂普通の人間だから。ただ、時々人よりちょっと、気配を感じやすいだけだから。
その時ヒトミが、思い出したように突然言った。
「あ、そだ。私、薫の事嫌いじゃないですよ」
「はっ?」
いきなりの発言に、お兄は面喰った表情で振り返った。
目を見開き、固まっている。
と思ったら次の瞬間、顔が真っ赤になった。・・・・・・わかりやすいわ。
「な、何言ってんだ、お前っ」
「ん? 誤解していたら悪いなぁ、と思って」
「ご、誤解?」
「チケットの事、謝ります。もう、頼みません」
「・・・え?」
動揺が一転、再びお兄が固まった。
どこか追い詰められた様な顔をして、ヒトミを凝視する。
だけどヒトミはいつも通りの軽い表情を崩さず、前方を見つめたまま言葉を続けた。
「いつか、行けるようになったら」
そう言って、お兄に視線を移す。
そしてニコっと、微笑んだ。
「一緒に行きましょう。その時は、チケット、お願いします」
お兄はヒトミを凝視する。
そして次には、再び顔が赤くなった。
あたしは驚き半分、呆れ半分で二人を眺めた。ヒトミ、何やってんのよ? ターゲットのおもちゃを、あたしからお兄に移したな? 上げて下げてまた上げるって、どんなテクニックよ、天性のタラシだわこの子。
ヒトミのお風呂場に入ってしまった事、そして覚えていない事を、これからお兄は色んな意味で後悔するに違いない・・・・・。
ヒトミとお兄のいちゃつき(?)にあたしが呆れている時、部屋の向こうではよっちゃんとおじちゃんが話を続けていた。
「病欠の方の容体は?」
「・・・・・芳しくは無いようですね。自宅で療養しています」
「退職者の方達の理由は、何で?」
「実は・・・・・」
おじちゃんは言い辛そうに、言葉を濁した。
「体調を崩した者もいますし、その・・・・・失踪者も・・・・」
「警察への届け出は?」
「家族がしています」
「それら一連の時期は、重なっていますか?」
よっちゃんの質問に、おじちゃんは沈んだ表情を見せた。
「・・・・はい。今学期が始まってから、です」
おじちゃんの言葉を、あたしは頭の中で反芻する。
全ては4月以降に起きた出来事、って事ね? 体調不良も、失踪も、・・・・生徒の病死も、全て。
その時、一人で部屋の中を歩きまわっていた水島さんが、おじちゃんに聞いた。
「もう一人の事務員の方は?」
「職員室に行っております。事情聴取の為に。そろそろ戻る頃だと思いますが」
「そうですか。ちなみにその方の席は、どちらで?」
「・・・・ここですが・・・・」
おじちゃんが指を指した机に、水島さんが近づく。いつもは冷めた目つきの彼が、それなりに真剣な面持ちで、その机の上にある雑貨とか文房具を手にし始めた。
あたしはそれを見ていて、急に気が付いた。
水島さん、さっきからサイコメトリーをしているんだ。
だって今までずっと一人で、部屋の机を一つずつ触っていた。
部屋に入る時はさり気なく、おじちゃんの背中を触っていた。
おお、すごいぞサイコメトラー。その自然な動き、お触り魔と言う名を冠するにふさわしいわ。
あたしが心の中で毒づいている間にも、おじちゃん達の会話は続く。
「あなたは、体調を崩した事はないのですか?」
「ええ、幸いに。なんとかは風邪をひかないってヤツですかね?」
おじちゃんが苦笑したその時、ガラッと部屋のドアが開いた。
「あ、おかえりなさい」
おじちゃんが声をかける。みると女性が立っていた。ショートカットで、30歳過ぎくらいの女性。顔立ちは綺麗めだけど、あまり流行とは言えない様なスカートを穿いていて、おしゃれには興味が無いみたい。
水島さんが極上の笑顔で微笑んだ。
「こんにちは。突然済みません。お疲れの所、申し訳ございませんが、お話をお聞かせ願えませんか?」
彼の笑顔にドギマギしたのか、彼女は少し後ずさり気味になった。
そうだよね。水島さんの微笑みって、女性にはハンパないものね。顔だけなら天使だもん。
「・・・・あなた達は・・・・・?」
「警察庁の付属機関勤務の、水島と申します」
そう言って微笑み、右手を差し出す。
彼女も躊躇いがちに、でもつられて手を差し出した。
水島さんが彼女の手を握る。一瞬、彼は目を細めた。
そして2,3秒後、形のいい口角が上がった。
「ビンゴ」
射抜くような彼の眼。
女性はハッとした様な表情を見せ、咄嗟に手を引っ込めようとした。
だけどその手を水島さんは力を込めてグッと握りしめ、
ニヤッと笑いながらも視線は彼女から外さず、
そのまま手も離そうとはしなかった。