表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第三章 何が起きてるの?
30/67

And next 1

「お前ら二人揃って俺の授業をサボるとは、いい根性だな。どういう事だ?」



 数学教員室で、担任加藤は椅子に座って、大股開きで、腕を組んで、あたし達を睨み上げた。

 あたしと香取は、黙って突っ立ってる。あたしはこっそり、溜息をついた。

 あーあ、この歳でこんな叱られ方をするとは、情けない・・・・。今まで、上手に誤魔化しながらサボれて来たのに。



「・・・・・・・・・」

「数学では、確かにクラストップツーの二人だけどな。成績が良けりゃ、なんでも許される訳じゃないんだぞ特に香取」

「・・・・・・・・・」



 香取の傍若無人振りは、確かに目に余るものがある。あたしと違って、興味の無い授業は堂々とサボったり、或いは授業を無視して一人で違う教科を勉強していたり、教師への態度が全くなってなかったり、散々だものね。

 あたしは、ほら、そーゆーのはコソコソ隠れてやるタイプだから。

 

 香取は不機嫌に黙り込んで、そっぽを向いている。わかりやすいなあ、ある意味、素直だわ。


 加藤はそんなあたし達をしばらく眺めると、溜息をついて、苦々しげに言った。



「似た者同士がくっつきやがって。いつから付き合ってんだ?」



 その台詞にあたし達は、一瞬固まった。

 そして同時に口を開いた。



「似た者同士って何だよっ俺はこんなサルじゃねぇっ」

「付き合ってないわよっこいつ完璧な人権無視なんだからっ」

「うるさいっっ」



 三人同時に大声を出したものだから、教員室中の注目を浴び、他の先生や数人の生徒が目を丸くしてこっちを見た。



「今度やったら内申落とす。罰として、微積の問題集38から52まで解いて、明日朝一で提出しろ」

「うっそ、無理だよそんなの」

「だから罰なんだろうが」



 あたしの抗議を一蹴して、加藤はジロッと香取を睨んだ。


「香取は違うぞ。古文の岩田先生のとこに行って来い」

「え? 何でだよ?」

「数学じゃぁ、お前の罰にはならないからだよ」



 加藤の台詞を聞いて、あたしは内心、ちょっと感心した。香取ってよっぽど数学が得意なんだ? あたしも得意だけど、彼とあたしの間には、よっぽど大きな溝があるらしい。微積のあの問題集が罰にならないなんて、凄すぎる。



「宮地はこのまま進路指導と行きたいところだけど、昼のゴタゴタで先生達も落ち着かないからな。日を改める。覚悟しろ」



 加藤の台詞に、あたしは暗くなった。

 4時間目の授業中のあの事件は、学校中を大騒ぎさせたからだ。

 昼休みを経て、急きょ、全生徒下校となった。


 あたし達の証言で、あの事務員は警察に届けられた。事件性がある、と判断されたみたい。現在、捜索中だ。

 男子生徒は、目を覚まさない。呼吸と脈が弱いらしい。救急車で運ばれた。

 原因不明の昏睡状態。本人の容体とあたし達の証言から、様々な症状が推理され、処置を受けているけど、

 誰も、本当の事はわかっていないと思う。わかった所で、特別、打つ手があるわけでもないらしい。それは以前、ヒトミから聞いた事がある。



 事態は、あたしが思っていた以上に、深刻だった。



 「・・・・・・あの子、大丈夫かな?」



 あたしが小さく呟くと、隣の香取が無言の一瞥をくれた。

 そして、先生に聞いた。



「あの事務員って何?」

「・・・・・最近、事務部の入れ替わりが激しいんだ。急に複数の人達がやめてしまったらしく、その補充員の一人だったらしい。身元は確かなハズだったんだ」



 入れ替わりの激しい事務部。それは、何を意味するんだろう?

 あのイットが、全部喰っちゃったんだろうか?

 それとも、新しい事務員がみんな、イットなんだろうか?

 そもそもなんで、この学校にいたがるんだろうか?




「何を根拠に『確か』なんて言ってるんだか。頼もしい学校だな」



 香取が冷たく言う。加藤は一瞬苦しそうな表情を見せ、黙り込んだ。

 そしてあたしを見ると、真剣な目つきで言った。



「宮地。誰かお家の方に、迎えに来てもらいなさい」

「え? 何で?」

「顔を見られたんだろ? 女の子が危ないじゃないか。俺が連絡を入れるから、一人で帰らない方がいい」

「あ・・・・もう、連絡は入ってます」

「じゃ、誰か来るのか?」

「あー・・・・えっと・・・・・」

「いーよ、せんせ」



 香取が会話を遮る。

 少し口をすぼめながら、視線は誰とも合わせず、ぶっきらぼうに言った。



「俺が送ってく。それでいいだろ?」

「・・・・・・まぁ、いいか。香取も気をつけろよ」

「あいつ殴ったの、俺だぜ?」



 片眉を上げて、ちょっと迷惑そうに先生を見た後、香取はプイっと教員室を出て行った。

 呆気に取られてそれを見ていると、加藤に「お前も帰れ」と促されて、あたしは慌てて部屋を出た。

 

 すると廊下の壁にもたれかかる様にして、ポケットに両手を突っ込んだ香取が立っていた。

 あたしを見て、ゆらっと体を起こす。



 顔を斜めに傾け、あたしを上から見下ろす様な態度で、かったるそうに言った。



「お前、ここで待ってろ。ちょっと行ってくる」

「いいよ、無理しなくても。大丈夫だから」

「無駄だよ」



 予想外の即答。

 あたしが少し眼を見張ると、香取は一瞬、黙り込んだ。

 また、少し口が尖がってる。



「別に、担任に言われたからじゃ、ない」



 視線を下げて、低い声で呟く。

 長い睫毛が、綺麗な影を落としていた。

 その瞳が、ふっとあたしを見つめた。



「あんなの見て、一人で帰せるか」



 あたしはドキッとした。

 あんなのって・・・・・イットの事?

 それとも・・・・あたしが香取に縋りついて、泣いてしまった事?

 

 マズイものを思い出してしまった、と思い、あたしが唇を軽く噛んだ時、

 香取はいつもの表情に戻り、ニヤッと笑った。



「いくら、サルでもな」



 それすら、以前と違って見える。

 以前と違って、聞こえる。





「礼?」



 飛び上がるほど、驚いた。振り向くと、香取の彼女、はるなちゃんがいる。

 あたしは心臓がバクバクして、我に返った。な、何、あたし今、軽くトリップしてなかった?


 はるなちゃんは、大きな目で香取をじっと見ながら、近づいてくる。



「なんか、騒ぎに巻き込まれた渦中の人が、礼って聞いたんだけど」


 香取がムッと黙り込んだ。



「・・・」

「大丈夫?」

「・・俺、教師に呼ばれてるから」

「そう。待ってるよ」

「予定もあんだよ、帰ってろ」

「・・・・・ふーん・・・・」



 いるよねぇ、彼女や奥さんにはどうしても頭が上がらないひと。とにかくもう、逆らえないひと

 二人の間にどんな歴史があるのかは知らないけれど、香取ははるなちゃんには、とことん弱いらしい。言葉も態度も悪いけど、結局は言いなりになっている気がする。



 そんな二人を眺めていたら、はるなちゃんがこっちを振り向いた。


 ギクッとなる、あたし。何でだ?



「礼のクラスの先輩ですか? 前もお会いしましたよね?」

「あー・・・・はい」

「こんにちは。私、香取はるなです。礼の従妹です。宜しくお願いします」



 知ってます。幼少より、香取とキスしちゃってる事も、知ってます。

 『彼女です』と言わないのは、分をわきまえた奥ゆかしさからなのかしら?



「あ、こちらこそ。宮地真琴です」

「宮地先輩、あの時、礼と一緒にいたんですってね?」



 心配そうに、可愛い瞳で見つめられた。

 ・・・・・・ちょっと待て? 雲行きが怪しくなってきたぞ? 女の勘がアラーム出してるよ?



「怖かったでしょ? 大丈夫でしたか?」

「あ・・・・・まあ」

「礼は昔から喧嘩っ早くて、正義感も強くて、弱い人は誰でも守っちゃうようなところがあるんですよ。私もよく、守ってもらいました。いつも一緒にいるせいかな? 多分一番「おい、黙れよ」



 ついに我慢が出来なくった香取が、はるなちゃんの台詞を遮った。

 あたしは後ずさる。なんかヤバいぞ? ヤバいぞ?

 だけどはるなちゃんは動じず、肩をすくめてクスッと笑った。



「あ、ごめん。喋りすぎちゃった?」

「・・・・・・・」

「うふふ。なんだかんだ言って、礼っていっつも私に甘いから、つい」



 そう言って、甘えるように香取を見つめる。あたしがいなかったら多分、ここで香取の腕に、自分の腕を絡ませてしなだれかかるんだわ。

 あたしは更に後ずさった。逃げ出すタイミングは、今しかない。

 


「では、私はここで」

「あ、お前」


 香取が咄嗟に、あたしを引き留めようとした。

 冗談でしょ? あんた達の面倒事に巻き込まないでほしいわ。はるなちゃん、かわいいだけの子じゃないわよ。

 そりゃそうか。こんな性格最悪男を長年相手に出来ている時点で、ハンパないテクニックと根性を持っているに違いない。


 あたしはお得意の、造り微笑みをして言った。



「香取くん、岩田先生の所に行くんでしょ? じゃあまた来週」



 あたしが踵を返すのと、香取が何かを言いかけるのが同時。あたしはそれを無視して、小走りにその場を後にした。

 教室に戻って鞄を取って、サッサと退散をしよう。逃げろ逃げろ。



 世の中で一番怖いのは、イットよりも、女の子かも知れないもん。



 なのに心のどこかが何となくモヤモヤしていて、これって何だろう?

 教室を去ろうとしたら、ポケットの携帯が震えた。

 見ると、ヒトミから。あ、やっぱ迎えに来ちゃったか。



 あたしが返事をするより前に、ヒトミの声が聞こえてきた。



『今、どこ?』



 あたしは努めて、呑気で明るい声を出した。



「向かってまーす。大変だったよ」

『あ、そうだ。義希さん、来るよ』


 義希さん?


 一瞬、誰の事か分からなかった。あ、よっちゃんか。

 て、あの人も来るの?



「何で?」

『自分で聞いてみれば?』



 興味なさそうな、だけどちょっと面白そうな声色で、ヒトミが言った。

 あたしは眉根を寄せた。あの人は、いわゆるヴァンパイアハンターだから・・・・・やっぱ、それ関係だよね?

 思わず黙りこくった。嫌な予感がする。学校ここで、どんな騒ぎを起こされるんだろう?

 てもう、起こってるか。


 ヒトミは、気にせず会話を続ける。



『どんな奴だった? 本物のイット』

「・・・・・・おぞましかった。正直、あんまり思い出したくないな」

『・・・・だろうね。こっちにも充分伝わってきたから、相当だったんだろうな』

「・・・・・なんでここにいたんだろ?」

『・・・・・真琴のせい?』



 真面目な声で言われた。からかわれている訳では、無いらしい。


 あたしは、あの時の光景を思い出しながら言った。



「あたしも始め、そう思った。でも違うみたい。だって初めてあたしを見た時、あの人、『この学校にはサイがいるんだ?』みたいな事を言っていたもの。予想外みたいだった」



 言い終わるのと、校門が見えるのが同時。

 鞄を片手に、校門にもたれかかって電話をしているヒトミが見えた。向こうもあたしに気付いて、軽く手を上げる。

 あたしは彼女に近づいて行った。


 

「ねえ、ヒトミ」

「何?」


 

 前から言ってみたかった事を、口に出す。



「今度、あたしと一緒に、コンサート、行く?」

「コンサート? 何の?」



 突然の話題転換に、ヒトミがキョトンとする。

 あたしは彼女の表情を観察しながら、ゆっくりと、慎重に言った。



「・・・・・お兄が渡した、クラシックチケット。ヒトミのおじさんかおばさんが、出ているんでしょ?」



 キョトンとしたヒトミの目が徐々に見開かれ、やがて気まずそうに視線を反らした。

 下唇を軽く噛み、しばらく黙りこくった後、片手で口を覆って呟いた。



「・・・・・まいったな」

「ヒトミ、束でチケットを鞄から落としていたよ? 気付いてないんでしょ?」



 ヒトミは苦笑して、あたしを見た。


「真琴んちに落ちてなきゃいい、と思っていたんだけど。それじゃ、薫は・・・・・」

「ヒトミに嫌われているから、チケットを無視されていると思ってる」

「・・・・・うーん・・・・・」

「誤解、解く?」

「・・・・・・自分で、どうにかするわ」

「・・だね」



 軽く舌打ちをしながら首を振って苦笑いを続けるヒトミに、あたしは、努めて気軽に言った。



「いいんじゃない? 好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。欲しけりゃ、買う。行きたくなければ、行かない。無理しなくていいと思うよ? だってヒトミは、悪い事は何もしていない」



 すると、ヒトミの苦笑いが消えた。

 真顔で黙り込む。

 表情からは感情が読めないので、あたしはちょっと焦った。

 なんかヤバい事、言った?



「・・・・悪い事を何もしていないから・・・・・好きな事をしているから・・・・」



 切れ長の瞳を揺らして、彼女は低く呟いた。


「心が休まるとは、限らない」



 その深刻な表情にあたしは驚いて、心の中で身構えてしまった。

 だってヒトミが、自分の心を打ち明けようとしている。そんな事、滅多に無い。


 彼女は顔を上げると、遠くに視線を向けながら、気だるそうに言った。



「克服しなくちゃいけない、という脅迫観念は、いつもついて回るんだ。克服を諦めようとしても、ついて回るんだ。自分がコントロール出来る感情とは、次元が違うんだよ」



 憂いを含んだ眼差しが、流し眼の様にこちらに向けられた。

 そして、あたしのちょっと驚いた表情を見て、クスッと笑った。



 その時、後ろから声をかけられた。


「まこちゃん」


 

 この声は!

 そう思って思わず、嬉々として振り返ってしまったら、



「よっちゃん!・・・・・と水島智哉」

「何、そのテンションの差」



 相変わらずのお人形さんの様な綺麗な顔が、不服そうに眉根を寄せた。あったり前でしょ、あんたの顔を見ると自然とテンション下がるのよ。

 よっちゃんは、素早く校内の敷地に目を走らせている。目が、鋭く光ってる。口元が、抑えきれない様にわずかに上がっている。

 体全体から、彼が興奮している様子が伝わってきた。パッと見、すごくカッコいいのだけれど、あたしは別の意味でドキっとした。


 多分、イットを狩れると思って喜んでいるんだ。

 

 やっぱ、怖い。



「ここがそう? どこにいたの、ヤツは?」

「あ、えっと彼は元々はこの学校の新任事務員で・・・・・すごい荷物ですね」



 改めて彼を見る。

 Tシャツにジーンズ、腰にチェックのシャツを巻いて、大振りのアクセサリーを首や手首に無造作につけて、その姿は抜群の体型にマッチして、とても素敵なのだけれど、


 肩に、長くて黒い袋をぶら下げている。手には、キャスターの付いた、大きな布製の荷物を引いている。

 ちなみに水島さんも、全く同じものをぶら下げている。



「うん。剣道やってんの」

「剣道?」

「中、入ってもいい? 一応チェックを入れておきたいんだ。一緒に来てくれるかい?」


 

 あたしの質問にはまるっきり興味が無いらしく、それどころじゃないらしく、よっちゃんはあたしを見ずに校門を通ろうとした。

 あたしは咄嗟に引き留めてしまった。



「あ・・・・でも、部外者は」

「部外者じゃないでしょ? 君の保護者代理」



 初めてこっちを見て、ニヤッと笑う。あ、やっと見てくれた。


「本物の保護者代理が、来ますよ」


 水島さんが、親指で向こうの方を指した。見ると、お兄が小走りにやってくる。

 うわぁお。全員集合だわ。なんて仰々しい・・・・。



「真琴。大丈夫か?」

「うん、まあ。そもそもあたしが狙われた訳じゃないんだし・・・・・」



 こうも皆に集まられると、何だか恥ずかしくなってきて、あたしは柄にも無く俯いてしまった。

 するとお兄は眉間に皺を寄せ、よっちゃんと水島さんを睨みつけた。


 水島さんが、飄々と肩をすくめた。



「見るからに嫌そうな顔してるよ、この人」

「しょうがないだろ。まこちゃんを初日にあんな目に合わせたの、俺達なんだから」


 

 よっちゃんは事も無げにかわした。今の彼には、周りの事なんてどうでもいいみたい。さっきから一つの事しか目に入っていない様子だもの。



「じゃ、行こうか。案内してよ、真琴ちゃん」


 彼はあたしを見てニコッと笑うと、軽快に中に入って行った。

 水島さんもその後を、当り前の様について行く。


 

「あ、はい・・・・・・」


 

 チラッとヒトミとお兄を横目で見ると、ヒトミは「しょうがないんじゃない?」と言う様に肩をすくめた。お兄は憮然とした表情で、それでもお祖母ちゃんに何か言われてきたのか、渋々と彼らに従う。



 だからあたしも、後に続いたの。

 昨日といい今日といい、なんだか嵐が吹き荒れている気分になっていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ