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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第一章 面倒臭いんです
3/67

This is my life 3

そんなこんなで運悪くお兄に捕まり(飛び込み?)、幼馴染に遊ばれながら(?)

やっとの思いで(?)真面目に学校に来たあたしは、


教室の中で立ちつくした。



だってあたしの席には、男が座っている。


正確には、寝ている。



机の上に突っ伏して、頭から制服のジャケットを被り、身動き一つしない。



「・・・・・・」



え? は? 席替え? いやでもこの机、脇にあたしの持ち物ぶら下がってるし。

てか誰この人? 全然理解出来ないんだけど? なんであたしの席で寝ているの?

あたしに用がある人なの?


隣で唯も、口をポカンと開けて驚いて彼を見ている。


あたしは寝ている男を指差し、唯に聞いた。


「唯、知ってる人?」

「知らない。うちのクラス?」

「わかんないよ。顔隠してるんだもん。剥がそ」

「わっ真琴っ」



慌てる唯を無視して、あたしは彼の頭の上に乗っているジャケットを取った。



出てきたのは、線が少し細い、いわゆる美少年の寝顔だった。髪は短髪だけど全体的にゆるくウェーブをかけていて、所々に茶色のメッシュをいれている。

女の子みたいに長い睫毛をしている。



ほーお。いくらうちは校風が自由な進学校とはいえ、男としては中々派手な髪型よね、これって。

最近の流行りなのかな? かっこいいけど、よく見るヘアスタイルかも。


ところが唯は


「え、かっこいい・・・」


と言って顔を赤くして、絶句してしまった。

へぇー、唯ってこういう、いかにもカッコつけてそうなお洒落な男が好きなんだ? 知らなかった。



「知ってる男なの?」


改めてあたしが聞くと、彼女は激しく首を振った。



「知らないよ。見た事ないよ。誰だろう?」


ほほぅ。見た事ないと? そんな男が、


「・・・誰でもいいけど、なんで私の席で寝てんのよ」


何だかちょっぴりイラっときて、あたしは口を尖らせた。

だって気持ち悪くない? いくら顔の良さそうな男とは言え、知らない奴が自分の席で寝ているんだよ? 上半身を机に覆いかぶせてさ。何よそれ、実は私に惚れてる男だったとか言ったら、なおさらお断りよ気持ちも気色も悪いわよ。机に念でも込められそうよ。


その時、寝ている彼が低い声を上げた。



「んー・・・」



顔をしかめ、ゆっくりと目を開けた。眩しそう。あ、起きた。


ところが彼は顔をわずかに傾け、立っているあたしを机の上から睨み上げると一言放った。



「うるせえな」



・・・何ですって?



沈黙。



「・・・ちょっとあなた」


再び寝の体勢に入ろうとした奴の頭上に、あたしは低い声を落とした。


「人の席で何で寝てるの?」

「ああ? 空いてたから座ってんだよ」


大きめの瞳を不機嫌そうに寄せてクダを巻いて喋るその様子は、ハッキリ言ってヤンキーそのもの。頭メッシュだし。


「空いてないわよ。私の席よ」

「決まってねーだろ、そんなもん」


はあ? 


「決まってんのよ、しっかりと」



バカ? と思わず呟いたあたしの腕を、唯が慌てて引っ張った。机の上にいる彼は、見た目は美少年でもどうやらかなりアブナイ人種らしい、と気付いたみたい。


彼は片眉をあげてあたしを見上げた。

そして「チッ」と舌打ちをしながら机から体をおこし、椅子の背にもたれかかった。



「はい?」



あり得なくない、その態度?

思わず眉根を寄せて彼を凝視してしまった。

ところが彼はそんなあたしに構うことなくダルそうに立ち上がると、床に置いてあったスポーツバックを掴み歩きだそうとしたの。


あたしの椅子を蹴っ飛ばしてっ!



なっそうは問屋が卸さないわよっ!



「ちょっと待ちなさいよ」



あたしは彼の腕を掴んだ。

振り返った彼が、面倒臭そうにあたしを見下ろした。線が細くて華奢な割には身長がある。あたしより10センチ近くは高いだろう。てことは180センチ弱?

幼さの残る顔だけど、キリッとした眉の下の綺麗な瞳と整った鼻筋や顎は、髪を派手にしなくても充分人目を引きそうに見えた。



なのに常識外れたその性格、かなり最悪じゃない?



あたしは瞳に力を込めると、彼の顔を思いっきり睨んで言った。



「何か言う事、あるんじゃないの?」

「あん?」


彼もイラッとした様子であたしを睨む。

あたしは気にせず続けた。


「人の席勝手に占領しておいて、挨拶もせず、舌打ちされる覚えもないんだけど? 何か言う事、あるんじゃないの?」

「離せよ、ババア」

「・・・はあ?」



しっ、信じらんない信じらんないっ!あり得ないでしょ、何この男っ!!

駄目だ、キレた。あたし、完璧にキレた。

あのお兄の妹だから、基本的に沸点低いのよっっ!



あたしは思わず奴の胸倉を掴むと、空いている右手を思いっきり後ろに下げた。

するとそれを察した鋭い唯が抱きつく様にして止めた。


「殴っちゃだめだってばっ!」

ばれたかっ。


「後が大変だよっ。怖いでしょっ!」

「あったまくんのよっこの男っ!」

「何? あんた、俺を殴るの?」


彼が、綺麗な顔でせせら笑った。


「スケ番気取りか何か? バカな女」



ごめんなさい、おばあちゃんお兄ちゃん。

あたし、穏便に済ませられそうにありません。



あたしは拳に力を入れた。覚悟しやがれっ。

その時、突然この男が眉根を寄せてあたしを見た。


「あれ? あんた、朝いた奴?」

「はぁ?」



「その顔。校舎裏のフェンスん上に乗ってた奴だろ」



息が、止まった。

時間も、止まったかと思った。

瞬間に思い出した。この髪型、見た事あるはずだ。


あの時、茂みの中で煙草を吸っていた男の子だっ。


うっわ、ヤバいっ、覚えられていたっ!!



「しかもバク宙で」


睫毛の長い大きめの瞳でギロっとあたしを見下ろす。凄味のある表情に、あたしは戦慄してしまった。

・・・マジでヤバい。大変な奴にバレてしまったのかもしれない。



「俺、見たぜ」



鋭い目つきで言葉を続ける。探る様な、追い詰める様な眼差し。あたしは生唾を飲み込んだ。

あの時の彼の、驚愕した顔を思い出した。



今まであたしは、チカラの事を全然深く考えていなかった、何も考えていなかった。


なのにこんな状況になって、こんなに手が震えている。どうしよう。どうしよう!



目の前の男の子の、容赦無い視線が降り注ぐ。

後悔の様な、死刑宣告を待つかの様な感覚に襲われた。



そして彼は、真剣に、力を込めてあたしに言い放った。



「あの柄。アメリカ国旗のパンツなんて、どんなセンスしてやがんだ?」



・・・はい?

何ですって?



「信じらんねぇ感性。うつりそうだから触んなよ」



眉根を寄せて、本気で、真顔で、真正面からあたしに言う。


・・・あんたがあの時、あんなに驚愕していた理由は、そこ?

あんたが今、こんなに真面目に言いたい事は、それ?


ていうか、あたしのパンツを見たっ?

というより、パンツの柄なんて、そんなベタな展開であたしを追い詰めたっ??



・・・こぉーのやぁーろぉ・・・!


アメリカ国旗のどこが悪いっっ! 勝負下着にゃしてないわよっかわいかったのよっ!




あたしは彼の胸倉を掴んでいる左手を拳そのまま、


ガッ!!


彼の顎下にお見舞いした。



「まことっ!」



唯が叫ぶのと彼が後ろに倒れるのがほぼ同時。彼の体は隣の机の上に傾き、机と椅子が大きな音を立てて激しくずれた。



「っってっめーっ!」



すぐに彼は体勢を立て直した。すさまじい怒りの表情。


「何しやがんだっっこのサル女っ!」



殴ったのよっバカ男っ!


と言い返そうとして、あたしは思わず怯んでしまった。

うわっ、何? 怒り狂っている。文字通り、キレている。何だ、この男っ。あ、この場合、先に手を出したのはこのあたしだ?


ちょっぴり、後ずさった。

これは性格のかなりヤバい奴なのかもしれない。だってそもそも、周りの空気を完全に無視して人の席で寝ながらガンを飛ばしている時点で、ネジの切れた奴だと気付けばよかった。


後悔先に立たず? 後に立たず? 役に立たず? 


何でもいいや、やっちゃったもんは、しょうがない。



教室中が息を飲んでいるのがわかった。そりゃそうでしょう、こんな事って滅多にないもん。みんな、あたしの事ハブらないでね。



「何やってんだ、お前ら」



その時、これ以上ないぐらいのベストタイミングで担任の教師が教室に入ってきた。

思わず、ホッとする。この人の顔を見てホッとするなんて、初めてだと思う。

彼は30歳手前の数学の教師で、それなりにまあ、カッコいい見た目だけどKYの人だ。


「おい、香取。早速問題起こしてんのかー? しかも相手が宮地だ? 片付けろ、二人とも」


彼はあたし達の戦闘態勢をさほど気にも留めない様子で教壇に立った。さすがKY。ていうかしかもって何?


あたしは担任に真正面から聞いた。かなり膨れて。


「先生、この人、何なんですか?」

「転校生だぁ」


担任は手を動かしながらケロッと言う。

それを聞いた、教室中の生徒が呆気に取られた。

もちろん、あたしも。


「・・・転校生??」


高校3年生になって? しかもこの進学校に? しかも今、中途半端に5月だよ?


「いるんですか、そんなの」

「いるだろ、目の前に」



事も無げに言う担任に、クラス中がざわめいた。

あたしは呆然とした。すると担任が「早く片付けろ」と言うから、とりあえず自分の周りの机やら椅子やらをしぶしぶと整える。

唯が少し不安そうに、それを手伝ってくれた。



「宮地。お前さんこそビックリだろぉ。重役出勤で偉いなあ。だから転校生に目ぇつけたのかぁ?」

ヤッバ、忘れてた。

「あ・・・いえ・・・今朝はちょっと・・・体調が・・・」

「元気な病人だなぁ。血の気が多すぎるから病気になるんじゃないか? 血ぃ抜け、血。吸血鬼にでも吸ってもらえ」


・・・何だ、ソレ。

そんなでっかい蚊みたいなのに抜かれるぐらいなら、献血に行くよ。


・・・て、あたしの血、献血していいのかな?


「センセー、マニアックだねぇ。次はルーマニアにでも行くの?」


最前列の女子が笑った。

この数学教師は、独身でそこそこ顔が良いのに稼いだお金を殆んど、世界旅行に費やしているとの噂。

この間はエジプトに行ってたんだって。ほら、暴動の起こった所。


「お、いいねえ、マニアだけにルーマニア」

「・・・何か冷えるね、ここ」


下らないオヤジギャグに、優しい女の子達が2、3人笑ってあげている。


すると未だに怒りが頭から消えなさそうな表情の香取、という彼に向かい、担任が手招きをした。


「おい香取。挨拶しろー」

「・・・」

「ほら、こっちに来い」

「・・・・」

「これが日本の常識だっての。来い」



むすっとした様にしぶしぶと、彼は教壇に向かった。あたしは少し首をかしげた。

日本の常識? 何その言い方? 



「香取れいです」



黒板に書かれた自分の名前を苦々しく見つめながら、香取礼は低い声でボソッと言った。

そのまま、あさっての方向を向いてしまう。あたしは呆れてしまった。

何こいつ。社交性ゼロ? 礼なんて名前、あんたが最も欠いているものじゃない。


担任はそんな様子を眺め、そして呆れたように促した。


「・・・よろしく、っていうんだよ」


有無を言わさぬ目つきで、顎を上げて彼に指示をする。

香取礼はイラッと来た様子で、それでもそれ以上その場にいるのがよっぽど嫌だったのか、綺麗な顔を歪ませて一言付け足した。


「・・・よろしく」

「こいつはイギリスから来たんだ。あったまいいんだぞー。いい男だろ。おい男子、女子を取られんなよ」



わざとらしいくらい明るい声で担任が言った。クラスのみんなはそれを無視して、興味津々で転校生を眺めていた。女の子なんか既に目がハートマークだよ。



だけどあたしは不機嫌に黙り込んだ。

美形だか帰国子女だか何だか知らないけど、最悪だあいつ。今後一切関わり合いになりたくないわ。




のに。


・・・あ、ダメじゃん、あいつ、あたしのバク宙見たんだった。

どう思ってんだろ? 普通、4メートルのフェンスをバク宙で乗っかる人間なんて、いないよね? テレポも見たんだろうか?


横目でチラッと観察したんだけれど、うーん、全然普通のヤンキーに見える。てかもう、ヤンキー以外に見えない。



あたしは溜息をついた。

あーあ。一応、確認しておくか。お祖母ちゃんに報告しておかないとだもんね。嫌だなあ。

今夜は徹底的に怒られるなあ。




そして授業が終わってのランチタイムに、あたしは唯に目配せをして待っててもらうと、香取の席に近づいた。

唯がビビってる。ごめん。


「・・・ちょっと香取」


声をかける前からコイツ、あたしにガン飛ばしてるし。

椅子の上で足をエラソーに大きく組んで、両手をポッケに突っ込んで。


「んだよ、サル」


・・・ムカつく。


「自分の煙草は何なのよ?」

「サルよか普通だろ」

「あんたと違ってあたしのは法律違反じゃないわよ」

「サルの法律はないもんな」



席に座ったままギロっとあたしを睨み上げて、ああもうホント、不愉快ったらありゃしない。

さっさと会話を終わらせてしまおう。



「・・・あんた、あたしの何を見たの?」

「パンツの柄を詳しく言わせたい訳? 俺だって見たくて見たんじゃねーよ、むしろ被害者だろ。おまけに殴られて、慰謝料くれんのかよ?」



・・・目つきといい、行儀といい、台詞といい、タチの悪いヤクザみたい。

イギリスのどんな学校に行ってたんだろう? これでイートン校とかだったらウケるのに。



「見たのは、それだけ?」

「さっきから何が言いたいんだよ? パンツに穴でも空いていたとか? バッカじゃね?」



顔を歪ませて、僅かに笑ったつもりなのかもしれないけど嫌悪感丸出しの、その表情。



「幸いな事に何も見てねーよ。つか、二度と俺の前に顔、見せんな」



無理でしょ、それ。どうやっても。

あんた、あたしより随分後からこのクラスに入ってきたはずだけど、これまた随分態度がビッグよね?

ここまで突き抜けてるとかえって清々しく感じてきた。



「あたしがあの後、何処に行ったか知ってる?」

「はあ? 何言ってんだ? サボリがバレんのビビってんのか。知らねーよ、そんなの」

「・・・本当に?」

「うるせえな。学校抜け出してドコ行ったかなんて、誰が興味持つんだよ、センス最低女に」



・・・学校を抜け出した?


そうか、こいつ、あたしが学校の外へ抜け出したと思ってるんだ。だから、あたしがあの後消えても、何とも思っていないんだ。

・・・よかったあ、消える瞬間を見られなくて。

・・・じゃあ残るは、バク転の件ね。バク宙でフェンスに乗る女を、どう思っているか。


そこまで考えて、あたしはやめた。


・・・やめよう、こいつ、何も思っていなそう。

バカっぽいもん。


ああ、バカだから自分の最悪な性格も隠せないのね。

見てる分には清々しいけど関わったら悲惨だわね。無視だわ無視。



あたしは心に決めて、その場を去った。




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