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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第三章 何が起きてるの?
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First Incident 2

「いやぁっ」



 あたしは知らないうちに涙を流していた。だって、目の前で人が殺される!

 なのにあたしは、何も出来ない。恐ろし過ぎて、足さえ動かせない。側にいる人に縋りつく事で精一杯。

 しかも、出来る事なら逃げ出したいって思っている!!



 涙でぐちゃぐちゃになりながら震えていると、あたしの肩を抱く香取の手に、更に力がこもった。

 同時に、低い声が頭上から降ってきた。



「・・・・・ちょっと待ってろ」

「え?」



 あたしが顔を上げるとほぼ同時に、香取はあたしから手を離した。

 そしてなんと、彼らに近づいていったの!


 あたしが声も出せずに驚愕していると、香取は歩きながら彼らに声をかけた。



「おい、あんた」



 イットの体がビクっと揺れたかと思うと、次の瞬間には全てが収まっていた。

 男子生徒は音を立てて、地面に倒れた。その顔はこちらからは見えないけど、大きな太い手は真っ白になっている。

 イットが振り返ったら、目はもう普通の黒目だった。というより、向こうもとっても驚いていた。

 目を大きく見開いて、口も、多分気を吸うためではなく、大きく開かれていた。



「え?」

「何やってんだよ、こんな所で」

「・・・・・・・」



 きっと、イットが気を吸っている最中に、こうやって声をかける人間って少ない、いや、いないんじゃないかな? だってあの人の驚きようって、半端じゃないよ?

 かくいうあたしも、相当驚いています。だって、怖くないの?!



「どういう経緯いきさつなのかは知らないけど、・・・少なくとも、学校でやる行為じゃないよな?」

「・・・・・・・」



 何だか妙に的がズレている様な台詞を言いながら、香取は臆する事無く、イットに近づいていく。

 最初はポカン・・・・としていたイットも、開かれた目と口を段々に閉じ、徐々に瞳に怒りと苛立ちの色を見せ始めた。

 ・・・ヤバいっ。

 あたしは焦った。あの人、香取を攻撃するかもしれないっ。

 なのに香取は、気付いていないのか歩みを止めない。

 再び、口を開いた。



「しかも彼、倒れてるんじゃないの?」

「香取っ! 逃げてっ!」



 あたしは思わず大声を出してしまった。というより、やっと声が出た!

 二人が同時に振り向いて、同時に驚いた表情を見せた。

 でも、香取は訝しげでもあり、イットの方は初めてあたしを見て衝撃を受けた様子。

 香取が間抜けに言った。



「はぁ?」

「早くっ離れてよっ香取っっ」

「・・・・・・・へぇ」



 イットが、ニヤリ、と笑った。

 あたしを見て、笑った。


 ニヤリ、と。




「この学校には、サイがいるんだ?」




 あたしは自分の心臓が、凍りついたのを感じた。


 心のどこかで思う。

 蛇に睨まれて呑み込まれるウサギって、こういう感覚なんだろうな。

 今まで呑み込まれた事なんて無いのに、本能で、知っているんだ。



 相手がどれほど恐ろしいか、って。



 イットの好物は、サイの、気。イットを負かす事が出来るのも、サイ。

 あたし、出ちゃっているんだ。サイとしての力を、本当にコントロール出来ていないんだ。



 目の前のイットは、あたしから目を反らさずに立ち上がった。

 もう、地面に倒れている男子生徒に、目もくれない。

 そのまま、歩きだした。こっちに来る!!



「じゃあ、このままにはしておけないな」

「おい、あんた」



 あたしに近づくイットを、香取が驚いたように声をかけた。

 なのにイットは香取を無視して、その前を通り過ぎる。香取が更に、唖然とした。

 イットがあたしを見つめ続ける。あたしは、早くも目眩を感じてきた。


 どうしよう、目を反らせないっ。



 最早後ずさりも出来ないあたしは、まるで木偶の坊のように立ちすくむだけ。

 ズンズンとイットが近づいてくる。その後ろを香取が、慌てて追いかけてその肩を乱暴に掴んだ。



「何やってんだよ?」

「離せ」

「ってっ」



 イットが香取を振り払った瞬間、まるで巨大な静電気が起こったようなバチッという音がした。香取は、弾かれた様に手を離した。

 そのままの体勢で、信じられない様な表情でイットを見つめている。

 そしてイットはお構いなしに、あたしに向かって歩いてくる。あたしは金縛りにあっているみたいだった。

 


 彼の瞳がオレンジ色に光りはじめる。怖い。怖い。引きずりこまれる。

 この瞳の暗闇に、まとわりつく様な冷たく濁った、呼吸も出来ない恐怖に引きずりこまれるっ。



「止まれって」



 香取が再び、イットの腕を掴んだ。

 香取は眉間に皺を寄せ、先程より顔つきが険しくなっている。思いっきりイットを引っ張り戻した。

 その瞬間、イットが勢いよく振り向き、腕を掴んでいる香取の手首を掴んだ。

 そしてそれを強引に捻じり上げる。



「え?」



 香取は手首を捻じり上げられているのに、予想外の事が起きている為か、ポカン、とした。

 そのまま手首を掴まれ、ジッとイットの瞳を見つめている。



「・・・・・」



 香取を睨んだイットの瞳が、一層オレンジに輝いた。

 あたしが息を飲んでいると、イットはそのまま香取に近づいていく。顔がどんどん、近づいていく。

 なのに香取は呆気に取られた様に、イットの瞳を見つめている。



「香取っ!!」



 あたしは叫んだ。だってイットが、香取を喰おうとしている!! 香取がそれに捕まって、まるで催眠にかかったかのように動けないでいる!!



 イットが顔を近づけて、香取の唇の手前で、わずかに顔を傾けた。







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