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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第三章 何が起きてるの?
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First Incident 1

 男子生徒の方は見た事がないけど、男性の方には見覚えがある。

 と思って、自然と目を見開いて覗き見(?)をしていたら、あたしの後ろで香取がボソッと呟いた。


「あいつ、こんな所で何をやってるんだろ?」

「え? 知り合い?」

「ちげーよ。事務員だろ? お前、覚えてないのか?」


 言われて、僅かな時間差の後、あたしは思い当たった。そっか、あの人、この間新しく入った事務員さんだ。だってこの間、資料を取りに行く時に見た。あの時、初めて見た顔だったもん。


 あたしは少し驚いて振り返り、間近にある香取の顔を眺めた。


「よく覚えてんね」

「俺が文句付けたら、異常にビビってたから」


 真顔であたしに答える。信じらんない、誰かれ構わず絡んでいるの? チンピラと変わんないじゃん。

 本気で引いた時、向こうでその人達の話し声が聞こえてきた。



 体格のいい男子生徒の方は、体育会系に見える。そう言えばウチの高校にはラグビー部があった。でも誰なのだろう? 顔が見えない。

 だってその彼は、体格に似合わず顔を真っ青にして、とても苦しそうに歩いている。俯き、体を折り曲げるようにして、よろめくように進んでいる。時折立ち止まり、吐くんじゃないか、と思ってしまった。

 彼に付き添っている事務員さんは、彼の背中をさすりながら、歩調を合わせて進んでいる。話し声はその事務員さんから発せられるものだった。なんか、しきりと労わっているみたい。


 でもなんでここに来るの? ここに来たって、何もないよ? 茂みとフェンス以外。



 そう思っていたら、男子生徒がついに、地面に膝をついてしまった。

 事務員さんが、彼の前に回って、同じように膝をついた。




 その瞬間、あたしは胃の中身が逆流するかのような感覚に襲われた。

 今朝、朝食を食べて以来何も口にしていなくて、もうお昼近く。だから本当は胃から逆流するものは何もなく、代わりに胃液が口の中に広がる様な気がした。


 ごくっと生唾を飲み込む。

 覚えのある匂いが、鼻をついた。



 

 この感覚、何度目?

 彼はイットだ!!!




 本能的な恐怖が襲ってきた。喉が詰まって息が出来ない。

 何で? どうして学校にイットがいるの?! あたしの頭はパニックになった。


 その間にもあたしの目の前で事務員さんは、俯いている男子生徒の肩に片手を乗せ、もう片方の手を彼の顎にやった。

 そっと上を向かせる。男子生徒の目蓋は閉じられたまま。

 

 イットの目は、濁っているのに輝いていた。



 うだつが上がらない風体に見えた事務員は今や、あたしの眼には狂気に満ちた殺人者にしか映らなかった。

 実際、イットが人を殺す所を見た事はない。人が死ぬほど気を吸うなんて稀だ、とも聞いている。



 なのにこの恐怖感は、どうだろう。

 背筋が凍る? 鳥肌が立つ? 冷たい空気に覆われる? 

 そんなものじゃない。




「かっ香取・・・・っ」



 あたしはやっとの思いで声を絞り出した。


「何だよ?」


 後ずさったあたしの背中は、香取の胸にあたった。震えが止まらない。

 香取は、あたしの両肩を脇から掴むような体勢になった。そこで初めて、あたしの震えに気付いたらしい。すごく、驚いた声を出した。



「どうしたんだよ、お前?」

「あ、あの人っ・・・・」

「あいつがどうした?」



 そうしている間にも、事務員からの恐ろしい気がビンビンに伝わってくる。喉が詰まっているのに、吐きそうなのはこのあたし。逃げ出したいのに、恐ろしすぎて足が動かない。



 あの子、殺される。あの人、殺す気だ。

 ちょっと軽く味見、なんて雰囲気じゃ、ない。

 あの、凍った液体の様な、腐った泥水の様な匂い。まとわりつく様な、この感覚。


 

 逃げたい! 逃げたい!!



 あたしは体の向きを変えると、両手で頭を抱え、香取に胸に顔をうずめた。

 どうしよう、誰か助けて!

 


「・・・・・怖いっ・・・・・怖いっ」

「おい、ちょっと・・・・・・・何だ、アレ?」



 香取の声のトーンが変わった。

 咄嗟に顔を上げて彼を見ると、呆然としたように彼らの方を眺めている。

 慌てて後ろを振り返ったあたしは、初めて、イットが人の気を吸っている所を見てしまった。



 傍からはキスをしているようにしか映らない。だけど良く見ると、僅かに唇を離している。

 男子生徒は体全体が、まるでおもちゃの様にガタガタと震えている。その目は見開かれて、もう、ホラー映画通りの表情をしている。

 なのにイットの方は、恍惚とした表情を浮かべて気を吸い続けている。その瞳は瞳孔がまるで点の様に小さくなり、オレンジ色に光っていた。


 僅かに離れた唇から何が吸われているのか、そこまでは見えなかった。

 何故なら、光も色も、何もなかったから。




 この時の彼らから発せられる気に音があるとしたら、ゴウゴウという表現がピッタリだと思う。だってあたしは本当に、この空気と恐怖に圧倒されて、何の音も聞こえなかった。



「・・・・・ヤダっ・・・・・・」



 あたしは再び香取の胸の中に、顔をうずめてしまった。

 香取は多分、本能的なのだと思う。あたしの肩をグッと力強く抱きしめた。


 

 けれども彼の体もあたしと同じくらい、硬直していた。



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