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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第三章 何が起きてるの?
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My girl 1

 それでも朝はやってくる。





 靴箱前で、担任の加藤に会った。

 さすがに無視する訳には、いかない。


「はよーござーいまーす・・・」

「おーぅ。どうしたんだ、宮地。元気無いな?」


 加藤がかったるそうに言った。

 どうやら向かう方向が同じらしので、しょうがないから話を続ける。

 いつも以上にかったるそうな加藤に言った。

 

「せんせーこそ。疲れた顔してるよ」

「最近、心労が多くてなぁ。こう見えて苦労してんだぁ」

「ふーん」

「他人事だな、心労のタネめ」

「自分で手一杯」

「だから俺が心労してんだよ。お前は自分が大変だと、他人の事が目に入らなくなるんだから」

「朝から重い説教しないでよ」


 あたしは担任相手に、思いっきり顔をしかめた。

 だって昨日の一連の騒ぎその他諸々が、それなりにあたしの心に圧し掛かっているんだもん。これからあたしは教室で、殺人的に常識ハズレな性格最悪男相手に、サバイバルゲームを繰り広げなくてはならないんだから。ああ、こんな時にお話しみたいに都合よく、記憶を消してくれるサイなんかが身近にいれば良かったのに。


 そのまま別方向に進もうかという時、加藤が振り返ってあたしに言った。



「あ、そうだ、放課後、進路指導な。数学教員室に来い」

「えー、何の指導? あたしの心は決まってるのにぃ」

「あんな簡単に将来決めんなよ。お前、勢いで結婚するタイプだろ」

「・・・・・・・・・・・・」

「長っ」


 勢いで決めてないわよっ。勢いで決められそうなのよっ。必死で抵抗してんだから、無駄に近い事を言わないでよっ!


 仁王立ちでガンを飛ばしているあたしをその場に残して、加藤は職員室に去って行った。

 うっ今から最悪な一日が始まる。

 散々、「学校に行きたくないっ」と駄々をこねたのに、あっさりとお祖母ちゃんに蹴っ飛ばされた。お母さんには「未来の旦那様と仲良くやるのよ?」とにっこり念を押され、お父さんには「だから早く家に連れて来なさい」みたいな事を言われた。お兄には「いきなり連れて来るなよ。俺、家にいたくねぇからな」と文句を言われた。だからみんな嫌いなんだってばっ!

 今朝は、唯から学校を休むメールを貰った。体調が悪いらしいの。あたしも体調が悪くなりたかったの、絶好調なこの体力を誰かどうにかしてっ。







「かっとりちゃん、どうしたのー?」

「香取ー。今日は朝からどうしたんだよ?」

「・・・・」


 香取は、無言。

 ついでに言うなら、あたしも、無言。


「すっげこぇーよ、香取」

「・・・・」



 せ、背中が寒い・・・。

 いや、寒いを通り越して痛い。冷たすぎて、痛い。液体窒素並みに、温度が低い。

 こんなバカな事を考えていないと、この場をやっていられない。



 朝登校した香取は、あろう事か、あたしの後ろの席の男子森くんをその席から追い出し、信じられない事にそこに座り込み、授業を受け続けているのよっ一限目からっ。

 しかも絶対確かに確実にっ。見ているのは黒板でも先生でもなくあたしの背中っ。すぐ目の前に座っているあたしの背中をずーっとガン見しているのよっこんなのサイでなくってもわかるわよっ。

 その上休み時間になると腕を組んで、おみ足は机の上に乗っけられて、ずーっとずーっとっ! あたしの背中を見続けているのよぉ・・・・。

 こんな状態だから当然クラス中の注目の的になり、最初は遠巻きに見守っていたクラスメイトも三限目が終わる頃にはあたし達に近づいてきた。でも女の子は怖がって、誰一人として近づいてくれない。唯が休みなのが痛いよぉ、あたしってこんなに友達少なかったんだ。


 高校三年間を帰宅部として過ごした身としては、他のクラスに大した友人もおらず、それを理由に休み時間に香取から逃げる事も出来なかった。毎時間トイレに立ったらどんだけ尿意を持ってる女なんだと思われそうで変にプライドが働くし、だからあたしってば何なのよって感じ・・・・。




「ねえ、宮地さん。香取に目ぇつけられるような事、なんかしたの?」

「・・・・」

「おい香取。ちょっと外、出ようぜ?」

「・・・・」

「どうしちゃったの? 二人とも」



 中森くんが途方に暮れた様に、あたし達二人を交互に見た。

 香取は相変わらず目を吊り上げてあたしを睨みつけている事間違いない。あたしはもう、自分の席でひたすら小さくなって座っている。冷や汗タラタラで、やっている数学の問題も解けやしない。次の授業で当てられるのに、友達少ないあたしは絶対誰も助けてくれないよぉ。



「こっちおいでよ」


 優しい山田くんが見るに見かねて、あたしに声をかけてくれた。

 シャープペンシルを持っているあたしの右手首をそっと掴む。どこかに連れて行ってくれるのかと思い、あたしは少し驚いて顔を上げた。

 すっきりとした男の子らしい顎と小さめの目。人の良さそうな山田くんが、あたしを見て僅かに微笑んだ。あたし、感動。

 な、なんて優しい・・・・。そうよね、香取の態度はあまりにも鬼畜よね? 誰も助けてくれないから同情してくれたんだ。そんなにいい人だったなんて知らなかったよ、今まで気付かずごめんねぇ。



「触んなよ」



 その時、香取のドスの利いた低い声が後ろから聞こえた。

 実際、香取が今日、口を開いたのはこれが初めて。今まで誰が何を言ってもずーっと、無言だった。


 あたしと山田くんと、側にいた中森くんとその周囲にいたクラスの子全員が、ビックリして香取の方を見た。


 今、香取、触んなよ、って言った?

 でも触られているの、あたしなんだけど?


 山田くんが聞き返した。



「・・・え?」

「触んな。そいつは俺の女だ」



 教室内にいた約35人全員が、シーン、となった。

 言い換えます。全員が、絶句しました。



「・・・・えぇっ?!」



 コレ言ったの、あたしだけじゃないから。山田くんと中森くんと、あと数人のギャラリーも叫んでいたわ。その中には女子も混じっていたと思うの。でも一番あたしがおっきい声だったと思うの。だってしょうがないと思うのっ。



 あたしは振り返るのと同時に立ちあがって、香取に向かって叫んだ。今、なんてったっ??



「あたしがっ! いつあんたの女になったのよっ!!」

「今日から。俺が決めた」

「・・・なぁんですってぇぇ?」



 この歳なのに、動機息切れ目眩が同時に襲ってきた。くっそ、それなのに踏ん張れちゃうあたしの両足っ。本当に丈夫なんだからっ。

 混乱とあまりのショックに、喚いていいのやら殴っていいのやらそれとも倒れ込んでいいのやら迷っていると、この天上天下唯我独尊男は、尊大な態度で、むしろ喧嘩でも売る様な口調であたしに言った。



「これからじっくりと調べてやる。お前がどんなヤツなのか」

「・・・な・・・な・・・な・・・」



 周りの男子からは「おおぅ~」と言う感嘆の声が湧きおこり、中森くんはヒュゥっと口笛を吹いた。

 山田くんは呆気に取られて、口が開きっぱなしだった。

 あたしは香取が言わんとしている真意がバッチリと伝わってしまい、さっきまで真っ赤だった顔が一気に青ざめて行くのを感じていた。

 ゴクっと生唾を飲み、知らず知らずに体が後ろに引いてしまう。よっちゃん、香取、全然誤魔化されていないよ? ベランダの鍵をかけて行くなんて小細工、ちっとも通用していないよ? というより完璧にスルーされてるよ?



「え、遠慮します・・・」

「遠慮すんなよ」



 香取は両足を机から降ろして立ち上がった。腕を組んだままあたしに近づき、至近距離で見下ろされる。

 目が、ちっとも笑っていない。

 ・・・・怖い。怖すぎる。追い詰められてる、あたし。どうすればいいの?


 香取が、僅かに口角を上げた。

 腕を組んだまま顔を傾け、唇をあたしの耳元にまで寄せてきた。

 そして小声で、囁かれた。



「俺のベッドまで忍び込んできたんだぜ? どんだけ俺を好きなんだよ、って話だろ」



 教室のど真ん中で無駄に雰囲気のある事をやられて思いっきり注目の的なんだけど、あたしはそんな事は気にしていられず、今度は再び真っ赤になって即座に否定した。



「ごっごっ誤解誤解」

「ほぉ」



 香取の冷たい、キツイ視線が再び降ってきた。



「それじゃあどこをどう誤解してるのか、じっくり説明してもらおうか」

「え・・・と・・・」

「いかにもなんか隠しちゃってますって顔。秘密を抱えてますって態度。いい加減ムカつくんだよな」

「お前、何の話?」

「うっせぇ」


 

 話が見えずに思わず口を挟んだであろう山田くんを、香取は目も見ずに黙らせた。

 あたしは机と香取の間に挟まれて、これ以上距離は取れないってくらいに体を反らせて、冷や汗まみれで言った。



「でも、だってほら、彼女がかわいそうだよ? ね? はるなちゃん?」


 ・・・あ、やべ。

 墓穴掘ったっ。あたしが昨日香取の部屋にいたって、自白しちゃったっ! だって彼女の名前っ。オーマイガッ。


 なのに予想外にも、香取はそこには突っ込まず、眉間に皺を寄せて妙な所を突っ込んできた。


「あ? 何であいつが可哀想なんだよ? あいつはただの従妹いとこだ」

「えぇ?」


 思わずあたしも目が丸くなっちゃう。

 そして、言わなくてもいい一言を、またもや口にしてしまった。



「だってキスしてんじゃん」


 

 香取の目が見開かれ、周囲の目が点になった。

 あたしはワンテンポ遅れて、自分が大失言をしてしまった事に気付いたの。言葉って取り消せないのね。



「おぉっ」


 今度こそ教室内は盛り上がった。だって未来の話より、今までの既成事実よね? 不確かな話より、既にやっちゃってる話の方が興味そそるでしょ?



「お前、そんなとこ宮地さんに見られてたの? つか、どこでやってたの?」

「あれか? あの可愛い子! 香取はるな。あれってお前のいとこか」

「一年で一番可愛い子だよな」

「いいなー、可愛い妹系彼女で従妹いとこ。すげーうらやましいっ」


「うっせぇ!」



 香取は周囲相手にブチ切れた。あぁぁぁぁ、ついにやっちまたぁぁぁぁ。



「てめぇっ。サルっ。ちょっとこっちこいやっ」


 香取にむんずと腕を掴まれると、引っ張られる様に教室を引きずり出される。そんなか弱いあたしに成す術はございません。そうよ、全部あたしが悪いのよ。

 もうすぐ次の授業が始まるけどね。数学だけどね。きっと戻る気無いんだよね? 二人で仲良くサボっちゃうんだよね? そんでまた加藤に叱られるんだわ。寒い小言を言われるんだわ。

 諦めて引きずられるあたしの耳元に、クラスメイトの囁きが飛び込んできた。



「おお。三角関係だ」

「宮ちゃん彼氏いるから。四角関係だよ」


 違うから。それ、一個も合っていないから。



「・・・今のあいつに連れ込まれるのって、危険じゃないか?」

「でも宮地さんも強そうだから」


 ああ、それは合ってるね。全部合ってるね。ヤツは危険だけど、あたしは確かに強いわね。



 あたしはずるずると、例の場所まで連れて行かれた。






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