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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第三章 何が起きてるの?
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Friend 2

 お兄の表情があんまりにも珍しかったので、あたしとヒトミはマジマジと見入ってしまい、お兄もその間ずっと、戸口に無言で立ち続けていた。

 

 先に口を開いたのはヒトミだった。


「何ですか、その顔」

「生まれつきだ」

「何拗ねてるの? 気持ち悪い」

「気持ち悪い言うな」


 お兄がギッとこっちを睨む。だってホントに気持ち悪いんだもん。

 あたしが口をすぼめていると、お兄は腕を組んで聞いてきた。


「飯食べないのか?」

「メシ?」

「ヒトミが呼びに来たろ」


 なにぃ?

 

 今度はヒトミを見ると、彼女は視線を上に泳がせてとぼけてみせた。


「おっと」


 何がおっとじゃ。あたしは手にしていた消しゴムを投げつけた。

 彼女はそれをヒョイッとよけながら、白々しく言った。



「一に勉強二に勉強と言ってたものですから。波に乗っている所を邪魔しちゃ悪いかなー、と」

「こーのーやーろ。じゃ、ヒトミも食べてないの」

「ん。でもそろそろ帰るよ」

「えー。お母さん、がっかりするよ」

「悪いかな? 由美さんに聞いてみる」



 そう言ってベッドから立ち上がったヒトミは部屋を出て行こうとして、そこに立ちっぱなしのお兄とモロにかち合った。

 至近距離に立って、お互い無言になる。ヒトミもビックリして、珍しく目が丸くなっていた。

 あたしはそんなお兄の様子に、ポカンと口が開いてしまった。



「どうしたの?」

「・・・・・」

「私に用?」


 ヒトミも驚いた様に、不思議そうに聞く。

 するとじれったいこの兄貴は、やっとまともに口を開いた。えっらい歯切れが悪いんだけど。


「・・・いや・・・・これ。頼まれていたモノ」

「あ、どうも」



 手渡されたのは、2枚のコンサートチケットだった。そう言えばこの間、ヒトミがお兄にねだっていたものだ。クラシックコンサートのチケットは高いって、お兄がぼやいていたもの。

 ヒトミはそれを受け取ると、チケットとお兄の顔を交互に見比べて、怪訝そうな顔をした。



「どうしたんです? コレで何かありました?」

「別に。送ってってやるよ」


 お兄はプイっとそっぽを向きながら即座に言う。

 初めは何の事か分からずキョトンとしたヒトミは、それが彼女を車で送り届ける、と言う意味だと気付くと、

 顎を引いて眉根を寄せて、胸の前で軽く手を振った。



「いいですよ」

「こんな時間に女を一人で帰らせれねぇだろ。曲がりなりにも女子高生なんだから」

「それに気づかず風呂場に侵入しましたけどね」

「土下座したろっ。本気でなんも覚えてねぇんだから、勘弁してくれよ」

「薫と二人なんて会話に困ります。一人で帰る方が気が楽」

「はっきりモノを言うヤツだなー。じゃ、真琴も来い」

「うぃーす」

「それぐらいならタクシーで帰りますよ。お金下さい」

「またねだるのかよ」



 お兄が顔をしかめる。

 あたしとヒトミは寄り添って、可愛く下から妹目線でお兄を見上げた(ヒトミはかなり、膝を曲げてた)。


「お兄ちゃん」


 

 お兄はギョッとした表情になり、次に溜息をつきながら肩を落とした。

 しぶしぶとポケットから、千円札を取り出す。



「・・・・ほら」

「ありがとうございまーす」


 ヒトミは両手を合わせて頭を下げて、うやうやしく受け取った。

 そしてそれを人差し指と中指に挟むと、軽く上げながらウィンクをした。


「じゃ、今度こそ退散します。またね。兄妹水入らずでごゆっくり」



 そう言って颯爽と退場した。鞄を持っていないから、玄関あたりに置きっぱなしなんだろうな。

 彼女の姿が消えた後、何とはなしにお兄を見たら、部屋の戸口をボーっと眺めている。

 やがてボソッと呟いた。



「・・・・あいつ、俺の事、嫌いなのかな?」

「はい?」



 とんでもなく、しかも柄にもない事を言うもんだから、あたしは大声を出してしまい、本気で引いてしまった。



「ど、どうしちゃったの? お兄?」

「だってあいつ、俺には敬語っつーか丁寧語で話すだろ」

「そんなの昔っからじゃない。ああ見えてあの子、人見知りをするタイプだから、年上相手にタメ語を使えないだけでしょ」

「年上ったって、幼馴染だろ」

「・・・でも子供ん時のお兄も、かなりの我儘で怖かったよ? 周りに怒鳴り散らしてばっかだったじゃん」

「そうか?」

「そうだよ。ヒトミ、けっこうビビってたんだから」



 するとお兄はふーっと、物憂げな溜息をついた。物憂げな、よ? 物憂げなっ。



「・・・そうか。あの頃のヒトミは、まだ可愛かったもんなぁ。女の子らしくて」

「どうしたのお兄? 何かあるの?」



 鳥肌が立つとはこの事。ビンビンに立っちゃって、チクチク刺さっちゃうよ。

 体中がハリネズミになった気分で、あたしはビクビクとお兄を見上げた。一体この男に何が起こったのよ?!



「・・・・これ、あいつの鞄から落ちていたんだ」



 いかにも不本意、という感じでお兄がポケットから紙の束を取り出した。

 それはさっきヒトミにあげたものと同じ姿かたちをしていて、コンサートチケットである事が一目で見てとれる。

 お兄はそれをあたしに渡すと、口をすぼめて言った。



「ウチにきて、鞄を開けた時にでも落ちたんだろうな。あいつガサツだから、落とした事にも気付かないでやんの」

「・・・・これ、使ってないじゃん。過ぎてるじゃん」

「そうなんだよ。これも、全部」



 あたしはそれらを食い入るように見つめてしまった。ざっと20枚近くはありそうなチケットが全て、未使用だ。しかも日付はとっくに過ぎている。中には二年近く前のものまである。

 


「・・・わ。ホントだ」


 これをいっぺんに落としても気付かない、ヒトミのガサツさにも呆れたけど、これだけのものを、しかももう使い道のないものを毎日鞄に入れて持ち歩いていた、という状況にも驚いた。

 仮に適当に鞄に突っ込んでそのまま忘れてしまった、というパターンだとしても、これほど量が溜まってしまったら、さすがに邪魔になって捨てないかしら?


 どういう事なのだろう?



「ヒトミ、いつも二枚一組で俺にねだるだろ? いつも誰と一緒に行ってんだろって思ってたんだ。ところが、どうやら多分、誰とも行っていない。あいつ、一度も行っていないのかもしれない」


 

 困った様に、そして少し悔しそうな表情でお兄が言う。

 あたしは何か引っかかるものを感じて、考え込んでしまった。

 すると一瞬、あたし達の間に深刻な雰囲気が漂った。そしてあたしはちょっぴり焦った。

 だって彼女はあたしの大事な幼馴染。あんまり、恥ずかしい思いもさせたくない。


 これは、ヒトミが隠したかった事に違いない。



「・・・・・」

「何でだろう?」

「お兄に嫌がらせとか?」

「・・・・・・マジ?」

「ばーか」


 

 あえて軽い感じでお兄を受け流すと、そのまま彼を部屋に置いて出て行った。夕ご飯の前には、お風呂でしょ。

 取り残されたお兄は「なんだよぉ」と呟きながら、あたしの部屋を出た。




 我が家の比較的大きな湯船にゆっくりとつかりながら、あたしは思考を巡らせた。

 ヒトミは、ポーカーフェイスだけどとても優しい。他人に対するきめ細やかな思いやりに溢れている。

 さっきの夕飯だって、あたしを気遣って声をかけなかったんだってわかっているもの。あたしが相当テンパッていたから、余計な事を言わず(言ってた様な気もするけど)でも空気の様にずっと、あたしの側にいたんだと思う。


 そんなヒトミが隠し持っていた(?)あのチケット。何だろう?

 単に忘れていただけなのか。それとも肌身離さず持ち歩いていたのか。だとしたら、すぐにでも気付いて、取りに返ってくるかもしれない。


 そこであたしは、突然気付いた。

 本当に、急に気が付いた。

 いっつもそう。こういうひらめきって、何の脈略もなく襲ってくる。例えば、テストを提出した途端に正解に気付くように。



 あのチケット。全部、ヒトミの親が所属する交響楽団のものだ。



 ヒトミの両親は、お父さんがある交響楽団の専属チェロ奏者、お母さんがいくつかを掛け持ちしているバイオリニストで、あまり家にいる事はない。よく海外の演奏会に出場している。

 あのチケットの束は、少なくともあたしが見た限りでは、そんな彼女の両親が所属している楽団のものだった。でも何で? 彼女の両親が出演しているとは限らない。

 今日もチケットを貰ったヒトミ。そして家に帰って行った。日付はいつのものだったのだろう? 数日中に行われるのだろうか?



 何の事情があったんだろう?


 そこであたしは再びひらめいた。あのコンサートチケットは、日付が近いものが多かった。つまり12月1日と2日、あるいは7月20日のマチネとソワレ。

 

 

 

 あのチケット達、全部、彼女の親が出ているものじゃないのかしら?




 急に全部が繋がる様な気がして来た。



 音楽が嫌いだと公言しながら、クラシックコンサートチケットを手にするヒトミ。

 そしてそれに一度も足を運ばないヒトミ。

 なのにそれを捨てられないヒトミ。

 今日は親がいるから、と帰宅するヒトミ。




 彼女は未だに、両親を憎んでいる。小さい頃から手をかけて貰えず、音楽のスパルタ教育だけを施した親を。

 そして両親を憎む自分に、苦しんでいる。だって憎む以上に、求めているから、親を。


 そして多分、そんな自分に、ハッキリとは、気付いていない。



 きっとあの子は生まれて17年、ずっと物わかりの良いいい子なのだろうな、と思った。

 あたしみたいに、親の目の前でギャーギャー泣き喚いた事なんて一度もないのだろう。






 あたしは湯船に、頭のてっぺんまで潜りこんだ。







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