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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第三章 何が起きてるの?
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Friend 1

 あったまくる、あったまくる、あったまくるっ。 



 ノックノック。

「真琴ー」

 無視。

 ノックノック。

「真琴ー。入るよー。・・・何やってるの?」


 

 ヒトミがあたしの部屋の入り口で立ちつくした。見りゃわかるでしょ。

 彼女は部屋に入ってきて、腕を組みながら、あたしを上から覗きこんだ。


「・・・ふーん。勉強。そうくるの」


 あたしは机にかじりついて英単語を筆記しながら、無視。



「人間、ストレスが溜まると叫ぶか走るか、って聞いた事があるけど、英単語の暗記は聞いた事が無かったな」


「あたしは受験生ですからねっ。受験勉強をするんですっ。受験生が受験勉強をして何が悪いのっ。本来こんな下らない事に時間を費やしている暇はないんでからっ。飛ぶエネルギーがあるなら勉強っ。叫ぶ暇があるなら勉強っ。走る元気があるなら勉強っ。無駄な体力は使わず全て勉強っ。一体これのどこがおかしいのっ」

「わかったわかったわかったから」


 ヒトミは軽く両手を上げて後ずさった。


「建設的だね。真琴にしては、非常に前向きな現実逃避だ」

「わかったなら邪魔しないで。なんと言われようと気になりません」

「はいはい。東都大医学部、一直線」


 彼女はそう言うと肩をすくめてあたしのベッドに腰をかけた。長い脚を組んで、ベッドの上に置いてあった雑誌を読み始める。

 学校帰りそのままなので、彼女の恰好は紺のブレザーにパンツ。襟元とネクタイを緩めて、寛いだ様子で雑誌をめくるその姿は男そのもので、なのに読んでいる雑誌が女の子雑誌。そぐわない。



「真琴が飛んだ後、すごかったよー。あ、これかわいいな」

「mold,mold,mold……すごいって何が?」

「まるで予定されていたかのように、あの3人が動いた。moldって何?」

「形作る。あの3人って、水島・由井白・新谷?」

「そうそう。真琴の追っかけ方法を、事前に組んでたんだね。今日は私もその中に入れられてた」


 ヒトミはページをめくりながら、話を続ける。「あ、これもかわいい。何だ、コレ」とかブツブツ言っている。



「水島智哉。あれ、凄いね。サイコメトリーだけじゃなくって、モノを飛ばせるらしい。物質の瞬間移動ってやつ。そんな事が出来る人間なんて、そうそういないよ」

「ここにいまーす」

「あなたは特別。だから皆、真琴に手をかけてるんでしょう?」



 そう言われて、あたしは顔を上げた。ワンテンポ遅れて、彼女も顔を上げる。

 目が、あった。



「やっぱそうなんだ」

「何を今更。宮地家は昔からサイのトップ。代々女が後を継ぐ、女王様家系でありませんか」

「・・・・・」

「いいよ、そんな思いっきり顔をしかめなくても。悪かったから、引き続き現実逃避に戻って下さい」



 言われてあたしは、素直に単語の続きをやる。だって嫌なんだもん、そういう事を考えるのって。

 ずっと目を反らし続けてきた事だから、さ。



「水島智哉のアレは、滅多に出来るワザではないらしいのだけど、相手が由井白義希の場合は別みたい。彼は、水島が飛ばせる唯一の人間、らしいよ、新谷さんが言うには」



 二人の女の子が可愛いコーディネートで絡んでいる写真を、ヒトミは面白そうに眺めながら、言う。

 あたしは、ヒトミの「かわいい」って台詞は女目線では無いかもしれないぞ、とか思いながら、同時に心の中で香取の部屋での出来事を思い出した。

 ああ、それで納得。よっちゃんが言ってた『僕はロケットで智哉が発射台』って台詞は、そういう意味ね。



「でも今日のはちょっと違った。その飛ばしを、水島智哉は新谷さんの部屋で、新谷さんと一緒にやったんだ。二人で難しい顔をしながらね。だからいつも以上に強く、チカラが出たらしい。新谷って人もすごいね。イットの気って、あんななんだ」

「ヒトミ、初めて?」

「うん」


 ヒトミが上目遣いでこっちを見た。そして皮肉っぽく、ニヤッと笑った。



「嫌悪感と陶酔感、両方が入り混じった様な感覚に襲われるね」


 

 嫌悪感と陶酔感、か。上手い事言うなぁ。

 あたしは椅子ごとヒトミの方を向いた。



「で、ヒトミは何をやらされたの?」

「その部屋に通された瞬間に、もう真琴が香取クン相手に固まっている姿が目に飛び込んできたよ。だってあの部屋、真琴と新谷さんの気でいっぱいなんだもの。気分が悪くなるくらいに」


 彼女はわざとらしく眉根を寄せて、手を目の前で揺らして見せた。気分が悪くなるとは、失礼ね。

 そしてヒトミは雑誌を脇に置くと腕も組んで、その時の状況を思い出す様な表情を見せた。



「既に由井白義希は、ネットを使って真琴の場所を割り出していた。水島智哉はこっちに近づくと、『君のビジョンを頂戴?』って言ってココに額をくっつけてきた」


 そう言って彼女は自分の額を突っついた。あたしはそれを見て想像した。それって、おでこゴッツンかな?

 ・・・絵になるかも。見たかったな。またやってくれないかな? なんて言ったら激しくこの二人に軽蔑されそう。



「それでその後は、由井白義希が消えました。めでたしめでたし」



 ヒトミは立ち上がると、あたしに近づいてきた。



「今回の彼らのこの動き、どうも恵美子さんの指示らしいよ? あの人達の話しっぷりが、そんな感じだった。soarとflutter, これ類義語だよ。私も、いきなり、しかもあんなにハッキリとビジョンが見えたのって初めてだし。恵美子さん、何を企んでいるのかな?」

「あのばあちゃんが何にも企んでいなかった試しは、無い。この二つ、どういう意味?」

「だよね。このままじゃ、終わらないって事だね」



 そう言って、ヒトミは悪戯っぽく笑った。座っているあたしに顔を近づけてくる。

 目の前で、いかにもって感じにからかわれた。



「真琴の輿入れも決まった事だし? ますます楽しくなりそう」

「推薦決定の暇なあんたのオモチャにするな」

「教えてあげるよ、この単語。二つとも、『高く飛ぶ』ってイミ。真琴が覚える、必須単語だね」



 「flutterは羽ばたくってイミだから。パタパター」とか言ってバカにしている、余裕綽々のヒトミを、あたしは悔しさを込めて見上げた。こっのやろっ、一度蹴っ飛ばしてやろうかな。


 至近距離にあるヒトミのおでこを人差し指で軽く押して、あたしは彼女を睨み上げた。



「タイプじゃなかったの? 香取」

「すっごくタイプ。何? 気になる?」

「全然。・・・・いや、むしろとても? ヒトミの好みがあの手だったか、っていう衝撃よ。あたしの嫁入りを面白がっている場合なの?」

「面白いね。今後の二人から目が離せませんって感じ。色々と楽しめそう」



 あたしは口を開きかけて、そして諦めた。駄目だ、今のこの子には何を言っても無駄だ。楽しいかどうかを第一に考える女だもん。しかもタチの悪い事にヒマときている。


 あたしは机に向き直ると、再び英単語と格闘を始めた。ヒトミも鼻歌を歌いながらあたしのベッドに戻った。

 最近、彼女はあたしの部屋に泊る事が多い。

 それに幼馴染と言う事もあって、側にいても全く違和感が無い。

 おかげでうっかり集中してしまい、気付けば軽く一時間が経っていた。

 振り向くと彼女は小説を読み耽っていた。傍らには流し読みをしたであろう漫画が、雑に積み上がっている。

 寛いでるなー。



「今日は泊ってくの?」

「んー、今日は久しぶりに親が帰ってくるんだ。だから家に帰るよ」



 意外にも彼女が一瞬苦笑いを見せた。じゃ、なんでそんなにのんびりしてるんだろう?

 そう思った時、再びあたしの部屋をノックする音がした。

 でも部屋は開いている。二人して振り向くとお兄いた。珍しく眉を下げて、

 


 困った様な怒った様な顔で立っている。


 

 何だそれ、21の男が、口を尖がらせないでよ、って思った。







 


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