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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第二章 だから嫌なのにっ
21/67

Did my best? 3

 唖然としたあたしは、呟くように言った。


「・・・ど、どうしてここに・・・?」

「こ・れ」


 彼はあたしの制服スカートに手を伸ばした。腰の辺り、微妙な所にその手を寄せるので本能的に身構えたら、ポケットの中から何かを取り出された。

それは小さな見慣れない、灰色の四角いプラスチックの塊。



「何これ?」

「GPS発信器。不測の事態に備えて、君につけていたの」

「はっしんきぃ?」

「でもまさか本当に、兄貴以外の所に飛ぶとは思わなかったなぁ。流石は宮地恵美子、君のお祖母さんだね。何から何まで、彼女の言うとおりになった」

「・・・あの・・・」



 満足そうにそう言うと、よっちゃんは部屋を見回した。

 そんな彼とは対照的に、あたしは何一つ理解出来ず、満足すらしていない。

 あたし達二人は同時に口を開いた。



「で、ここは誰んとこ?」

「どうやってここに来たの?」



 一瞬二人で顔を見合わせ、よっちゃんは明るくクスッと笑った。

 そしてあたしの質問に答えてくれた。

 ・・・のだけれど、それは全く答えになっていなかったのよ。



「もともとね、俺はロケットで智哉は発射台だったの。そこに君のお祖母さんの助言が加わって、新谷のブースターと、東田くんのナビがついた、って感じかな」

「・・・何を言っているのかわかんない」

「いいのいいの。ところでここ、誰の所? 彼は君の何? 俺、最初ビックリしたよ。見た事ある制服の女の子が、色男とキスしてるんだもの、真琴ちゃんかと思っちゃった」



 香取のキスを思い出した。というか、やっぱキスしてたんだ、あの二人・・・。

 すっごいモヤモヤするの。けれどもそれが何故なのか自分でもよくわからなくって、なのにテンションが下がってしまった。

 少しのイライラが混ざった心で、俯いて答える。



「・・・同じクラスの人・・・」

「そっか。そういう事かあ。しかしいいトコ住んでるねー、ここに一人暮らしとは。今夜は真琴ちゃんち、お赤飯炊くなあ」

「・・・」


 上目遣いで、彼を見た。あたしのローテンションを意に介さないその様子に、ホッとするのか余計にイラッと来ているのか、複雑な気持ちだった。


 よっちゃんのいう事、さっぱり意味が分からない。香取が一人暮らしなんて知らなかったし、この部屋がいい所かどうかもわからない。でも道理であのはるなちゃん、我が物顔でこの家にいると思った。だけど我が家が今晩お赤飯を炊くのは、何故? テレポ成功祝い?



 一人でごちゃごちゃと考えていると、彼があたしの肩を軽く抱いた。


「とりあえず、出よっか」

「え?」


 驚いて、顔を上げた。


「このまま?」

「うん。後の事は後から考えるとして、早く出よう」

「でも・・・」

「色々やらなきゃいけない事があるんだ。だからほら、早く」

「彼、どうするんですか?」

「それはとりあえず僕らに任せて」

「・・・何をするの?」



 あたしは思わず身構えてしまい、よっちゃんを睨み上げてしまった。

 だって彼は、ただ単純に明るいだけの人じゃない事をあたしは知っている。

 どこか黒い、あるいは危うい所を持ち合わせているのではないかと感じ始めていた矢先だったので、本能的に構えてしまったの。


 そんなあたしを見て、彼は不思議そうに言った。



「別に何にもしないよ」

「・・・」

「ほんとだってば。彼が戻ってくる前に出ようよ」

「・・・」

「まこ・・・わかったよ」



 彼は諦めた様に溜息をついた。

 そしてわざとらしく嘆いてみせた。



「俺、いつのまにまこちゃんの信用を失ったのかなぁ」

「別にそういう訳では・・・・」

「とりあえずクラスメイトの彼の、素性とか事情とか性格とか、色々調べてからでないと、こちらとしても動きようが無いだろ? 洗いざらい何でも喋ってしまうのか。含みを持たせて隠す事でかえってうまくいくのか。あるいは全くしらばっくれる方がいいのか」



 よどみなく説明されて、あたしは言葉を失ってしまった。

 それはまあ、そうかもしれないけど・・・


 見られちゃった以上、誤魔化しようが、無くない?



「要はどこまで彼を巻き込むかって話。それを今この場で、君がすぐに決められるかい?」



 香取を巻き込む。何に?

 よっちゃんに聞こうとして、何故か聞けなかった。この人が「巻き込む」と言う言葉を使うと、何故かとても、厄介な事が待ち受けている様な気がしたから。

 確かにこの場で即決するには、あたしは色々なモノが不足しているような気がする。



「・・・いえ・・・」


 あたしが小さく呟くと、彼はニコッと笑った。

 ホント、おひさまの様な笑顔。


「ね? じゃ、とりあえず退散しなきゃ。ささ、出よ出よ」



 再び彼に肩を抱かれ、促された方向はバルコニー。

 扉を開けて外に出ると、いえ外に出る前から、見える景色はどう考えても・・・



「・・・ここ、5階ですね」


 数えちゃったよ、下から順番に。


「まこちゃん、飛び降りられる?」

「え? こっから出るの? よっちゃんが来た所からは出れないの?」


 反射的に聞き返しちゃった。

 だってさ、ここは閑静な住宅街に見えるけど、5階のベランダから飛び降りるって、相当に目立つよ?

入った所から出ればいいじゃない。



「僕も君と同じように、ここには降ってわいたから。で、一人じゃ移動出来ない身なの」

「はぁ?」

「後で説明するってば。それより君、降りれるのかい?」


 有無を言わさず急かされて、とりあえずその雰囲気に乗せられた。


「あたしは多分。よっちゃんは?」

「僕はその分野じゃフツーの男だけど、でもどうにかなるよ。じゃ、行こっか」



 じゃ、行こっか、て、そんなに簡単な状況なの? 

 よっちゃんが親指で、右方向を指した。そっちに行って、と言う事らしい。

 左側に香取のバルコニーが続いているから、そちらにリビングでもあるのだろう。

 つまり香取に見られない様に、反対側のお隣さんのベランダに忍びこめ、って事ね? いいのね? やっちゃうよ?


 身を乗り出して隣を覗き込み、誰もいなさそうな事を確認した。


「あ、ちょっと待って」



 言われて振り返ると、よっちゃんがガラスの扉越しに、ベランダの鍵に手をかざした。

 鍵が、ガラスの向こうで回り、カチャッと閉まった。

 脇のロックまで下に動いて閉まる。

 傍から見ていてその様子は、まるで意思を持って動いている様だった。



 目を見開いてそれを眺めていたら、彼が振り返って笑顔で言った。


「戸締り。これで彼、余計に混乱するだろ?」

「・・・な・・・」

「君の痕跡、有りそで無さそが丁度いいからさ」



 悪戯っぽくウィンクをすると彼はその場から離れ、あたしの背中を軽くおした。


「先行って」



 あたし達、サイだけど。

 登場は華々しいのに、退場する時は地味だなぁ。ベランダ乗り越えて、不法侵入ですか。

 そう思いながら、あたしはベランダの縁に飛び乗ると素早く、人目につかない様に隣のバルコニーに入り込んだ。よっちゃんも後に続く。

 もっと進んで、というジェスチャーを受けて、でもここがマンションの端っこなのにと思い角を覗き込んだら、そちら側にも狭いけどバルコニーが各階に一ずつあった。

 そっちのほうが目立たないかも、と思い、そちら側の3階のバルコニーにピョンっと飛び移った。流石に一気に地面に飛び降りる気がしなかったの。多分出来るとは思うんだけど。



 その時上の方から物音がした。

 あたしはビビって、咄嗟にそのバルコニーの陰に隠れた。このお家、おっきな植木鉢がいっぱいあって良かった。



 息をひそめていると、声が聞こえてきた。



「マジ・・・?」



 香取の声だ。

 思わず顔を上げて、上の階を見上げてしまった。

 すると香取の部屋の隣のバルコニーに隠れているよっちゃんが、あたしに向かって慌てて手を振り回した。どうやら、引っ込めって合図らしい。

 再び顔を引っ込めたら、頭上から香取の呟く声が微かに聞こえてきた。上の方の音って、聞きづらいものなのね。


「おい、勘弁しろよ・・・」


 バルコニーを掴む音がする。多分、身を乗り出しているのだろう。


「ここ、5階だぜ・・・?」


 あぁ、ちっとも誤魔化されていないよ? よっちゃんが念力使ってかけた鍵も、全然意味を成していないよ?

 心の中で虚しく突っ込む。香取の気配が無くなるまで、ジッと身を隠し続けていた。これは明日、学校に行ったらとんでもない事になるなぁ。行きたくないなあ。



 どれくらい経ったのか、香取が部屋の中に戻る音が聞こえた。バルコニーのガラス戸が閉まる。

 すぐによっちゃんが、柵を乗り越えて軽々と3階まで伝い降りてきた。それを確認すると、あたしは3階から飛び降りた。その後を彼が、スルスルとヒョイヒョイと下りてくる。

 ・・・この人、素人なのに身軽なのね。趣味はロッククライミングなんて言いそう。




 よっちゃんに連れられて、住宅街の裏路地を小走りに移動した。

 彼はチラッとあたしを見ると、速度をゆるめずに進みながら言った。


「あの彼、機転が利いてるね。咄嗟に君をクローゼットに隠すなんて、受け入れるの早くない?」

「・・・ああ、それは多分、彼女に要らぬ誤解を与えたくない苦肉の策だと・・・」

「ふーん、そうかもね。でも、それだけかな?」


 

 何か考えていそうな瞳で、何も考えていなさそうな口調で呟く。もう、知らんわ。だって分かんない事だらけなんだもん。

 急に彼の足が止まった。 


「ありがとうございます」



 明るく彼が言うので、何の事だろうと周りを見回したら、路肩によっちゃんの車を見つけた。見慣れた目の覚める様な青い車。その脇に男性が立っている。その男性はスーツを着て、年の頃40歳前後?

 そのおじさんはあたし達に軽く一礼すると、よっちゃんの車から離れて、道の反対側に止まっていた紺のクラウンに乗り込んだ。音もなく発車していく。あ、あれハイブリッドだ。本当に音がしないー。


 よっちゃんを振り返って、よっちゃんの青い車を指して言った。


「何? どうしてここに車?」

「あれね、智哉んちの関係者」

「ああ・・・智哉んち、ね・・・」



 もう騙されないぞ、智哉んち。普通じゃないから、智哉んち。部下がよっちゃんの車を持って来てくれたって事なのね。

 つまりあのおじちゃん、スジモノってヤツですね? 見分けらんないなぁ。



 よっちゃんに促されて助手席に乗り込んだ。座ったら、フッと緊張が解けた。そこで初めて、自分が結構緊張していた事に気づいた。そりゃそうか、当り前よね。人生初の経験だもん。


 車が走り出す。右隣をチラッと見ると彼と目があった。ニコッと微笑まれて、慌てて目を反らした。


 ・・・現金だな。ドキドキしてるかも。



 香取んちは、あたしの家から結構遠い所にあったらしい。30分くらい車に乗っていた。

 その間よっちゃんは、珍しく黙っていた。

 音楽だけがひたすら流れる空間で、けれども彼はどこか嬉しそうだった。



 あたしの家の前について、彼はあたしを見た。


「じゃ、またね。近いうちに。今日はおつかれ」


 

 目が、笑っている。本当に優しそうで嬉しそうで、あたしは胸がドキンとした。

 よっちゃんはあたしに手を伸ばしてくる。あたしはますます胸の鼓動が高鳴った。


「本当によく、頑張ったね」


 そう言うと、あたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

 て、え? な、撫でられている・・・?


 

 あたしはじっと撫でられていた。真顔で。だけど犬だったら、確実に尻尾が扇風機だった。



「あ、これ。はい」


 何かを差し出されて、本能的に手の平を差し出したら、その上に載せられたのは


「・・・・・」

「ご褒美。飴ちゃん」


 

 これは犬で言うところの骨、ですね。ペットショップでよく見かけます。

 あたしはその大きな飴ちゃんサイダー味を凝視した。よっちゃんが常に持ち歩いているんだろうか、サイダー味。

 ・・・似合わない。

 


「ゆっくりお休み」


 包み込む様な笑顔で微笑まれて、あたしは顔が赤くなりつつも、かなり戸惑っていた。

 一緒にイットを狩ろう、って誘った時の狂気まがいの光を潜ませたよっちゃんとは、全然雰囲気が違う。

 女の子達に囲まれてアイドルの笑顔を振りまいている彼とも、全然違う。

 


 どれがこの人の本当の顔なのだろう?




 手の中の飴が、深く深くあたしの胸の中に入り込み、溶け出していく様な気がした。

 


 そして溶けた飴は取り出せない事も、知っている。







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