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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第二章 だから嫌なのにっ
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Did my best? 2

あたし達は言葉も出ずに凝視しあったまま。

お互い多分息も止まっていて、時計の秒針の音が耳に痛い。



「・・・お前・・・」



信じられない、という顔つきで香取が声をかけた時。


「礼ー?」


部屋の外から、女の子の声がして来た。

途端にあたし達はビクッと飛び上がった。

えええ、他に誰かいるのっ。


「礼ー? 起きたのー?」


あの子だ、あの子、香取の彼女だっ。いるんだ、部屋の外にっ。

あたしは顔が一気に青ざめてきた。血の気が引いてくる。どうしようっ。

この状況、どう言い逃れをすればいいんだろうっ。



「あれ? まだ寝てる? 開けてもいいー?」


寝てる人間に開けてもいいか聞いてどうすんだっ。寝てたらどうするんだっ。

じゃなくって、あたしってばどうするんだってばぁっ。


その時、香取があたしの上腕をグイっと掴んだ。

ビクッとして顔を上げると、彼は押し殺した低い声で言った。


「こっちこいっ」

「やっ・・・」



彼女の前に引き渡されるんだ、問い詰められるんだ、と身構えたら、

彼はあたしを、壁面に備え付けの大きなクローゼットの中に押し込んだ。

て、え? は?



「ここに隠れてろ」

「え? ちょっと・・・」

「声出すなよ」


言うなり扉を閉められる。真っ暗になった。



「あれ? 声が聞こえるわよ? 入ってもいい?」

「電話中なんだよ、勝手に開けるな。向こうにいってろよ」

「なぁんだ。起きてたんなら教えてくれればいいのにぃ。はるな、お腹へったよぅ」

「うるせぇな、向こうにいってろっつてんだろ」



そして部屋の扉が開く音がした。


「なんだ、電話終わってんじゃない。何、話していたの?」

「カンケーねぇだろ」

「礼って意外とここで上手くやってるわねぇ。友達、多そうね」

「うるせぇな」



異常なまでに冷たくてぶっきらぼうな口調の香取と、それを全く意に介さない彼女、はるなちゃん。

これがこのカップルの日常会話だっていうの?



それにしても、どういう事だろう? あたしは暗闇の中で眉根を寄せた。

香取はあたしを隠してくれるの? 何で?

・・・自室に他の女がいたらマズイからか。なあるほど。

目の前の非常識体験より、身近な修羅場の方が受け入れ難い訳ね。

そっか、そっか。じゃ、あたし、そんなに焦る事無かったんじゃん。


・・・違うでしょっ。

突然人間が降って湧くなんてあり得ないっ。後で彼にどう言い訳すればいいのっ。



「ねぇねぇ、もうこんな時間だよ。ご飯食べに行こうよぉ」

「はぁ? お前、ウチ帰って家のメシ食えよ」

「やだよぉ、何それ。せっかく礼が起きるの待っていたのにっ」

「お前が勝手についてきて上がり込んできただけだろ。今日はもう帰れ。明日も学校だろ。おばさん心配するぜ」



あたしは香取のクローゼットの中で、息を殺してこの会話を聞いている。

うんそうか、香取はもう、彼女のママに挨拶まで済ましているのね。案外、健全なお付き合いなのね。

・・・あぁもう、何考えているの、あたし。



今までと違った冷や汗をかいてきた。あたしの顔や体にまとわりつくのは、香取の私服達。香取の、匂いがあたしを囲んでいる。ほら、あたし匂いに敏感だからさ。いやぁぁ。


一人、狭くて暗い空間で頭を抱えて身悶えた。



「・・・なーんか、あやしい」

「はぁ?」

「礼が、優しい。うちのお母さんの心配をするなんて、なんかおかしい」

「な、何言ってんだよ」

「なんか隠してる?」

「な、なんも隠してねーよっ。何言ってんだよっ」



・・・動揺している。

今度は呆れてしまった。

コイツ、実は思った以上にヘタレ? ここでビビってどうすんのよ。



「ふーん。ま、いっか。じゃあ食べに行こうよ」

「行かねっつってんだろ」

「あーあ。・・・じゃあ帰る。・・・あたし、今まで何のためにここで待っていたの?」

「知らねーよ、帰れって初めっから言ったろ」

「だって礼、具合が悪そうだったんだもん。心配だったんだもん」

「んなの寝りゃ治るんだよ」

「治ったの?」

「・・・ぶっ飛んだ」



おい。最後の、なんだそりゃ。

カップルのバカトークに耐えられない。もう、早くここから出たい。いいから香取、さっさと彼女と部屋を出てよ。ご飯食べに行きなよ。

・・・まさか、このベッドをこれから使うとか・・・?

クラっと来た。やめてぇぇぇ、神様ぁぁぁ。



もう、何が何だかわからない。自分の立場を大棚に上げきっているのは百も承知。誰かどうにかしてっ。


暗闇の中で再び頭を抱えた。

相変わらず、バカップルの会話は続く。


「だからもう、お前は帰れ」

「しょうがないなあ。じゃあ、チューして」



・・・何?

あたし、またあれを見させられるの?

いや、今は扉が閉まっている。見なきゃいいだけの話。そう、隙間からこうやって覗きこまなきゃ・・・。


思わず扉に片目を近づける、って、あたし、何やってるの。

・・・自分の変態さに凹んだ。

ああ、あたしここにいたらドンドン落ちて行く気がする・・・。



「チューしてくれたら、帰る」

「・・・またかよ。いい加減にしろよ」


香取のため息交じりの声。そして少し拗ねているであろう、可愛い声。


「好きなんだもん。いいでしょぉ。ずっと好きなんだから」

「・・・お前、いつまでそんな事言ってんだ?」

「ねえ、部屋の中に何かあるの?」



ギックぅぅ!!

暗闇の中で今度は飛び上がった。息も止まった。



「さっきから何か気にしてない?」

「してねーよ、なんもねーよ」

「やっぱあやしいなぁ。えっち本でも隠してるんじゃないのぉ? ベッドの下とかにっ」

「わっバカお前やめろっ」



わっバカほんとやめてっ。

両手でクローゼットの扉を内側から抑える。その向こう側で、ベッドのシーツをバサッと動かす音が聞こえた。



「あーれ? おかしいなあ、ないぞぉ? 健全な男子高校生なのに」

「ないって言ったろっ。出て行けっ」

「あっ、わかったっ! クローゼットの中だっ!」

「やめろっ!」



ほんとやめてっ!

香取の本気で焦った声に、あたしの腕にも力が入った。

ああこんな事なら、ベッドの中にエロ本でも隠し持っててくれればすべてが丸く収まったのにっ。

吐けっ香取っ! エロ本のありかを彼女に吐くんだっ!

・・・まさか、本当に、ここ?

思わずギョッとして辺りを見回す。やだっ不潔っ一体どれよっ。



外からは、何故か嬉々として最高に盛り上がっている彼女ことはるなちゃんの声が聞こえてきた。



「やっぱそうだっ! その中に何か隠してるんだっ! えっちビデオの山とか? はるな大丈夫だから! 見せて見せてっ」

「てめー、いくらお前でも殴るぞっ。離れろっ!」

「嘘だよ。礼は殴んないよ、あたしの事は」



ふいに、彼女の声に艶が混じった。

幼く見えていたのに、意外にも色っぽい声を出す。

そう思っていたら、微かに衣擦れの音が聞こえてきた。



・・・これ、多分、・・・キスしている・・・。



あたしは扉を背に、息が止まってしまった。

ビックリしている。ビックリしている自分に、ビックリしている。

実際こんなに近い距離で再びキスをされると、何故だかショックで見る気になれない。

あたしはそのまま、息を押し殺していた。



「だってちっちゃい頃から、あたしの王子様だもん」

「いいから出ろ」



その声と共に、二人が部屋を出て行く気配がした。部屋の扉が閉められる。

二人の言い合いともつかない会話が、段々と離れて行った。



ちっちゃい頃から、だって。そっかあの二人、幼馴染なのか。

あれ? でも香取ってイギリスからの転校生だよね? じゃ、そのイギリスから連れ帰った女の子って事?



どうでもいい事をボーっと考えて、どうでもいい事を考えているんだな、と気付いた。

一気に脱力。ガクッときた。扉に体ごともたれかかり、上を見上げて、口が半開きになっている。

でも、誰に見られる訳でもないから、取り繕う必要も、ない。



何やってるんだろ、あたし。早く、ここから出なきゃ。


力が、出ない。でも早く、出なきゃ。




どれくらい、そうしていたのだろう。

その時、外からクローゼットの扉を誰かがノックした。

突然の事に飛び上がって振り向く。


「真琴ちゃーん」



えっ? あたしの名前を呼ぶ?

誰?



「おーい、出ておいでー」



その声は明らかに香取のものではなく、でもハッキリと聞き覚えがある。

信じられない思いで、あたしは恐る恐る扉を開けた。

そして案の定、信じられない人が目の前に立っているので、あたしは驚愕した。



「・・・よっちゃん?」

「どもー。お迎えに来ましたー」



サングラスを軽くずらして明るく微笑むよっちゃんは、当然の顔をして当り前の様に香取の部屋に立っている(土足で)。


あたしは、開いた口が塞がらなかった。

何で?



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