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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第一章 面倒臭いんです
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This is my life 2

「お前はさ、動揺するととんでもない所に飛ぶ癖、いい加減にどうにかしろよ。少しは訓練してるのか?」


大学の校内を歩きながら、お兄はすごく嫌そうに眉毛を上げて私を横目で見下ろした。



「デート中とかマジ勘弁だろ。ホント死活問題。頼むからコントロールして」

「・・・がんばりまーす・・・」



さすがにあたしもしょぼんとなり、俯いて答えた。

だってテレポって、あたしの意思とは関係なく突然起こってしまうもので、その飛び先は何故かお兄なんだよね。理由は自分でもよくわからない。でも迷惑をかけているって事だけはわかる。

実際、お兄のデートにニアミスしそうになった事もあるし。あ、あの時の彼女とはどうなったんだろう?


気持ちを落ち着けて、行きたい先をイメージして、テレポテーションをコントロールする感覚を身につけなさい、とお祖母ちゃんは言うのだけど、これがなかなか上手くいかないの。

・・・で、そのうち疲れちゃって、つまんなくなっちゃって、練習をやめちゃうんだよね。


だってこれっていつかは消える能力らしいし? 最近は飛ぶ回数も減っているし?(半年に一回くらい)

そりゃ、アメリカンコミックみたいに颯爽と表れて、困っている人たちを救って去っていく、みたいなヒロインにも憧れるけどさ。無理じゃん、実際。あたしより救助犬の方が何百万倍も役立つよ。



と、一人でブツブツと言い訳をしていると、お兄が少し驚いたように言った。


「あ、あれヒトミじゃねーか?」



顔を上げると、あたしたちの視線の先には久しぶりに見る長身の幼馴染が歩いていた。

制服のパンツに両手を突っ込み、ブレザーの前を開けてネクタイはラフに結ばれ、長身に合った長い脚で大股に歩くその姿は、相変わらず絵になる。

短髪だけどサラサラの髪が風になびいていた。


「おーい、ヒトミ!」


お兄が声をかけると、ヒトミが振り向いた。切れ長の瞳が軽く見開かれる。

こちらに近づいてきた。


「薫。と、何で真琴?」


そう言ってあたしを見下ろす。

この見目麗しき幼馴染はあたしと同い年で、お兄の大学の付属高校に通っている。成績優秀で推薦入学もとっくに決まっており、時々大学の教授室に出入りしているって話は聞いていたんだけど、

でも今って、まだお昼前だよ? 自分の授業はどうしたのよ?


てハイ、人の事は言えません。ごめんなさい。



「ヒトミ、悪いんだけど、真琴を学校まで連れて行ってくんね?」

「何でココにいるんです? この子」

「・・・・」

「ほら聞かれてんぞ? 答えてやれよ、真琴」



お兄が意地悪くあたしを見下ろして、肘で突っついてきた。イ、イヤな奴っ。

あたしは冷めた目で見ているヒトミを見上げると、気持ちちっちゃくなって答えた。


「・・・すいません。また、やっちゃいました」


するとヒトミはあっさり一言。


「懲りないね」


うっ。

コイツはある意味、お兄よりもキツイ性格なのよぉ。


「・・・はい」

「どうせまたどっかで跳ねていたところを、誰かに見られたんでしょ?」

「・・・はい」


するとお兄が飛び上がった。


「えっ?! お前、見られたのかっ? 見られてないっつってただろっ」

「バカじゃないの?」


ヒトミが冷たくあたし達に言い放つ。キッツ。


「それでパニクって、テレポって、薫のとこに来たんだ?」

「・・・はい」



その目、その目やめてぇぇぇ。

ヒトミは言葉通りの、綺麗だけどバカにしたような目つきを、あたしからお兄に移すと言った。



「で、なんで自分が送り届けなくちゃいけないんです?」

「ヒトミ、暇だろ? 推薦決まっているんだから、一コマぐらい抜けられるだろう?」

「薫は何様ですか?」

「頼むよ、俺、必修やべぇんだよ。コレ落とすと留年確実なんだ。頼む、な?」

「別にヒトミがいなくったって、学校ぐらいちゃんと行くよ」

「行かねーよ、お前は。昼近くなって、面倒臭くなって、絶対行かねー。賭けてもいい」

「別にお兄みたいに、落としそうな科目なんて無いもん。いいじゃん、もう」

「そういう問題じゃねーだろ。ガッコつーもんは行くんだよ」



お兄はあたしに噛み付きかねない勢いで言って、ああもう面倒臭いったらありゃしない。

保護者つき登校って何なのよっ。


「・・・重度のシスコン兄貴と、学習能力の無い妹か」


あたし達の言い合いを見たヒトミは軽く溜息をつくと、お兄に右の手の平を差し出した。



「・・・何だよ?」

「いつものヤツ」

「・・・今度は誰のだよ?」

「連絡しますよ。とりあえず二人分で、前から7列目。いい?」

「高ぇんだよ、クラシックコンサートっつうの」

「取るの?取らないの?」

「取りますよっ。後でこいつに請求してやる」



お兄があたしをギッと睨んだ。ウッソ、それこそバッカじゃないの?


「払う訳無いじゃん」

「商談成立。行くよ、真琴」



ヒトミは肩を軽くすくめるときびすを返して歩きだした。片手をポッケに突っ込み、片手を軽く上げて人差し指をクイクイと動かし、振り返らずに「早く来い」の合図。

やたらとサマになるけど、あたしは犬かっつーのっ!


そんなあたし達にお兄はすっかり満足した様子で、教室に戻って行く。

あたしは小走りにヒトミの後を追った。

長い脚でスタスタと大股で歩くもんだから、ついて行く方は大変なのよ。

タイミング良く来たバスに当り前の様に、あたしを待たずに乗り込むもんだから、こっちも大慌てで滑り込んだ。ギリギリセーフっ。


いつも通りのあたしを無視したマイペース振りに文句の一つでも言ってやろうと顔を上げたら、ヒトミと目があった。

憂いを含んだ綺麗な眼差しで流し眼をし、色っぽくクスリと笑うもんだからドキッとする。



「久し振りだね」

「え? あ、テレポ?」

「そう。相変わらず、彼のとこに飛んで行くんだ? ブラコンだね」



制服のスラックスに包まれた長い脚を持て余し気味に壁に付けながら、肩を竦めて楽しそうにクスクスと笑う。

そして時々あたしを眺めるその視線は、幼馴染で充分見慣れたハズなのに思わず見とれてしまう程カッコよくて、


ちょっと、そういう表情、やめてよね? 危ない世界に足を突っ込みそうになるじゃないっ。



「ヒトミはどう、最近?」

「んー、特に面白い事は無いかな? 親も相変わらず忙しく飛び回ってるし。そっちこそ受験勉強は順調?」

「うん。ばっちりA判定」

「もっと上狙えば?」

「やだよ、面倒臭いもん」

「出た、座右の銘」


呆れた様に言う姿に、あたしは少し唇を突き出して答えた。


「いいじゃん。別に有名大学の病院先生をやりたい訳じゃないもん。やる事なんて、どこでも同じでしょ?」

「欲が無いね。そーゆートコが好きだけど」



苦笑しながらあたしを見下ろす。両手で吊革の上のバーを掴み、ぶら下がる格好。

ていうか、最後の台詞は何? さらっと言うから。


ヒトミの両親は音楽家で、いつも世界中を飛び回っている。だから一人っ子のヒトミはよく、あたしの家で夕飯を食べていた。家族同然だった。

けれどもいつのまにか、この子はあたしんちに来なくなった。

でもたまにこうやって顔を合わせる時、ヒトミはいつもの笑顔を見せる。

だからあたしは、心配をしない事にしている。



「ヒトミこそ、おじさん達みたいに音楽家になるかと思ってたのに」


吊革に捕まりながらあたしがそう言うと、ヒトミは軽くこっちを睨んだ。

親指を立てて自分の胸を突っつく。


「知ってるでしょ。音楽が嫌いって事」

「そうだっけ? ヒトミのピアノ、すごく好きなのにな」


すると再び、憂いを含んだ色っぽい眼差しであたしを覗きこみ、クスッと笑った。


「ありがと。真琴がそう言ってくれるだけで充分」


だから幼馴染相手にそんな雰囲気を繰り出すんじゃないっ。そーゆーナチュラルな色気をどこで身に付けたのよっ。


と、あたしが軽く息を詰めて心の中で突っ込んでいると、フッと視線を反らされた。

何処を見るともなく、宙を見つめる横顔。


「音楽を愛する為にも、その道には進めないんだ」


その顔は、幼い時によく見せていた表情と同じだった。

我が家にいて、楽しくて、それでも一人になった時に必ず見せていた、あの表情。

音楽はヒトミから、両親と自由を奪っていた。



でも目の前の横顔を見て何故か、切なさよりも懐かしさを感じた。心が温まる。

だってそれを乗り越えて前を進んでいるヒトミを、あたしは知っているもん。


小さい頃から厳しいレッスンを受けてきたヒトミだけど、高校も、大学も、その道を選んでいない。



「ヒトミは昔から、今でも音楽が好きだよ。あなたの歌もピアノも、小さい頃から最高よ?」


あたしはそう言うと、からかいを含んだ眼差しでヒトミの顔を覗き込んだ。


「ただ今は、そんな自分を受け入れられないだけよ」




するとヒトミはニヤッと笑った。


「真琴は何でも知っているんだね」

「そうだよ。だから久し振りにウチにご飯でも食べにおいで?」

「じゃ、ついでに家族会議でも見学に行きますか。ヒサシブリの見物みもので楽しみだなあ」

「・・・あんた・・・」



そうやって楽しく話を咲かせていると、あっと言う間に学校前についてしまった。チッ。


一気にテンションが下がってバスを降りる。

そんなあたしに構う事無くサッサと前をあるくヒトミは突然、正門手前でピタッと止まった。

あたしは自然と、その背中にぶつかった。


「てっ・・・」


顔を上げるとヒトミは片手を上げて、隣の神社に接している学校フェンスを指さしている。


「真琴、あそこの植木近くで落ちそうになったんでしょ?」


・・・げ。


「それで薫のところに飛んだんだ?」



そう言って振り向き、あたしを見てニヤニヤと笑っている。

あたしは、下がったテンションが地面に穴を開けていくのを感じていた。

何と無様な。この子には今それが・・・


「・・・見える?」

「んー、見えるっていうよりも、あの木達が教えてくれてる」



おんなじじゃん。見えてんじゃん、それって。



「そしてついでに言うなら、笑われてる」

「・・・木に?」

「そう。面白かったらしい」

「・・・それは良かった」


ふーんだっ。

植物にエンターテイメントを提供出来たなんて、多分一生の思い出になるわよ、あたしだってっ。

てか笑っているのは木じゃなくて、明らかにあんたでしょっ。

拳を口にあてて、片手をお腹にあてて、俯きながら笑いを堪えるんじゃないっ、いっそのこと気持ちよく大声で笑えっ。


って言ったら間違いなく遠慮なく大声で笑われるだろうから、やめておこう。

この人、面白い事なら何でも大好きだから。



東田ヒトミがあたしの幼馴染であるのには、理由わけがある。

宮地家も東田家も、「サイ」を定期的に輩出している家なのだ。

この場合の「サイ」とは、あたし達みたいに常人とは少し異なる能力ちからを持つ人間の事。

そしてこの場合の「あたし達」とは、あたしとヒトミ。


ヒトミは、植物と意思疎通(?)らしきものが出来る。植物の気持ちが分かるんだって。なんだ、そりゃ。

それだけなら、そんな人達って結構いそうな気がするんだけど(隣の家のおばあちゃんとか、毎朝お花に話しかけながらお水をあげてるし)、ヒトミにはもう一つ、特技がある。

時々、映像の様なものが見えるらしい。ビジョンが、視覚的に。こちらはあたし同様、ふいに訪れる能力でコントロールは効かないらしいけど、あたしより目立たない能力である事は確実よね、羨ましい。


ちなみにあたしはお祖母ちゃんからの隔世遺伝なのだけれど(お母さんもお兄もズルイっ)、ヒトミの所はひいお祖母ちゃんのお母さんにまで遡らないとダメならしい。つまりひいお祖母ちゃん以降ヒトミが生まれるまで、東田家はごくまともな人間しかいなかったってコト。それも気の毒だよね、ヒトミが。





「あれ? 真琴のクラス?」


一通り笑い終えて満足しただろうヒトミが、グラウンドにいる女子集団を見つけた。


「あ、体育だったんだ。やったサボれた、ラッキ」

「・・・かったるい発言だな、相変わらず」


呆れた様に白い目を向けられた。


「欲が無いのはいいけどさ、いい加減、何か夢中になれるものとか見つけたら?」

「これから、これからー。自分だって学校サボってんじゃん」

「誰のせいだと思ってんです?」


軽く頭を小突かれた時、クラスの女子が数名、こちらに走ってきた。


「宮ちゃーんっ! あ、ヒトミくんだーっ! きゃーっ、彼氏と同伴登校っ」

「ヒトミくーんっ」



ヒトミは今までもちょくちょく、あたしの学校に顔を出していたのよ。

といってもこの正門までだけど、今日みたいに登校時とか結構よくある下校時とか。

だからあたしの友達とは顔見知りなのよね。


「ねえ、彼氏、学校は?」


でも何度訂正しても、彼氏扱いされるの。

面倒臭いから、もうほっといているけど。



「サボっちゃいました」

「え? 宮ちゃんの為に?」

「そう言う事に、なるのかな?」

「やーっ、相変わらずラブラブだねぇーっ」


相変わらず、って何よ? いつあたし達が、ラブラブしたよ?

そう思って軽く呆れて、横目でヒトミをうかがったあたしはギョッとした。

げ、その瞳、企んでるっ。完璧にこの状況を楽しんでいるっ、久しぶりだから面白がってる、これは来るっ。



「二人して朝からどんなデートをしていたのぉ?」


誰かの黄色い質問に身構える間もなく、ヒトミがあたしの肩に腕をまわしグイっと抱き寄せてきた。

長身を屈めてあたしの顔に頬を寄せ、甘い声で答える。


「それは御想像にお任せします」


途端に上がるキャーって歓声。ちょっとやり過ぎでしょっあんたはっ!

すると更にヒトミは調子に乗り、甘く煌めく眼差しであたしを覗きこむと

低い声で囁いた。


「じゃね、真琴。サボらず真面目に、授業受けるんだよ?」


そして額にチュッとキス。

一瞬の間をおいて、ギャラリーからは更なる歓声。

・・・こーのーやーろー。

そして益々調子に乗る奴。


「離れ難いけどね」


そう言ってあたしを覗きこむ、間近に迫った切れ長で得意げな眼差しを睨みながら、あたしはドスを効かせて小声で言った。


「あんた・・・あたしで遊ぶの、いい加減やめなさい」

「何で? タダで送って貰えるとでも思ってた?」


ヒトミもクスクスと小声で答えると、少し声をあげて周りにも聞こえる様に言った。


「帰り、迎えに来ようか?」


相変わらずの甘い声。いつまで続けんのよっこの恋人ごっこをっ。

と言う思いを目に込めて、あたしはにっこりと造り笑いをした。


「今日はいいわ」

「そうか、残念。じゃ、また夜に」


ちっとも残念そうに無く肩を竦めると、ヒトミはニコッと笑って軽く手を振った。


「じゃね。みんなもまたね」



そう言って去っていく後ろ姿は確かにカッコいいけどね。

・・・あんた、あたしの学校生活をどうしたいのよっ!



「もう、かっこいいっ! 宮地さんの彼氏はかっこ良すぎるっ! 少女マンガの王子様みたいっ」

「美男美女だよねぇ」

「そうだよねぇ」


クラスの女子のヒトミファン(あたし公認って事になっている。許可を求められたから・・・)が喜んでいる。

自分達の好きな男が他の女といちゃついていて、何で喜ぶんだろう? これがファン心理?



「・・・ねえ、真琴」


クラスで一番仲のいい唯が近づき、あたしに小声で囁いた。



「ヒトミくんが女の子だって、いつ皆には言うの?」

「面倒臭いから、もう言わない」

「・・・出た、座右の銘・・・」



唯が呆れてあたしを眺めた。

でもだってこれ以上、あの子にあたしの学校生活を掻き回されたくないもの。ヒトミが女の子だ、なんて分かったら、みんなのどんな妄想を掻きたてる事か・・・。

健全よ。あたし達は健全な仲なの。

・・・あの子の中身が健全かどうかまでは、わかんないけどね。


 








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