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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第二章 だから嫌なのにっ
19/67

Did my best? 1

水島家のいつも通りの部屋の扉を開けると、いつも通りの由井白さんの笑顔があった。

一点の曇りも、ない。


さっきのあたしの話なんて聞いていなかったかのように、ヒトミが笑顔で言った。

「こんにちは。これ、お届けモノです。確かに引き渡しました」


そのあまりにもしれっとした様子にムカついた。

しかもあたしの事、簡単に引き渡しちゃうし。なによぉ。


「・・・裏切り者め」

「あ、何? 膨れてる?」

「寄るなバカ」

「愛されてんねー」


急に横から由井白さんの、能天気とも言えるぐらいの明るい言葉が差し込まれた。


「かっこいい彼氏、しかも同じサイ持ちで親公認? 兄貴とも仲良くて言う事無いね」

「・・・」



あたしとヒトミと、そしてその場にいた水島さんの3人は、思いっきり無言になった。

じっと由井白さんを見つめてしまう。

ニコニコしていた彼はその雰囲気に気づいたらしく、少し引き気味に水島さんを見た。



「・・・何だよ?」

「よっちゃん、それ本気で言ってんの?」

「何だよその顔。つか、人前でその呼び方はやめろってんだろ」

「・・・」

「何でそこで黙んだよ。何だよ一体?」

「面白いから言わない」



どうやら水島さんは、ヒトミが女の子だって気付いているらしい。

その水島さんは綺麗な顔を由井白さんからプイっと背け、あたしに向かって小声で、でも真顔で囁いた。


「告る前から振られたってヤツ?」



瞬間、あたしの隣でヒトミがブっと噴き出し、あたしは滅茶苦茶立場が無くって、もう顔が真っ赤どころではなくなった。

あんたっっ真顔で失礼な事を言わないでよっ真剣に凹むじゃないっ!


「水島智哉っいっぺん殴るっ! ヤクザ殴れたら本望だっ」

「声に出して言うなよ」


うんざりした様に奴が答え、あたしはその横顔を思いっきり睨み上げた。だったらそんな事囁くなってんだっ!




いつもの練習部屋に連れて行かれる時、水島智哉が物憂げにあたしに言った。

「最近新谷と世間話に花、咲かせてんだって?」


あたしはまた彼に嫌味を言われるんだと思い、先手を打つ事にした。

「彼は誰かさんと違って、他人との会話が成り立つんです。相互理解を深めているだけです」

「・・・・・」


彼はそれを聞いても、片眉を上げてあたしを一瞥しただけだった。




部屋には既に新谷さんが、バルコニー際に佇んでいた。

振り返ってあたしを見ると、柔らかく微笑む。

あたしの後ろで、水島さんは黙って扉を閉めて行ってしまった。最近あの人、自分の仕事をサボってない?

あたしが閉まった扉をなんとなく見つめていると、後ろから新谷さんの声がかかった。


「昨日、智哉さまに釘を刺されました」


ん? 何の話?

この人がコレを言うと、ヴァンパイアに杭を打つ水島智哉を想像してしまうのは、仕方のない事だと思うの。


「今日、宮地さまがテレポテーションを成功させないと、私を由井白様に差し出すそうです」


逆光でよく見えないけど、新谷さんはいつも通りの口調で話を続ける。


「そうなると、私事わたくしごとですが、お互いに少し面倒な事になります。ですから大変恐縮ですが、出来れば本日中に成功して頂きければ、と」



そう言って微笑んでいるであろう彼を眩しく見つめて、あたしは考えた。


えっと・・・新谷さんをよっちゃんさんに差し出すって事は・・・よっちゃんさんは新谷さんを狩りたい人で、それを水島さんが容認するって事になって・・・それはあたしの出来が悪いからで・・・・。



なんだ、それ。


あたしは話を理解できて、びっくりした。

出来が悪い部下は殺すってか?

それがヤクザの世界? それともイットを扱う世界?

本当、イット権、完全無視、ね。ひっど、何それ。



そこであたしは気づいた。

今更だけど、新谷さんっていつから、あたしの訓練に対する全責任を負わされちゃっている訳?



「新谷さんはもう、あたしのお目付け役なんですね。何でかな? だって、その・・・」

「イットなのに?」


新谷さんは肩をすくめてクスッと笑う。


「・・・ええ、まあ」


あたしはバツが悪くなって、視線を空中に泳がせた。

新谷さんは控えめに微笑みながら言った。



「私達イットとあなた方サイは、相互作用があると言われています。私達はあなた方から気を頂く事が、もっとも効率の良いエネルギー摂取方法であり、大抵の病気や怪我は治癒してしまいす。一方あなた方は、そのチカラが最も強く出るのは私達イットの気を身近に感じた時です」



それを聞いて驚いた。それって、あたしの変人なチカラが強く出る時、近くにイットがいるって事?? 何それ。初めて聞いた。

お祖母ちゃんっ、だからどうしてそういう大切な事をあたしに一つも教えてくれてないのっ。



「そして私達の発する気に抵抗が出来るのも、その中で私達を消せるのも、あなた方サイだけなんです」

「え? だって誰でも殺せるって、ナイフとかで」


あ、しまった。

勢いに乗って、何だか失礼な事を口走ってしまった。

慌てて口を押さえたのだけれど、新谷さんは気に留める様子もなく苦笑した。


「ええ、寝込みを襲われでもしましたら、ね」



・・・うーんと、それはつまり、無防備な状態で無い限り、凡人にはやられないぜ俺達は、て感じ?


あたしが首を捻っていると、彼は柔らかく続けた。



「智哉さま達はあなたのチカラの大きさを信じていて、それを引き延ばしたいのでしょうね」

「・・・引き延ばす? 何で・・・」

「さあ。そこから先は、私の思考する範囲ではありませんので」



新谷さんにニッコリと微笑まれる。あたしは肩すかしをくらった気になった。

あたしの周囲の意地悪な人達が大事な事を全然教えてくれない中、せっかく色々と聞き出せていたのに。


少し唇をすぼめた。よし、ここはもう少し食い下がってみよう。



「・・・あたし、よっちゃ・・・由井白さんに、裏稼業? に誘われました」

「ハンターですね」

「あたしのチカラを引き延ばしたいって・・・それと関係があるんですか?」

「それはご本人にご確認いただきませんと」

「・・・最近、人の気を吸うイットが増えているって」

「今日の宮地さまは、ご研究が熱心ですね」



うっ。あたしの下心なんてバレバレって感じで、新谷さんに笑顔で返された。

それでも優しい新谷さんは、話を続けてくれる。ほんと、いい人。じゃなくて、いいイット?



「今、我々の間で話題になっているものがあります。神の力を秘めていると言われる物で、それを手にした者は絶対的な力を得るそうです。あらゆる欲望を叶え、全てをコントロールする能力。未知の能力さえ手に入れる事が出来ると言われています」


「・・・へ?」


「抽象的すぎますか? 実は私もそう思います。神話の世界の言い伝えに過ぎないものだと思っていました。ところが最近、それがあるイットの手に渡ったと言う噂が立っています」


「・・・はぁ」



突然始まった不思議話に、あたしは唖然とした。新谷さん、どうしちゃったんだろう?

一生懸命、頭の中を整理する。えっとそれって、魔法アイテムをゲットしたイットがいるらしいって事?

神話とかファンタジーって、あんまり好きじゃないのよね、非常識すぎて。もちろん、あたし自身がかなり非常識な存在なのは解っているけど。



「過日のエジプトでの暴動で、博物館から何者かが持ち去ったらしい、それがイットだという噂です。そしてそれを手に入れる為、現実に、我々の間で抗争が起き始めています」


「・・・我々って・・・」


「イット間で、です。そして抗争に勝つためにはより大きな力が必要となる。それを手っ取り早く手に入れる為には、人の気が必要、という訳です」


「・・・それ、本気ですか?」


「少なくとも、彼らは本気です」



なぁーんだ、それはぁぁぁ。

あたしはひっくり返りそうになった。

そんな話、小娘のあたしが聞いたっておかしいわよ。要はパワーアップアイテムでしょ? 何よそれ? それが欲しくて喧嘩するって、小学男子かっつーの。ゲームと現実の区別がついてないんじゃないの?


口をあんぐりと開けていると、彼は苦笑しながらも話を続けた。



「そして欲望に目覚めた彼らは、本来の目的から外れて、ひたすら人の気を吸い続ける生き物と化してしまう。実際、そういう者達を私も数多く見てきました」



口調と表情が、急に低く曇る。彼が見せたその暗い瞳に、あたしはギクっとした。

そして彼の話が、単なる空想の世界の話じゃないんだ、とも思った。



つまり、どんなにバカな理由でもバカな原因でも、結果として恐ろしい事態を招く事が、現実にはあるんだ、って事。



案外人間って、そんなバカバカしい行動原理で世の中を回しているのかもしれない。

・・・愚かなんだろうな、と思った。



そこであたしはまた気付いた。


「一つ、すっごい疑問です。それってみんな、日本の話? つまりその・・・神様アイテム、今日本にあるの?」

「日本も候補地の一つですよ」


ふーん。候補地だって。じゃ、いくつか他にもあるんだ、イットが狙っている場所が。

そもそも噂だもんね。根拠無しだもんね。

何だろう? イット達もツイッターとかフェイスブックとかユーチューブとかで情報交換でもしているのかしら?



あたしが思いを巡らしていると、新谷さんが現実を思い出させてくれた。


「とにかく、目先の平和の為にも今日は努力しましょう。私も少し気を出させて頂きます。お嬢様の具合が悪くなってしまったら申し訳ありません。先日の様な事がない様に注意しますので、どうか宮地様も、出来る限り試みて下さい」



彼に微笑まれて、あたしは打ちのめされた。ああ、これがあたしの現実だぁ・・・。

しかも今日は、新谷さんの首がかかっているときた。どうすりゃいいのよ?



彼の顔を見つめながら、苦笑いを浮かべる事しかできない。

覚悟を決めて、心の中で溜息をついた。




なのに。






情けなくって悔しくって涙が出てくる。

だってちっともうまくいかない。



目の前には、イット全開の新谷さん。

それに向かうあたし。

あんなに邪魔だと思っていた能力なのに、突然出来なくなる事がこんなにもストレスに感じるとは知らなかった。



それだけ、真剣に向き合っているって事なのかもしれない。

だってすっかり仲良くなった新谷さんは、正直、あたしの周囲にいる普通の人達よりも優しい人に見える。

だからそんな人の為にも、何とか頑張りたいって思ってしまう。それはしょうがない。




でも何より、今、あたしが涙を浮かべてしまっている理由は、別な所にある。

それは新谷さんが、目の前の新谷さんが、あまりにも、怖いって事。

「ちょっと気を出す」と言った彼は、とてつもなく恐ろしいオーラを放っていた。言葉では言い表せない、理屈抜きで、本能で感じてしまう怖さ。

手が、足が、瞳が、髪の毛が、全てが恐ろしいモノと化している。造りは変わらない筈なのに、どうしてだろう。



恐怖の塊。今の彼は、それ以外の何物の存在でもない。

この人は、やはりあたしとは人種が違う。あたしは目を反らす事が出来なかった。


捕食者。




夕方6時を回っているのに、陽はまだまだ高い。部屋の中は、あたし達の状況に不似合いな明るさで満ちている。

あんなに居心地の良かったこの部屋は、傍から見ればこの瞬間も快適そのものなのだろうけど、今のあたしには異様な空間でしかなかった。

その部屋の中で、あたし達は無言で睨み合っている。

あたしは逃げる事も出来ず、地面につけた両足を踏ん張る事で精一杯。空中に浮き上がる気配は微塵もない。呼吸が、苦しい。



一度味をしめたら、やめられない。あの台詞を思い出した。



目の前の新谷さん。彼もその味を知っているんだろうか? 




あたしは冷や汗をかいて、生唾を飲み込んだ。

この気に触発されてあたしがテレポを成功させる事が、今のあたし達の目標。

お祖母ちゃんが言っていた。精神を集中させて、飛びたい所を強く思い浮かべなさい。



飛びたい所ってどこ? この部屋の外なら、どこでも!

精神を集中? あの感覚を思い出せ? どんな感覚?

あの、内臓が全部、下から浮くような、あの感覚。



飛べ、飛べ、飛べ!



無理だ。暑い。汗をかく。空気が薄い。息が思う様に吸えない。これっていつものパターンだ。


今日も失敗。


そう思った時、新谷さんの瞳が、西日のせいかオレンジ色に輝いた様な気がした。

そしてその瞬間、あたしは目眩がした。



駄目だ。気を失う。





ドサっ。音がした。

自分が倒れ込んだ音を聞くなんて滑稽だな、と思った。






途端に空気が冷たくなり、皮膚がそれを感じて緊張が解けた。

同時に息が、急に吸えた。


あたしは全身の力が一気に抜けたけど、肩で激しく呼吸をしている。心地いが良い。

全身でその心地よさを味わって、本能で酸素を取り込み続けた。


体が、「助かった」って言っている。

あたしの細胞全部が、ホッとしている。





あ、目蓋を閉じているんだ、と気付いて目を開けた。




目が、合った。



「・・・・・」



状況を理解するのに、お互いかなりの時間を要したのだと思う。

だってあたしは、あたしは、あたしは、





香取、礼??!!

この目の前にいる男の子は、香取礼??!!

あ、あ、あ、あたし、か、か、香取礼の上に乗っているっ??!!

どどど、どういう事っっ??





香取はベッドに仰向けに寝転がっていたらしく、その上に見事にあたしが乗っかっているっっ!!

そして、顔と顔が、目と目が、鼻と鼻が、唇と唇が、あり得ない程至近距離に会って、




あたし達二人は、あり得ない程目を見開いて、お互いを凝視していた。




なんだこれっっ!!




と考えるより早く頭の回路が繋がったあたしは、彼の上から飛び跳ねる様に離れた。

それとほぼ同時に彼も飛び上がる様に身を起こし、ベッドの頭上の縁まで手をついて後ずさった。

女の子みたいな長い睫毛と大きな瞳が、これ以上ないってくらいに大きく開かれている。

口が、今まで見た事も無いほどあんぐりと開いている。



一方のあたしは、多分彼と同じような顔つきをしながら彼とは逆にベッドの足もとの方に、これまたお尻と手をつきながら思いっきり後ずさった。

あまりのパニックに頭が整理できないっっ。

初めてお兄の上にテレポった時よりパニックだよぅ、理解出来ないっっ!!





あ、あ、あたし・・・香取の所にテレポったの??!!

ななな何で??!!

今までお兄以外の所に飛んでったこと、無かったのに!!




あたしは腰も抜けてしまったみたい。動けず、多分顔も動かさずに目だけで辺りをキョロキョロと見回した。なんなのよぉ、なんなのよぉっ。




「・・・おい・・・」


香取が、やっとの思いで小さく呟いた。

あたしは返事も出来ずに生唾を飲み込んだ。




お祖母ちゃん、お母さん、お兄ちゃん。(多分お父さんは頼りにならないから除外)

あたしはこの場合、どうすればいいんですか?










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