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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第二章 だから嫌なのにっ
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My type

その後訓練に費やされる土日は、全然進展が無かった。まったく時間とエネルギーの無駄遣いだと思った。

新谷さんは、会えば会う程いい人すぎた。やがて水島さんは練習場所に姿を現さなくなった。


ホント、何のためにやっているのか目的を見失って来たんだけど。


そんなある日、溜息をつき続けながら客間(だと思う。豪邸は部屋数が多すぎる)の扉を開けたら、明るい声をかけられた。


「お疲れさん」

「あ、よっちゃん」


顔を上げたらよっちゃんが、ソファの縁に腰をかけて、長い脚を持て余し気味に組みながらこちらを見ていた。

捲りあげたシャツから出ている腕まで長い。男の人らしい、少し陽に焼けた色で、武骨な骨格に血管が少し浮き出ている。

全体的にバランスが取れていて本当にカッコいい。見とれるなんて、好きなんだなぁあたしと再確認。


「ね、たまには息抜きに、どう? メシなんて」


・・・マジでっ? それってデートっ??


「・・・あ、はい」


ドギマギして、やっとの思いで返事をしたら、彼がニコッと笑った。

その笑顔がとても眩しい。

で、それとは対照的に、造り物みたいにやたらと美人顔なのに無愛想な悪人が(コイツは悪人だ。絶対そうだ。あたしがそう決めた)彼の隣でつまらなさそうに言った。


「よかったねー。バイバイ」


軽くムッときたけど、無視だ無視。




ちょっぴりお洒落なイタリアンレストランに、あたし達は入った。

二人で一つのピザと一つのパスタを分けたりして、ああ、これって完璧にカップルじゃない?? さっきから凄くいい感じなんだけど。誰が何と言おうと、水島智哉が何を言おうと、今のあたしは完璧に、椅子ごと床から10センチは舞い上がっているわ。


・・・これでヒトミの事を彼氏だと思ってくれなきゃ、最高なのになぁ・・・。



「まあ、気にしない事だよ。スランプっていつかは脱するものだからさ」

向かいに座ったよっちゃんが、爽やかな笑顔で言う。そして美味しそうに、ピザを摘む。

そんな様子を眺めながら、あたしは意味も無く俯いて、顔が熱くなってきた。


「というより、あたしもう、チカラが無くなってきていると思うんですよねー」

「どうかなそれは。そういう期待は持たない方がいいよ」



間髪入れずに否定をされた。

その口調に驚いて顔を上げると、よっちゃんが真顔でこちらを見ていた。



「俺がそうだったから」



その口調と表情に戸惑う。

何の事?

・・・よっちゃんも、チカラが消えると思っていたと言う事? だけど今だに持っていると言う意味?

でもまだ、大学3年でしょう? 21歳前後じゃないの? これから消えるんじゃない?


あたしは考え込んだ。

よっちゃんは淡々と話を続けた。



「俺や智哉みたいに、中々消えない奴がいるんだよ。俺らは多分、一生持ち続ける。そういう連中ってさ、何やってるか知ってる?」

「・・・え?」


顔を上げると、彼はあたしを見据えていた。



「裏稼業、てのを持つのさ。そこで金を稼ぐの」



何を言われているのか解らず、頭の中がフリーズする。何て言った? 裏稼業?

そして次に、彼の様子に気づいた。



よっちゃんの目が、今まで見た事も無い様な暗い色をしている。

ううん、というより何も映していないガラスの様。

あたしは驚いてギクッとなった。

・・どうしちゃったんだろう?



「イットを狩って、金を貰うんだ」

「・・・え?」



聞き返してからも、理解をするのに時間がかかる。

頭の中が真っ白になった。



イットを狩って、お金を貰う??



そんな様子のあたしを見て、よっちゃんは面白そうに小さく笑った。


「驚いた?」



・・・意味が分かんない。

一体何が進行しているのか、理解が出来ない。


あたしはしばらく固まり続けた。

そしてやっと、口を開いた。



「・・・狩るって・・・」

「あいつら、ほっとくとロクな事にならないからね」



当り前の事の様に、まるで常識を語る大人の様な口調で彼は答えると、手にしたグラスの水を飲み干した。

その姿を見ながら、あたしは同じような言葉しか出てこない。



「・・・どうやって・・・」

「普通にだよ。普通に殺す。ただ俺達は人より、イットを見分けるのが得意だろ? サイ持ちはそれが更に顕著だからね。それを利用して、見つけて、る。それだけ」



る。ただそれだけ。

その響きと、彼の無表情な顔に、今度はゾクっときた。

人懐っこいアイドルの様な輝きがそこには、ない。先程からあたしの目の前にいる人は、今までとは全くの別人だ。


あたしは生唾を飲み込むと、必死で頭を整理した。彼が話している内容を、まずは理解しないといけない。

えっとえっとえっと、落ち着いて、


あ、そうだ。



「・・お金を貰うって言いましたよね・・?誰が払うの?」



あたしが質問をすると、彼は苦笑した。


「イットだよ」

「え? イット??」

「そう。道を踏み外したイットに迷惑をかけられているのは、俺達だけじゃないって事。そこで相談なんだけど」



たたみかけるように言葉を続け、彼は急にグイっと身を乗り出してきた。




「真琴ちゃん、一緒にやらない?」


何?



「・・・え?」

「俺と智哉と、一緒にやらないか? こういうのは人数が多い方がいいんだ。チカラの補完を相互に出来るし、個人でやるより危険が少ない。俺達はいくら気を押さえていたって、奴らの好物であることに変わりはないしね」



あたしは唖然とした。今度こそ本当に話についていけない。

あたし、今何を言われているの??



「・・・あの・・・」

「身入りはいいし、人助けになるぜ?」



片方の口角を上げ、ニヤッと笑う。整った顔から負のオーラが出ている。

あたしは文字通り、絶句した。



あたし、誘われてる? 何に?

・・・イットを、狩る?

『狩る』って、何? どういう事?



その時あたしの頭に浮かんだのは、当然の事ながら新谷さんの顔だった。

彼はどう見ても、人にしか見えない。あたし達と同じように考え、思い、笑い、多分悩む。

あたしはイットを二人しか知らない。もう一人はすれ違っただけに過ぎない。

ひょっとしたら彼らは、まるで獣の様に野蛮で恐ろしいものなのかもしれない。新谷さんは例外なのかもしれない。あたしはそれをまだ解っていないだけなのかもしれない。



だけど、だけど、『狩る』って、何だろう? そんな事、・・・するの??

そんな事、してもいいの??



胸が、ドキドキしてきた。

イヤな予感がする。

あたしは今、とんでもない事を聞かされているのかもしれないと思った。



「・・・あたしっ」



気付いた時にはあたしは勢いよく、まるで飛び上がる様に立ち上がっていた。

その様子を、由井白さんは驚いた様に、少しキョトンとした表情で見上げていた。



「?」

「あ、あたし、帰りますっ」

「ちょっと待って」



席を離れようとしたあたしの左手首を、彼が掴んだ。

あたしは理由もなくビクッと震えた。



「最近、あいつらが増えている様な気がするんだ。正確には、人の気を吸う様な奴らが増えている。多分今までナリをひそめていた筈の連中が、人の味を覚えてきているんだと思う。そうなるとやっかいなんだ」



そこまで一気に言うと、彼は座ったまま、あたしの顔を覗きこむように見上げてきた。

そして、意味ありげな視線で言った。



「一度味をしめたら、やめられない。死ぬまで」



その時の彼の瞳は、暗くて、挑発的で、鋭くて、それでいて誘う様な色を秘めていた。


そう、まるでイット。ヴァンパイア。




彼が、怖い。

何、この人。



「考えておいて」



彼はそういうと急に優しく微笑み、あたしの腕を離した。

あたしはそれで我に返り、そのまま踵を返すと何も言わずに急いでお店を出て行った。

何だったんだろう、何だったんだろう? 今のは、何?

今の話は、何?



そこから家まで小走りで30分以上、あたしの頭の中は彼の一つの台詞が回り続けていた。



一度味をしめたら、やめられない。死ぬまで。



狂気、と言うには大きすぎるのかもしれないのだけれど。

あの台詞は、誰の事を指しているのだろう?




イット? それとも、由井白さん?












そんなやもやしたまま気持ちで学校生活を送る事4日目、下校時に唯と一緒に正門まで歩いていると、見慣れた長身が門の外に寄り掛かっていた。


「・・・ヒトミ?」


唖然とする。だって最近、下校時のお迎えなんてなかったから。


「よ」


彼女はニヤッと笑うと、門から身を起こした。サマになるその立ち振る舞い。

何しに来たのだろう? あたしは首を捻った。

・・・まさかあたしをからかいに来た、とか?



「どうしたの?」

「業を煮やした恵美子さんに、真琴を拉致る様に頼まれた」

「はい?」

「このまま水島家直行。真琴確保」

「はぁ??」

「ヒトミくん、久しぶり」

「唯ちゃん。久しぶり」



あたしの隣で可愛く微笑む唯に、ヒトミも爽やかに綺麗な笑顔で返す。

この二人は割と仲がいい。あたしを通して知り合った友人でも、ある。だから、自称ヒトミファンクラブにちょっとしたやっかみを受けているの。かわいそう。


て、それよりもお祖母ちゃん! 今からまた訓練しろってか? 今日はまだ平日の木曜日なのに。

一週間で一番かったるい日だから、予備校すら入れてないっていうのにー。

いやだいやだ面倒臭いっ!!



「行きたくないっ」

「が通用するとでも?」

「・・・お祖母ちゃんも、わざわざヒトミに頼むなんて・・・」


あたしが肩を落とし溜息混じりに呟くと、ヒトミは冷たく意地悪な口調で言った。


「それは真琴が信頼されていなくて、薫が単位を落としそうだからなんじゃない?」

「・・・・・」

「真琴、何かあるの?」


唯が不思議そうに聞いてきた。


「ちょっと・・・部活を・・・」

「え?」

「なんか芸を仕込まれているらしいよ? ね」

「え?」

「・・・」


このやろ、ニヤニヤ笑うな。やっぱあたしで遊びに来たな。


あたしがヒトミを横目で思いっきり睨むと、何かを察した唯は苦笑いを浮かべながら少し後ずさった。


「あ、じゃああたし、ここで・・・」

「あ、うん。バイバイ」



3人でにっこり笑い、手を振って別れる。

その顔のまま唯を見送りながら、あたしは口だけ動かして隣のヒトミに言った。



「芸って、あたしは犬か?」

「似たようなものじゃない? それより猿とか? あはは」

「・・・それ、やめて」

「どうしたの? なんか顔に縦じわがあるよ?」

「触れないで」



猿、って言葉であの性格破綻者を思い出した。最悪だ。

一方のヒトミは唯を見送りながら、少し眉根を寄せた。



「彼女、顔色悪いね」

「そうなのよ。うちの高校、風邪が流行っているみたいで。それにしても唯が具合悪いの、長いなぁ」

「・・・・」



ヒトミは小さく口を尖らせると、周囲をゆっくりと見回した。

そして、正門から高校の敷地を覗き込む。

周りに目を光らせながら、僅かに低い声で言った。



「なんか、感じ悪くない?」

「やっぱり? 感じる?」

「うーん。ほら、あそこ」


彼女が指をさしたのは、敷地の左側、社会科室や資料室、事務室などがある場所だった。

「木が枯れている」


見ると、校舎脇の小さな植木達の一部が枯れていた。根元からやられているようで、そこだけ花も葉もつけていない。枝も干からびて見える。

「ほんとだ」


あたしは感心した。


「風邪が流行ると、木が枯れるんだー」

「・・・」

「何?」

「いや。真琴が思うの、それだけ?」


ヒトミが呆れた様にあたしを見下ろす。

あたしは解らずキョトンとした。どういう意味でしょうか?



「うん? なんか嫌な匂いもする気がするけど。インフルエンザが流行った時も、嘔吐下痢が流行った時も変な匂いがしたよ? 木が枯れていたかどうかまでは気付かなかったけどさ。病気が流行る時って、なんか独特の匂いがするんだよねー」

「・・・ふーん」

「あ、そうだヒトミ、聞いて。この間よっちゃんから言われたんだけど」

「よっちゃん?」

「由井白さん」

「愉快な呼び名だね」

「でしょ? なのに全然愉快じゃない事を言われてさ」

「早速振られたの?」

「・・・いちいちチャチャ入れないでよ。それでイットの事なんだけど・・・」



あたしはこの間の日曜日にした会話を、ヒトミに話して聞かせた。

次第にヒトミが、難しそうな顔つきになってきた。片手で軽くこめかみを掴む様な仕草を見せる。

何かを考えている仕草だ。


「そういう輩がいるって言うのは、聞いた事がある。けど、彼らだったとは」


ヒトミは斜めにあたしを見下ろしてきた。


「何だろうね、彼。ちょっと変じゃない?」



その時、正門から長身の男の子が出てきた。


「あ」



あたしは驚いて動きが止まった。

げっ!! 香取だっ!


あのバスケ騒動以来、何となくしかし完璧にそして一方的に気まずくなり、従って同じ教室内で可能な限り出来るだけ接触も視線も避けてきたのに、目が合うと意味ありげにニヤッと笑ってくる様な気がする、


あの、香取だっ!!



あたし達はモロ、正面からばったりと出くわした。

香取も、女の子みたいに大きな瞳を更に大きく見開いて、フリーズしている。

でも先に口を開いたのは彼の方だった。


「・・・彼氏?」

「え?」



両手をポッケに突っ込み、訝しそうな視線をヒトミに向けている。

いつものあの厭味ったらしい雰囲気はナリをひそめ、なんだかフツーの高校生に見えた。何でかしら?

口、尖がってる?


フッと隣が動いた気配がして、顔を上げた。そうしたらなんと、ヒトミが笑っている!

しかもとても面白そうに! げっ!! これはヤバいっ!

とあたしが構える間もなく、ヒトミが香取に声をかけた。


「こんにちは」

「・・・ども」

「真琴が世話になってます」



やめてやめてやめて、もうそこで口を閉じてっ。お互いに回れ右をして、この場を去ってっ。

でないとなんだか、とっても嫌な予感がするの。



「あんた、偉いね」


やっぱり口を尖がらせている香取が、なんと自らヒトミに声をかけた。なんなのよっ。

そしてヒトミはとても楽しそうに笑ってるしっ。


「ん? 何が?」

「この彼女、どうやって飼い馴らしてんの?」



だからあたしは犬かっ! じゃなくて、この二人にとってはサルか、てそんな事はどうでもよくってっ。

彼女じゃないしっ。・・・あ、でもこれ、別に香取に弁明する話ではないのか。

でもほら、飼い馴らすってあんまりじゃない?


するとヒトミは、軽く肩をすくめてクスッと笑うと言った。


「だから目を離せなくって。とんで行かない様に、ね」



だからどうしてそういう返答を返すー・・・。



その時、彼の後ろから女の子の声がした。

「礼?」



顔を出してきた彼女をみて、あたしは少し驚いた。

この子、あの時キスをしていた女の子だ。香取の彼女だ。


あたしはドキマギして少し視線を泳がせてしまうと、香取は何故だか不機嫌そうな顔をして、彼女を残してプイっと歩いて行ってしまった。

・・・何、あれ?

ここんとこ、どういう訳か機嫌のいい香取ばかりを見ていたので、久しぶりに見る態度の悪い彼に思わず眉をひそめてしまう。

でも彼女はそんな彼の行動に馴れているらしく、普通に後をついていった。あたし達に軽く会釈をしてくれた後に。

・・・感じいいじゃない。あんな無礼な男の彼女にしておくのは、勿体無いわ。




その後ろ姿を、ホッとした様なモヤモヤする様な、なんとも複雑な気持ちで見送っていると、ヒトミが楽しそうに言った。


「かっわいいねぇ」


・・・何ですって?


「何が?」


振り返ってヒトミを見上げると、ヒトミはニヤニヤ笑いながらまだ、香取の後姿を眺めていた。


「思った事がまんま顔に出るタイプ。堪んないね。ああいうの、好きだな」


・・・何ですってっ?!


「えぇっ! アレがヒトミのタイプっ??」


あたしは大驚愕して、思いっきり大声を出してしまった。

だって驚きすぎて顔から目が飛び出るって、まさにこの事っ!!


けれどもヒトミは軽く言った。

「うん。一緒にいると楽しそ」

「・・・・・」


・・・信じらんない。絶句。

初めて知った。ヒトミの、男の趣味。


あたしの気持ちは、なんともビミョー・・・。



「ヤバくない? それって」

「どういう意味?」

「・・・色々な意味・・・」



どこをどう取っても、どっからみても、なんだかかなり、ヤバいと思う・・・。






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