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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第二章 だから嫌なのにっ
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Bad boy?

受験勉強と埒のあかない練習とで、あたしのストレスは生まれて初めて、ピークを迎えていた。

何なのよ、これって。これが人生の山あり谷ありってヤツなのね。

体育の時間、コート内のバスケの試合を膝を抱えながらの見学中に、あたしは知らず知らず歯噛みをしていた。

それを唯に、気付かれた。隣から顔を覗きこまれる。


「真琴、最近大変そう?」

「何が?」

「この頃、何か暗いよ?」


少しビックリした。まさか顔に出ているとは思わず、能天気なあたしが暗い顔?


「・・・そう? ちょっと色々あって、疲れちゃって」


あたしは苦笑した。


「あたしの志望校アップを阻む奴らがいるのよ」

「・・・どういう意味?」



あの日以来、テレポを出来る気配が無い。

不幸な事に、新谷さんの雰囲気にも馴れてしまった。おかげで私語が増えてしまい、今では彼の嗜好まで知っている。

美しいものとかバランスが取れたものが好きらしい。花でも絵でも、洋服でも空間でも。

きっとイットなんかに生まれていなければ、ヤクザにならずに芸術家になっていたのかも。それか建築家。服のデザイナーも似合いそうだな。


とにかく、週末は無駄なエネルギーを使いまくっているって事!

あたしは溜息をついた。



「唯だって、最近益々疲れていそうだよ? 大丈夫? ちゃんと寝ている?」

「うん・・・ちゃんと寝てはいるんだけど・・・なんだか疲れが取れなくて・・・」

「どっかで聞いた事のあるCMみたいな台詞」


二人でクスクスと笑う。

あたしは体育館を見回した。普段以上に人がまばらだ。学校を休んでいる人、体育を見学している人、もろにサボってどっかに行っちゃっている人、そんな感じだからバスケをプレイしている人は殆んどいない。

学校在職30年との噂の体育教師は、これまたどっかに行ってしまった。授業中に顔を出す事は殆んど無いの、あのおじいちゃん。



「相変わらず風邪が流行っているよねー」

ため息交じりに言ってしまった。あたしも風邪を引いたら、訓練も勉強も、タルい体育も休めるのに。



「結構こじらせている人達も多いよね? 菊池さんとかもう、一週間ぐらい休んでいるじゃない」

「受験期じゃなくてよかったよね。男子も結構ヤラレているよ? 今日も3人休んでるじゃん」

「学級閉鎖って、何人からだっけ?」

「さあ? 10人くらい? まだまだ足りないなー」

「でも、体育を休んでいる人達なら沢山いるね」

「自習にしちゃえばいいのにー」



二人してタルタルの会話をしていたら、男子コートから声をかけられた。


「おーい、宮地さん」


私? 呼んだ?



「男子のチームに入ってくれない?」

「・・・は?」

「人数、足りないんだよね。試合するんだけど」



聞き間違えたかと思った。今、何て言った?

なのに目の前の男子は、真顔で立っている。

周囲にいたクラスの女子も、目の前の男子達も、みんながあたしに注目している。

あたしはポカンとした。



「・・・え? 無理だよ。男子チーム? 嘘でしょ?」

「香取がさ、宮地さんなら余裕で戦力になるって、すっげぇ推してるんだよ。こっち、怪我人病人続出でさ、頼むよ、入ってよ」



なんっっだっ、それっ!

あたしは頭をこん棒で殴られた様な衝撃を受けた。

冗談じゃないっ! 何故あたしっ? 香取が何を言ったってっ?

あたしは騒ぎ出した。



「じゃ、やんなきゃいいじゃん、試合なんてっ」

「いや、俺と山田、体育の内申、やべぇんだよ。ここで真面目に試合をこなしとかないと、色々大変なんだよ、頼むよ」

「知らないしっ!」

「頼むよ、宮地さーん」

「奢るからー」

「あり得ないっ!」

「つっめてぇなあ」



いやーな声が聞こえてきた。

振り返ったら、意地悪な笑みを浮かべた香取が立っていた。

メッシュ入りウェーブの髪の下から、大きめの瞳を細めてニヤニヤしている。



頭数あたまかず揃えるだけだろ? 付き合ってやれよ」



・・・てっめぇ、香取!


そのバカにした様な笑顔が更にあたしを燃え上がらせた。再びぶん殴ってやろうと思ってしまった時、あろう事か、後ろで女子が盛り上がってしまった。

そして、その声であたしは我に返ったの。だってね、この世で一番怖いのは女の集団だから・・・。



「いいじゃん、宮ちゃん、バスケすっごい上手なんだから」

「そうだよ、真琴の腕はプロ級だよね」

「入ってあげなよ。やれるって」

「やれないって!」

「中森君と山田君に付き合ってあげるだけじゃん。コートに立ってれば?」



・・・あり得ない・・・。

まるでお祭りでも始まるかのように嬉しそうに騒いでいる女子達を見て、あたしは愕然となった。

嘘でしょ?・・・外堀から埋められていく・・・。


元凶が、あたしの後ろでクスッと笑った。


「じゃ、お前はこっち」


振り向くと同時に、黄色いゼッケンを投げられた。本能的に受け取ってしまう。

悔しくって睨んでしまった。



「・・・」

「楽しくやろうぜ」



嫌味なくらい綺麗な立ち姿で、挑戦的に微笑まれた。はめられた、と痛感した。

確かにあたしはバスケが得意よ? バレーも、陸上も得意よ。そんでもって大好きよ。

だからこそ、目立たない様に、目立たない様に、楽しんできたって言うのにっっ!!


そんなあたし達をみんなは面白そうに眺めながら、試合は始まった。

あっと言う間にボールは相手チームのゴール下。あたしはそこからこっそり離れた。

ボール来るな、来るな、あ、やった入れたゴールだっ。・・・と言う事はえっ? うわっこっち来るっ。

止める? 止めろって? イヤだよ。

とか思っていたら、あたしの横を普通に走り抜けられた。ホッとする。そだよねー。


なのに、そこからボールを奪った香取が、まるでお約束の様にあたしにボールをまわしてきた。


「なっ・・・」


あぁっまた本能的に取っちゃったよっ! え? 走るの?

一瞬動揺して、体の向きを変えようとした時、あたしは吹っ飛ばされた。

後ろに突き飛ばされ、思いっきり尻もちをついて倒れてしまった。


「いった・・・」


体を強く打った。ちょっと星がまわったよ。頭も打った? マジ痛い。

相手チームと接触したらしい。

腕も擦った。見ると、肘から血が滲み出ている。


ボールを奪われていた。当り前だけど。


無意識に、滲み出た血を舌で舐めていた。



そして、頭にきた。



立ち上がる。ボールはその間に再びあたし達チームの手に入っていて、ゴールを決めていた。



・・・ざけんなよ。



こっちにドリブルをしてくるヤツらがいる。もちろん相手チーム。あたしは頭が冷たくなるような感覚を、どこかで感じていた。

彼らが通り過ぎる瞬間、あたしは腰をわずかに落とした。そしてその懐に入り込んだ。

そのままボールを奪い、何も考えずに走り込む。


「は?」


ゴール下にいる男子二人の間を、大きなドリブルと低い姿勢で擦り抜ける。それと同時に跳んで、リングにボールを入れた。


ボールが弾む。あたしも着地する。スカッとした。


・・・スカッとした?


慌てて振り向く。皆が固まっていた。

ううん、正しくは、香取を除いて皆が固まっていた。

しまった!! やっちゃった!!



香取がニヤニヤ笑っている。

男子が度肝を抜かれている。

女子が口をあんぐりと開けている。

あぁぁぁ、嘘でしょぉぉ?



「・・・すっげ、なんだ、あれ」

「見たか、あのダンクシュート」

「ウソだろ? 信じらんねぇ」

「あいつの動き、女とは思えない」

「いや、男でもすげぇだろ。俺、初めて見た」



・・・ど、どうしよう。誤魔化さなきゃ。とりあえず、笑っとこう、お得意のヤツ。


「・・・あ・・・ども・・・えっと・・・ありがとう・・・」



駄目だ、みんながあたしをガン見している。

ヤバいヤバいヤバい、お兄に怒られる、お祖母ちゃんに叱られる、またバカだのアホだの言われてしまうっ。


唯がおずおずと近づいてきた。


「真琴・・・」

「こ、これ、ちょっと特殊な靴で、その、高く跳べちゃうんだ。すごく動きやすいし・・・」


笑って足を上げて靴を見せるんだけど、おっとこれは学校指定の体育靴だった。


「・・・・」

唯の見慣れた絶句も、今はひたすら寒く感じる。

あはははー、そんなにビックリしないでよ、バスケしただけじゃん、シュートしただけじゃん、2階まで跳んでないでしょー?


「香取っ」


勢い余ってヤツを振り返り怒鳴った、この諸悪の根源っ!!



「あ?」

「ちょっとこっち来てっ!」


彼の肘下をグイっと掴むと、あたしは力いっぱい引っ張って体育館を出て行った。

後ろを見ずにそのまま進む事、例のフェンス前。

あたしはそこでやっとヤツの腕を離すと、飄々としたその顔に向かって怒鳴ったのよ、バカヤロウっ!!



「あんたっ! あたしにっ! どんだけ恨みがあんのよっ!」

「は? 俺が悪いってか?」

「悪いでしょっ! あんたが元凶でしょっ! ほっといてよっ!」

「ほっとけ? ちょくちょく俺に絡んできたのはお前だろが」

「はあ? 仕返しってワケっ?」

「まっさか」



香取は口元に拳を当てて、喉の奥でクッと笑う。

そして急に、あたしに顔をグッと近づけた。長い睫毛が間近に迫る。



「つまらなさそーにしてっから、楽しませてやったんだよ。サルを隠すのも大変だろ?」



大きな瞳を愉快そうに細めている。

あたしはその物言いと態度に、ついにキレた。


・・・なんだとぉぉぉ?


「大きなお世話よっ!」



その可愛らしい作りの憎ったらしい顔の、横っ面をひっぱたこうとして腕を上げたら、

次の瞬間、その腕を乱暴に掴まれてしまった。

そのまま力任せに、フェンスに押し付けらる。痛いっ。



「二度も男を殴ろうとするなんて」



至近距離から、ドスの利いた低い声が聞こえてきた。

瞑っていた目を開けたら、香取の強い瞳が、あたしをねじ伏せる様に見つめていた。



「親にどんな教育を受けてんだ?」



その迫力に、情けない事にギクッとなった。なのにその視線から逃げられない。

あ、あんた今、その口で「親の教育」っていったわね? あんたが言ったわね? それ、あたしの台詞よっあんたの親の顔が見たいわよっっ!! この性格礼儀破綻者っ!!



睨み合いが続いた。

しばらくして、香取がニヤッと笑った。



「現実、受け入れたら?」


は?


すると、ふっと腕が緩んだ。そして香取があたしの手を離した。



「ま、いい暇つぶしにはなったぜ」



何? 



香取は踵を返すと、軽く手を上げてひらひらと振りながら去って行く。

あたしはヤツの後姿を呆然と見送った。

何? どういう事? 現実を受け入れるって?

暇つぶしになっただと? ふっざけんなぁぁっ。



「ああ、そうだ」



ヤツが立ち止まった。再びこちらを振り向く。満足そうな笑みを浮かべて。



「お前、サルっつーよりネコかもな」

「は?」

「ああ、そんな可愛げのあるもんでもねーな。・・・豹とか?」

「何?」



綺麗に、微笑まれた。



「やっぱかっこいんじゃね?」



そして再び、呆然とするあたし。

奴は悠々と去って行った。



ちょ、何あいつっ。

出会った時の台詞をそのまま返すわ、二度とあたしに顔見せんなっ!!



あたしは何故だか、よくわからない地団駄を踏んでいた。












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