Do my best
昨日と同じ部屋に通された。昨日の事がまざまざと思い出される。
あたしは緊張と少しの憂鬱が混じって、水島さんを見た。
「・・・あの人、いい人なんですか?」
「は?」
「・・・新谷・・さん・・・」
水島さんがキョトンとした顔を見せた。
「どういう事?」
「その・・・いい、イットなんですか?」
「いい悪いの定義が分かんないんだけど」
あたしの質問が煩わしい、という雰囲気を出している。
それでもあたしはめげずに続けた。
「・・・あの人に、あんな悪い事させてもいいのかなぁ・・・って」
初めは、彼のあまりの豹変とイットに襲われたっていうショックで深くは考えなかったんだけど、
・・・誰かを使って人を襲わせるって、やっぱあんまりじゃない? いや、この際、あたしの立場は無視してさ。
彼はせっかく頑張って普通の人を演じているのに、
そんな彼を、化け物扱いをしている。
思いっきり人権を無視していません? あ、この場合、イット権?
水島さんが呆れた様に言った。
「あんた、そんな綺麗事を言ってる場合? 世間知らずを自覚したんじゃなかったの?」
腕を組んで、部屋の壁に寄り掛かった。
「俺達のやり方がお気に召さないならさ、別んとこ当たってよ」
「・・・」
こういう時に、あたしはイラッとくる。
子供だから、半人前だからという理由で、大人は子供の言う事に耳を貸してくれない時がある。あたし達が状況や身分をわきまえず、理想だけを口にするから、らしい。
しょうがないかな、と思う。だってその通り。あたしはまだ、大人の世話にならないといけない子供だもの。彼らの庇護下にある以上、彼らには逆らえない。その資格が、ない。
あたしってバカじゃないからね。それがわかっちゃうんだよね。それで面倒臭くなって、考える事をやめちゃうの。
だけど、さ。
子供にしか見えない、正しい事だってある。なのに。
「由井白さんは、今、何をやっているんですか?」
あたしは話題を変えた。
水島さんは、それこそかったるそうに答えた。
「寛いでんじゃない?」
「今、『俺達のやり方』って・・・」
「・・・ああ。何であいつがここにきたかって事? 新谷を殺したいからだよ」
普通に言われたものだから、スルーしそうになった。
え? 今、殺すって言った??
ワンテンポ遅れて水島さんを凝視すると、彼は憂いを含んだ綺麗な顔で、煩わしそうに言った。
「彼が君を本気で喰おうとした時、いつでも殺せるようにね。待ってんだよ、君が喰われそうになる瞬間を」
「・・・殺す・・・?」
「そ。人間と同じ。簡単に殺れるよ? ナイフでも銃でも。おまけに死体は灰になるから、後始末にも困らない。義希はイットを、チャンスさえあれば殺りたくってしょうがないの。君が危なくなったら嬉々として飛んでくるでしょ、あの人」
「な・・・」
は、話が一気に非日常にぶっ飛んだ・・・。
いえ、この場が最初から非日常である事は解っていましたが・・・。
・・・そっか。イットって死んだら灰になるんだ・・・。そこは映画と同じなんだ・・・。
「・・・でも、この場によっ・・・由井白さんがいないのは?」
「質問の多い子だねー」
ついに、水島さんがイラついた。これは彼なりに「キレた」ってヤツかもしれませんね。あたしをジロッと睨む。
「僕が許さないからだよ、彼を殺す事を。新谷は御覧の通り優秀だから」
その時、背後に人影を感じて振り向くと
「新谷さんっ」
「昨日は失礼致しました」
びびびビックリしたっっ!! 何にも感じなかったっ! 何にも匂わなかったっ! というか、この部屋の元々の彼の匂いに消されて、彼が現れた事に気づかなかったっ! いつの間にっっ!!
あたしは後ずさった。もう単純に、「わっ!」って誰かに驚かされたに等しい気分。
彼らは、あたしをジッと見つめた。
あたしは思わず、生唾を飲んだ。は、始まる・・・?
「飛ばないの?」
水島さんが訝しげに聞いた。
「はい? え? い、今?」
「じゃなくて。脅かしたのに。ビックリしたら飛ぶんじゃなかったの?」
・・・え?
・・・あ!!
きゃあっ!!
「ほ、ほんとだ!! あたし、飛んでないっっ!!」
やった、あたし飛んでないっ! たった今ビビったのに、お兄の所に行っていないっ!!
一気にテンションが上がった。やった、やった!!
「コントロール出来たって事っ? 成功っ??」
「そうは見えなかったけど」
水島さんが眉根を寄せた。納得がいかないらしい。知るかいっそんなのっ。要はむやみやたらに飛ばなきゃいいんだっ。お兄に迷惑をかけないって事でっ!
「たまたまスイッチが入んなかっただけじゃない? あんたそんなに、動揺する度に兄貴んとこに飛んでたの?」
「ええ、まあ、ほぼ」
「そんなんじゃ子供の頃とか遊べないじゃん。かくれんぼとか、おどかしっこなんて平気でするだろ?」
「ええ、ですからよく神隠しに」
「うわっめんどくさっ」
水島さんが綺麗な顔をしかめた。
あたしはそんな彼を無視した。だってなんと言われようと嬉しいもんっ。
「だから我が家はおどかしっこは禁止でしたよ。だから何? 家庭の事情! それよりあたし、ハタチに近づいてきて能力が消えてきているって事かなっ?」
ああっウキウキするっ。
そんなあたしを不審そうに横目で見て、水島さんは言った。
「調子に乗んなよ、うるさいな。まぐれかもしれないだろ? とにかくやるよ、今から」
「えー」
あたしは口を尖らす。
そしてその間ずっと、新谷さんは動じることなく、無表情に近い微笑みを浮かべている。
・・・この人、何を考えているんだろう? そもそも、人間と同じ思考回路なんだろうか?
あたしは初めて、彼に話しかけてみた。
「・・・新谷さん、あたしって美味しそうですか?」
「はい、とても」
ためらいなし、ですか。こんな質問に。さすがにビビるでしょ。
「我慢、出来ますか?」
「あなたが男性なら、解ると思いますよ。寸止めを食らう男の気持ちが」
「・・・」
「この子今、リアルに想像してるよ」
水島さんが横から口を挟んだ。その通り、想像しましたよ。寸止めって、何?
「・・・」
「しかも限界感じている」
「未経験なんで」
男じゃないし。彼氏いない歴17年半だし。しょうがないでしょ。
あたしは新谷さんに向き直った。
「新谷さんからは今、殆んど何も感じませんね。イットの気も、匂いも殆んど」
「殆んどって、少しは?」
「はい。この部屋と同じ匂いがします。この部屋、新谷さんの作った部屋ですか?」
ここで初めて、新谷さんの笑顔が無くなった。
そして真顔で水島さんを振り返った。
「・・・成程。そうなんですか」
水島さんが肩をすくめる。
「見込みありそう?」
「複雑な心境ですが」
何? 何の話? あたしの話? 本人の前で、何?
新谷さんが、再びあたしに向き直った。
「宮地様。私は今回、あなたには手を触れません。あまり刺激が強すぎても、訓練にはならないでしょうから」
昨日の様に。
って事でしょ? あの無様な結果は、訓練にならなかったって、意味でしょ? うぅ。
あたしは俯いた。イット相手に、この立場の無さ感は何?
「・・・はい」
「自分の意思でコントロールをする時の感覚を、今日、少しでも感じて頂ければいいのですが」
指導されちゃってるよ、イットさんから。これってライオンからウサギが、逃げ方を教えて貰っている様なものなんじゃない?
僕、ココで見ているだけだからさ、逃げてご覧? みたいな。
「頑張りまーす」
あたしがしぶしぶ返事をすると、
「真剣にやれよ? なんなら新谷に、目の前で食事でもしてもらう?」
「あ、それは大丈夫。平気。真面目にやります。精一杯頑張ります」
即効辞退した。生き物の気を吸っているイットのおぞましさは商店街で経験済み。怖すぎる。
以来、あたしの不幸な週末が始まった。
毎週土日、たっぷり2時間以上、イケている男性3人の下、ありがたい訓練を続ける事になる。
そしていつまでたっても、あたしはテレポテーションをする事が出来なかった。
・・・チカラ、なくなったんじゃない?
やっぱもう、やめようよぉ。