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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第二章 だから嫌なのにっ
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Do your best

昨日と同じ待ち合わせ場所に、昨日と同じ時間に行ったら、昨日と同じ派手な青いスポーツカーが既にあった。

そしてお目当ての人は車の外にいて、ボンネットの上に軽く腰かけている。

周囲を、あたしぐらいの年代の女の子達4人に囲まれていた。

何やら、盛り上がっている。


「そう? バイトなんだ。たまにしかやらないし」

「えー? でもかっこいいから、友達の間でも人気なんですよぉ? うわあ、すごい、どうしよう」

「嬉しいっ! ね、大学生?」

「うん」


にこにこしながら話している彼は、やっぱり普通の人とちょっぴり違うオーラを放っている。それは彼がサイだからと言う訳では無さそう。

・・・どころで今、これはどういう状況なの?


「・・・よっちゃんさん?」

「あ、来た」


彼が振り返って、快活に笑った。うーん、眩しい。



「じゃね、楽しかったよ。バイバーイ」

「バイバーイ」


由井白よっちゃんはサングラスをかけると、女の子達に向かって手を振った。

取り囲んでいた女の子達も割とあっさりと去っていった。・・・あたしを観察する視線が、多少痛いんだけど。



「・・・あの・・・?」


お知り合いですか? どんなお知り合いですか? 何を話していたんですか?

そう聞きたかったのだけれど、聞ける訳が無い。そんな、みっともない詮索。

彼はそんなあたしの内心には全く気付かない様子で、朗らかに言った。



「ん? とりあえず乗って。あれ今日、お兄さんは?」


助手席のドアを開けてくれる。

あたしはおずおずと乗り込みながら、言った。

「・・・今日は・・・ちょっと・・・」



色々とお祖母ちゃんの逆鱗に触れたあたし達兄妹は、今日の訓練に際し、「薫は家に待機かつヒトミの半径5メートル以内に立ち入り禁止、真琴は飛ぶまで帰ってくるな」命令が出たのだ。

そしてヒトミは「甘ったれ娘が自立するまで付き添い不要、私と一緒にお茶しましょ」指令を、丁重かつ巧みにすり抜けて、今、自宅に戻っている。

後から、来るかもしれない。



「ふーん? よく引っ込んだね、あのお兄さんが。カレシも大変だろ?」

「・・・カレシ・・・」

「あの美形彼氏。智哉といい勝負だよ。かっこいいよねー、珍しくない? 彼女の兄貴と仲のいい彼氏」



あっけらかんと言われて、微妙。

横目でチラ、と覗うのだけれど、彼はニコニコ笑いなが運転している。言葉通りの意味しか、無いらしい。言葉以上の感情も、無いらしい。

そしてサングラスでの運転姿が、やたらとかっこいい。



「・・・仲、いいですよ。昨日もお風呂、一緒に入ってましたからあの二人」


説明すべき全ての事情をすっ飛ばして、小さな声で呟いた。

するとよっちゃんさんは驚愕したらしく、ギョッとした表情であたしを振り返った。

運転中なので慌てて視線を前方に戻すのだけれど、口は軽く開かれたまま。

しばらくして、呆けた様な感心した様な口調で言った。


「へえ、それはよっぽどだね」


ええ、確かに昨日はよっぽどの事態でした。



そして彼は、まるで日常の挨拶の様に当り前に聞いた。


「どう、真琴ちゃん。具合は回復したかい?」


返答に詰まる。この人の意図する所が見えない。

この人、イットに襲わせるあの訓練スタイルに、何の疑問もないのかしら?



「・・・・」

「気を落とさないでね。最初は皆、ビックリするもんだから」

「・・・・」

「あ、ひょっとして僕の事も怒っている?」



丁度信号待ちで車が止まり、彼は振り返って屈託無く笑った。



「頑張るしかないだろ? な?」



・・・なんか、心の中に引っかかるものがある。それが何なのか、自分でもよくわからない。

あたしは黙って俯いた。

好意を抱いている相手に対し、何だかよくわからないモヤモヤがあるのって、落ち着かないなあ。

解消したい。







「今日は保護者無し?」


開口一番、水島智哉にも同じ事を言われた。あたしはドッと脱力する。



「・・・なんとでも」

「尻尾巻いて逃げてるんだとばっかり思っていた」


・・・この人は、どうしても、あたしに嫌味を言いたいらしい。


「・・・そうしたいんですけどね」



あたしは、ジロッと水島さんを睨み上げた。

場所を提供してくれて、お茶まで出してくれている家主に対して、失礼な態度だとは思いますけどね。

その家主が、突出して、お空を突き抜けちゃうくらいに態度が悪いものですからね。これくらい、目を瞑って頂かないと。



「思ったよりも負けず嫌いみたいで」



眼力を込めながらそう言うと、水島さんはしばらくあたしを見下ろし、それから少し溜息をついた。


「・・・あんたの勝ち」

「どうもー」


水島さんがパンツのポケットから、革製の小銭入れを取り出した。それをよっちゃんが嬉しそうに眺めなる。

水島さんは苦々しげな表情で、小銭入れを開けた。


「まだ、使えるかどうかはわからないだろ」

「賭けとは関係ありませーん」


ウキウキとお札を受け取るよっちゃんさん。

あたしはポカン、とした。


「・・・賭け?」



よっちゃんはお札をポッケにしまいながら朗らかに言った。


「そう。真琴ちゃんが今日、来るか来ないか。智哉は来ない方に千円、俺は来る方に千円」

「なっ・・・」


そんな事するなっ! というかそんな事、悪びれずに言うなっあたしにっ!!


「だって君、気が強そうだもの」


彼は明るくそう言いながら、あたしに近づいてきた。

ちょっと、いくら笑っていたって、いくらよっちゃんだって、それはカンジ悪くないですか?


って、あたしが身構えたのに、彼は相変わらずあたしの内心を無視して、



「俺、そういうコって割とタイプ。よろしくね」



そう言うといきなりあたしのほっぺに


チュッ


と音を立ててキスをした。



「頑張れよ」


そう言って、あたしの頭を勢いよく撫でる。


「な・・・」


そして固まっているあたしを背に、鼻歌でも歌いかねないご機嫌さで去っていった。



・・・今の、何?





「・・・浮いてるよ?」


水島さんに連れられて廊下を歩いている時に、彼に言われた。

ヨーロピアンスタイルのプチホテルみたいな豪邸の、廊下に敷かれた絨毯は青色。あたしの顔が真っ赤だから、彼の髪が金色だったら信号色ね、て落ち着けあたし。



「はい?」

「地面から。両足が5センチくらい浮き上がっているよ」



振り返った水島智哉の冷たい目。

そんな事であたしの顔色は元には戻りません。益々赤くなりそうです。浮いてるなんてとんでもない、既に離陸しています。


それでも一応プライドがあるので、軽く彼を睨み返して言った。


「・・・舞い上がっているって言いたいんでしょ? いちいち遠まわしですね」

「そういやあんた、この間義希と会った時も舞い上がってたね」



あっさりとかわされて、しかもハッキリと言い当てられて、あたしは絶句した。


「その前、初めて会った時も」


彼はあたしを見つめながら、すごくつまらなさそうに言った。


「競争率高いよ? キスは挨拶代わりだし、あの人自身、かなり惚れっぽいから」



あたしは恥ずかしさも手伝って、更に耳まで赤くなるのがわかった。

あたし、そんなにバレバレ? しかもこんな人に?

てか、興味が無さそうな顔をしながら、なんで人の恋心に口を挟むのよっ。



「・・・なんでそんな事あたしに言うんですか?」

「仕事に恋愛持ち込まれると、面倒なんだよね」

「仕事?」



物憂げに、つまりかったるそうに答える彼の予想外の台詞に、あたしはビックリした。

仕事って言った?



「何それ?」


仕事って言うのは報酬を貰うのが常であって、その行為を継続的に行うものであって・・・

あたしの訓練これが仕事? この人達、何者??


そんなあたしを見て、水島智哉が軽蔑した様に言った。



「・・・あんた、俺達が善意で付き合ってるとでも思ってんの?」


その冷たい視線と言い方に、先程とは違った意味での恥ずかしさが、一気に襲ってきた。



「・・・それはっ・・・」

「それとも義希がこの間言った、『面白そうだから』ってヤツ、本気で信じてんの? どんだけ子供?」

「・・・・」

「遊びに付き合う程、俺達暇じゃないんだよね。こっちも忙しいんだけど」



この人は今、あたしの心構えの甘さを突いてきている。そんなの迷惑だ、と言っている。

あたしは下を向いて、唇を固く結んだ。

昨日から散々だ。お祖母ちゃんにも言われたし、自分でもイヤという程自覚したばかり。

だけど今、知り合って日も浅い赤の他人にここまで冷徹に言われると、涙が出そうになる。

惨めで惨めで、恥ずかしくってしょうがない。


思わず口を突いて出たのは、どうしようもないくらい子供っぽい台詞だった。



「・・・あなたに何かを頼んだ覚えはないわよ」

「だね。頼んできたのはあんたの婆さん」

「じゃあそれだけ子供のあたしに、さっきからどんだけ絡んでるのよ、この性格最悪男。いいのは顔だけね」

「頭もいいけど?」


まるで絡むように意味の無い事を言うあたしに、ちっとも怯む事無く淡々と答える彼。

あたしはキレそうになった。

思いっきり爆発したいっ。


だけど香取を殴ったあの時みたいに、ここでブチっとキレてバコっと殴ったら、スカッとするだろうけどそれじゃあやっぱり、


この人には、通じない。



あたしは一呼吸置いた。



「子供は子供なりに必死なの。成長するっていうのも大変なんだからね」



深呼吸、ほどではないけど腹式呼吸。

気持ちを落ち着けて腹を決めると、あたしは彼を真正面から見据えた。

そしてキッパリと言った。



「色々迷惑をかけてごめんなさい。甘い所のある子供ですが、頑張りますので宜しくお願い致します」



そう言って頭を下げる。

顔を上げると、水島さんは度肝を抜かれた様に立ちすくんでいた。

「・・・・」



あれ? やりすぎた? ドン引き?

これもこれでマズイのかしら? どうしよう、言い訳をすべき? え? 何をどうやって?

なのにいつまでもこっちをガン見するもんだから、あたしは居心地が悪くなってきた。顔を反らす。



「子供は簡単に、こうやって昨日の自分を撤回できるの。それで、案外諦めは悪いの。だからあたしはここにいんの。いい? これで」



更なる沈黙が続いて、ちょっといつまで黙っているつもり?

チラ・・・と視線を戻すと、彼は既にいつもの調子を取り戻していたらしく、いやそれ以上であるらしく、意地の悪い笑みを浮かべていた。

・・・な、何よ?



「諦めの悪いコって、嫌いじゃないよ」



そう言って腕を組んで、俯きながら近づいてくる。込み上げてくる笑いを堪えている様子。あぁ、バカにされている。

だけど側に来てあたしの顔を覗きこまれた時、あたしは悔しい事にドキッとした。


綺麗な瞳が、とても優しかったから。



「まあ、頑張ってごらん」



そう言って楽しそうにクスッと笑うと、体を起こして再び歩き出した。



・・・何だろう、あたしの言動の何かが、彼のツボにハマったらしい。今、目に表情があったぞ。


あたしは何とも複雑な気持ちになって、後についていった。

この状況って、あたしにとっていいのかな? 悪いのかな? それすらわかんないわ。











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