So, what? 2
ヒトミはその夜、我が家に泊っていく事になった。
彼女がウチに泊るなんて多分、10年ぶりぐらい。子供の頃に戻った様でとても嬉しい。
お夕飯前にお風呂に入る習慣のあるあたしは、「ヒトミちゃんもいっしょに入ったら?」と楽しそうに言いだすお母さんに、思いっきりガンを飛ばした。
17にもなって、友達と一緒にお風呂に入るなんて修学旅行でも恥ずかしいのに、この子は「騒がれるのが面倒だから」って理由で、外出先の公共お手洗いはいつも男子トイレに入る様な子なのよっ!!
騒ぐでしょ、そりゃ騒ぐでしょ、あんたが女子トイレに入ってきたら。
そんな人と一緒にお風呂に入れますかっ10年前とは違うんですっ。
ヒトミはそんなあたしを横目でチラ、と見ると、笑いを堪えて「いえ、私は後にします。真琴も今日はゆっくり入りたいでしょうし」なんて言った。
気合を入れるって言ったお母さんの夕飯は、いつもと同じで、つまり豪華だった。
生野菜とチーズをオリジナルのドレッシングで和えた前菜から始まって、煮物、唐揚げ、スナック、ちらし寿司、スイーツ。お父さんとお兄はいつものようにビールで晩酌。
あたしはまだ胃の調子が取り戻せず、油モノなんかは口にできなかった。
それでも女子って、なんでスイーツは別バラなんだろう?
そしてそのスイーツを、「もう、いっぱいです」って言って微笑み口にしなかったヒトミは、やっぱり女じゃないと思う。
甘いものが苦手なのよね、人生、損してるわよね。
あたしの食欲が進まなかったのは、イットに襲われて胃の調子が悪いだけではなかった。
イットに襲わせたのは、明らかに水島さん。それはもう、諦めた、というか受け入れた。
問題は・・・由井白さん。
あの人は多分、水島さんがあたしに何をするのかを知っていた。ううん、絶対。
そしてあの人は多分、それに対して否定的では無かった。
・・・ううん、むしろ肯定的、それ以上、積極的だった。
だってあたしを送りだす時に笑っていたもん。「落ち着いて、いつも通りにやるんだよ」みたいな事を言って、笑っていたもの。
何でかな。すごく悲しい。とてもとても悲しい。胸が痛い、っていうのは、こういう事を言うのだろうか?
ああいう事を、する人には見えなかった。もっと優しい人だと思っていた。
誰かを攻撃する様な人には見えなかったし、皆に優しいタイプかと思っていた。
・・・そして何より、自分が好かれている、と思っていた。
・・・勘違い、かな? この場合。
自分で勝手に思い込んで、自分で勝手に裏切られた様な気になって、自分で勝手に傷つくなんて、何だか無駄なエネルギーを消費してるよなぁ・・・。
ヒトミはそんなあたしの頭を無言で小突くと、お風呂に入りに行った。
・・・あたしがあんな所であっさり倒れて、よっちゃんさんも呆れているかなぁ。
期待ハズレだったかもなぁ。
みっともなかったなぁ。
「情けないねぇ」
そう、情けないよね・・・。
て、え?
顔を上げると、げ、お祖母ちゃんっ!
「さんざでかい口を叩いて、適当な事を言って訓練を逃げ回っていたくせに、いざやってみたらあっさり気絶したんだって?」
仕事から帰ってきたお祖母ちゃんが、綺麗な顔して綺麗な姿勢で、すごく軽蔑した目をしている。
うっ容赦ないようぅぅ。
「真琴は甘いね。甘やかされて育ってきたから、努力は嫌い、つまらない事は嫌い、面倒臭い事は嫌い、呑気で先の事は考えない、なのにお調子者で大口をたたく」
「それは育ちじゃなくて性格よ、お母さん」
にっこり笑ってお母さん、自分のせいではないって言っているのよね? ひどくない? やっぱお祖母ちゃんの娘だなぁ。
それにあたしのその言われ様は何? ・・・全部当たってんじゃん。
「まこちゃんは、いざという時にはとてもガンバリ屋さんよ?」
お母さんがにっこり笑った。
「いざっていつだい?」
お祖母ちゃんがジロッとあたしを睨んだ。
お父さんはいつも通り知らんぷりを決め込んで、あーん、怒られてるよぅ。
確かに、いざって言うシチュエーションを作ってくれただろうにそこで気絶した、という解釈も出来るわよね? そうか、そういう事か。
「・・・ねぇ、お祖母ちゃん」
あたしは恐る恐る口を開いた。
「・・・あたし、なんで訓練しないといけないの?・・・ですか? その・・・イットの為?」
するとお祖母ちゃんは、眉間に皺を寄せた。
「あんた今まで、周りにどれだけ迷惑をかけてきたと思ってんだい?」
「・・・テレポ?」
「一生薫におぶさるつもりかい?」
「・・・でも、20代で消えるって・・・」
「だからそれまで、周りに迷惑をかけ続けてもいい、と? 身内だからいい、と?」
お祖母ちゃんの目が吊り上がった。
「だからあんたは甘やかされてるって事もわからないのでしょう。17歳の大人の感覚かい、それが? 身内相手なら迷惑かけて、世話になって当り前で、だから努力は無用だと?」
あたしは言葉に詰まった。
・・・そう言われると・・・立場が無い。
「訓練で能力だけでなく、その根性も叩きなおしておいで。いくら家族でも大人になれば、自分の始末は自分でつける心構えを持ったうえでの、家族間での助け合いでしょう。全く本当に情けない」
お祖母ちゃんはやるとなると徹底的に容赦しない性格だから、つまりあたしは徹底的に潰されてるー・・・。
そう、あたしは17です。もう、大人です。
確かに、色々と甘えていました。結構なお調子者でした。
少しその辺りを改めないと、いい女にはなれませんね。
今後、根性を入れ直していきたいと思います。
とりあえず手始めに、生まれて初めてお祖母ちゃんに、
歯向かってみようと思います。
「お祖母ちゃん、何でイットの事を今まであたしに教えてくれなかったの? お兄もヒトミも知っていたよ。由井白さんも水島さんも知っていて、知らないのはあたしだけだったよ」
するとお祖母ちゃんの顔が、ますます不機嫌になった。
「真琴がきちんと自分の能力と向き合う様なら、話そうと思っていただけよ」
「でもイットって、サイの気が好物なんでしょ? あたしに教えてくれないと、困るじゃない」
「今まで困ったかい?」
そう言われて、あたしはハタ、と考えた。
そう言えば・・・この間が、初めてだった。あの、商店街で。
お祖母ちゃんは恐い顔をして言った。
「一つだけ教えます。イットはサイの気が好物だけど、サイが自分の気をコントロールすれば、そうそう襲われる心配も無いんだよ」
「・・・え?」
「なのに真琴は訓練もせず、サイの気を垂れ流し。二言目には『どうせ消える能力』。そんな事じゃ、イットの方だって迷惑だろうよ」
「・・・でも、だったらそう言ってくれれば・・・」
あたしが思わず声を大きくしたら、お祖母ちゃんの喝が飛んだ。
「イットの恐さを知らないお前が聞く耳もつかい? その適当で他力本願な性格のお前が」
ああもうダメ、潰されました~。
下剋上は早すぎました~。明智光秀にもなれませんでした、出直して来ます。
あたしが思いっきりうな垂れた時、
「こんばんは、恵美子さん。お邪魔しています」
素晴らしいタイミングでヒトミが割りこんできた。
見るとお風呂から上がったらしく、短髪をタオルでガシガシ拭きながら、寛いだ様子で立っている。さすがは幼馴染、空気を読むのが上手いじゃないっナイスよナイスっ。
手には何故か、お店で貰う手提げのビニールバック。着替えかな?
「すみません、先にお風呂を頂いてしまいました」
「おや、ヒトミ。やっと来たの。久しぶりだねぇ」
お祖母ちゃんが嬉しそうに笑った。ヒトミはお祖母ちゃんのお気に入りだから、彼女を見るとすぐにご機嫌になる。ヒトミ、その調子よ。
「真琴がいつも迷惑をかけているでしょう?」
「そんな事ありません。いつもだなんて」
・・・それって、たまには迷惑をかけているって聞こえるじゃない。やめてよねっ変に刺激するのはっ。
「ご両親は元気?」
「はい」
「今日はゆっくりしておいき。今日と言わずいつでも、しばらく」
「ありがとうございます」
「薫くんのスウェットでごめんね、ヒトミちゃん」
お母さんが心配そうに言った。
「綺麗に洗ってある物だけど、イヤでしょ? まこちゃんのお洋服じゃヒトミちゃんには小さいし、今度、自分のお洋服を何枚かここに置いていってね。ね?」
「ありがとうございます」
お兄のスウェットも、両腕をたくしあげているヒトミが着こなすと何故かお洒落に見える。
・・・あれ?
「そういえばお兄は? 部屋かな?」
あたしは何気なく言った。
するとヒトミがにっこりと笑った。
お母さんが言った。
「お風呂じゃない?」
お兄は夕飯後すぐにお風呂に入るのが習慣なのよね。
・・・え? て、まさか・・・?
ヒトミは相変わらず笑顔で、だけど無言で立っている。
そのヒトミの笑顔を見て、あたしとお母さんとお祖母ちゃんが徐々に固まった。
ヒトミは微笑んで、手にしていたビニールバックをお母さんに差出した。
「これ、薫さんの着替え一式と、お風呂場にしまわれていた彼の下着全部です。彼の部屋は内側からカギをかけましたので、開錠するツールはしばらく渡さないで下さいね」
・・・それってつまり、しばらくお兄に着替えも下着も渡すな、って事で・・・ひょっとして・・・え・・・まさかあの兄貴・・・
バカだけじゃなくて、超、ドエロだったのっ?? というか、変態じゃんっ!!
「お兄、入ったのっ?! ヒトミが入っていたお風呂に、来たのっ?!!」
「来たよ、普通に」
その返事に、あたし達女三人が息を飲んだ。じょ、冗談でしょ??
「こっちが湯船に浸かっていたら、普通に入ってきて、普通に挨拶されて、普通に体を洗いはじめた」
ぎゃーっ!! ウソでしょ!!
「そ、それで・・・」
「だからこっちも普通に出て、普通に服を着た後、薫の着替えを全て奪った」
その時、お母さんがふらついた。倒れる寸前、床にぺたっと座り込んでしまった。
お祖母ちゃんは息が止まりすぎて、顔が紫色になっていた。
そんなあたし達をみて、ヒトミは騒ぐでも無く、普通に言った。
「多分薫、今日一日の騒動のせいで心ここにあらず、なんだと思う。私が女だったと改めて気付くのと、自分の着替えが全部無いと気付くのと、どっちが早いかな?」
真顔であたしを見つめる。
そ、そんな事あたしに聞かないでよ・・・多分、着替えが無い事に気づく方が先だと思う。
「・・・そこまでのバカ息子とは・・・」
やっと息が出来たお祖母ちゃんが、やっとの思いで一言呟いた。