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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第二章 だから嫌なのにっ
12/67

So, what? 1

焦っている。

目が覚めても、やたらと焦っていた。お兄に怒られる。


自分の部屋の中なのに、お兄とヒトミの姿が見える。なにか話しこんでいる。

ヒトミが振り返った。


「あ、起きたね」


何でヒトミがいるのだろう? 外の陽がオレンジなのだけれど、朝か夕方かも分からない。体を起こして、ベッドの上に座る体勢となった。

その時、体の中から込み上げてくるものがあった。文字通り、込み上げてくる。

ヒトミが覗きこんだ。


「どう? 気分は?」

「・・・気持ち悪い・・・」

「えっ? 吐くのか? 吐きたいか?」


お兄がかぶさるように聞いてきた。ウザい、とすら言えない。余裕が無いっ。

あたしは顔から血の気が引いて行くのがわかった。動いたら出そうっ。手を口元にすら当てられない。


「・・・うん・・・」

「トイレ、立てるか?」


立てるかっ。と心の中で突っ込むしかない自分がもどかしい。バカ兄貴っ。

隣でヒトミが、冷静に洗面器を出してきた。


「ここに用意してあるから大丈夫。それよりも薫、由美さんに知らせて、何か飲みものを持って来て」

「お、おう」


慌てて出て行く。そんなに慌てないでよ、やめてよ、もう。

ヒトミが優しい表情で、再びあたしを覗き込んだ。そっと背中をさすってくれる。


「大丈夫? ここに吐きなよ」


お兄が出てってくれて安心したのか、ヒトミがあたしのツボを心得てくれているせいか、

あたしはお言葉に甘えて、たっぷりと出してしまった。だって我慢しようったって、無理。

滅茶苦茶逆流したがっているんだもん。ごめん、ヒトミ。


ヒトミは嫌な顔一つせず、背中をさすり続けてくれた・・・ハズ。嫌な顔されても、見えないんだけどさ。



「まこちゃーん」


底抜けに明るい声が近づいてきた。うう、安心するやら脱力するやら。

部屋のドアを開けたお母さんは、あたしの惨状を見て目を見開いた。


「あらまあ。はい、これ代わりの洗面器」


それだけかいっ。


「ありがとうございます、由美さん」


ヒトミが極上の笑顔で微笑む。

お母さんもにっこりと笑った。


「こちらこそ。ヒトミちゃんがいてくれると安心するわ。これ、ホットアップルジュースね」

「ありがとうございます」

「薫くん、あんまり騒いだら駄目よ?」


お母さんはカップをあたしの机の上に置きながら、戸口に立っているお兄を軽く睨んだ。

お兄は年甲斐もなく、少し唇を尖らせるようにして言った。


「騒がないよ」

「散々騒ぎましたものね」


ヒトミの冷たーい、チクリ。

お兄が飛び上がった。


「おいっ」

「あらやだ。やっぱり」


お母さんがもう一回目を見開いて、あたしもお兄を見つめてしまった。

そうなんだ、騒いだんだ。どうやって騒いだんだろう? どれくらい騒いだんだろう? ううっいやだよぉ、こっ恥ずかしい。


お母さんが腰の脇に両手を当てた。

お兄をわざとらしく睨んで言う。


「本当にこの子は、まこちゃんの事になると見境がなくなるんだから。駄目よ、人様に迷惑をかけたら」

「あっちが仕掛けてきたんだろっ」

「そんな事言わないの。お祖母ちゃんがお願いした方達なんだから。まこちゃんの為にやって下さっているのよ」

「そんなワケあるかっ。あいつら異常だろ。真琴をイットに喰わせようとしたんだぞっ」



あたしは息を飲んでしまった。

そして、あの時の事を、まざまざと思い出してしまった。


あの人。新谷って言う人。あの人から逃げる事が出来なかった。

あの人は、顔色一つ変える事が無かった。眉一つ動かさなかった。あたしを脅しもしなかった。

傍から見たら、何をしているのかなんて他人はさっぱり解らないに違いない。


なのにあの匂いと、あの恐怖。

あれをどう表現すればいいのだろう。


命を狙われる恐怖とは、少し違う気がする。命、狙われた事ないけど。

きっと殺人者を目の前にしても、あのタイプとは違う恐怖を感じるのだと思う。


あたしがあの時感じた恐怖は・・・得体の知れないモノに対する恐怖?

例えば、悪霊。

例えば、闇。

例えば、何もかも飲み込んでしまう、逃げる事の出来ない、異空間の悪魔。


得体の知れないものに絡み取られて、自分を壊されて、無くされて、なのに一生出る事の出来ない何処かに閉じ込められるような、そんな恐怖。

今までの自分の大切なものを全部、忘れてしまう様な恐怖。


それと、甘美。



水島さんの、限りなく綺麗で、限りなく冷たい瞳を思い出した。

正直、あれが恐怖を増幅させたと言っても、過言じゃないわ。




「大丈夫よ。だってまこちゃん、ここにいるじゃない」


お母さんが、穏やかに微笑んだ。

それを見て、お兄が言葉に詰まった。

「でもっ・・・」



お母さんはあたしを優しく見つめて、頭を撫でてくれた。

そして柔らかい声で言った。


「大丈夫。お祖母ちゃんに間違いはないわよ。その方達の事も信じて、ね?」



最後の、ね? はお兄に向かって。

お兄は少し悔しそうに、イラつきながら目を反らした。

お母さんはそんなお兄を完璧に無視して、朗らかに言った。


「じゃあ、お腹が減ったら、何が食べたいか教えてねー。ヒトミちゃん、お夕飯久しぶりに家で食べていってね」

「はい。ごちそうになります」

「うふ。嬉しいわ。頑張るわ」



鼻歌でも歌いかねないご機嫌さで階段を下りて行く。多分、こういう人が一番強いんだよなあ。実は何も考えていなかった、とは思いたくないわ。一応、あたしの親だし・・・。


ヒトミがあたしの方に、少しからかう様な眼差しを向けた。


「どう? 吐いたらスッキリした? もう一回吐く?」


・・・面白がられている・・・。

あたしの嘔吐物を見た後での反応がコレね? かなり好かれている、と解釈しておこう。

あたしは自然と、色んな意味で顔をしかめてしまった。


「・・・うん・・・大丈夫」

「じゃ、飲んでみる?」


差し出されたホットアップル。りんごはお腹に優しいのです。冷たい物より温かい物なのです。

あたしは黙って受け取った。

半分ほど口を付けたら、体が落ち着いた。

そこで、観察するようにあたしを眺めている二人に、恐る恐る聞いて見た。


「あたし・・・どうなったの?」


するとヒトミが、軽く首を傾けながら腕を組んで言った。


「倒れた。水島智哉が抱きかかえて、部屋に戻ってきたんだ。ビックリしたよ。イットに襲われたんだって?」


・・・へぇ? 水島さんが抱きかかえてきた? あたしを?

・・・どの面下げて?


「・・・うん・・・あれは・・・あれ?」



あたしはある事に気がついて、ヒトミを見た。


「ヒトミも知っていたの? イット?」

「知ってるよ。でも見た事はない」


当り前の様に軽く言われて、更に驚く。思わず言ってしまった。

「え? そうなの?」


疑問が二つ、同時に湧きおこった。

知ってるの? いつから? どうやって?

見た事無いの? そんなにレアなの? あたし、既にこの一週間で二人も見たよ?



「うん。普段は表に出さないらしいよ、イットの性質。割と私達と共存しているらしい。そもそも生き物の気を吸い過ぎなきゃ、相手の命を奪う事もないらしいし。害が無い、って言ったら語弊があるらしいけど」



何でそこまで知ってるんだ? って突っ込みが喉まで出かかったのに、初めて聞く事が多すぎて脳内処理がついていけず、

とても素直な返事しか出来なかった。


「・・・そうなんだ・・・」

「お前、吸われたのか?」



お兄が深刻な顔をして、あたしに身を乗り出してきた。

お兄はこの一週間、あたしがイットに喰われるのを心配しての保護者登下校を行使しようとして、あたしは絶対あり得ない程嫌がって超避けまくって、


それが理由で一週間、あたし達は口も聞いていなかったんだから。



なのにイットに襲われて気絶しちゃって吐いちゃって、バツが悪いったりゃありゃしない。

あたしは、ちっちゃくちっちゃくなっちゃった。

妹の武器を使います。か細い声で、一言。


「・・・わかんない・・・」

「倒れるって事は、何かされたんでしょう?」


うっひょ、ヒトミに容赦なく、冷たく言われた、バッサリと。

うわっ、目まで冷たいよ、凍っちゃうよ。ちょっと水島さんに通じるものがあるわよね?


「その時の事、覚えてる?」


覚えてないとは言わせない、って瞳が言っていますよ、ヒトミさん。

あたしは縮こまって、懸命に思いだした。言い訳、言い訳。



「・・・・ものすごく恐かったのに・・・途中から・・・恐怖感が全く無くなったの・・・」

「・・・・」



自分が全く抵抗出来なかった、と言う事はあえて言わないこの戦法、この二人に通じるかしら?



「何の為にそんな事までしたんだよっあいつらはっ」


あ、お兄には通じた。さすが単純バカ。

思わずあたしとヒトミで眺めてしまった。お兄、かなり怒り狂っております。怒髪天を衝く、です。

でも嘘は言ってないわよ? ・・・ちょっと不憫だなぁ。


ヒトミが軽く溜息をついた。余計な事は言わないって決めたらしい。

あたしの脇の椅子に腰かけた状態で再び腕を組んで、足も組んで、立っているお兄を見上げる様にして言った。



「普通に考えれば、真琴を追い詰めて、目の前でテレポテーションをさせたかった為」

「何の為にっ?」

「そりゃ、自分の意思で飛ぶきっかけを訓練したかったのでしょう。いつも真琴は、無意識に、意図せず、薫の所に飛んでいましたから」


あたしをジロッとみるヒトミ。

あんたの日頃の行いのせいなんだよ、って目で怒られてる、あたし~。



「恐怖感を与えれば、自分の意思で飛ぶとでも思ったんじゃないですか?」



ええ、その通りです。メッチャ怖かったんですよ。それで気絶しちゃったんです。

うっ、日頃の行いが悪い上に、相手が思っている以上に始末に負えない低レベルなあたしだったのかしら、これって。

じゃあもういいじゃん、訓練なんてやめようよーっ。あたしは始めっから嫌だって言ってたんだよー。

それを無理やりやらせるからこういう結果になっちゃんだって、責任転換でもなんでもいいわよっ。



「でもあいつら、何でイットなんか飼っているんだよっ」


お兄の言葉で、あたしは我に返った。

え? ちょっと待って本当だっ。なんで水島さんちにイットなんかいるの??

イットって、サイが好物な、人間を殺しかねない生き物なんでしょ? それがなんで、あの家で働いているの??

しかも水島さん、あの新谷って人がイットって知ってるっぽかった! 絶対、そう!!



「・・・」

ヒトミが不機嫌そうに眉根を寄せたんだけど、お兄はそれに構う事無く、声を荒げ続けた。


「ヤクザはどこまでもヤクザだよな。やる事がとことん黒いぜっ」


え? 何?


「ヤクザ?」



あたしが驚いて復唱したら、ヒトミが仕方なさそうに溜息をついた。


「水島いさお。流三会の会長。水島智哉の父親だよ」


・・・なんと?


「・・・えー?」


ビックリした。聞いた事あるよ、その名前・・・。

だからあの豪邸?? 全然日本家屋じゃなかったけど、西洋館だったけど、部屋の趣味も良かったけど、って偏見持ちすぎ? 随分洗練されているヤクザさんちだったなあ。

おまけに息子さん、えらい美貌でございますね? 昨今のヤクザは顔まで・・・


「そんな奴らと関わっているばあちゃんの気が知れねぇよ。いくらサイの家系だっつっても、あまりにも危険だろ。実際こっちの身が危険にさらされたんだからな。真琴、今後一切、あいつらとは関わるなよっ」



あたしがトリップしている間に、お兄は暴走していた。

あたしは顔をしかめた。

だって相手がヤクザかどうかなんて正直ピンと来ないし関係ないけど、

あんなに嫌な目にあわされて、多分かなりバカにした扱いをされて、それでも好んで仲良くしにいくおバカさんが何処にいるのよ? お兄に言われなくても、もう2度とごめんよ。受験勉強だってあるのよ、あたし。



「・・・・」


だけどヒトミは何が気に入らないのか、やっぱり眉根を寄せて椅子に深く沈みこむと、少し不機嫌そうに黙りこんだ。




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