Are you serious? 3
やがて運命の(?)週末が来てしまい、あたしは渋々と、待ち合わせ場所の駅前ロータリーに立っていた。
渋々と・・・でも、心の奥底が僅かに小躍りしている事を、無視は出来ない。
だってさ、もうすぐここに・・・
「どうもー」
派手な真っ青の車が、あたしの目の前に止まった。よくわかんないけど、後ろに羽みたいなのがついているヤツ。
ウインドウを開けて、サングラスをかけた滅茶苦茶カッコいい人が顔を覗かす。
その、派手とも言える登場に、あたしは呆けてしまった。
「・・・由井白さん・・?」
「そだよー。乗って乗ってー」
ニコッと笑うと、車内で身を乗り出して、助手席のドアを開けてくれた。
あたしは慌てて回り込み、助手席に乗り込んだ。
シートベルトを締めて、隣の由井白さんを見る。
彼はあまりにも似合い過ぎるサングラス越しから、もう一回明るい笑みをあたしに向けると、車を発進させた。
重低音のエンジン音がする。
「どう? 調子は?」
「・・・まあまあ、です」
「そっか。こっから智哉んちまで、20分ちょっとだから。あ、なんか聴く?」
由井白さんは運転をしながら片手でステレオをいじりだす。
その、いちいちサマになる姿に横目で見とれながら、あたしは気付いた。
すっごいこれ、今時マニュアル車だ。
しかもなんだか、車内に鉄製のパイプみたいなのが張り巡らされている。
運転席だけ違うシートだし、排気音はさっきから重いし、
何だか色々と・・・
「・・・すごいですね、由井白さんの車」
思わず言ってしまった。
小娘のあたしでもこれだけはわかる。マニアが入った車だ。
「これ? これ、オヤジのなんだ。オヤジ、カーキチでさ、給料殆んど車に使ってるんだ」
由井白さんは朗らかに笑うんだけど、それだとなんで車内にパイプが通っているんだろう?
トリビア的に気になる・・・。
「ね、君の事、名前で呼んでもいい?」
急に言われた。
見ると、彼は何だか楽しそう。運転をしながら、含み笑いをしている。
「あ、はい」
「よろしく、真琴ちゃん。僕の事も好きなように呼んでね」
前方を見たまま、少し流し眼をする感じであたしを見て微笑んだ。
それを見て、胸の奥底の小躍りが更に軽やかステップを踏み出したようで、あたしってば現金、恥ずかしい。
でも、嬉しい。
イタズラ心もちょっぴり湧いて、
「じゃあ、よっちゃん?」
「それは・・・」
明らかに絶句している。ふふ、面白いっ。
笑いを堪えていると、彼はそんなあたしを横目で眺めてから、クスッと笑った。
「ま、こんなに可愛い子に呼ばれるなら、それも悪くないか。そのかわり、二人きりの時だけね」
気のせいか、彼の声色が少し低めの心地よいハスキーボイスになり、再びドキッとする。
二人きりの時って・・・
それって、女の子を妄想させるに十分な台詞よね。
この人、天然か遊んでいるかのどちらかなんだろうなぁ・・・。
そして彼の言うとおり、20分後。
「着いたよー」
言われて唖然となった。
車は、観音開きの大きな門を通り過ぎ、当り前の様に中に入って行く。
よっちゃんは、勝手知ったるであろう場所に何の迷いもなく車を止め、エンジンを切ると車を降り、
車内でボーっとしているあたしの助手席ドアを開けてくれた。
あたしは促されるままに車を降りた。
顔は、前方の豪邸を見上げたまま、口を間抜けに開けたまま。
「・・・智哉んち・・・?」
「そう。智哉んち」
智哉んちって・・・友達んち、っていうのは・・・普通、お家でしょ?
つまり、家族の生活が営まれている場所を指すのであって・・・。
もっと控えめな建物を言うんでないかい??
「僕んちに、ようこそ」
「・・・・」
十何代目のお貴族様よろしく、品のある笑顔で大きな玄関から姿を現した水島さんは、相変わらずの凄い美貌。
服装は普通にカッターシャツを羽織っているだけなんだけど、それすら高級に見える。これでユニクロとかだったら親しみが湧くのになぁ。
「・・・水島さんって、何者なんですか?」
「よっちゃんから説明を受けなかった? お触り魔だよ」
冷たくあたしに言うんだけど、もうこの人の、あたしに対する喧嘩腰と言うか、悪意と言うか嫌悪感と言うかが混じった、物言いにも視線にも馴れてしまったの。
ので、普通に応戦した。ええ、お気づきの通り、あたしはかなりの勝気です。
「その美貌で、この家に住んで、痴漢やってる人って」
「最後の思いっきりハズしてるよね? ワザとだよね?」
「サイコメトリーでしょ。知ってますよ、名前くらいなら」
視線だけあさっての方向に反らして言ってやった。
水島さんは無言であたしを見下ろしている。ふーんだ、イラついているでしょ。仕返しよ。
すると水島さんは、後ろからあたしの肩にポン、と手を置いた。
あたしが振り向く。
水島さんは、無表情でじっとあたしを眺めている。手は、肩に置いたまま。
な、何・・・。その凄まじい美人顔で見つめられると、何故だか冷や汗が出てくるのよ・・・。
「例えば君、この数日間、お兄さんと口をきいてないでしょ」
一瞬呆気に取られて、それから事を理解した。
な、この人っ、今あたしをサイコメトったわねっ!!何の断りも無くっ!!
ショックに飛び上がって、彼の手を勢いよく振りほどき、その反動で後ろにあった部屋の扉を背中で開けてしまった。
バランスを崩しかけて本能的に部屋の中を見て、
「・・・って、何でお兄がここにいんのよっ!」
そこにはこの一週間避け続けたムカつく顔が、所在無さ気に立ってるじゃないっ!!
お兄は無言でそっぽ向いた。どんだけシスコンだっ!
あたしは再び、水島さんをバッと振り仰いだ。
「全然、サイコメトってないじゃんっ」
「僕、そんな事言ってないよ?」
シレっと言われて、何この人っ。
一本取られた、くやしい~っ。
すると部屋の奥のテラスの扉が開いた。
「この家、庭がすごいね」
そう言って入ってきたのは・・・
「ヒトミ?」
再び呆気に取られる。だってそこにいるのは、見慣れた、どっからみても男にしか見えない彼女なんだもの。
カットソーとストライプのカッターシャツを重ね着して、その上からナチュラルなスヌードを引っかけて、同じ色合いのパンツを履いて、軽く広げた両手をテラスのドア枠にひっかけて。
後ろから太陽の光を浴びていて、そういうのってさ、王子様が登場する時のパターンでしょ?
「あ、真琴。いらっしゃい」
当り前にニコッと言われて、あたしも思わず普通に聞いてしまった。
「何でいるの?」
「ご挨拶だね。呼ばれたからだよ」
「・・・ウソ。お祖母ちゃんに聞いたな?」
あたしは徐々に覚醒してきた。面白い事やお祭り大好きなヒトミだもんっ。絶対ここを嗅ぎつけたんだっ。見物しに来たなっあたしが嫌がっている事を知ってて!
「違うよ。薫に泣き付かれたんだってば」
「おい、何だよその言い方っ」
「本当の事でしょう? 真琴の事が気になるけど、一人じゃみっともなくって行けないから一緒に付いて来てくれ、って言ったのはあなたでしょう?」
「違うっ。俺は万が一の事を考えて、少しでも人数の多い方が」
「おや。そんなに深かったとは」
ヒトミがバカにした様な眼差しをお兄に向けた。ついで、あたしにも向ける。
てか、ついでにバカにするなっ。
「まあまあ。女の子は、みんなで守ってあげる。いい事じゃない?」
よっちゃんが間に入ってきた。
あたしは無言でお兄を睨みつけた。
お兄も無言であたしを睨み返す。
「・・・・」
よっちゃんが続けて、わざとらしいくらいに明るい声で言った。
「仲のいい兄妹だねー」
水島さんが、冷めた口調で言った。
「仲良く同じレベルだよね」
手の平を下げてヒラヒラさせて、低レベルって事でしょ? いちいち嫌味な人っ。
「恥ずかしいね。いい加減子供っぽい事はやめなさい」
ヒトミがバカにしたように続けて、何なのこの状況はっ。
「あんたはこっち」
水島さんが戸口に戻り、まるで犬を呼ぶかの様にあたしに向かって人差し指をクイクイっと曲げて見せた。
「え?」
思わず眉間にしわが寄る。何よ、そのあしらい方は。
しかし彼は、相変わらず冷めた目で言った。
「聞いたよ? 兄貴のとこばっかに飛ぶんだって?」
「・・・」
「だから、試しに自分の意思で飛んでごらん。兄貴の所に。行き先自由に決めるのは、それから」
そう言って部屋を出る。
あたしは突っ立ってしまった。
何が始まるんだろう、これから? どこかに連れて行かれるの?
ヒョイッと水島さんが顔を出した。
「なにしてんの? こっちだよ。兄貴から離れなさい。喧嘩中なんでしょ」
そう言われてギクッとなった。いよいよだ。
柄にもなく緊張が走る。
思わずお兄に視線を走らせたら、お兄も不安そうな顔つきであたしと水島さんとを見比べていた。
やだ、やっぱブラコンだ、あたし・・・。
「真琴ちゃん」
部屋を出て行こうとしたあたしの腕を、よっちゃんが掴んだ。
相変わらず明るく笑っているのに、それに不釣り合いなくらいに手の力が強い。
「いいかい? いつもやってる通りに。緊張せずに、お兄さんの所に飛ぶんだよ」
目は・・・多分、初めて会ったあの時よりは笑っている様に見えるから、多分、あれほど大変ではないんだろう。だってそもそも練習だし?
あたしは黙って頷いた。
・・・でも、大変な練習って何だろう? 帰宅部の身としては、苦労知らずでさっぱり想像がつかないの。
そもそもこんな訓練なんて、きっとどんな経験も役には立たないのだろうけどね・・・。