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サイなあたし達  作者: 戸理 葵
第一章 面倒臭いんです
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This is my life 1

あなたには救う力がある、なんて言われて、

でもそれはあなたの生活には関係の無い事で、

見ないフリをしていれば平穏な人生を送れるとしたら、



あなたはどうしますか?












物ごころがついたばかりの頃は、こんなおかしな能力なんて一つも無かった。

父は元より普通の人だし、母にも兄にも能力ちからは出なかったので、あたしも多分普通だろう、とみんな安心していたのだ。



それが初めて出たのは5歳の時。

残念ながらハッキリと覚えている。



どこかで貰って来たヘリウムガス入りの風船が、家の部屋の天井に浮かんでいた。

そこから垂れる紐は、どうやっても手が届かない。

4つ年上のお兄はジャンプをすれば余裕で手が届く。なのにあたしはどうやっても届かない。

悔しくて悔しくて、得意げな顔をするお兄をみると更に悔しさに拍車がかかり、



ムキになって、渾身の力を込めてジャンプをした。


その瞬間の「真琴っ!」と言う、お兄の叫び声だけは覚えている。



そこから先は、家族の語り草。

お兄の言葉を借りれば、あたしの頭は天井に、「刺さった」らしい。

次の瞬間、激しい衝突音と共にあたしは落ちた。床からジャンプをしたら、天井に思いっきり頭を打ったのだ。

そして脳震盪を起こしたあたしは、そのまま床に倒れて気を失った。



動転したお兄は庭いじりをしていた母親の元に駆け込み、

「真琴が死んでしまった!」

と泣いたらしい。

もちろん、あたしは今でも嫌になるほど健在よ?



現在でも我が家の居間の天井には、5歳のあたしが頭を「刺した」跡がくっきりと残っている。

分かり易く言えば、天井の一部が思いっきり凹んでいる。



そして父と母は時々、それを眺めながら、

「あの時の真琴はまだ小さくて可愛かった・・・」

と言って微笑みながら懐かしむんだけど、それってどっかおかしくない? おかしいよね? 

って、天井に頭を刺したあたしが言うのもなんだけど。









そんな事を思い出しながら今あたしは、学校の門を見上げている。現在、朝の10時。やっぱり門は閉まっているし。んー、どうしよっかな。



学校に行く気分がしなくて呑気に一人で朝マックをしていた、なんて知られたら今更だけど、


「・・・お兄に怒られるなぁ」


じゃあ、サボるなって話なんだけど。いい加減なのに中途半端に良いコなあたしだからね。あの激烈な兄貴にまた大騒ぎされるのは、正直、


「ウザいもんなぁ」


門を見上げたまま溜息をついた。しょうがない、学校に行くか。




正門を後にして角を曲がると、学校の敷地のフェンスが延々と続く。その隣は細い路地を挟んで、神社。つまりここはね、人目につかないの。そして学校フェンスの内側は、うっそうと茂った林みたいな木々が敷地に植えられている。


ここ、私の専用門なんだ。



まずは鞄を、4メートル以上はあるフェンスの向こう側にエイっと投げた。

そして周囲に人がいない事を確かめると、



私は飛んだ。



高い背面跳びをして宙返りをする格好で、フェンスの上に片膝をついて着地する。

スカートがかなり膨らんだけど、人はいないから気にならない。




あの時は色々と家族を大騒ぎさせた、常人に不可能なこの超跳躍。

実はあれ以来、あたしの大好きな特技と化しちゃった。最近では2階のベランダくらいなら、ジャンプで簡単に入れちゃうの。


だってね、飛ぶと、気分がすっきりするんだ。


もちろん、人には見られないように注意しているよ?

(だってコーコーセーの女が棒高跳びでもないのに、7,8メートルもジャンプしてたら誰だってヒクでしょ? いや、棒高跳びでもヒクだろうけど)




なのに、気持ちの良いジャンプに上手くいったとほくそ笑んだ、まさにその時



「え・・・?」



予期せぬ人の声が下からして、ドキっ!! と心臓が跳ねた。


焦って声の主を捜すとなんと、茂みの中、つまり学校の敷地内に一人の男子生徒が座っており、こちらを見上げて驚愕していた。手には煙草。




ギックーっ!! 見られたっ?! 跳んだ所??!! えっヤバいヤバいヤバいっ



お兄に怒られるっっっ!!!



と思った瞬間、あたしはバランス崩した。キャーっ落ちるぅっ!




と思ったんだけど。




落ちたらそこは、フェンスの内側の茂みなんかじゃ、なかった。

そもそも屋外でも、なかった。


どこかの教室の中。しかも誰かの膝の上。



「・・・・・」



煙草を持った男がビックリまなこでこちらを見ている、って事だけはさっきと一致しているんだけど。



けれども明らかに違うのは、それが高校生の男子生徒ではなく、




あたしのお兄だって事。




つまりあたしはお兄の膝の上に乗っかっていて、しかも多分ここは、彼の大学の教室内で、

あ、お兄が一人で良かった。



じゃなくて、

ヤッベ。本日最大の、危機かも。



「・・・ごめん」



取り合えず、謝っておこう。上目使いで。可愛らしく。うん、無駄だね。





あたし、宮地真琴18歳高校3年生。

棒無しで8メートルのジャンプが出来るという特技とは別に、実はもう一つ、厄介な能力を抱えています。


それは、動揺すると制御不能のテレポテーションをしてしまうという、どうしようもない無駄技です。





あたしはお兄の膝の上に乗りながら机との間に落ち込む形で、至近距離の彼と目が、バッチリ合ってしまった。煙草の灰がポトっと落ちる。

一生懸命、引きつり笑いをしてみた。あ、でもヤバい。お兄、既にキレてる。


「・・・」


あ、目が据わってきた。煙草を持つ手が震えている。眉間にしわが寄っている。

これは来るっ。来る来る来るっ。



「・・・真琴・・・お前・・・」



来たっ。

ここは謝罪のオンパレードで相手の口を封じてついでに気も削いでみようっ。


「ごっごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」

「・・・いーかげんにしろっっ!!」



計画失敗。がたっと勢いよく立たれたもんだから、私は激しく見事に床に転がったの痛かったの。



「てめーは何してんだよっ! 今度は何やらかしたんだっ」

「そんな何にも、ただちょっとピョンって」

「何がちょっとだっ! テレポなんてお前がパニクってる証拠だろっ何やらかしたんだって聞いてんだ!!」

「だから少しジャンプしただけだって。今日のは普通の人でも出来る飛びで」


「バカかこの野郎っフツーじゃねえんだお前はっ! しかもビクつく度に毎回オレんとこに来んじゃねーよっ!」



頭のこめかみを両方、手でグリグリされて痛い痛い痛いっ。

やめてってば、腹パンチするぞこの暴力兄貴っ!


あたし達は揉み合いになった。











あたしが初めてテレポをしてしまったのは、ハイジャンプから約2年後。


人前ハイジャンプ禁止令が出ていたのだけれど(特にお兄の拒否反応っぷりは激しかった。目の前であたしが天井に頭突きをした事が、よっぽど強烈だったらしい)、あの気持ちよさが病み付きになったあたしは隠れて、ピョンピョン跳んでいた。木の上とか。滑り台の上とか。



そんなある日、いつもの通り一人庭先でピョンピョンやっていて自宅の屋根の上に乗っかった所を、ついに母親に目撃された。

すると彼女は、いっつも優しい人なんだけど、その時もすごく優しくニッコリと笑って、それはそれは楽しそうにあたしに言ったの。


「見ぃーちゃった、見ぃちゃった。薫に言っちゃおう。お兄ちゃん、怒るだろうなぁ」


その時、あたしの頭に浮かんだもの。

それはあたしが跳ぶ度にあのお兄が見せる、あの騒ぎ、あの怒り、あの泣き、そしてあのお説教。


「そういうことをやってるとなっ真琴っ! そのうち動物園とかに連れていかれて大きな檻に入れられて、みんなの見世物になって、ピョンピョン跳んでとか言われてっ、一日中っ、ピョンピョンしてなきゃいけないんだぞっ」


とか


「悪い科学者とかに連れていかれて、腹ん中切られてっ、どうやってそんな高く跳べるか調べられるんだぞっ」


とか


「そのうちあんまり高く跳べるようになってっ、宇宙に出ちゃったらどうすんだよっ、どうやって帰ってくるつもりなんだっ」


とかね。



とにかく豊かに妄想を膨らますお兄が面倒臭くって、そんなお兄が激怒することだけは目に見えていて、そして目の前の母親は確実に、それをお兄に告げ口しますって笑顔をしていて、



ヤバいっお兄に怒られるっ(そして面倒臭いっ)



って思ったの。

そしたらね。



あたしは消えたらしい。



後から聞いた話だと、母親は

「あら・・・消えちゃったわ」

と驚き(? 驚いてる? これって)、たまたま仕事が休みだったお祖母ばあちゃんが通りかかり、


「ねえお母さん、真琴が消えちゃったわ」

「・・・おや、まあ。ついに」


で、二人でしばらく佇んだんだって。保護者としての責任はどこにいったの?




一方のあたしは気付いたら小学校に来ていた。座り込んでいた。

あまりの急激な場面転換についていけないあたしだったけど、何かの上に座り込んでいる事に気付き、ふと下を見たらそれは、



ええ、お兄でした。当時11歳の。

お兄がうつぶせで潰れていて、あたしはそんな彼のほぼ肩の部分に座っていたの。


何だこれはっ

ってあたしが驚いていたら、向こうから女の子がやって来た。

お兄のクラスの可愛い子。

手には可愛いラッピング。

そんな彼女が唖然として立ちすくんでいる。

あの日は、バレンタイン・デー。


「宮地君・・・」


小さく呟く彼女を見て、幼いあたしも気がついた。このお姉ちゃん、お兄に用事が・・・つまりチョコを渡しに来たんだって。


「お兄ちゃん、ねえ、お兄ちゃんってば」


あたしは自分の下で潰れているお兄を揺さぶった。お兄の上に乗ったままで。

「う・・・」

と言って気付いたお兄は顔を上げて、目の前に立っている彼女を見た。

そしたらその彼女は、唖然の表情が恐怖の表情に変わって、後ずさったのね。


何だろう? って思ったら、お兄が今度はうつ伏せのまま振り向いてあたしを見上げた。

そしてあたしも、思いっきり驚愕したの。


だってお兄の顔面は、ハンパないくらいの血だらけだったんだもん。もう、スプラッタ映画並み。多分あたしがお兄の上に落ちた時、鼻を地面に強打したんだろうね、可哀そうに。


「・・・真琴・・・?」


一方のお兄もあたしを見上げて、負けないくらいに驚愕していた。なのに次の瞬間、何かを察知したかのような目つきになった。さすがは宮地家の息子だわ。顔面血だらけだけど。

ガバッと起き上がり、あたしは軽く吹っ飛ばされ、

そんなあたしをガッと掴んで、身を乗り出す様に近くに迫られ、


正直、逃げたかった。色んな意味で。



「お兄ちゃん、大丈夫・・・・?」

「真琴こそ大丈夫かっ? どっかに体の何か、落っことしてきてないかっ?」

「・・・・」

「宮地君?」

「うっせえなっ黙ってろっ!」



今思えば多分ね、お兄はお祖母ちゃんに告げられていたんだろうね。異常なハイジャンプをするあたしがいつの日か、テレポテーションをしてしまう事を。


そして多分、騙されてきたんだろうね。その時あたしが、手だか足だか顔だかを、どっかに忘れてくるかもしれないよ、って。


お兄は昔から、異常なほどの心配性かつ恐がりで、22歳になる今でもホラー映画が見れない男だから。

あのお祖母ちゃんが、そんなお兄で遊ばない、ワケが無い。




そう言う訳であの日、結局お兄は女の子からチョコは貰えず、貰えたのは翌日以降卒業するまでの、クラスの女子全員からのヒンシュクと総スカンだった、というオチ。(小学5年6年とクラス替え無しの故)










「だってお兄がいっつもあまりにも怖いんだもんっ。だからついお兄の顔が思い浮かんじゃって、そしたらここに飛んできちゃうんだよっ!」


揉み合いになりながら、あたしは叫んだ。

分かってます。責任転嫁です。妹の特権です。そして全く通用しません。益々怒ってます。


「いーかげんにその精神を鍛えやがれっ! いい歳してコントロールを身につけろっ! つかまずは獣並みの跳躍を人前ではセーブしろって、いつも言ってるだろがっ!!」

「してるんだってばごめんなさぁい」



その時、教室のドアがガラっと開いた。やった、天の助けっ。


「なあに大声出して。・・・どうしたの、宮地君。その女の子」


大人っぽい綺麗なお姉さんが私を見てキョトン、とする。

お兄は振りかざした拳を止め、私を横目で見下ろすと、

ゆるゆるとその拳を納めて、憮然とした表情で言った。



「・・・俺の妹」

「宮地真琴です。いつも兄がお世話になっております。今日は大学見学に来ました」



あたしは爽やかににっこりと笑うとペコリとお辞儀をした。


「あ、よろしくお願いします。うわー、宮地君、すごい美人な妹さんねぇ」


そんなぁ、照れます。お姉さんだって美人です。


「こいつの顔に騙されるな」


お兄は今度は脳天をグリグリして来た。痛い痛い痛い。


「何なに、何の騒ぎ?」


次に男の人が顔を出してきた。


「宮地君の妹さんだって」

「うそっ。すげーかわいいじゃんっ」

「え?誰?」


徐々に人がやってくる。今から授業が始まるらしい。

お兄が私を睨んで低い声でボソッと言った。


「お前、あと数分遅れていたら、どうなってたかわかってんのか?」


「・・・ほんと、ごめんなさい」


「謝って済む問題じゃない。今日、家に帰ったら覚悟しろ。ばーちゃんの説教だ」


げ。つまり家族会議ってことね。・・・面倒臭い。


「とりあえず、学校に行け」


ぐいっと頭を小突かれた。

私はよろめきながら顔をしかめてお兄を見上げた。


「えー、ここから30分はかかるぅ」

「自業自得だばかやろう」


ああもう容赦ないんだよね、あたしの兄貴は。嫌になっちゃう。さぼろっかな。


「さぼると母さんに言うぞ」


鋭いお兄は私の思考を呼んで先回りをする。私はかなり膨れた。


「・・・チクリ魔」

「んだとこの野郎っ」

「ドメスティックバイオレンスだーっ」


あたしはお兄に負けずに応戦しようとした。

するとお兄は私のセーラー服の胸倉をグイっと掴み顔を寄せ、低い声で聞いてきた。



「見られてないのか? 大丈夫か?」

「大丈夫・・・だと思う。ほんと、フェンスの上に飛んだだけだし」


4メートルだけど。逆さ飛びだけど。しかもその後消えたけど。黙っておこう。



「お前は本当に」

「おい宮地、激しいなー・・・」


あたし達のやり取りを見て、誰かが引いた声を出した。


するとお兄は少しムッとした様に相手の顔を睨み、それから私の腕を掴み直すとスタスタと歩きだした。



「俺、ちょっとこいつをガッコに送り届ける」

「は? 行けるよ一人で」

「現に行けてねーだろ今」



引きずられる様に教室を出るあたし。腕が痛いよぉ。

すると後ろからさっきの人の声が聞こえてきた。


「そしてすっげー過保護だな」

「仕方ないよ、あんなにかわいいんだもん」


いえいえ皆さん、これが可愛い妹に対する仕打ちですか?酷いんですよこの兄貴。喜怒哀楽が激しくて、最近は機嫌が悪いと、罵詈雑言を吐くんですから。



あたしはズルズルと、教室の外に連れ出されていった。










新連載です。

こんなデタラメな世界を描くのは初めてですので、試行錯誤をしております。ツメが甘くなる事と思います。ごめんなさい。。。


今まで以上に、暇つぶしとして気楽にお読みいただけると嬉しいです。

どうかお付き合い下さいませ。



戸理 葵

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