勇者の不在理由
王都の広場に突き立てられた『聖剣グランディス』。
三百年もの間、誰一人として引き抜くことができなかった伝説の剣に、荷物運びの青年ルートは罰ゲームとして手をかけていた。
「ほらルート、早く抜けよー!」
「無茶言うなよ、背中痛めそうだな……」
民衆の視線がルートに集まる。
恥ずかしい、だから罰ゲームなんだよなとルートは苦笑しながら気楽に柄を握り、上へと引っ張った。
その瞬間、ズゴゴゴゴ……と地響きが鳴り響いた。聖剣が眩い光を放ち、石床からゆっくりとせり上がる。
嘘だろ!?
だが、完全に抜ける寸前、ルートの脳裏に聖剣に付与された未来透視の加護が最悪の未来を上映した。
脳内に映ったのは、自分が「光の勇者」として王宮に迎え入れられた後の泥沼劇だった。
特に最悪だったのが、婚約者となる第一王女・フィオナ姫の姿である。
彼女はルートをマナーもろくに知らない荷運び人の平民だとバカにして男をとっかえひっかえ、とんでもない尻軽女だった。
映像の中の彼女は、若い騎士、隣国の使節団と睦み合い、ルートの顔を見るたびにのたまう。
『私は寂しいから、他の殿方に慰めてもらっているの。アンタみたいな剣振るしか能のない恥さらし押し付けられた私の身にもなって!』
おまけに彼女の男達の闇討ちや嫌がらせの数々。
王宮の廊下を歩けば、兵士たちから「おい、あれが”寝取られ勇者”だぞ」とクスクス笑われる。
そこまでコケにされながら国防のためと国王の頼みで北の森に住む巨大モンスターに挑み刺し違える未来――。
葬儀の時は神妙な態度を装い、その晩から喪服姿で男を誘惑し、間男と祝杯を上げるフィオナ姫。
(……誰がそんな地獄みたいな人生送るか、アホらし!)
「ぬ、ぬおおおおおおんッ!!」
ルートは顔を真っ赤にし、せり上がってきた聖剣を負けるもんかと渾身の力で下に押し込んだ。
ガツン!!!
元の位置よりも深く石床へガッチリと差し直す。光は収まり、聖剣は再び沈黙した。「だ、ダメだこりゃ! びくともしない!」とルートがわざとらしく笑うと、仲間と見物人たちは「台座の誤作動か」とすぐに興味を失って散っていった。
その時、ルートの脳裏に、聖剣の精霊の泣きそうな声が直接響いてきた。
『待ってよ! 今、完全に抜けたよね!? なんで戻すのさ! 頼むから抜いてよ!』
(断る。あんな尻軽王女の婿になって、寝取られ勇者なんて呼ばれるのは御免だ)
ルートが心の中で毒突くと、精霊はハッとしたように声を震わせた。
『あ、あなたも見たのね……? フィオナ王女の、あのろくでもない未来の姿を……』
(……あん? 「お前も」ってどういうことだ?)
ルートが眉をひそめると、精霊は観念したように、涙声で衝撃の真実を告白した。
『実はね……この聖剣グランディスには、触れた者に少し先の未来を透視させる能力があるの。だから、過去にここへ来た優秀な英雄候補たちも、みんな引き抜く手前で歴代王女のあの破廉恥な未来を見ちゃってさ……。「うわ、きっつ……」「他を当たってくれ」って、全員が自力で引き抜くのを拒否して、わざと力及ばぬフリをして帰っていったんだよぉ!』
なるほど、とルートは深く納得した。
三百年もの間、歴代の猛者たちが誰一人としてこの剣を抜けなかった本当の理由。それは、彼らの実力が足りなかったからではない。
全員、この国代々のろくでもない王女と結婚させられる未来が嫌すぎて、全力で辞退していたのだ。
(じゃあ、なおさら抜けるかよ! 次の被害者に譲るわ!)
『そんなぁ! このままだと私、一生この広場で雨ざらしだよー!』
精霊の絶望的な悲鳴を無視して、ルートは足早に広場を離れた。
「ふぅ、危ないところだったぜ……」
お気に入りの酒場に駆け込み、カウンターに座る。
「おゥルート、今日もご苦労さん!」と冷えたエールと名物の肉じゃがを運んできたのは、飾らない笑顔の幼馴染、ミレイだ。
聖剣を押し戻す瞬間脳内に流れたのは、数年後、小さな一軒家で彼女の尻に敷かれながらも、楽しそうに笑い合っている自分たちの未来だった。
「……うん、やっぱりこっちの方が百万倍マシだな」
ルートはニヤリと笑うと、冷えたエールを一気に喉へと流し込んだ。
歴代の英雄たちが命がけで守った「引き抜かない」という伝統を、自分も見事に守り抜いた。未来の「最愛の恐妻」が注いでくれたエールは、最高に美味かった。




